第18話 紅葉の出逢い

◆──エピュネーの都──◆


 ヴィネアたちは関所と街を通り、

ついにグラスディーンの都エピュネーへとやってきた。

城下町は内乱があった影響が感じられないほど賑わっており、

ヴィネアたち一行の行列がグラスディーンの城門に向かうまで、

多くの市民たちが見物にやってきていた。

馬車の窓の小さな隙間から、

人の多さと賑わいに驚く。


──遂にやってきたのですね、ここまで──


ヴィネアは安心した思い半分、そして気が抜けない怖さ半分の、

微妙な心がバランスを何とか保っていた。

一行はまずエピュネーのディーン=アイズ城内でクライエル王と直接面会することとなった。

ヴィネアはディーン=アイズ城の雰囲気や建築模様、庭の造りなどの違いを眺め、

僅かな感激を覚えながら、

王の待つ部屋へ入っていく。


~~~~~~~~~~~~


 クライエル王という人物の話は大まかにユリーナから聞いていた。

だが、ヴィネアにとっては初めて会う他国の王。

緊張せずにはいられなかったが、

なんとか心を落ち着かせ、クライエル王の待つ部屋の手前で深呼吸する。

そして、同伴しているポレロットに導かれるように、

部屋に入っていく。

部屋に入って礼をするヴィネア。

すると


「ああ、あなたがセイヴローズのヴィネア女王ですね、お会いできて光栄だ!!」


という優しげな男の声が聞こえた。

ヴィネアが礼を終えると、目の前の男は急いで返礼をし、

窓際からヴィネアの方へと近寄ってくる。


「私がクライエル・イルフィセス...いや、王としての名はクライエル・ディノ・グラスディーンです、以後お見知り置きを!」


クライエル王は色白の痩せた男で、身長はヴィネアよりは高いが長身というわけでもない。

頬もやや痩せこけていたが、美しい黒い短髪と、燃えるような真紅の瞳をもち、

どこか普通の人とは違う雰囲気を漂わせていた。


「こちらこそ、お会いできて光栄ですクライエル王。

この度は戴冠式へのご招待と、道中のご配慮いただきとても感謝しています」


ヴィネアは自然な笑顔で答えると、クライエル王は少しヴィネアの顔を見て照れくさそうに手を動かす。


「いえいえ、こちらこそ一国の主同士でこのような交流の機会を受け入れてもらえて…そ、そのとても深くっ感謝しています」


どこか具合でも悪いのか、ヴィネアが不安になるほどの動揺ぶりだった。


「クライエル王、不躾かもしれませんが、どこか体調が優れませんか?」


ヴィネアが心の底から心配して尋ねる。


「い、いえいえ。普段通りですよ!

その、ヴィネア女王があまりにもお綺麗な方だったので、つい目を奪われまして」


顔を赤くしながら話すクライエル王は、少し可愛く感じてしまった。

これがヴィネアとクライエルの初めての出会いだ。

そして少ししてポレロットが近くにくる。


「クライエル王、こちらにポレロット殿のおかげで無事に旅路を安心して過ごせたのです」


ヴィネアがポレロットの方を向くと、

謙遜しながら礼をする。


「ポレロット、そなたには父の代から誠に世話になっている。礼を言うぞ!!

そしてヴィネア女王の話も聞いていますよ。道中で民たちに施しをなさったとか、そのような方とお会いできた今日はなんて素晴らしい!」


クライエル王は緊張が少しほぐれたのか、

無邪気な少年のようににっこり笑って話した。

それがなんとなく懐かしいような気がして、思わずヴィネアも微笑んだ。

そしてその後、滞在日数や予定を確認した。

ヴィネアが滞在するのは今日を含めて7日。

8日目の朝にはまた、セイヴローズへ帰国の途につく。

今日は歓迎の宴が夜に開かれるのだが、

ポレロットは息子や知人と城下町の館で、宴の後に別に席をもうけてもてなしたいと願い、

クライエル王は了承した。

そしてそれは命の危険が及ばぬよう、限られた者にしか知らされなかったのだった。


~~~~~~~~~~~~


パラインは宴が始まる前、1人城内の一室でため息をついていた。


──ここまで来てしまったからには手は出せん、だがわたしにできることは──


拳を握りながら、黙々と考え込むパライン。


──最悪、帰路でもチャンスはやってくるはずだ、今は耐えねば──


そんなことを考えていると、部下が部屋の外にやってきた。


「パライン様、外交大臣がお呼びです!」


副大臣のパラインの直接の上司に言われれば行くしかない。

パラインは一切の企みごとをを全て胸にしまい込み、

部屋を出ていく。


◆──はぐれた街の片隅で──◆


 少し冷たい風が吹く中、宴は始まった。

そして日が落ちて月が空の頂へと向かう頃、

宴は終わる。

昼間よりも寒さが目立つものの、

秋本番といった気候なのだろう。

ヴィネアとハールは念のため、グラスディーンの普通の貴族階級の淑やかな服をきて、

こっそりポレロットが用意した社交の場に向かった。

ポレロットの仲の良い知り合いだけが招待された場だったが、

小さな舞踏会のようでヴィネアは比較的安心して時を過ごせた。

わずかだが知り合いと呼べる人もできただろうと思っている。

そしてもてなしを受けた後、館から出て城へ戻ろうとする。

今度は動きやすい町娘のような服装で。

だがそれが仇となるとは思いもよらなかった。

館を出ると、城下町は夜通し大賑わいのお祭り騒ぎだったのだ。

ヴィネアが訪れたこと、内戦が終わったこと、新たな王の誕生などの全ての祝祭のようだった。

城下町は人で溢れており、人1人通れるくらいの隙間しかないくらい。

ヴィネアはハールのすぐ後ろを懸命に追っていたのだが、

ふとした拍子に人混みに紛れて見失ってしまった。

ハールも町娘姿の人間を必死に探したが、

人が多すぎて見分けがなかなかつきにくい。

命の危険なのではと焦ったハールは過去一番に動揺しながらも、

数人の護衛兵とともに周囲を捜索しだす。

一方ヴィネアは人波に飲まれ、

いつの間にか街の離れの方にある、池や街路樹が並ぶ場所へきていた。

ハールと離れたことに一抹の不安がありながらも、

秋の紅葉と、自然の静けさ、そして遠くから聞こえる人の声が妙に心地よく感じた。


「はっ!?こんなことしている場合では」


のんびりしている自分を叩き起すように我に返り、

あちこちを眺めるがハールはいない。

護衛兵すらもいないのだ。


「はぐれてしまうなんて...」


行きはポレロットの案内だったので、このようなことはなかった。

だが、いざ知らない場所でひとりきりになると心が寂しくなるものだ。

そして寂しさはやがて心に影を落とし、ヴィネアの気持ちをナーバスにさせる。

暗い気分になったヴィネアは、

木の根元に座り込んでしまった。


「私の日頃の行いなのでしょうか...ハール、ユリーナ、姉上、助けてください」


涙が琥珀を歪ませかけたその時だ。


「そんな所に座り込んでどうかしたのかしら?」


見知らぬ女性の声がヴィネアに聞こえた。それも頭上の方から。

驚きつつも見上げると、木の上で太い枝と幹の間に座っている女の子を見つける。

女の子はにっこり笑ってヴィネアの顔を見てから、

反動をつけるようににして勢いをつけてヴィネアの隣に着地してきた。

ヴィネアはゆっくり立ち上がりながら女の子の顔を見る。

その子はとても顔が整っていて、白い雪のような肌に、紅の唇。

それに黒くて長い髪を夜風にたなびかせ、透き通った空のような青い瞳がとても美しく感じられる。

服も町娘にしても美しく、いい布でできているであろうことは、

デザインや生地を見ただけでヴィネアにもわかった。

思わず見入っていたヴィネアの様子を不思議に思ったのか、

その子は首を傾げる。


「そ、その...祝祭で付き添いの方と迷子になってしまいまして」


ヴィネアはやや不思議な緊張に包まれ、それを隠すよう、

やや下を見ながら話す。


「なるほど...確かに今日は人も多くて、慣れていないと大変でしょうね。

祝祭のために別の街からきたのかしら?」

「は、はい…その、イードッドから」

「イードッド!?あそこは自然に囲まれていい街ですものね。

私もあの街は好きなの」


優しく、ゆっくりとした言葉遣いで問われたヴィネア。

ここで身分を明かす訳にはいかない。

とっさに嘘を述べたが、信じてくれたらしい。


「ああ、紹介が遅れたわ。

私はエレーナ、17歳。この街で暮らしているのだけれど、貴女のお名前は?」

「わ、私は...ネア、あなたと同じ17歳です」


エレーナと名乗る女とネアと名乗るヴィネア。

2人は同じ年齢ということもあって、互いに微笑み合う。

彼女たちの間に、強い秋風が吹き抜け、落ち葉が舞い上がる。

するとエレーナはヴィネアの手を取った。


「こっちに来て!貴女の付き添いの方を見つけられるから!」


エレーナに引っ張られ、ヴィネアは駆け足で街の中央部に近い、

塔のへと連れていかれた。

2人はともに塔を登り、街を見渡せる高い場所までたどり着く。


「勝手に入ってよかったのですか?」


ヴィネアが街を見渡しながら、尋ねる。

高い場所は怖いわけではないが、なにせ初めてこのような場所にきたため、

やや緊張した面持ちなのだ。


「大丈夫よ、私の知り合いが管理しているの。

どう、見つけられそうかしら?」


エレーナは笑顔で答えるが、人が多すぎるのもあって、

ヴィネアであってもハールたちを探すのは困難だった。


「さすがに人が多くて...」


ヴィネアがそういうと、エレーナはくすくすと笑い出した。


「ごめんなさい、今のは冗談なの。ちょっと待っててくださる?」


エレーナの冗談に少し驚くヴィネアだったが、

彼女は服のどこからか取り出した植物の葉を手に持ち、塔の上からそれを離した。

その葉は風に流され、ゆらりゆらりと落ちていき、

やがて塔から離れた街の井戸がある場所へと落ちる。


「あそこに行きましょうか」


エレーナがそう言うと、

またヴィネアの手を引っ張って塔から、井戸の場所まで移動した。

まるでそよ風がかけるように、軽やかな足取りで。

井戸の前まで着くと、エレーナは手を離す。


「ここにいたら悩みが晴れると、女神様の教えがあったから...ここでお別れね、楽しかったはネアさん」


そういうとエレーナはまた軽い足取りでヴィネアから離れていく。


「機会があればまた会いましょう!」


優しく手を振り、エレーナはその場から離れ、夜の闇へと消えていった。


「嵐のような方だったなぁ」


ヴィネアが手を振るまもなく去っていったエレーナを思っていると、

突如背後から


「ヴィネア様!!」


と呼ぶ声が聞こえた。

振り向くとそこには、汗だくでヴィネアに近寄ってくるハールの姿。


「ようやく見つけられました...お怪我などはございませんか?」

「え、ええ」

「警戒を怠り申し訳ございません!この罪は死んでも償いきれ──」

「大丈夫ですハール、私は無事だったのですから」


ヴィネアがそう言うと、ハールは困った顔をする。

どうやら責任を相当感じてしまっているようだ。

それを慰めるように、大丈夫だと言いながら、城へ戻り出すヴィネアは心の中でもうひとつ、思っていたことがある。


──本当にハールがくるなんて、エレーナって何者なんでしょう──


冷たい夜風は今もなお吹き続けていた。


~~~~~~~~~~~~


 祝祭の日の真夜中、エピュネーにあるエーペリア神殿にて、

クライエル王はとある人物を待っていた。

すると神殿内にとある女が入る。

入ってきたのはエレーナだった。


「ヴィネア女王はどのような方でしたか?」


エレーナはそう尋ねながら、神殿内の一室に入り、クライエル王に大声で尋ねると、

戸を閉めて着替え始めた。


「とても美しい方だったよ、私の妃にほしいくらいだった。

瞳も美しくて、それで...」


言いかけている途中に着替えてきたエレーナは部屋を出てきた。

エレーナは黄金と青い鎧を身にまとい、髪を頭の上部で結んでいた。


「まったく、兄上にそのようなことを聞いたわけではないのですがまったく...」


呆れた顔と仕草をしながらクライエルの前までやってくる。

するとその姿を見て、クライエルは悲しげな目をする。


「すまない我が妹アトレーナ、お前にその姿をさせるたび、心が痛い」


そう呟くクライエルに対して、エレーナは近くまできてその肩を掴む。


「何を言うのです兄上、これは私が選んだこと。

私は兄上と平和と国のためにこうしているのです。

たまにこうして町娘エレーナとして、女として過ごせる時間をいただけるだけ、

兄上には感謝しています」


アトレーナはクライエルから離れ、祈りを始めようとする。


「妹よ、戴冠式にはそなたにも一緒にいて欲しかったぞ」

「私もそうしたいのは山々ですが、周囲の街での不穏を沈める方が先決ですし、

私を疎ましく思う者がいるのは事実です」


地に膝をつけながら、祈りの体勢で、寂しげなクライエルに話すアトレーナ。

神殿内に漏れる月明かりはアトレーナを照らし、クライエルはその様子を見て儚く感じた。


──妹よ、私はお前にもっと大きな運命さだめを押しつけるかもしれん──


夜はじきに明け、空にはまた日が昇る。

アトレーナは兵を率いて、早朝に王都を出立したのだった。


(続)

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