第12話 新たなる動乱
◆──隣国、揺れる──◆
テファンたちを処罰した1週間後
ヴィネアが定例の議会が始まる前、王宮内でとある報告をターネスから聞いた。
それは隣国のグラスディーンの国王ファスト四世が、
ずっと病床についていた中、一昨日に崩御したとの内容だった。
ヴィネアもこれを聞いて、ユリーナがかつてテファンの反乱の前に言っていた言葉を思い出す。
「──正室の子と側室の子で跡継ぎ争いが生まれそうなグラスディーンでは、外部のことに干渉をするほど情勢は安定しておりません──」
これを思い出し、その詳細をターネスに尋ねた。
「グラスディーンは跡継ぎ争いが...というような話を以前ユリーナから聞きましたが、ターネスも知っているのですか?」
「ええ、有名ですからな。
ファスト四世の正室、レキーノ王妃の子息と、
最も寵愛を受けた名門イルフィセス家出身の側室、カティナ・イルフィセスの長男。
ファスト四世の世継ぎ候補の男子はこの2人のみ。
そしてファスト四世は後継者を遺言で残さずに亡くなったのです」
言い終えたターネスは顔をしかめ、ため息をついた。
ヴィネア自身も、深刻な問題だということはわかる。
これからグラスディーンでは血が流れるような戦いが始まろうとしていることも。
「一体どちらが後継者になるのでしょう...」
ターネスに聞いたのではなく、自分自身の思いを口にする。
するとターネスも、独り言のようにひっそりとその問いに、自分なりの考えを述べ始めた。
「本来なら、継承はレキーノ王妃の子なのでしょう。
しかし、レキーノ王妃はファスト四世が健康だった頃から、国政に介入しようとしたり、横暴な振る舞いが目立っていました。
それに対してカティナ側室は人望もあり、心優しきことで臣下たちからの評判もよいと噂です。
ファスト四世の寵愛をうけたのも、その性格も関わっているとの事。それに名門の家の出であり、人脈も広い。
もし戦いになれば、どうなるかはわかりますまい」
テファンの話で、ぼんやりとグラスディーンの問題の輪郭が見えてきたヴィネアは、
少し黙って頷いたあと、
顔を上げる。
「今日の議論もそれに関することなのですか?」
「...はい、その通りでございます」
ターネスは首を縦に振り、
ゆっくりと礼をしたのだった。
~~~~~~~~~~~~
朝の日差しが昼の眩しい光に変わりかける頃、議事堂にてヴィネアと重臣たちはとあることについて話し合っていた。
「グラスディーンを攻める?なにを愚かなことを」
重臣の1人が声を荒らげる。
するとそれに応じる別の重臣が
「敵が内輪で揉めている今だからこそです。祖覇王のラヴィア様も大陸統一を兼ねてより望んでいたはずです!」
と叫ぶ。
そう、グラスディーンの後継者争いが起こることを考え、
休戦状態を破って攻め入ることを提案するものたちがいたのだ。
「ヴィネア様はいかがお考えです?ラヴィア様のご遺志をお受け継ぎになるでしょう?」
戦に肯定的な重臣がヴィネアに直接尋ねてくる。
ヴィネアも大きく深呼吸をして悩んだ。
そしてずっと黙りを決めているターネスに向かって尋ねてみることにした。
「大司長はどうお考えです?」
声をかけられたターネスは髭を少し撫でたあと、
ため息をつく。
そしてゆっくりと口を開いた。
「それぞれ一長一短です。確かにグラスディーンが揺れ動くこの機会はなかなか訪れないでしょう。
ですが、テファン・ラルダロッドの乱で我が国も今安定しているとは言えますまい。
私には決められませぬ」
テファンはそう言って意見を終える。
きっと本当は意見があるのだろう。
しかし、重臣それぞれの顔を立てるためにどちらかを言わなかったのだ。
それを決めるのがあなたの仕事だと、ヴィネアに伝えるように。
ヴィネアもそれを察し、それ以上は尋ねなかった。
そして今度は大将軍のユリーナに同じ質問をした。
するとユリーナも淡々と
「大司長様と同じ意見でございます。ヴィネア様のお決めになることに従います」
と言うだけ。
ヴィネアも小さくため息をつくと、姉の遺言を頭の中で思い出す。
──そなたには天下で覇を競う才は私には及ばぬ。
だが、そなたの人徳と人を見る才は高く、いずれ私を上回るだろう…
故にそなたは国を強固にすることに、心血を注ぐのだ──
そしてついに決意する。
「私は今回、グラスディーンを攻めることはしません。
内乱でこちらも地盤が揺らいでいる状態です、今は国をより強固なものにし、来るべき時に備えます。
これ以上、この話はしないように」
堂々たるヴィネアの姿に、重臣たちは皆圧倒され、
かしこまりましたと言って頭を下げた。
力強い太陽に光が議事堂内にて、ちょうどヴィネアを照らしている。
それを見てユリーナやターネスも密かに微笑み、礼をした。
「では陛下、次の議論なのですが...」
礼をし終えたターネスが口を開く。
「申してみよ」
「はい。東南のティスタープルの街にて、一部の高族の商団が、
秘密裏に他国との貿易を行っているとの話があります」
この一言から、新たな問題が浮き彫りになっていったのだ。
◆──密貿易──◆
「ふぅ〜いい天気ですね」
青空に飾り付けたような雲が広がる中、
ヴィネアはひっそりと変装をし、
