第25話 バルバデルダム川事件
◆──密かな再会──◆
あっという間に時が経ち、
ジャッケルンの街ではついにグラスディーンの商船がやってきた。
国内からも運搬の船がやってきてはいるが、
港に他国の船が並ぶ姿は圧巻で、
街の住人は物珍しさに、見物人が毎度何人もやってくる。
そしてジャッケルンの街で揉め事が起きないよう、
将軍のジャンス・デーガンが護衛隊長として赴任していた。
そして街の中で最も有名なショーリーの酒場の中で、
人々が賑わっている昼過ぎ頃、とある揉め事が生じていたらしい。
それを耳に入れたジャンスは自ら赴き、問題に対処にあたる。
ジャンスが酒場に入った時、客たちは広い店内のテーブルを中心として、
人だかりができている。
酒場といっても、歴史もあって有名なこの酒場は、小綺麗なことで有名な店だ。
ジャンスも過去1度だけ訪れたことがある。
明らかに違和感のある、ざわめいた店内の様子に、
酔った客が暴れているのだろうと思いながら、
テーブルの方へと向かっていく。
人々に声をかけて、テーブル席の目の前までやってきたジャンスは、
店長であろうと思われる女主人に向かって、
身分のやや高そうな背の低い小太りの男が怒鳴っているような様子を目撃した。
「お前たち、何をしている?」
ジャンスのドスの効いた声が店内に響くと、
小太りの男は一瞬驚いた仕草を見せるが、すぐにジャンスの方を見上げながら睨みつける。
「なんだ貴様は?たかが兵士ふぜいが口出か??」
舐めた態度をとる男にイラつきながらも、職務を思い出して怒りを堪えるジャンス。
「私はヴィネア女王陛下より、グラスディーンとの貿易期間中はこの街の人々が、平和に過ごすことを任としている。
問題が起きていると話に聞いてやってきた...それで、いかような問題だ?」
将軍としての誇りも持ちながら、短気のジャンスでも堂々と振る舞う姿に、
女主人と男は少し驚きながらも、
男は女主人を指さしをする。
「ふんっ、折角この私が有名だという店に来たというのに、この店主は他の有象無象どもを優先し、
私への料理や酒を出すのを遅らせたのだぞ!
私はグラスディーンでも三本の指に入るグランデ商会の副会長なのだ!!
それを蔑ろにするような真似など、我が国に対しての不敬と同じだ!」
男はふんぞり返るような態度を続け、
ジャンスは次に女主人の方を見ると、
女主人は頭を下げながら、切羽詰まったように口を開いた。
「将軍様、私共の店は常に来店した者は身分を問わず、入ってきた人から優先して料理をお出ししています。
すっとそれで店をやってきたのです!どうかお計らいを!!」
「なんだと??!」
ジャンスに助けを求めようと必死な店主と、それを威圧する男をジャンスは両手でおさえるように仲裁する。
すると喧嘩の輪の外からジャンスの部下のハーマーが傍までやってきて、
ジャンスに耳うちする。
「将軍、この男は確かにグランデ商会の副会長のパーニ・アイラーという男ですが、いかがお考えで─」
店主に怒鳴る男がパーニという、グラスディーンの高い身分の商人だとわかったジャンスは、
ハーマーの耳打ちが終わりきる前に、店主を庇うように背を向ける。
そしてパーニに向かって鋭い眼光で睨みつけた。
「パー二殿、この店には店の決まりがある。店に入ったからには、決まりに従うのが筋である、貿易での商いと同じだ!
ここはセイヴローズ、その国内の店である。
グラスディーンで偉くても、この国、この土地、この店ではその習慣には従ってもらおう」
ジャンスの口調は荒々しかったが、
言うことは正しかった。
だが、そんなことでパーニは引き下がるわけもない。
「なっ、なんだとっ?!貴様この私に説教するとはいい度胸ではないか?
貴様のような小汚い武官に、私の考えなどわかるものか!
このアマめ、よくもこの私に...」
パーニはそう言いながら近くの陶器を手に取り、
店主になげつけようとする。
しかし、ここでジャンスは遂に堪忍袋の緒が切れた。
平手でパーニの頬を叩き飛ばしたのである。
パーニは倒れ込むと、叩かれて赤くなっている頬を押さえながら、
痛みに悶える。
「貴様っ!?こんなことをしてタダで済むと思うな!!条約で我々商人の安全と権利は保障されているのだ!!すぐに貴様をしょっぴいてやる!!」
パーニが頬を押さえながら、涙目で起き上がりながらジャンスに詰め寄った。
だがジャンスはそんなことは気にしない。
寧ろ堂々としていた。
「貴殿こそ本当に商人か?条約では“商的取引における安全と権利”と記されているだろう。
そんなことも知らないとは、聞いて呆れるわ!!
ハーマー、この男を役所に連れて行け!」
怒りもあって、やや見下すように言い放ち、
その場が収まっていく。
そしてジャンスが女主人にことの詳細をさらに尋ねている様子を、
店の入口付近で遠目で眺めている男の姿があった。
そう、その男とは船乗りに変装している翠衣賊の幹部チェサなのだ。
彼は店内でこの様子をずっと眺めていた。
──あのジャンスという男、見かけによらず頭が回りそうだ──
そんな事を考えながら、ひっそりと店を出る。
そして店の外の通りで人混みに紛れようとした時、
ふと後ろから声をかけられる。
「あの、すみません」
チェサは急にとてつもない警戒心を抱きつつ、
身構えられるように全身に力を込めながら、
声の出どころを振り向いた。
そこにいたのは旅商人の格好をした自分と同じくらいの歳の女性。
帽子のような被り物をしているが、琥珀色の瞳と整った顔立ちに一瞬心を奪われかけるも、
すぐに警戒心を強める。
「なんでしょう?」
警戒心を必死に隠そうと、やや低めの声を出して尋ねるチェサ。
しかし、相手の女性は一切の警戒を感じず、恐怖やその雰囲気を感じさせない。
それだけでなく、寧ろ柔らかい空気をまとっているように感じさせるのだ。
「この店でなにかあったのですか?」
女性は不安げな表情で、店を指さしながら尋ねる。
チェサは店の方をちらっと見て、
自身を狙ったものではなく、ただの物見客なのだと思ってやや警戒を弱めた。
「ああ...えっと、店の主人とグラスディーンの商人が喧嘩をして、ジャンスっていう将軍様が仲裁したんですよ」
説明を終えると、チェサはすぐに挨拶をして、そそくさとその場を去っていった。
女性は礼を言う間もなく、去っていった青年の姿になぜか直感で違和感を感じる。
後を追うか悩んだその時、
「お待たせいたしました!」
と言って駆け寄ってきたのは帯剣しながら、マントを着る女騎士。
彼女の名前はベリア・カスオール、極守騎士団の騎士長の1人であり、ハールの親友である。
「本当にお探ししましたよ、待っていてくださいと言ったのに...」
「ごめんなさい、人だかりがつい気になって」
ややそそっかしい性格のベリアは、ほんのひとつ通りの角を曲がっただけの距離を探して疲れたらしい。
薄桃色の髪が乱れており、どれほど焦ったかが伺える。
彼女は呼吸も少し荒かったが、すぐに整えてこう言った。
「ヴィネア様、準備ができましたので参りましょう!」
そう、ヴィネアも自らとある用事でこの街を訪れていたのだ。
ベリアは旅商人に扮するヴィネアを連れ、
とある屋敷に向かっていった。
~~~~~~~~~~~~
ヴィネアとベリアが向かったのは、グラスディーンの貿易商たちが使用できる屋敷が立ち並ぶ区画の一帯の中央に近い、大きな屋敷だ。
そしてヴィネが屋敷の中に入ると、
最も絢爛豪華な部屋の中で、待ち人が座っていた。
「お待ちしておりました、ヴィネア女王」
「あなたは...ポレロット様!」
そう、そこにいたのはポレロットだったのだ。
今回の国家間取引における、グラスディーン側の代表として、
ジャッケルンを訪れていた。
女王自ら動いては、互いの国で疑念が生まれる可能性がある。
そのため、ヴィネアはポレロット密かに会う必要があったのだ。
「よくぞおいでになさった!半年ぶりですかな?」
「ええ、あの時は親切を振り払うような、帰国の途についてしまった無礼、謝らせてください」
ヴィネアは戴冠式から帰還した時の、
パラインたちの手から逃れる時のことを思い出しながら、
丁寧に謝罪をする。
するとポレロットは笑いながら、
謝罪をやめるように促した。
「お気になさらないでくだされ、私も女王の立場であれば同じことをしたでしょう。
それよりも、私めを信じてお話しくださったお心に深く感動致しました。今日はあの時できなかったようなもてなしもしたいところですな。
さぁさぁヴィネア女王どうぞこちらに!」
ポレロットに案内され、部屋の中の細長いテーブルにヴィネアは向かいあうように座り、
ベリアははるか後ろで立ってひかえる。
そしてポレロットは従者に茶を用意させ、
互いに一口ずつ飲んだところで、
ヴィネアは話の本題に入った。
「今回ポレロット様と話したいことは、我が国の翠衣賊についてなのです」
ヴィネアが翠衣賊という名前を口に出すと、
ポレロットは手に持っていた茶器を置き、
顎に手を当てて大きく息を吐く。
「我がグラスディーンでも聞いておりますとも。セイヴローズ国内にて、グラスディーンとの国交を嫌った民が結集した組織であるということも」
重々しく口を開いて、悩みの種だということを呟くポレロット。
ヴィネアもその声や表情で、相当ポレロットが気に病んでいるのだと自覚した。
だが、それと同時に説明を省けることには僅かながらありがたい気持ちを抱く。
「お耳に入っているなら、話は早いです。翠衣賊をこれ以上膨張させず、国交を悪化させない為にポレロット様にも協力をお願いしたいのです!」
ヴィネアはこの言葉を皮切りに、
自らが考えていることを全てポレロットに話した。
翠衣賊の構成している民の階級、今以上に組織が大きくなり、力を持つことによる両国への危機、そして最近は武器を手に入れ、より凶暴な組織に変わりつつあることも。
そのため、翠衣賊のことをクライエル王にも話し、
ともにふたつの国が協力することで対処していきたいということ、
また、彼らがどうやって武器を手に入れたのか、などのことを調べるため、
密かにポレロットに頼みたかった。
ポレロットは難しい顔をしながらも、
ヴィネアの熱意に負け、小一時間で承諾し、
帰国しだい王に伝言し、自らも調べることを約束した。
その際、ヴィネアは直筆の手紙を手渡し、証拠として渡すように頼んだ。
ヴィネアとベリアはこの僅かな密談を終えると、
急いでジャッケルンから離れ、セイヴローズ城へと帰還する。
そして5日が経ち、ポレロットたちグラスディーンの商船が船を渡って帰る日、
その事件は起こる…
◆──始まりの襲撃──◆
局商条約に決められた期限の4日目の夜、セイヴローズのイイカネ山にある翠衣賊のアジトにて、
武装した賊たちは皆列を組んで出撃前の決起集会を開いていた。
そして彼らは岩盤の高台にいる頭の方を見て、
その言葉を待っている。
「皆のものよ、時はきた!」
頭は翠の衣に、翡翠の布をを頭に巻きながら、
堂々たる姿で大声を張り上げた。
それと同時に幹部をはじめ、その場にいる皆が腕をあげる。
まるで打ち合わせでもされていたかのように、
整ったタイミングで。
「我らはついに、手にしたこの武器で...国同士で私腹を肥やす高族や、グラスディーンの貴族達にひと泡ふかせるときだ!
今回の目的は皆知っているよう、商船を襲撃し、財を簒奪することだ!!
