第14話 グラスディーンの新たな王
◆──隣国の行く先──◆
とある朝、突然の雷鳴でヴィネアは目を覚ました。
遠くで鳴ったはずなのに、まるで目の前に落ちたかのような轟音だ。
ヴィネアはウォーレニア大陸で広まる、ウォーレニア神話について思い出す。
神話内で、雷は戦いと守護を司る女神エーテラが戦いに赴く時に身に纏う物、
そして穢れと不浄を払うために落とす聖なる雷と言われている。
また、人によっては動乱の予兆とも言う。
──どこかでエーテラ様がお怒りになっているのかな──
そんなことを思いながら、支度を整え始めるのだった。
~~~~~~~~~~~~
ヴィネアたちがティスタープルでの事件を解決してから60日ほどが経った。
セイヴローズではひと月30日、10ヶ月で1年となる。
つまり2ヶ月ほど経った頃、セイヴローズは夏と秋の間という季節になった。
ヴィネアはまだ暑さ残る中、議事堂内で定例の議論を終え、
王宮に戻っている。
王宮内で公務の一環である投書の内容を確認していた。
書を読む姿は女王就任当初より様になっている。
しばらくして突如、侍女がヴィネアの前に出てきた。
「どうしたのですか?」
書を見る手を止め、ヴィネアが侍女に問う。
「はい、大将軍様が陛下に至急お目通り願いたいとの事です」
「ユリ...大将軍が?」
ユリーナが来ていることを知り、ヴィネアはすぐにそれを許可する。
そしてすぐにユリーナがやってくる。
その足どりはまるで鳥のように、急いでいるかのようだった。
「どうしたのです大将軍?大事なことなのですか??」
表情は一切崩れていないユリーナに尋ねてみると、
ユリーナは頷く。
「陛下、グラスディーンで起こっていた内乱なのですが、密偵の報告によれば、どうやら終結したそうです」
「!?」
そう、それは隣国の跡継ぎ争いの内乱のことだった。
レキーノ王妃と側室のカティナ妃の嫡男同士の争いだ。
「どちらが勝ったのですか?」
唾を飲みながらヴィネアが尋ねる。
するとユリーナは眉にシワを寄せた。
「カティナ・イルフィセスの長男、クライエル・イルフィセスです」
ユリーナがそう告げた時、ちょうど太陽が大きな雲にすっぽりと覆われて隠れた。
ヴィネアは驚きながら目を見開き、すぐに続けて質問をする。
「では王妃側は?」
「レキーノ王妃は捕らえられ流刑、長男のアラギー王子は自害、王妃の家族皆死刑になるそうです」
「そうなのですか」
ヴィネアの心の中で、時代が変わる風を感じた。
それと同時に強い風が吹き始め、王宮内にもふきぬける。
まるで何かを伝えているかのように。
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その日の夜、ヴィネアとユリーナは2人で月を見ながら音楽を嗜んでいた。
と言っても10人程度の宮殿の楽隊に情緒にあった音楽を鳴らせ、
ヴィネアは茶を、ユリーナは月見酒をしているだけだったのだが。
昼間は残暑で熱を感じたが、この季節は夜風が心地よく、涼しい時期なのだ。
「心地よい風ですねユリーナ」
ヴィネアが目の前で酒を飲むユリーナに尋ねる。
「ええ」
ユリーナの返答には、どこか芯が通っていないように感じた。
「なにか憂いがあるのですか?」
ヴィネアが首を傾げながら尋ねる。
まるで子犬のように可愛いらしい仕草に不意をつかれ、ユリーナは笑みを漏らした。
「...グラスディーンの情勢が気がかりです。この夜風の冷たさよりも、鋭く迫りくるようで」
「ユリーナの本能的な感覚は確かによく当たりますから。でも、私たちが協力すればきっと大丈夫です!」
ユリーナの本音を聞き、ヴィネアは励まそうとする。
しかし、ユリーナは天上の満月を見ながら話し始めた。
「今回のグラスディーンの内乱は、私も正直に言えばクライエル王子が勝つだろうと見込んではいました。
しかし、これほどの国を二分するような内戦をしておきながら、僅か
ユリーナは口と目を閉じて夜風を感じる。
その様子を見てヴィネアは心を察した。
「不安なのですか?だとしても、新しく座についたクライエル王は、病弱だという噂もあるのでしょう?」
ヴィネアはターネスや他の重臣たちの噂話を聞いたりして得たことを尋ねてみる。
するとユリーナは目を見開き、月を一直線に見つめた後、
ヴィネアの方を向いて話す。
「ええ、確かにクライエル王は父のファスト四世と同じで身体が丈夫ではなく、文学の才能も平凡だと言われています。
ただ──」
「ただ?」
「ただ、クライエル王には
「い、妹??」
これだけ聞いてヴィネアは何かわからない。
なぜ王の妹の話をするのか。
「王の妹が何かあるのですか?」
ヴィネアが食い気味に尋ねたことで、ユリーナは酒を一口含んでから続きを話す。
「クライエル王の妹君、名はアトレーナ・イルフィセス。
幼い頃はじゃじゃ馬娘と言われ、5歳の頃に母のカティナ・イルフィセスによって戦と守護を司るエーテラ女神を信奉する神院にいれられてたしいです。
