第20話 帰還へと

 ヴィネアがエピュネーの都を出たのと同時に、

雨降る森林の中で戦馬に跨り、血に濡れた剣を片手に天を仰ぐ1人の女戦士がいた。

そう、それはアトレーナ、グラスディーンのクライエル王の実妹である。

アトレーナの周囲には血飛沫が溜まりとなったあとの地面が続く。

血に濡れながらアトレーナは、なにかを祈っているような姿だった。

そして彼女の元に、歩兵が1人駆けつける。


「アトレーナ様、賊の生き残りは全て捕らえました!」


兵が報告すると、アトレーナは天を見上げ、雨に打たれながら


「賊の本拠地はどうであった?」


と呟いた。

すると兵は少し顔を下げ、暗い顔をする。


「何度も投稿勧告をしましたが、拒んだため、多くのものが戦死、生き残った者は自決したとのこと…」


兵は悲しみを抱きながら報告した。

なぜこの兵は悲しみを抱いたか、それはこの兵は知っていたからだ。

アトレーナは敵味方、全てのの死に対して憐れんでいることを。

するとアトレーナは黙ったまま息を飲み、

森の遠くを眺める。

だが、その焦点はどこにもないように兵には感じられた。


「なぜかようにも、人は己の欲を、過ちを捨てられぬのか...なぜ人は争いを好むのだ」


そういうとアトレーナは報告に礼を述べ、兵を下がらせた。

そしてそれと同時に、兄のことを思い出す。


──兄上、どうか欲に流されずに王として責務を全うしてください──


そして首にかけた女神エーテラを象った首飾りを片手で握りながら、

剣を鞘に入れる。

そして雨は止み、曇り空に晴れ間が望む。


◆──第三の策──◆


 帰路につくヴィネアたちに従軍するパラインは、

馬に乗ってにこやかな表情を見せながら、

頭の中で今後のことを考えていた。


──ようやく都を離れる時がきた、この際もはや恐れるものなどない。ヴィネアを始末してみせる──


ヴィネアたちはエピュネーに着くまでは比較的最短距離で進行した。

そして帰路はやや大きく回るように事前に考えられている。

そして、途中の街で泊まる際、パラインは再度ヴィネアたちを襲撃する計画をたてたのだ。

今度こそは失敗しないようにと、自らの部下や、一部の兵を配備させている。


──やはり今を除いて、セイヴローズの王を仕留める機会はない!今に見ていろ──


ポレロットがクライエル王に行きの兵の配備の責任を報告され、

直属の上司の外交大臣に罰を受けた恨みを、

密かに胸に秘めてパラインは胸の火を燻らせていた。


~~~~~~~~~~~~



 そんことを知らないヴィネアは馬車の中で、

昨日のハールとの打ち合わせを思い出していた。


──3つ目の策がユリーナに預けられたと、ハールは言っていました、帰路の1つめの街ラスで──


ヴィネアたちは荒野の中のオアシスと呼ばれる、

ラスの街に近づいていた。

ラスの街の近くにはグラスディーン最大の砂漠、クォーレタール砂漠が存在する。

砂漠と荒野の境となる巨大な運河、ラセーテ川もあり、

気候も特有のものだそうだ。

そしてラスの街で、ヴィネアたちは密かにユリーナの策を実行するため、

昨晩打ち合わせた。

しかし、その詳細と目的は相変わらずハールから伏せられて伝えられたのだ。

今まで無事にいれたのはハールのおかげでもあり、

疑うほどではないが、ここまで詳細を伏せられては少し疎外感を感じるヴィネア。

ハールから言われたことは、ラスの街にあるとある料亭に向かってほしいとのことだ。

そしてそれを許可してもらうために、ヴィネアの力がいる。

やや緊張した面持ちで、馬車に乗っていると、


「ヴィネア様、ラスの街が見えてまいりました!」


とハールの声が聞こえた。


「本当ですか?!」


初めての街と風景を見ようとヴィネアは急いで馬車をとめて、

馬車から身を乗り出して、風景を確かめる。

興味津々な姿は、まるで純新無垢な子どものようだった。

まだまだ到着するには時間がかかりそうだが、

遠目に見えたラスの街は荒野のオアシスにふさわしいくらい、

ぽつんと荒野の中にある緑と水場の周囲に見える。

そして近くの運河もその近くに見えた。


「あそこに行くのですね...」


自然と街に興奮する気持ちもありながら、

ヴィネアはこれからの行動に対して、

使命感を抱く。

なんとしても自分とハールたち護衛兵を無事に帰還するための。

そして大きく息を吸って、馬車の中に戻った。