また、矢などの武器は相手の抵抗を封じ込めるために使い、積極的な殺人はしてはならぬ!!よいな??」
尋ねるように演説する頭の声に、承知の意味として、全ての賊の者が掛け声をあげる。
それを聞いて頭はうんうんと頷いた後、
「先に潜入したチェサから、全て情報は手に入れている、今こそ我々賎人たちの怒りの一撃を見せる時だ!!」
演説を終えた直後、賊たちの勢いのある声はアジトの中で響きわたり、
ついに動きを始めようとしている。
セイヴローズの、それもジャッケルンのすぐ近くで動き出したこの存在を察知することができた人間は、
誰もいなかっただろう。
そしてこれが悲劇の始まりの鬨の声だとは、
知る由もない、
月が雲に隠れた夜の出来事だ。
~~~~~~~~~~~~
ジャッケルンにて、仲間の動きを待っているチェサは、
蒸し暑い夜の闇に紛れて、月明かりを頼りに街を出ようと、
街の外にいる2人の門番に気づかれないよう、
建物の影で隙を伺っていた。
手には投石用の小石をいくつか持ち、
息を殺してタイミングを見計らっていると、
門番たちがとある話をしているのが耳に入る
「なあ、そういえばもうそろそろ船は言った頃だろうな」
「多分な...しかし、グラスディーンの代表も変わった人だ、至急の用事があるから先にこっそり帰還するなんて」
門番の兵の言葉を聞き、チェサは全身から汗が噴き出し、
心拍数が増大した。
──そんな、今日はセイヴローズの商人たちの貨物を乗せた船が出るはずでは?──
チェサはセイヴローズの高族の商船を狙うはずだったのに、
誤ってグラスディーンの船の動向を伝令の仲間に報告してしまったことに気づく。
──ダメだ、狙いが違うだけの問題じゃない
...急いで仲間たちに急いで伝えなければ!──
手に持っていた小石を門番の1人の頭に投げつけ気絶させると、
もう1人が気づくまでに走って近づき、
体術で相手の動きを封じながら水月を強く叩いて疼くませた。
「お頭...動かないでください!」
そう願いながら、街を出て仲間の元へ急ぐチェサ。
果たしてその足は、大事な時に間に合うのか...
~~~~~~~~~~~~
熱帯夜を進むグラスディーンの船、本来は商船なのだが、
ポレロットの密命でグラスディーンへ足早に帰還するための移動手段として利用されていた。
船がバルバデルダム川を渡っている最中、
ポレロットは船内の数少ない部屋の中で椅子に座って揺られながら考え事をする。
──クライエル陛下の協力は、我が国とセイヴローズの平和を保つためには必要不可欠。
他大陸の国からの侵略に対抗数ための防衛機能にも繋がる...
なんとしても翠衣賊のことをいち早く陛下にお伝えせねば──
はやく船がつかないか腕を組んで、待ち遠しそうに指を揺れに合わせて動かしていたその時、
突如外から悲鳴が聞こえた。
ポレロットはその悲鳴に急いで反応し、
「どうした?なにかあったのか??」
と外にいる誰かに尋ねる。
しかし物音一つ聞こえず、誰の声も聞こえない。
乗組員が誰も反応しないのはおかしいと思い、
部屋を出ようとしたその時、
突如目の前に現れた顔を布で覆った、隻眼の男が現れる。
「何者だ貴様!?」
ポレロットが尋ねた。
すると男はゆっくりと右手の地に染まった短剣を彼の首元に斬りつけたのだった。
そして隻眼の男は、倒れたポレロットの衣服を弄り、
書状とその中身を確認して持ち去っていったのだった。
倒れたポレロットから滴る血が、
床に行き渡って溜まりとなった頃、
翠の衣を着たもの達が船を襲おうと乗り込む。
しかし、あまりにも静かすぎる船の様子に違和感を感じた頭が船を探索すると、
倒れているポレロットを見つける。
驚いたのもつかの間、
突如外から大量の火の明かりが見える。
急いで船の外を見ると、
彼らはなぜかセイヴローズの軍船に囲まれていたのだった。
そして翠衣賊の者たちは、頭を含めて幹部のほとんどが抵抗虚しく捕縛される。
後にこれはバルバデルダム川事件と呼ばれ、
国同士が一方通行の険しい道を進んでいくことになるのだ。
(続)
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