第15話 ヴィネアの選択

◆──戴冠式の行方──◆


「セイヴローズのヴィネア女王陛下には、2週後に開かれる我が国のクライエル王の戴冠式にご出席を願いたい!」


玉座の間に響くグラスディーンの使者パラインの声と、

それを聞いた家臣たちはみなざわつき始めた。

ヴィネアにもその空気の異質さと、その理由を察することはできる。

戴冠式とは国の中でのでき事、そしてグラスディーンは休戦中とはいえ敵国でもある。

つまり場合によってはセイヴローズが屈服したと思われることもあるのだ。


「そなたの国の王の戴冠式を見せるため、わざわざ陛下を呼ぶだと?

なにを戯言を、そんなもの承知できるわけがあるまい!!」


真っ先に大声を荒らげたのは刑法司長のバロッサ。

パラインは黙って何度か頷き、バロッサの方を向く。


「刑法司長のバロッサ・エーベヘイン殿ですな。御意見は確かに理解できます。

が、我が国王も敵としてあなた方と接するつもりはないと申したでしょう?

お互いが意味もなく争うことは、双方痛手を負うもの。ただ客人として迎え入れ、戴冠式を双国の新たな王同士の面会の場を設けたい、それが我が王の考えです。

私は王の代わりとして参った、何がなんでも承認してもらいたいと、無理を承知で参ったのです!!」


パラインは身振り手振りを交え、熱弁をする。

その様子を見て、言い出したバロッサは黙ってしまった。

すると今度は内財司長のカートナーが口を開く。


「私は内財司長のカートナー・ウィリアムスだ。パライン殿、貴殿の言葉に嘘偽りはなかったとしても、

我々には受け入れられない。

1つ、我が国の先王のラヴィア女王は行幸の帰路で刺客に襲われた。

その脅威が拭いきれない現在の情勢、易々と陛下を危険には晒せられぬ。

王が変わってばかりの他国など尚更だ。

2つ、陛下がクライエル王の要求に応じたとなれば、民や他大陸の国々には、我々セイヴローズが屈したと思われる。

体裁を考えても要求には応じられん!」


カートナーの理のかなった言葉を、ヴィネアは納得しながら聞き、

パラインがどう受け答えるか様子をみる。

するとパラインは目を閉じてやはり何度も頷き、それに答え出す。


「内財司長様の言葉も確かにわかります、もっと直接伺っても大丈夫ですよ?」


余裕のある笑みのパライン。

それを見てなにっ!?っと言って食ってかかるカートナー。


「直接、危険なグラスディーンは信用できない、と」

「そなた、なんと無礼な!!」


パラインの言葉はまるでカートナーを挑発するようだ。

そしてお手本のように怒るカートナー。


「確かに我が国の民には、貴国をよく思わない者もいるでしょう。

しかし、王直々に一国家を束ねる者同士で会いたいという思いは強い。

我々もヴィネア女王陛下が、グラスディーン国内を通る際は護衛をつけ、万全を期しましょう。

また、体裁を重んじて行かないというのは思い違いです。

我がクライエル王は、休戦中の相手国にわざわざ声をかけ、共に話し合う場を設けようとした。

その徳の高さは大陸中に広まるでしょう、

しかしそれを断るということは、

その徳を踏みにじる行為、

受け入れることと断ること、一体どちらを他の人々は善人と思いますか?」


パラインはまるで演説のように独壇場で話をした。

聞いていた重臣たちはほとんどが圧倒され、返す言葉をなくしたのだ。

そしてパラインはヴィネアの方を向く。

ヴィネアも隙をつかれたかのように一瞬ピクリと動いたが、

すぐに堂々とパラインを見る。

するとパラインは礼をしながら、ヴィネアに話しかけた。


「ヴィネア女王陛下、どうかご決断ください、全ては御心しだいです」


最後の言葉はそれまでの力説とは違い、

優しく真摯に頼みを告げる声だった。

この様子を見てヴィネアは思わず息を飲んだ。

圧倒されたような 、場を支配されたような感覚。

そしてそれを眉をしかめた状態でみるターネスと、

細目でパラインを睨むユリーナだけが、その場に飲まれずにいたのだった。


「しばらく時間をください、猶予は?」

「長くて3!」

「...わかりました」


ヴィネアはパラインに期限をもらい、

決断を考える猶予を貰うことになった。


~~~~~~~~~~~~


玉座の間での話し合いを終えたパラインは迎賓宮にて、

1人部屋で椅子に座って肩をまわしていた。


──やはりこういう仕事は疲れるな──


他国に赴くというのは、常に命懸け。

それを理解しているからこそ油断はできない。

肩が凝るのも仕方の無いことだ。


──セイヴローズの家臣も大して強敵ではなかったな、女王も謁見前に挨拶をして印象は悪くなかったはず。それに、どうやら精神的にはまだまだ王の器足り得ないな。

先のラヴィア王ならばこうはいかなかっただろう──


頭で考えながら、目を閉じて目頭を押さえる。

そしてゆっくりと目の疲れをほぐしながら、

気がかりなことを思い出す。


──だが、あの年寄り...恐らく大司長のターネス・ヴィズ・グァンテールと、女将軍でラヴィア王の右腕だったユリーナ・アスティーユ、あの2人だけは要警戒だな。一切こちらの意見に流されず、常に何かを考えている様子だった──


疲れをとろうとしたのに、パラインは色々考えて逆に頭が疲れ出した。


「いかんいかん、今はまだ時がくるのを待たねば」


そう言って考えるのをやめ、

近くの者を呼んで茶を持ってこさせたのだった。


◆──決意の時──◆


 パラインの謁見式の翌日、ヴィネアは重臣たちを1人ずつ王宮に呼び、

戴冠式に出席するか否かの意見を求めた。

行くべきと言うもの、行かぬべきという者、答えを濁す者もいた。

昼過ぎ頃から始めて夜になるまでそれは続き、

ついに残ったのはターネスとユリーナのみとなる。

そして意見が決まらないヴィネアは2人を同時に王宮に呼び、

3人で鼎談をすることにしたのだ。


夜の帳が下り、外では虫の音が旋律を奏でる頃、

ターネスとユリーナは同時に王宮を訪れ、

同時に中に足を踏み入れた。

ヴィネアは玉座に座らず、手を後ろに組んでテーブルの前をくるくると回って、

見るからに悩んでいる様子で2人を出迎える。


「2人ともよくきてくれました!さぁ、はやくこちらに!」


2人を見つけたヴィネアは急かすように2人をテーブルの席につかせ、

自らも座って意見を求めだした。


「まず率直に、2人ともパライン殿の話を聞いてどう思いましたか?」


聞かれた2人は互いに目を見ると、

では私からといった素振りでターネスが意見を述べる。


「戴冠式へのヴィネア様のご出席を求めていること、そしてそれを後押しするというのも真実でしょう。

しかし...」

「しかし?」


ヴィネアが話を急かし、ターネスは一息間をつくってから続けた。


「しかし、危険であることに変わりはありません。クライエル王に他意はなかったとしても、他のものたちがなにを考えているかまでは知りえませぬ。見に危険が及ぶのであれば、間をとってこちらも陛下の代理の使者をたてるというのも提案してみるのも一考の余地はあるかと」


ターネスの意見を聞いて頷くヴィネア。

確かに理にかなっている。

だがその意見はいわば保守的な考え、

堅実ではあるがクライエル王の気遣いを踏みにじったと思われるかもしれない。


「ユリーナは?」


次に聞くのはユリーナの意見、

意見を求められるとユリーナは軽く咳払いをして口を開く。


「大司長殿の意見、確かに一理ありますが...それがきっかけに綻びが生まれる可能性もあります」

「綻び?」


ヴィネアは引っかかる言葉を尋ねる。

その意味がより大事な気がしたのだ。


「はい、可能性としてこの戴冠式そのものを駆け引きにしているのかもしれません。

仮にこの誘いを断れば、それを理由に休戦状態をやめることができるでしょう。

我が国を攻める口実に利用できます、

そして仮に戴冠式に出席しても、その場で暗殺を狙う可能性もあるでしょう。

どの道危険なことに変わりないかと。

それに、ラヴィア様への刺客を放った黒幕も未だわからないということは、

グラスディーンもその黒幕の可能性もあります」


ユリーナの意見を聞いてヴィネアは気を落とす。

なんて自分は浅はかだったのかと。

ただ相手の尊厳のことしか考えていなかったため、

最悪の可能性や、隠された罠に考えが及ばなかったのだから。


「で、では...ユリーナもターネスと同じ意見ですか?」


暗い表情で尋ねるヴィネア、しかしユリーナはそれに対して毅然とした表情をしている。


「いえ、私は戴冠式に出席すべきかと」

「!?」


思っていなかった言葉を聞き驚くヴィネア、

もちろんターネスも目を見開きながら驚いている。


「ヴィネア様がその名に傷をつけず、事を運ぶにはそれしか道はありません。

それに、仮になにかあるのであれば、こちらも策を弄するのみ。

渦中の中にのみ勝機はあるというもの、

争いを避けるためにも誘いは受けるべきです!」


ユリーナは必死の表情でヴィネアに言う。

その必死さはただよらぬオーラをまとい、鬼気迫るものだった。


「全ては陛下のお心次第です、どうかラヴィア陛下のご遺志も思い出しながらお決めになってください」


ユリーナの最後の一言はこれだった。

ヴィネアにとってはとても冷たく鋭い言葉のように感じ、

永遠にも近いような思考の時を過ごしていく。


