第17話 都への道

◆──第二の策・面会──◆


 パーナス・トラムを出発したヴィネアたちはクォーンの関所へ一泊した。

そこでは僅か1日でも、既にパーナス・トラムでのヴィネアの振る舞いが話題になっていた。

クォーン周辺の街でもヴィネアは、噂や期待に応えねばならないと思い、

パーナス・トラムで行った善行を、同じように行ったのだ。

それに加え、貧しい民に食べ物を買い与えたりもした。

パラインは感謝しながらも、常に様子を伺うような笑顔で、

ただただ傍観するだけ。

そしてさらに次の日、

森と湖に囲まれた空気の美しい【イードッド】へとやってきたのだった。


 イードッドは自然に囲まれ、病気の療養や、別荘をもつ貴族たちも多いという。

ヴィネアは着いた瞬間に、その空気の違いを肌で感じていた。


「とても空気が澄んでいて、心地よい気候です。貴族たちが別荘にしたくなる気持ちも分かります」


ヴィネアが馬車から降りた第一声を聞いたハールは「その通りですね」とだけ述べ、

宿泊先に案内しようとする。

するとヴィネアは


「待ってくださいハール、忘れていますよ!」


とハールに声をかけた。


「パーナス・トラムで始まって、クォーンでも人々に食事を奢ったり、人助けをしました。ここでもしなくては、不公平というものです!」


ヴィネアに言われ、ハールは驚いて声を出す。

まさかヴィネアがそう言い出すとは思っていなかった。


「しかしヴィネア様、大将軍の策では元々パーナス・トラムだけでしたし、クォーンは小さい街でした。

なにより我々の予算が...」


言いかけるハールの口を、ヴィネアは人差し指で物理的に押さえる。


「ユリーナの言葉がなんだというのです、困っている民は助けねば。

パライン殿には許可を既にとってあります、

時間がある限り、やれることをやらなくては!!」


ヴィネアはそう言って護衛兵たちを引き連れ、

行動に出る。

ハールも少し困った様子で、ヴィネアの後をついていく。

そしてこの行いはやはり街中で噂になる。

さらにこの噂は、たまたまこの街の別荘に滞在していた、

前王・ファスト四世時代の側近でもあった重臣ポレロット・エン・デメノーの耳のも入ったのだった。


~~~~~~~~~~~~


ヴィネアが善行を開始して噂が街中に広まった時、

役所でパラインは自身の手下である地方官とあって密会していた。

温度も感じないくらいの冷たく、暗い地下の部屋で、2人は互いに無表情で向かい合っている。


「パライン様の命令通り、宴の会場に兵を配備しております」


そう述べる地方官。

そしてパラインはそれを聞いても微動だにしない。


「よいな、合図をしたら兵を動かせ。それまでは動くな。そして女王の命までは奪うな、捕らえるのだ」


パラインが小声で、感情さえ判明できない声で冷たく言い放つ。

地方官が黙って頷いていると、

突然外から地方官の部下の声が聞こえてくる。


「ここにいらっしゃるのですか?」


誰かが近くにいたことも驚きながら、

何も話していなかったように装う地方官は用を尋ねる。


「どうしたのだ、急用か?」

「そ、その...ポレロット・エン・デメノー様が、来客室にて地方官様とパライン様をお呼びのようです」

「なにっ?!デメノー様がか!!」


既に隠居したとはいえ、亡き先王時代の重鎮であるデメノー老人に呼ばれたと、

地方官は急に慌てる。

パラインは自分たちがいることを知っているのだから、

一体なぜ呼ばれたのか疑問に思いながら、

地下を後にした。


~~~~~~~~~~~~


パラインたちが急いで来客室に向かうと、

椅子に座りながら、テーブルの上で拳を握りしめていた。

それを見てパラインは何かしら癪なことがあるのだろうと察しながら、

声をかける。


「お待たせしてしまい、申し訳ございませんデメノー様、何か御用でしょうか?」


頭を下げ、腰を低くして尋ねると、

ポレロットは息を荒げ、長い髭を触った。


「御用所ではあるまい!街中でグラスディーンの女王が民に施しをしていると話題になっておるわ。

敵国の王とその一行にこうも好きにさせるとは、そなたはなぜ止めぬ!!」


そんな事かと心で思うパライン。

しかし、目の前にいるのは未だ朝廷に権力を持つ老人、

下手に怒らせないように慎重に対応する。


「申し訳ございませんデメノー様、しかしグラスディーンの女王も多くの街で同じことをしており、

我が国土の偵察をしていないかどうかも監視しております。

向こうも印象をよくしようと必死なのです、

ですがこの程度で世間の声は変わりにくいもの、

どうかお気になさらず、私どもにも考えはありますので」


何度も頭を上げ下げして説得を試みるパライン。

だが、ポレロットは頑固で引き下がらない。


「そなたのような若造に何がわかる??グラスディーンの卑劣なラヴィア王の妹だ!