ユリーナを含めた少数の護衛兵を連れてティスタープルの街をやってきていた。
ティスタープルは大きなイルミーノ河の河口部、海に面した街で、
他の大陸の国との貿易にも利用されている港がある街なのだ。
「陛下、あまりはしゃいではいけません。
今回は密かに視察をするのが目的ですから」
ユリーナが小さい声でユリーナに囁く。
「でも、ずっと城にいたので...なんだか嬉しくって」
思わず笑顔が弾けるヴィネアを見て、やれやれと言いながらついていくユリーナ。
そう、こうなったのは5日前の議事堂での議論の結果だった。
ティスタープルで街で他国との不法な取引が行われているという話。
さらに悪徳な商団は街や近くの村の貧しい賎人たちに薬などを買うための借金をさせ、
膨大な取り立てをしているということ。
さらに金を返せない者たちを奴隷として他国に売り払っているという噂まであるというのだ。
これは見過ごせないとして、密かに視察を行うことを決めたヴィネアはティスタープルを訪れた。
商団はどうやら既に人身売買用の人たちを監禁し、
視察にやってきた次の日に取引を行うとの情報がある。
また、取引は夜行われるため、
前もってヴィネアたちは街に乗りこんだのだ。
ティスタープルの街を歩き回ったヴィネアたちだが、
昼間ではとても裏取引などないような、活気溢れたいい街のように見える。
「陛下、あの少し離れた山と海の方が見えますか?」
ユリーナが指をさした街から少し離れた方をヴィネアが見る。
「あそこで夜に密かに取引があるようです。
街の周囲と山にも兵は配置する予定ですが、拉致された人々がどこに監禁されているのか、いまだに把握はできません。
今のうちに少しでも手がかりが見つかれば良いのですが...」
ユリーナに説明され、ヴィネアは少し心が重くなる。
「話が本当なら、とても悲しくて残酷です。絶対に人身売買は防がなくては」
ヴィネアの悲しさに満ちた声がユリーナの心を締めつける。
思いやりの心が強いヴィネアのことを考え、
ユリーナは話を変えようとした。
「近くの料亭に事前に偵察させていた兵たちと会う場所を設けています。
少しはやいですが行きましょう」
ユリーナはそういうとヴィネアの手を取り、
料亭に向かってエスコートを始めたのだった。
~~~~~~~~~~~~
料亭でユリーナの部下と話し合ったヴィネアだったが、
やはり拉致された人の居場所は分からないらしい。
残念な報せを聞き、料亭を出たヴィネアが途方に暮れていると、
料亭の外で怪しげな男たちを見かける。
黒を基調としたボロい服を着ており、
周囲を気にしながらヒソヒソと小声で話をした後、
駆け足でその場を去っていった。
それを見て、ヴィネアが追いかけようとすると、
ユリーナが料亭から出てきてヴィネアを追いかけて止める。
「どうなされたのです陛下?」
「いま怪しい男たちがいたのです。真偽はわかりませんが、追ってみましょう!
どこか引っかかるのです...」
ヴィネアの必死な顔を見て、ユリーナは頷くしかなかった。
それは命令だからではなく、なにか手がかりを探したいと思う必死さを感じ取ったからだ。
2人は急いで去っていった男たちを追いかけていく。
~~~~~~~~~~~~
ヴィネアとユリーナが追いかけている男たちは、
海辺の近くにある屋敷の離れにある倉庫の中に入っていった。
「あの屋敷は、この街で有名な地主の屋敷です。何かあるのかもしれませんね...」
ユリーナがひっそりと塀の外側から眺め、ヴィネアに話す。
ヴィネアも息を殺して頷いている間に、
倉庫から男たちは出てきて、1人の男を見張りに残して、街の方へ戻っていった。
それを見計らったユリーナは塀を飛び越えながら、拾った小石を見張りの男の肩に投げつける。
男が飛んできた石と、その方角を見た時には、既にユリーナは男の背後に回りこみ、
後頭部を剣の鞘の部分で殴った。
男は脳震盪を起こし、そのまま気絶したのだった。
すぐに男の手と足を縛り、目隠しをつけ、
ヴィネアを呼ぶ。
そして2人は倉庫に入ると、何も無いことに驚く。
「そんな、なにもないなんて...私の思い違いだった?」
ヴィネアが焦っているのを見たユリーナは、
倉庫を改めて見回す。
中にはなにもない棚と壺が2つほど置いてあるだけだった。
ユリーナは壺の並びが僅かにずれていることを不自然に思い、
壺の位置をずらすと、床下に扉があることに気づく。
「これは...」
「ユリーナ、行きましょう!」
ヴィネアに急かされ、扉をゆっくりと開き、
地下へ潜っていく。
地下はひんやりとした空気が滞り、
暗さもあって不気味な感触を肌で感じるほどだ。
暗い地下の階段を少し降りると、
真っ暗な中でなにかが動く気配がした。
ヴィネアが驚いてユリーナの袖を掴む。
ユリーナは手持ちの火打ち石で、壁にかかった燭台を見つけて明かりをつけると、
部屋の内部が明るみになった。
「こ、これは...!?」
ヴィネアたちが見たもの、
それは目隠しと猿轡つけられ、手足を紐で結ばれた人たちが檻の中で横たわっている光景だったのだ。
(続)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます