第11話 私とお嬢様の覚悟
「それで、こんな朝っぱらから何の用だい?」
「お兄様は、また明日から王都へ出るため――どうしても今日中に解決したい事柄があります」
「それは何だい?」
「リッカのことです」
「うん、まぁ――そのことだろうね」
「リッカは私と婚約しました。だから、リッカはどこにもやらない。だってもう、私の婚約者なのだから」
「――それは、ただの口約束だろう? 今の君に、その資格はないよ」
「そうです。今の私には何の力も、何の権威もない。クレイワース家の庇護下にあるだけの、ただの小娘でしかない」
「そんな君が、リッカを幸せにできるのかい? しかも今のクレイワース家は――いや、今は関係のない話だね、これは」
「一緒になります」
「ん?」
「一緒に幸せとなるんです、私たちは」
お嬢様は私の手を握ってきます。だから、私は――握り返しました。強く、強く。私の気持ちを伝えるために。
「そうかい、それはいい心がけだね。だけどそれは――」
「昔、私がお兄様にリッカと結婚したいといった時と同じです。きっと、何も変わっていません。お兄様に言われたように――私のただのわがままです。でも――仕方がないじゃないですか。だって、リッカが欲しくて欲しくて仕方ないんですから。リッカの幸せは私の幸せです。だからリッカの幸せを叶え続けます。だって、リッカの幸せは私の幸せだからです。しかし、彼女の幸せの中に私じゃない誰かが含まれるのならば、私はその幸せを願うことができません。そして、壊すでしょう。その幸せを」
アレックス様は珍しく鼻で笑います。
「リッカ、本当にアリーシャでいいのかい? 妹は自分の幸せしか考えていない」
「……でも、その中に私の幸せはあります。私の幸せは――お嬢様の幸せですから。お嬢様の幸せの中に私の幸せがあるのなら、それはとても幸福なことだと思います」
真意を探るかのように、アレックス様は私を眺めます。
「リッカ――アリーシャは女だぞ? そして、君も女だ。それは普通ではない。男女で繋がることを、女同士で繋がろうとしている。それを――リッカ、君はちゃんと理解しているのかい?」
お嬢様の手を握る強さが変わりました。その強さは、私を奮い立たせてくれます。
「男性だからとか――女性だからとか、私にはよくわかりません。私は、お嬢様が好きです。お嬢様だから大好きなんです」
「なぜ君がそこまで妹を慕うのか――僕には理解できないよ。それに、君たちの婚約は――誰もが祝福できることではない。明らかに、不愉快に思う人間もいるだろうし、気味が悪いと思う人間もいるだろう。みなが祝福できない幸せを――リッカ、君は選ぶのかい?」
正直な話、どうするのが正しいのか――私にはよく分かりません。それでも私は、お嬢様の側にいたいのです。その気持だけは本物です。だけど、そんなことより私は――
「お嬢様が望んでくれるかどうかです」
「それは――どういうことだい?」
「私なんかより――他の皆さんより、お嬢様が幸せかどうかです。お嬢様がその幸せを望んでくれるのなら――私はお嬢様と一緒に幸せとなりたい」
「リッカ――私は望むわ。あなたとの幸せを」
「それなら、私もです。お嬢様」
お嬢様は私を見て、優しく微笑んでくれます。それが凄く嬉しくて――私も、笑みを浮かべてしまいます。
「……なるほど。リッカがそれを望むのなら――僕からは何も言うことはないよ。正直な話、何を言われようとも、ランスより我儘な妹を選ぶことが理解できないけどね」
「……すみません」
「何がだい?」
「私ではとても、お嬢様とは釣り合いが取れませんから」
「僕からしたら、それは逆だと思うよ?」
「え?」
「アリーシャなんかに、君は勿体ない。妹など顔がいいだけのどうしようもない人間だからね」
「そんなことはありません。お嬢様は天使のような方ですから」
エッチなお嬢様は……ちょっと、困りものですが。
「そうかい、そんなことを言ってくれる人は――本当に、君だけだよ」
「そんなことはないと思いますけど?」
「それが、そんなことあるんだよね、実は」
「お兄様、余計なことは言わないでください」
お嬢様はアレックス様を睨みつけます。
「そうだね、悪かったよ」
アレックス様は肩をすくめて、苦笑します。
「とにかく、お兄様は認めてくれた――と言うことでいいんですよね?」
「そうだね、そういうことになるよ。ただし、父と母にはアリーシャ自身が伝えるんだよ」
「そんなの、当然です」
お嬢様は堂々としており、感心してしまいます。私なんか、旦那様と奥様の顔を思い浮かべると不安になってしまいます。お二人とも、本当にお優しい方ですけれども。
「まぁ、あの二人が反対するとはとても思えないけどね」
「なんでですか?」
「だって、リッカが相手だからね」
「それは――ないと、思いますけど」
「そんなものだよ。だけど僕としては、やっぱり――ランスの方がリッカを幸せにできると思うんだけどなぁ」
アレックス様は、再びお嬢様から睨まれます。
「なぜ――アレックス様は、私の幸せを考えてくださるんですか?」
「そんなの、決まっているよ」
アレックス様は、私の方に体を向けます。
「アリーシャがそうであったように、僕も君に救われたんだ。だから、僕はいつだって君の幸せを願っているよ」
そう言って、アレックス様は笑います。とても、お優しい顔をして。
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