きっとなにか魂胆があるのだ!!そなたでは話にならん、今日開かれる歓迎の宴はわしの別荘で開け!!そこで直接会って話をつけてやる!!」


ポレロットの提案を聞き、焦るパライン。

このままではヴィネアを襲う計画が実行できなくなる。


「そんないきなりは...既に私どもで用意を──」

「食材や酒は全て運び、用意し直せ!よいな?そなた程度が断るなど言語道断だ!!」


怒鳴るように言われ、命令を受けるしかない。

パラインは渋々承知して、その場を離れた。


「あの老いぼれめ...余計な真似を!」


部屋を後にして小声で怒るパライン。

そして拳で壁を叩くと、

平静をすぐに装い、部下たちに宴の用意をポレロットの別荘で行うように命じた。


~~~~~~~~~~~~


 ポレロットの別荘にて


ヴィネアを歓迎する宴は開かれ、

楽師などが集まって、幻想的な音楽演奏する中、

パラインは自らヴィネアをポレロットの元へ案内した。

ヴィネアも突如グラスディーンの重鎮に会うことに緊張しながらも、

後ろで控えるハールたちがいることに僅かな安堵を感じて、

表情や態度は隠せている。

そしてヴィネアはゆっくりとポレロットの前に行く。

するとポレロットは立場上、敬愛の意を込めて挨拶を行った。


「ようこそ我が別荘へ起こしになった、セイヴローズのヴィネア女王陛下。私はポレロット・エン・デメノーと申します」


深々とお辞儀をするポレロット。

それを見て、ヴィネアは顔を上げるように急かした。


「そのように畏まらないでください、ポレロット様。私も今回お会いできて光栄です。

ファスト王の時代から仕え、誉あるエンの冠名を持つあなたとあえて、私も嬉しいです。

グラスディーンにあなたのような忠臣がいて、さぞファスト王も心強かったでしょう」


ヴィネアは特になにも考えず、おもっていたことをそのまま口にしただけだった。

そしてそれを聞きながら顔を上げたポレロットは、その美しい容姿と優しき声音に驚く。

すると横にいたパラインには、

僅かにポレロットの態度が軟化したように雰囲気を感じた。


「いえいえ、私など何もしておりませぬ。今日はヴィネア女王陛下をもてなしたいと思い、隠居の身ではありますが、こうしてこの場で宴を開きたかったのです。

さあ、ぜひこちらに」


最初の挨拶は明らかに敵意を感じられていた声音が、

自然なものに変わっている。

パラインだけでなく、ハールでさえも後ろで聞いて察するほどに。

パラインは2人の様子を見ながら、頭の中で企みを思考する。


──あの老いぼれ、急に態度が変わったか。だがいい、宴が終わてから作戦を行えばよい。兵は見えぬところに待機させている──


心でそう思いながら、笑顔でヴィネアたちを席に案内した。

それからポレロットは何が気に入ったのか、にこやかにヴィネアと談笑を続ける。

宴が始まって夜もふけてきた頃、ハールは密かに別荘の外を偵察していた兵から、とある報告を耳にする。

それは屋敷の外に兵が待機しているというものだった。

急いでハールはヴィネアの元へ近づき、

パラインは嫌な予感を感じて酒を飲む手を止める。

ハールがヴィネアに報告すると、

ヴィネアはポレロットの方を真顔で向く。


「いかがなさりましたか、ヴィネア女王?」


ポレロットはヴィネアの様子を見て笑い顔から不安な顔になる。


「ポレロット様、私をお狙いのようならすぐにそうしてください」


ヴィネアは唐突に理解しがたい言葉を投げかけた。


「女王陛下、どういうことですかな?」


ポレロットは手に持つ酒の器を置いて、真剣に尋ねる。


「別荘の周囲に兵が隠れているとの報告を受けました。なので、もし私の命を狙っているのなら、どうかハールたち護衛兵には手を出さず、私だけを速やかにお斬りください!!」


ヴィネアは潤んだ瞳で必死に訴えると、

ポレロットは驚いた。

そしてすぐさま怒りだし、パラインの方を睨む。

パラインはポレロットの方を向かずに平静を装っているのだ。


「貴様だなパライン!よくもわたしの顔に泥を塗る真似を!!」


パラインを指さしながら、怒りに身を任せるポレロット。

するとパラインは渋々口を開く。


「なんのことでしょう?私には一切身に覚えのないことです。

もしかしたら地方官が万一のことを考えて配備したかもしれません」


どう考えても怪しい弁解だ。

ハールはパラインの方を目を細めながら見るが、

まさに我関せずの態度を続けている。

それに対し、ポレロットはさらに怒りだした。


「そうだったとして、そなたが把握していないなどなんたる不注意!!

グラスディーン国の新たな王の大切な客人を、そのような心構えで守ること自体あってはならぬ事だぞ!」


ポレロットは酒の入った陶器をパラインの目の前に投げつけ、

床に当たった器は割れて散っていく。

それを目の前で見ていたパラインはついにその腰をあげ、

ポレロットの目の前に地に伏した。


「此度は私めの不注意でございました。今から地方官たちとも話をして、誤解がなきように致しますので、どうかお許しを...」


頭が床につくくらいの礼を謝罪をこめて行う。

するとさらに怒鳴ろうとするポレロットを、ヴィネアが手で制した。


「ポレロット様、どうか今日は私に免じて許して差し上げてください。

命令の行き違いはあってはならぬ事ですが、今は宴の場でもありますし、

怒りをお納めください」


ヴィネアにとっては怒られるパラインの姿も、叱っているポレロットの姿も見たくないと思う一心だった。

だがこの言葉でポレロットはどうやら怒りが消えていったようだ。


「ヴィネア女王陛下がそう言うのでしたら、これ以上は責められん。外交副大臣のパラインよ、ヴィネア女王陛下の心の広さに感謝をするのだな」


ポレロットに促されて、感謝の意を示す礼をするパライン。

それを見てヴィネア軽く微笑んだ。

これに気づいたのか、ポレロットはさらにとあることを告げる。


「だが、そなただけではヴィネア女王陛下の道中を安心して任せられん。

今から早馬を出して私自ら護衛を連れて行けるように陛下に言っておくから、そのつもりでいるように」


まさかの提案だった。

パラインとしては、ヴィネアを狙う場が潰えるようなもの。

しかし、この心苦しささえも押し殺して今はただ頷くしかなかったのだ。

それからパラインはすぐに宴を抜け、ヴィネアとポレロットは宴の続きを楽しむ。


そしてポレロットの別荘を出たパラインは、門の外で拳を強気握りしめ、怒りで震えていた。


──あの老いぼれ女好きめ、ヴィネア女王にヘラヘラと...老いぼれらしく朽ちて墓場にいくのを大人しく待っていれば良いものを!!──


湧き上がる怒りは今にも声となって出そうだったが、部下が近づいてくると、

それさえも押し隠す。


「周囲の兵を引き上げさせよ、今宵の作戦は中止だ」


一切の動揺を見せないその顔は、果たして真実なのか。


~~~~~~~~~~~~


宴の終わった後、ヴィネアはポレロットに呼ばれ、彼の別荘の庭に向かった。

周囲にハールなどの少数の護衛を残して。

庭の池のほとりの東屋のような場所で、

ポレロットは礼をつくして待っていたのだ。

ヴィネアはそれに応じて頭を上げさせると、

2人はしばらく池を眺めて静かな時が過ぎる。

風で揺れる水面の音さえも、鮮明に聞き取れるほど。

しばらくして、ポレロットはヴィネアの方を向き、口を開いた。


「先程の宴の時はご無礼をはたらき、申し訳ございません」


謝罪から始まり、ヴィネアは大丈夫だと手を振る。

するとポレロットは空を見上げながら、息を長く吐くと、

赤裸々に胸の内を打ち明けた。


「実を申しますと、私はヴィネア女王陛下と直接お会いするまでは、快く思っておりませんでした。

先のファスト王の時代より、対立が続く隣国の女王など...と」


話をしながら、度々無礼をお許しくださいと謝りながら話を続けるポレロット。


「しかし、お会いしてヴィネア女王のお心を知り、考えを改めました。

もちろん、私の偏見というのもありましたが...なにより、私の娘を思い出したのです」

「ご息女がおられるのですか?」


ヴィネアがポレロットに尋ねると、優しく首を横に振った。


「いた...のです。今はもう亡くなって11年経ちます」


ヴィネアは自分で聞いたことから始まったと責任を感じ、

申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「そう、お気になさらないでくだされ、ヴィネア女王......私には1人の息子と1人の娘がいた。息子は今も朝廷で、王に対して忠誠をつくしており、娘にはその助けのために、重臣の子息に嫁がせた。

だが、その娘も子を産んだ後すぐに亡くなってしまった。

その重臣の一族はファスト王の王妃側の人間だったため、一族は断絶してしまったのだ。

私は後悔でやりきれぬ気持ちになりました、我が娘イルナにもっと愛を深く注げれば...と


拳を握りしめたポレロットの目には涙が滲む。

ヴィネアも心を察して、自らに重ね合わせる。

自分もラヴィアが亡くなる前に、もっと仲を深めたかったと。

だが、亡くなった人間は戻らない。

それをポレロットもヴィネアも既に知っているのだ。


「失礼ながら、私はヴィネア女王に我が娘を重ね合わせていたのかもしれません。

娘が嫁いだときの歳は17、ヴィネア女王と変わりませぬ。

もしかしたらヴィネア女王をもてなすことが、亡き娘のために今できることなのではないかと...なのでヴィネア女王、厄介と思うかもしれませぬが、この老いぼれの最後の頼みと思って、今後の護衛などを任せてもらえませぬか?」


ポレロットはその場で跪き、頭を下げようとしたため、急いでヴィネアはとめた。


「何を言うのです...ポレロット様のお心を知り、私も感銘を受けました。

ぜひお願いいたします!!」


2人は異国の者ながら、互いに会話を通して確かに絆は結ばれた気がした。

冷たい夜に熱い絆が確かに生まれたのだ。



◆──第三の策とは──◆

翌日、ついにパラインとポレロットの護衛が混ざって、

ともに移動を開始した。

馬車のヴィネア、横を馬に乗って進むハールが見えるだけ。

だが、それでも心強くなったと感じていた。

するとハールはヴィネアに向かって声をかける。


「昨夜のこと、お忘れなきように...」


そう、それはポレロットとヴィネアが話し合った後、宿泊部屋でヴィネアとハールが話したことだった。


~~~~~~~~~~~~


 真夜中、ヴィネアの宿泊先の部屋内にて


ハールは周囲に人がいないかしっかり確認し、なお小さい声で話し始めた。


「陛下、大将軍はこうなることさえも予想済みでした。

ポレロット殿を味方につけよ...と」

「そんなことまで計算してたのですか?!ユリーナは本当に恐ろしいです」


何も知らなかったヴィネアは、少しわざとらしく気味が悪いような態度を示す。

少しユリーナを茶化した意味も込めていたのだろう。

それを見て、少し困惑するハールだが、すぐに話を戻した。


「これで2つの策を使いました、あとは1つだけのようです」

「あと1つはいつ使うのですか?」


ハールの言葉に、ヴィネアが問う。

するとハールは、懐から布を取り出す。

布には文字が書かれているが、ヴィネアの側からは上手く読めない。


「陛下、最後の策は帰路でのみ。ここから都に行き、戴冠式を終えるまでは、我々が用心深くしなくてはいけません。

どうか注意深くお過ごしください」


ヴィネアに一切布を見せないまま、ハールはそう忠告して会話を終えたのだった。


~~~~~~~~~~~~


 そして現在、心強いことが増えたヴィネアだったが、しっかり周囲に目を配らせて、全身に力を入れ、

緊張していた。

一方、そんなことを全く知らないパラインは、頭の中でずっと別のことを考えている。


──女王を襲撃できぬなら、せめて世間的な体裁を傷つけておかねば。

昨日のうちに、この先の川の橋を落とすように命令しておいた、これで戴冠式の遅らせ、恥をかかせよう──


作戦が成功することを半分確信していたパラインだったが、それは失敗に終わる。


「な、なにっ!?」


川に着いた時には、既に新しい橋ができかかっていたのだ。

それを見て驚くパライン。

そしてその様子をポレロットはヴィネアにむかって説明をしようと近くへ寄っていた。


「ヴィネア女王、ここの橋は昨日このあたりのならず者が落としたようだったので、

昨晩から徹夜で補修させましたのでご安心を」


パラインの言葉に感激するヴィネア。

それと同時に、表情は笑顔で内心は激昂するパライン。


──おのれ、進路を先に偵察させていたとは...老いぼれのくせに知識だけはやはり衰えぬかポレロット──


パラインはこの後、ついになにもできずに都まで向かうことになる。

そう、ついにグラスディーンの王都へ…!!


(続)








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