第26話 広がっていく溝
◆──賊の実態──◆
ポレロットが船で殺害された出来事はすぐにヴィネアの耳に入った。
そしてセイヴローズとグラスディーンの両国に衝撃が走る。
実情を把握しきれていないながらも、
その内容は【翠衣賊による襲撃】という内容だったのだ。
そして現行犯で捕らえられた翠衣賊の頭とその仲間たちを全て、
都セヴァークへ護送するようヴィネアは命令を下したのだった。
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セイヴローズ城王宮にて、ヴィネアとユリーナ、そしてハールの3人は今回の事件について話していた。
ヴィネアとユリーナは向かい合い、そのすぐ後ろに控えるように話を聞くのがハールだ。
「しかし...まさかこのようなことが起きるなんて」
ヴィネアはため息をつく。
傷ついた心と、それによって瞳から溢れそうなものを堪えてはいるが、
相当こたえているのだろうと、ユリーナにはわかる。
「陛下がお忍びで会われて数日...心中お察し致します。
ですが、疑いたくはありませんがなにか裏があるのではないかと考えたくもなってしまいます」
ユリーナがそう言うと、少し後ろのハールが小さく頷き、
ユリーナ自身もその様子をチラッと見て把握した。
「疑い?どのような??」
ヴィネアは少し俯きかけていた顔を上げ、ユリーナに尋ねる。
するとユリーナは
「どうやらハールも私と同じ意見のようですので、説明してもらいましょう」
と言って、後ろにいたハールに視線で合図を送った。
最初は驚いたハールだったが、すぐヴィネアにも説明を求められ、
意を決して口を開く。
「今回のポレロット殿を襲った事件が、計画的なものかどうか...という点だと思います。
話によればポレロット殿は密かに帰国しようとしていたと聞いていますが、賊がもし予めポレロット殿を狙っていたのであれば、
その情報を漏えいさせた者がいるということ。
しかし、ポレロット殿は陛下と翠衣賊の動向について、
クライエル王との対話のために帰国した様子。
そして賊にもし動機があるならば、虐げられた民たちの怒りの報復でしょう。
しかし、それならば今まで高族の商人たちを襲っていた賊が、なぜグラスディーン側の要人を襲うのかが納得いきません」
ハールは色々理由を述べ、結論をあえて言わずにヴィネアの目を見た。
ヴィネアはその答えはおわかりでしょう?と言われている気がして、
生唾を飲んだあとに
「翠衣賊以外の何者かが関わっている...ということですか?」
と恐る恐る尋ねた。
するとハールとユリーナは大きく息を吐きながら、
まるで打ち合わせでもしたかのように同時に頷く。
それが正解を表すように。
ヴィネアにとっては信じたくない事実だ。
それが国の内か外かは知りえないが、密かに平和を脅かそうとする存在がいるということに、身の毛もよだつ。
「争いを求める者がいるのですね...しかし、それが本当かどうか、護送中の賊の者たちが着けば、取り調べで全てわかることです。
なにが真実なのか」
そう、ヴィネアは賊の頭たちが捕縛され、護送されて都にくるのを待ち続けていた。
淡い僅かな平和の可能性を信じて。
しかし、その2日後兵たちからとある報告が王都にやってくる。
「──護送中の翠衣賊の頭や幹部たちが何者かの襲撃を受け、兵もろとも殺害された──」
~~~~~~~~~~~~
翠衣賊の頭たちが殺害された日の夜、月が雲に隠れて見えない頃に、
セイヴローズ領内のとある川のほとりで、隻眼の男は小舟から降りてきた人物と密かに面会していた。
男は口の周りを布で覆っていたが、
装束からしてグラスディーンの人物であることがわかる。
「お前がガンスタン殿の遣いか...賊の頭たちは始末したか?」
男が尋ねると、隻眼の男は眼帯をこのタイミングでなぜか装着し、
頷いた。
そしてそのまま懐から、書状を取り出して男に渡す。
「ポレロットが懐にいれていた物です。女王と密談をしていた証になります」
眼帯の男から渡された書状を開いて中を見ると、
男は微笑んだ。
「こいつはいい、使えるな......そなたはガンスタン殿にこれを渡しておいてくれ」
男はそういうと、別の手紙を眼帯の男に渡したのだった。
「では私は戻る」
男はそう言って小舟に乗って、眼帯の男と別れて遠くに向かう。
月が雲から出てきた頃、男は顔を覆う布を外した。