~~~~~~~~~~~~


ヴィネアは夜、ベッドの上で眠れずにずっと悩んでいた。

虫の音さえもかき消して聞こえないほどに。

ユリーナの言葉が頭から離れずにいたのだ。

確かにユリーナの言う通りだ、

今の国の情勢を見ても争いは避けたい。

そしてそれを防ぐには自ら命をかけるしかないのだということを。

だが決めかねているのは自分の命を失うことに対する恐怖だけではない、

結果的にターネスと意見が分かれ、

半々の意見に家臣たちのことを考え、

決めあぐねているのだ。

そんな時、ユリーナの最後のひとことを思い出す。


──どうかラヴィア陛下のご遺志も思い出しながらお決めになってください──


そしてラヴィアが亡くなる前の言葉も思い出す。


──外交は我が義妹、ユリーナを頼るのだ。

私が挙兵して以来、最も信頼する者だ...文武ともに秀でており、私にとっての妹、そなたにとっては姉同然であり、数少ない同じ女の重臣だ──


姉の遺志、言葉全てを巡らせてついに決める。


「信じます、ユリーナ」


そう思っているうちに、長い夜は開けようとしていた。

空には月と太陽が昇る時がくる。


~~~~~~~~~~~~


 そして約束の日、玉座にてパラインとヴィネアは面会をはたす。

もちろん重臣たちも、息を飲んでその様子見守っていた。


「ヴィネア陛下、お心は決まりましたか?」


パラインが胸に右手を当て、声を張る。

まるで挑戦者を誘うかのような態度だ。

しかしヴィネアの表情は一切揺らがずに堂々としている。

以前までとの顔つきの違いに、余裕だったパラインは少し違和感を覚えて表情が曇る。

するとヴィネアはゆっくり口を開き、意向を伝えた。


「パライン殿、私もじっくり考えましたが...戴冠式にはしましょう!

戻ってクライエル王にもそう伝えるように」


力強い声に驚く重臣たち、

だがあまりにも堂々たる姿と声に、

反論する余地はない。

ターネスは黙ったまま頷き、

ユリーナは深々と礼をして受け入れているのだった。


(続)

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