そしてファスト四世が病に倒れ始めた2年前、15歳で神院から連れ戻され、
兄であるクライエル王の最も信頼される臣として仕えています。
この内乱でも自ら軍を率い、剣を振るい、凄まじい活躍をしたと言います」
ヴィネアはユリーナの説明を聞き、驚く。
そのクライエル王の妹というのが、自分と同じ歳であるということに。
「そして反乱を3日で鎮めたというのも、そのアトレーナの軍だと言います。
アトレーナは男勝りの知略と戦闘術を持っていると聞きます。
人望もあるらしく、最も恐ろしいのはこのアトレーナという者です」
ヴィネアの顔を正面から見ながら真剣に訴えるユリーナ。
それを見てヴィネアは頭の中で色々考えた。
──自分と同じ歳の、それも同じ女で国の最前線で戦う者がいるなんて──
そしてユリーナの不安も、何となくその理由を感じていた。
──ユリーナは姉上に近いものを、そのアトレーナに感じているの?──
声には出せなかった。
だから喉に出かかって心の中で声を留める。
そしてその名前を忘れぬよう、しっかりと胸に刻んだ。
──アトレーナ・イルフィセス!!──
◆──グラスディーンの使者──◆
グラスディーンの新たな王が誕生してから1週経った頃、
とある報せがヴィネアの耳に入ることになる。
「グラスディーンから使者がやってくる...と?」
大司長ターネスと2人きりの王宮の室内に響くヴィネアの声。
驚きのあまり声が大きくなってしまったと、ヴィネアはすぐに取り繕う。
「恐らく新しく国王となったクライエル王の王権を確固たるものにする、何かしらの国交問題に話かと...そう気負いされなくとも大丈夫です陛下」
ターネスはヴィネアを落ち着かせるよう、
堂々とした貫禄のある態度で言諭す。
「しかし、なにか胸騒ぎがするようで」
ユリーナに言われたこともあるからか、
向こうから起こした行動になぜか裏があるのかと思ってしまうヴィネア。
それで不安が溢れてきそうだ。
「使者が到着するのは3日後です、それまでにお心を整え、堂々たる態度で臨んでくださいませ」
ターネスに少し釘を刺され、
自分の気を引きしめるヴィネアだった。
~~~~~~~~~~~~
ちょうど木々の葉の色が緑から黄色のように変わる頃、
王都セヴァークにグラスディーンの使者はやってきた。
秋風の冷たい風と共に。
宮殿内で使者たちの滞在する迎賓宮にて、
到着して早々ヴィネアは、直接使者の元へ向かった。
ヴィネアが近衛や侍女たちを引き連れてやってくると、
迎賓宮の外で使者とその一行たちが立って待っていたのだった。
使者の先頭には細身で、彫りが深い顔の整った長身の男が、
ヴィネアを見つけて一礼をする。
「お待ちしておりましたヴィネア女王陛下。私はクライエル王の遣いを任された外交副大臣のパライン・モートでございます。
本日はお会いできてとても光栄に思います」
男は低く通った声で、ヴィネアに向かって声をかける。
ヴィネアはその容姿と声に少し驚きながら、
礼に応じた。
「ここでずっと待っていたのですか?」
ヴィネアが尋ねると、パラインは礼をやめて口を開く。
「はい。ヴィネア女王はとても聡明なお方だと伺いました。なので正式な謁見の場よりも前に、我々をひと目見てからにするだろうと思いましたので」
パラインの言葉は当たっていた。
ヴィネアは正式な謁見の場の前の様子見でやってきていたのだから。
「とても頭がまわる方ですね。あなたほどの人材ならばクライエル王もさぞ助かるでしょう」
ヴィネアは相手に心を読まれないよう、
警戒しながら毅然と立ち振る舞う。
そしてこの接触から、国同士の駆け引きは始まっていくのだった。。
~~~~~~~~~~~~
その後ヴィネアと重臣たちが座る玉座の間にて、
正式な謁見の儀式を終える。
始まる前からずっと重臣たちを取り巻くには緊張した空気だ。
そんな中ついに話し合いが始まった。
「それで、クライエル王は我が国に一体どのようなご用であなたを遣わしたのですかな?」
口火を切ったのはターネス、
パラインに向かって用事を尋ねた。
他の重臣たちは唾を飲み、緊張が走る。
もちろんヴィネアも、拳を力強く握りしめ、隠していた。
するとパラインはにこりと微笑んだ。
それに対してターネスが首を傾げ、パラインは一礼をして声を発する。
「別に争いごとなどは考えていませんし、クライエル王もそれを望んではいません。
単刀直入に言いましょう、
セイヴローズのヴィネア女王陛下には、2週後に開かれる我が国のクライエル王の戴冠式にご出席を願いたい!」
パラインが言い終えると、
玉座の間に言葉にできない衝撃が走っていった。
これが何を意味するのか、
重臣たちは理解していたのだから。
(続)
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