第8話 私はお嬢様に泣かされてしまいました!

 先程は座る位置が遠いと苦情がきたため、私はお嬢様の近くに座りました。

 お嬢様は満足げな顔になると、可愛らしいお尻をずらしてきます。肩と肩が重なり、布越しからでも伝わる感触に、私はどきっと心が跳ね上がります。

 そんな私の右肩にお嬢様の可愛らしい頭が乗っかってきます。そして、私の右手をお嬢様の左手が包み込みます。


「リッカの手は小さくて、可愛いわね」

「そ、そんなことはありませんよ」

「でも、この小さな手に――私は救われてきた。だから、リッカの手は誰よりも大きい。――まぁ、私にとってはだけど……それでいいの。私だけが知っていればいい。リッカの手の優しさと、温もりは――私だけのものであればいい。それは永遠に――」

 

 その言葉に、私は戸惑ってしまいました。どう反応すればいいかが分からず、まごつく私に――お嬢様は優しく微笑んでくれます。


「リッカは、私が何故――魔法学院に入学するか分かる?」

「それは、お嬢様に魔法の才能があるからですよね?」

「そうね、その通り。だけど、それだけじゃない。私は新たな家を興し、当主となりたい」

「え?」


 そのお言葉は、予想しておりませんでした。


「そのためには力が必要なの。そして、認められる必要がある」

「そのために、お嬢様は学院に通うのですか?」

「そうよ。王立魔法学院を卒業し新たな家を興したマリエル様を、リッカは知っているかしら?」

「はい、知っております。有名な方ですから」

「マリエル様は女でありながら、当主となり――愛する女性を妻にし、子を成した。魔法による力で。そう、魔法は全ての可能性であり、全てを叶えてくれる」


 女性で当主になられたのは、マリエル様が初めてだと言われています。

 

「私が女性である以上――クレイワース家の跡継ぎとしては認められない。でもね、魔法はこの世界にとって特別なものだから――その力で私は世間を認めさせる。当主にでもならない限り、女性が女性を妻に娶ることなどできないのだから」


 お互いの手のひらが重なると、お嬢様は私の指とご自分の指を絡み合わせ、ぎゅっと――握ってきます。しっかりと繋がったその手からは、逃げ出せない気がしました。別に逃げ出すつもりなんてないのに、何故そのように思ったのでしょうか?


「あの学院は立場など関係ない。完全な実力主義。そしてそれを認めさせるだけの権威があの学院にはある」

「入学することすら狭き門です。そこに入れるお嬢様は本当に素晴らしいです」

「そうね、ありがとう。でも入学すること以上に――あそこを卒業することの方が難しい。だけど私はそれを実現可能だと自負している」

「はい、私もそう信じております」

「ありがとう、リッカ。やはり、あなたが私には必要なのよ」

「……私が、ですか?」

「そうよ、私にはあなたが必要なの」


 そう言って、お嬢様は私の肩から頭を離されます。そして、私の方に体を向けられました。


「リッカも、私の方に体を向けて」


 私も同じように体を動かし、お嬢様と向き合います。そしたら、本当に嬉しそうに微笑んでくれます。あまりの神々しさに、私はつい――視線を下げてしまいます。すると、お嬢様は私の右手だけでなく――左手の指も絡めてきます。私は情けなくも、顔が熱くなってくるのが分かります。そのようにならないため、気を張っていたのですが――どうやら、私はメイド失格かもしれません。


「リッカ」


 お嬢様が、私の名前を呼んでくれます。


「――始めは、ひとりで学院に行こうと思っていた。リッカを連れて行くことは甘えだと思ったから。そうしなければ、私は夢の実現など不可能だと思っていた。だけどそれは違う。リッカがいるから私は頑張れる。リッカがいるから、私は夢を持つことができ――リッカがいるから、私はその夢を叶えることができる。だから、リッカ――私と一緒に王都へ行き、私と一緒に学院へついてきて欲しい」

「い、一緒に行っていいんですか?」

「一緒に来て欲しいのよ、リッカ」

「でも――私なんかが、学院について行ってもても大丈夫なのですか?」

「あそこは、色んな立場の人間がいる。だから、従者のひとりを連れて行くことぐらいは許されているのよ」

「私なんかが――本当に、よろしいのでしょうか?」

「馬鹿ね、リッカだからよ。リッカだからいいの。リッカじゃないと駄目なの。だから、私と一緒に来てくれる?」


 そう言われた瞬間――私の視界が歪みだしました。

 

「私も――お嬢様と一緒に行きたいです」

「馬鹿ね、なぜ泣くの?」


 言葉と裏腹に、お嬢様はとてもお優しい顔をなされています。

 

「そんなの決まってます。私が嬉しいからです」

「それは何故?」

「お嬢様のお側にいられるからです」

「何故、私の側にいらるれると嬉しいの?」

「それは私が――お嬢様を……愛している、からです」


 何だか気恥ずかしくなって、途中で声が小さくなってしまいます。そんな情けない私に、お嬢様は満足気に微笑んでくれます。


 そして、繋がれた手を離して――私の目元をお嬢様の美しい指で拭ってくれます。


「そ、そんなことまでなさらくても大丈夫です。だって、汚れてしまいますから」


 私はお嬢様を止めようと、手を動かします。


「リッカ、大人しくしていなさい」

「で、でも――」

「いいから」


 私はお嬢様を止めようとした手をだらんと下げ、されるがままとなります。

 私、本当にメイドなのでしょうか? しかも、私の方がお姉さんですよ?


「私も――リッカを愛しているわ。だから、キスをしてもいいかしら?」

「は、はい」


 私が言い終えるとほぼ同時に、お嬢様は私の頬に手で触れたあと、顔を近づけ――私の額ではなく、私の唇に!


「お、お嬢様、今、キスをするって言ったじゃないですか! な、なのに、何をしているんですか!?」


 私はもう、パニック状態です。

 

 顔が熱すぎて堪らず、手で顔をふさごうとするのですが、お嬢様が私の手を掴んで離してくれません!


「馬鹿ね、キスをするって言ったじゃない」

「き、キスと言ったら、普通は額に決まっているじゃないですか!?」

「そんなの、リッカの中だけよ」

「そんなことはありませんよ!?」

「そんなことあるのよ」


 そう言って、お嬢様は笑います。


 うー、と私は唸ってしまいます。


「リッカ」


 お嬢様は急に、真剣な顔をなさります。


「本当は、私が当主になるまで我慢するつもりだった。でもね、今日のことで不安になってしまった。だから、今すぐにリッカが欲しい」

「私が、欲しいんですか?」

「そうよ、私はリッカが欲しい」

「私はもう、お嬢様のものですよ?」


 そう言った瞬間――気がついたら、私はベットの上に仰向けで倒れていました。状況がうまく理解できず、目をパチクリとさせます。


 お嬢様は私を上から眺めています。


 もしかして私、お嬢様に押し倒されてしまいましたか!?

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