~~~~~~~~~~~~


 ラスの街に到着してから、ヴィネアはポレロットに許可をとって街の中をある程度自由に過ごせるようになった。

思いのほかすんなりと自由に行動できたことに対し、

ハールはさぞ安堵しただろう。

ポレロットはヴィネアを目にかけているのもあり、

パラインも特に目立った動きをすることはなかった。

少数の護衛をつけたヴィネアは、

夕暮れ時のラスの街の中央の市場の近くにある料亭サウアウールの目の前に着く。

サウアウールとはラスの方言で、砂漠に咲く花の名前だそうだ。


「ここが約束の場所です」


小さい声でハールがヴィネアに耳打ちし、

ヴィネアたちは周囲を警戒する。

そしてゆっくりと料亭に足を踏み入れた。

店の者とハールが待ち人を確認し、

店の奥の個室へと案内されていく。

そしてその部屋に入ると、

旅の商人のような格好をした者と、

地元の人間のような格好をした男が2人で椅子に座って待っていた。


「お待ちしておりました陛下、ハール様」


2人の男は立ち上がってヴィネアとハールに敬礼をする。

ヴィネアは戸惑うように応じるが、

ハールは慣れたように返礼をした。


「ヴィネア様、この2人は大将軍の密命でラスの街を拠点に情報収集をしているものたちです」


ハールがヴィネアに耳打ちしたことで、

状況をなんとなく理解できるヴィネア。

ユリーナがよくいう密偵という人たちなのだろうと。


「時間がないので、早急に報告しなくてはいけないことが...」


地元民のような男にいわれ、

ハールはヴィネアを急いで席につかせて会話は続く。


「私は大将軍に、3つめの策としてここでそなたたちと会えと言われている。

話とは何用か?」


ハールが口火をきって問いかけると、

商人に扮している男の方が頷いた。


「まず率直に申しますと、ヴィネア様を狙う集団がラスの街に集まろうとしています」

「狙う...集団?」


ヴィネアは心当たりがないため、

一体誰なのか気になった顔をする。

しかしハールはおおよそ検討がついていた。


「グラスディーンの家臣たちの私兵か?」


ハールが尋ねると、密偵の男たちは頷く。

それを聞いてヴィネアは驚く表情をみせ、

それに気づいたハールが小声で


「恐らく条約締結の反対派のものたちかと...」


と考えを述べた。

グラスディーンの家臣たちは概ね賛成と言っていたクライエルだったが、

反対派は実力行使に出るしかないと判断したのだろう。

ヴィネアもハールに言われ、今の状態の危機を感じ始める。


「まさか私の命を?」


ヴィネアがやや震えた声で男たちに尋ねると、

男たちは首を横に振った。


「いえ、恐らく捕らえて交渉の素材に使うつもりでしょう。

ですが、なんにせよ包囲されてはこちらも打つ手がなくなります」

「もちろん国交にも影響があるでしょうし、ヴィネア様をそのような目にあわせる訳にはいきません」


男たちの交互の報告をきき、ヴィネアは少しも安心できずに、

焦る心が表情に浮かぶ。


「それで、大将軍はどうせよと?」


ハールがその不安を一蹴しようと、本来の目的を問う。

ハール自身にとっても、ユリーナがそのことに対して策を持っていたと信じていた。


「陛下には本日の夜中に、ラセーテ川を船にのってくだっていただき、

ラスの街を抜け出してもらいます。

そして国境に最も近いエッサリーで船を降りていただき、

馬に乗って国境を越えて帰国していただきます。

船は今の時期なら追い風となり、エッサリーまでは2日もかからずにつけるでしょう」


それを聞き、ユリーナはなるほどと納得した。

ヴィネアも最初は納得したが、

次に疑問が浮かぶ。


「今日出発とは...急ですね。

しかし、ポレロット殿やパラインたちに内緒で出発するのですか?」


ヴィネアにとってはここまでついてきてくれている彼らに対して、

失礼な部分や、任務を全うできないことに対しての責任を感じるのだ。


「しかしヴィネア様、密かに動いていることなら彼らも知っている共謀者か、何も知らされていないかのどちらかです。

後に状況を知っていただければ、何も言えません」


ハールもヴィネアの性格を理解し、

説得をする。

ヴィネアはずっと浮かない顔をして、その後の話を聞くことになった。

そして彼らとの話は終わり、

ヴィネアはいつも通り店の客たちの代金を奢り、

宿泊予定先へと向かった。


◆──ラス脱出──◆


 宿泊先に戻り、夜の宴の間までヴィネアは室内でずっと悩んでいた。


──ハールにはああ言われましたが、やはり何も言わずに去るのは、人の道に背くのでは──