男は外の空気を吸って不敵に笑う。一切表情が読み取れないような。
そう、その男の正体は、グラスディーンの外交副大臣パラインだったのだ。
「世界は動く...セイヴローズとグラスディーンが手を結ぶなどありえないのだ!!」
船頭が静かに船を漕ぐ中、パラインは1人、天に向かって腕を広げ、これからやってくる動乱を予感し、奮い立つのだった。
~~~~~~~~~~~~
ヴィネアは翠衣賊の頭が亡くなった数日後、
セイヴローズの商団をたった1人で襲撃しようとした賊の生き残りの青年が捕まったと聞いた。
そしてユリーナとともに、密かに都を出てその青年に会うことにしたのである。
街の役所の牢で捕らえられていたのはチェサだった。
彼は自らの報告の過ちを伝えることもできず、
頭や仲間たちが捕えられるのを目撃したのだ。
そして仲間を助ける機会を伺っていた中、
護送中に彼らが殺害されてしまった。
自暴自棄になって商人たちを襲ったが、兵相手に多勢に無勢で捕らえられたのだという。
ヴィネアは役所の取り調べの小屋の中で、
縄に縛られて連行された青年の顔を見て驚く。
「あ、あなたは...あの時の!?」
そう、ヴィネアはジャッケルンで店内の騒動について自分が声をかけた青年の顔を覚えていた。
そしてそれがやつれた顔ながら、チェサであることにも気づいたのだ。
しかし、チェサは覚えていないのか、それとも興味が無いのかずっと床を見ている。
知っている人だったのかと、横で驚くユリーナだったが、
時間が無い中あとで尋ねることにして、
事件について聞いてみる。
「そなたは翠衣賊の幹部だと聞いたが本当か?」
ユリーナが尋ねても返事はない。役人が木の棒でチェサの足を叩いて話させようとするが、
痛む仕草だけみせて口を割らなかった。
ヴィネアはその痛々しい様子に目を逸らしてから、
ゆっくりとチェサを見つめる。
「あなたたちはポレロット様を殺害する計画を企てたのですか?」
ヴィネアが意を決して尋ねると、チェサは小さく口を開く。
「やって...ない...お頭たちはやってない...嵌められたんだ!!俺たちは...賎人たちを救うのが目的なんだ...人殺しなんかしていない!!」
なぜか急に感情が溢れたのか、激昂しながら迫るように叫ぶチェサ。
役人たちが必死に押さえつける。
すると押さえつけられながらチェサはヴィネアを睨む。
「あんたが悪いんだ、王のくせに民たちの生活を大事にしないから...俺は処刑されて生まれ変わっても、この世界が変わらなければ、同じことを繰り返すぞ!!」
そう叫ぶチェサに対して役人は
「貴様、なんたる不敬を...すぐに首を──」
と言いかけてヴィネアに手で制される。
ヴィネアにとって何よりも響く言葉を言われた気がした。
どこかなくしかけていたものを気づかせてくれたような。
そして唇を小さく噛み
「彼の処刑はいつですか?」
と尋ねる。
すると役人は「4日後です」と答えた。
そしてヴィネアは自らの胸を押さえ、小さく息を吸って、大きく息を吐く。
「予定通りで刑は十分です。丁重に行ってください」
それがヴィネアの最後の言葉で、
部屋を出ていった。
ユリーナは今回の件がいい薬になったと思いながらも、
賊がやはりポレロット殺害に関与していない可能性が強いという結論に至る。
しかし、いつまでも国内の事件にばかり気を取られる時間が無いのも事実だ。
今回の件でグラスディーン側からは、不満が溢れかけているのだから。
◆──癒えない傷──◆
ポレロットが殺害されてから、グラスディーン側からはその責任について使者が訪れる日々が続いた。
隠居したとはいえ国の要人であったことも大きいが、
なによりもその責任の所在が重要視される。
グラスディーン側はバルバデルダム川において起こった本事件は、
国の境で起きたもの、そのため自国の法を適用して軍を使った調査を行うという意見が出ていた。
それに対しセイヴローズとしては、事件の調査への協力の姿勢は肯定的ではありながら、
軍の国境を越えた調査へは否定的であり、
事件の概要を明白に伝え、
真相究明すべきだという意見が多い。
ヴィネアも今後の貿易で問題が起こった際、
今回の事件の結果を基に取り締まられることを考え、
慎重に動いていた。
こうして互いに譲れない条件を出しあい、
貿易も安全管理を考慮して一旦休止となったのである。
そして事件からおよそ2ヶ月後...