そんなことをずっと考える。

もちろん彼らに言ってしまうことはリスクとなりうるが、

それでも自分の正しいと思ったことをしなくてはいけないという王の使命を、

自分自身の正しさへの葛藤だった。

そしてポレロットはとても謀略に携わるように思えないという、

自分の勘もある。

それと同時に姉から言われた言葉も思い出す。


「──そなたの慈悲と人徳は多くの人を守る盾ともなるが、それと同時にその身を切りつける刃にもなるだろう──」


あの言葉がまさに、身に刻まれてから最も心の響いている。

ポレロットは信じているが、パラインは前に宴の時の兵の問題がある。

完全に信用しきるほどの確信はなかった。

そして散々悩み抜き


「やはり、ポレロット殿には言うべきですね」


とヴィネアは決意し、ポレロットに会いにいった。


~~~~~~~~~~~~


 ポレロットは宴の準備に携わっていたため、

2人きりになれる場所へ移動し、

周りに誰かいないか確かめてヴィネアは自らが狙われていること、

そしてそれから逃れるために密かにこの街を船で出ることも全て話した。

ポレロットはまさに目からウロコの状態で、

なにも知らなかったのだという確信をヴィネアにもたらす。


「なのでポレロット様、私は宴が終わって密かに発ちます。そしてこのことはどうか内密に」


ヴィネアが言うと、ポレロットは怒りと悲しみが入り混じって、

ため息をついた。


「このワシに内緒で我が国の愚臣たちがかような策を弄するとは...老いぼれだからと侮っているのでしょうな。

それもヴィネア女王に対してのこの態度...許し難いことこの上ありません。

私としてはヴィネア女王を最後までお守りしたいという思いはありますが、

やむを得ません。

心置き無く出発なさってくだされ。

私に話をしてくれたこと、心から感謝致します。

私もヴィネア様のために力をお貸ししましょう!」


ポレロットはそういうと、

宴の際の段取りをヴィネアに小声で話した。

そしてこの内容を後にヴィネアはハール達に話して、

密かに作戦を進めていく。


~~~~~~~~~~~~


 夜についに宴が始まった。

ヴィネアとポレロット、パラインやハールや地方官たちも集まり、

大いに盛り上がる。

楽隊の演奏や、舞踏が行われる中、

パラインはいつも通りニコニコしながら、

表情を変えずに時を過ごそうとしている。

宴が始まってしばらくたつと、

ポレロットはパラインの前に酒を大量に運ばせる。


「デメノー様、この酒は?」


パラインが少し驚き、尋ねる。


「皆の者、このパラインはヴィネア女王を常に護衛し、非常に我が国とセイヴローズの国の平和に貢献している。

よってこの場でその功績を称えて献杯をしよいではないか!!」


ポレロットが大声で宴に出ていた人々に言うと、

献杯が何度も始まった。

不思議だったパラインも、疑心暗鬼だったが次々と飲まされる酒には適わず、

表情や態度ではわかりにくいが、

時間が経って酒に酔って意識が朦朧としているようになる。

そんな姿に驚くヴィネアだったが、

頃合をみたポレロットが合図をする。


「皆には悪いが主役のヴィネア女王は気分がよく、

久々の移動で疲れたため、少し休まれるようだ、皆はどんどん続けてくれ!」


ポレロットがそう言うと、ヴィネアは礼をしてその場から去っていき、

ハールたち従者も緊張した面持ちでその場を離れた。

パラインは何事かと思ったが、いまだ行われる献杯と、

酒による認識能力が低下し、深く考えれない。

そしてヴィネアたちは急いで支度をし、

密かに船へと向かっていった。


~~~~~~~~~~~~


 船に乗りながら、遠ざかっていくラスの街を眺めるヴィネア。

夜風にあたりながら、僅かな懐かしみを感じた。

それを見たハールはヴィネアに近づく。


「少しお休み下さい、船を降りれば陸路ですので」


ハールが気遣う言葉をかけるが、

ヴィネアは反応をしない。

諦めて下がろうとするとヴィネアは


「ポレロット様がいなければ、順調ではなかったかもしれません」


と呟いた。

ハールはそれに納得しながらも、

ヴィネアがなにを考えているのか知ることはできない。

どんな思いで小さくなりつつあるラスの街を眺めているのか、

なぜそこまで寂しそうなのかが。

そんなことを考えながら船に揺られ、エッサリーまで向かう。

夜風はこの時期にはまだ少し、寒いようだ。


(続)


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