ヴィネアは都のターネスの身体の状態が悪いと聞き、
密かに彼の屋敷を訪れていた。
ヴィネアが部屋に入って見たのは、
いつもの厳しい顔つきをしたターネスではなく、
どこか目が虚ろで、ベッドの上に座っている痩せこけた老人そのものだった。
「ああ大司長...ターネス」
ヴィネアは瞳から溢れ出そうな涙を堪え、ターネスの近くまで寄り添い、
彼の手を握る。
「陛下...わざわざお越しいただき光栄でございます...!」
ヴィネアの手を握り返すターネスだが、
ヴィネアの顔の方を見ては焦点を合わせようと目を動かし続ける。
その様子を見てヴィネアは彼の病状の重さを身を通じて知ったのだった。
「ターネス、あなた目が──」
ヴィネアが言いかけたところで、ターネスは俯いて咳き込む。
そして体を労わるように肩を掴んだヴィネア。
「きっと治ります、どうかまた議事堂にてあなたの元気な姿を...」
ヴィネアは必死に涙を堪えながら励ましの言葉をかけるが、
ターネスはゆっくりと首を横に振った。
「陛下、私は足も動かず目も朧気にしか見えぬ身なれど...陛下のその胸の内と瞳に浮かぶものはしっかりと
ヴィネアが肩に置いた手をゆっくりと離し、両手で握りしめるターネス。
ヴィネアはそのターネスの瞳が僅かでもまだしっかりと輝いていることを感じ、
悲しむのをやめた。
「なんなりと申してください」
ヴィネアの力強い勇気ある返答に、ターネスは頷く。
「私がいなくなれば、金琉派と華連派の争いは激化し、力を抑制できる人間はほとんどいないでしょう。
私の大司長という立場も祖覇王様が牽制する意味でもつくられた立場なのですから。
そこで私は次の大司長としての座は現大将軍のユリーナにお譲りください。
女性武官とはいえ、祖覇王様の義妹であり、唯一の派閥に属さぬあの者ならば、
必ずや私の後も派閥争いを抑制できましょう...内輪揉めが国を滅ぼすのは歴史が物語っています、断じてそんなことを起こしてはいけません」
ターネスの必死の訴えを聞いたヴィネアは「了解した」と言って頷く。
そして「もう1つは?」と尋ねると、ターネスは震えるように息を吐きながら、
眉をしかめた。
「現在、グラスディーンとの国家間での貿易の問題で軋轢が生まれているのは承知しております。
そして我が国も相手も一定数の争いを望む者がいるのも事実でしょう。
しかし...まだ戦ってはなりません、今争えばグラスディーンと共倒れするだけです」
ターネスは朧気な視界でありながら、必死にヴィネアを見つめる。
それは鋭い眼光ではなく、慈しみに近いものだ。
「ユリーナともその話は常々しています。安心してください、グラスディーンと争うことは回避してみせます」
ヴィネアは優しく手を握りながら、諭すような口調でターネスに語りかける。
それを聞き、ターネスは安心したかのように微笑む。
「陛下、少々体調が悪いのでしばし休みます...ご無礼をお許しください」
ターネスは咳き込む仕草を必死に抑えながら、
ヴィネアにそういうと、ヴィネアもそれを承知して部屋を出ていった。
ターネスは寝ながら去りゆく女王の白い影をぼんやりと眺める。
──ああ口惜しや、最期にそのお顔をはっきりと見られぬこと、口惜しくてならん──
心に思いながら瞳を閉じるターネス。
そしてこの会話が、ヴィネアとターネスの最後の会話となる。
10日後、ターネスはこの世を去ったのであった。享年45。
~~~~~~~~~~~~
ターネスが亡くなり、遺言どおり大司長の座にはユリーナが大将軍と兼任で就任した。
相も変わらずグラスディーン側との交渉は前に進まない中、
とある報告がグラスディーンの使者から、
セイヴローズ側の耳に入る。
「ポレロットはヴィネア女王と内通し、グラスディーンを滅ぼす算段をしていた」
と。
その証拠として、ポレロットの屋敷にてなぜかヴィネアの書状が見つかり、
密かに土地の割譲や財産の分譲を約束したという、
ヴィネアの身に覚えのない証拠が次々と提示されていたのだった。
ヴィネアはユリーナとともに、密かに会合したことは認めるものの、内容は翠衣賊についての相談をクライエル王に取り次いでもらうことだと主張したが、
不自然に出た偽りの証拠に、グラスディーン側の交渉態度はより過激なものへと変わっていったのだった。
そして互いの国の亀裂が広がった頃、
グラスディーンの都エピュネーのエーペリア神殿で、
クライエル王とその妹アトレーナは互いに池を見つめながら、
昼下がりの時を過ごしていた。
池の周囲を歩きながら、並ぶ兄妹の姿は知らぬ人が見れば恋人に近いものかもしれない。
「アトレーナよ、ポレロットが殺され、ただでさえセイヴローズへの恨みが生まれ、今度は売国奴として地位を下げようとする動きが加速している。
相も変わらず敵国としての認識が強まっているのだ...私では到底抑えられない」
肩を落としながら離すクライエル。
そう、それは家臣や民たちの不満の行き先を言うもの。
そしてその内容をアトレーナもよく知っている。
「私は軍人ですから、政にあまり口を出すつもりはありませんが...安易に戦ってはいけない時期だと思います。
民たちの不満を戦にぶつけるのは容易いことですが、
それ以上に戦わずして解決することがなによりも難しく、誉れ高いものだと思っています」
アトレーナは鎧を纏ってはいるものの、その口調は優しいものだった。
「あまりにも理想論だな...」
「兄上ならできるはずでしょう?」
冗談っぽく言うクライエルに、それ以上にからかうように言うアトレーナ。
しかし、すぐにアトレーナは大きくため息をつく。
「事件も、そして今さらになって不自然にポレロット様を不利に追い込む証拠が現れたのも、私は怪しいと思っています。
それを調べ、争いを起こさぬように解決したいのです...なのでどうか、兄上には政の場で、争わないように抑えてていただきたいのです」
アトレーナに願われたクライエルは少し頼りなさげに頷くと、
「しかし、また都からでるとは...各地をいくことで私はいつも不安なのだ。
私が呼んだ時には、すぐに駆けつけてくれよアトレーナ」
と言って妹の手を握る。
「ええ、もちろんです」
アトレーナが手を握り返すと、クライエルは微笑んだ後、
胸を押さえながら酷い咳を起こす。
アトレーナはそれを介抱しながら、
神殿の中へと戻っていくのだった。
この約束が次に果たされる時が、渦中の中だということを2人は一切知らないまま...
(続)
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