第11話 逆賊の末路

◆──主の格──◆


 捕縛されたテファンやジョーたちは生け捕りのまま、

ユリーナとともに王都のセヴァークへと帰還した。

反乱の制圧を報告で知ったヴィネアは、

ユリーナの帰還を心待ちにしていたため、

帰還したユリーナに真っ先に会いに行ったのだった。


「ユリーナ!!」


帰還してばかりで慌ただしい軍の施設内に入ったヴィネアは、

他の将軍たちと話をしているユリーナを見つけ、

涙目で駆け寄っていく。


「陛下、わざわざこちらまで──」

「無事だったのですね、安心しました。よかったです、よかったです...」


無事な姿を見て安堵したのか、ヴィネアの目から大量の涙が溢れ、崩れそうになる。

ユリーナは周りの目もあったため、それを必死に腕で支えて押さえた。


「陛下、私たちごときのためにそこまで思ってくださったのは感謝しますが...今は周りに人も多いです。

どうか堂々とお願いします」


ユリーナが小声で話しかけると、ヴィネアは目元を指で軽く拭ったあと、

何度も頷く。


「お話はまた少し後で、議事堂で皆への報告が終わってから時間をとります」


そう言ってユリーナはヴィネアに一礼をすると、

ヴィネアは急いで議事堂へ向かった。

それも足を軽々とだ。

ユリーナはその後ろ姿を見て、安心したような微笑ましい気持ちになり、

肩の力がやっと抜けたのだった。


~~~~~~~~~~~~

議事堂で他の重臣たちに戦の報告をした後、

束の間の心休まる時が王宮に訪れていた。

ヴィネアとユリーナは暖かい日差しが降り注ぐ王宮の庭に椅子とテーブルを用意し、

茶を飲みながらより詳しい話をしていたのだ。


「もう、敗戦の報せを聞いた時はとても不安でした。

本当に...心が破裂しそうで」


少し不貞腐れたように頬を膨らませるヴィネア。

ユリーナはそれを申し訳ないと謝るしかない。


「しかし、ユリーナほどになれば全て計算のうちだったのですね」


ヴィネアはカップのお茶を一口含んでから尋ねる。

するとユリーナはテーブルの下に隠れている手を軽く握りしめ、

首を横に振る。


「いえ、全てが全てというわけではありませんでした。

テファンが兵を総動員していたことで一網打尽にでき、

西の街も反乱を終わらせましたが、

敵が兵を僅かに残していたせいで、水攻めをしなくてはならなくなりました」


ユリーナの口から水攻めという言葉を聞いたヴィネアはカップを置いて絶句する。

そしてこの反応もユリーナは覚悟をしていた。


「水攻め...やはり多くの民たちも被害を受けたのでしょうか」


俯いて悲しげな顔をするヴィネア。

その琥珀の瞳は曇りかけ、歪みかけている。


「勝つためとはいえ、私の責任ですヴィネア様。

どうか私に処罰を」


ユリーナが椅子から立ち、地面に跪こうとした。


「何を言うのです!」


そう言ってヴィネアはユリーナを立ち上がらせる。


「あなたの精一杯の考えなのです。つまりこれは女王である私の責任です。

民たちに恨まれるなら私が恨まれるべきなのです。

ですから、あなたは気にしないで」


必死に庇おうとするヴィネアの真摯さを受け、

ユリーナは胸がいっぱいの愛で溢れる。


──ああ、やはり私はこの人に仕えるべきなのだ──


「では陛下、ゴレグリムを含めた西の街の民たちへ支援をなさってください。

さすれば、陛下の誠意を皆理解し、民も心が安らぐでしょう」


ユリーナが提案をすると、ヴィネアは二つ返事で引き受けた。

するとユリーナが感謝の意を述べ、礼をする。


「それと陛下、まだお仕事が残っています」


礼をしたあと、ユリーナが真剣な目でヴィネアを見ると、

ヴィネアは目線をそらす。


「え、ええ...」


その様子を見て、ユリーナはヴィネアの心を察する。


「反逆者であるテファン・ラルダロッドたちの処罰は、陛下が直々にお下しになる決まりです」


ユリーナが確認するように少しゆっくり話すと、

目線をそらしたヴィネアの目が泳いでいるのがわかった。


「本当に私が裁くのですか?」

「...はい」

「でも人の命を私が奪うことになるかもしれないのですよ…ね?」

「もちろんです」

「怖いのです、私の裁量で全て決まるのが。もし私が道を踏み間違えれば、戻れなくなりそうで。

それこそテファンのように」


ヴィネアは震えるように両手を握って、

ため息をついた。

だがこの反応を見て、逆にある確信を得る。


「ご安心を、ヴィネア様の今のお言葉で私は安堵しました」

「安堵?」

「はい。陛下は自らを客観的に思う心をお持ちです。

そしてその心は民にも向けられている。

テファンは己の命可愛さに民や兵を捨て、逃げ出しました。

陛下はテファンが見捨てた民たちをもご配慮なされています。

その時点で主としての格が違うのです」

「格...?」


ユリーナはこの言葉の意味を、今のヴィネアが理解しきる必要はないと感じていた。

それを考えることこそが、彼女のためになると。


「では陛下、私はこれで...また詮議の場で」


ユリーナはそう言って、言葉に引っかかって悩み続けるヴィネアに一礼した。

爽やかな風が吹く中、ほとんどお茶を飲まずに去っていったのだった。



◆──処罰の決定──◆


雲ひとつない青空の中、セイヴローズ城内中央にあるロッドハーツ広場にて、

大勢の文官武官たちが集まる。

さらにその周囲を大勢の兵たちが護衛のために待機している。

そして広場の中央には手枷と縄で縛られたテファンとジョーが跪いていた。

そして広場の高台にある、文官たちが座る席の中央に、

ヴィネアは現れる。

ヴィネアは椅子に座る前に、高台から立ったままテファンとジョーを見下ろす。

テファンは歯を食いしばりながら、獲物を狩る獣のような目でヴィネアを睨みつけ、

ジョーは目を閉じて静かに時が経つのを待っている様子だ。

ヴィネアは睨まれて背筋が凍るような思いをした。


──ダメ、怖くても女王として振る舞わなきゃ、しっかりしなさいヴィネア!!──


自分で自分にそう言い聞かせる。

そしてゆっくりヴィネアが座り、彼らの最後の審判が始まった。


「反逆者テファン・ラルダロッド、罪が決定する前になにか言い残すことはあるか?」


テファンたちの目の前に現れた今回の反乱鎮圧の責任者である大将軍ユリーナ。

テファンに向かって尋ねると、

ずっとヴィネアを睨み続けていたテファンはユリーナに視線の矛先を向けた。


「ええい、こんな青臭い小娘に仕える小癪な女ごときに負けるなど、

全く腹立たしいことこの上ないわ!!」


テファンが怒りの声をあげると、

その不敬な態度に他の家臣たちが苛立ち始める。

はやく殺してしまえという声も響いていた中、

ヴィネアは冷静にユリーナの方に向かって頷くと、

ユリーナの合図で周囲が静かになっていった。


「なんとでも言わせておくぞ、テファン。

所詮お前は敗軍の将だ」

「なんだと?!」

「これより陛下がお前の処罰をくだす。

陛下、お願い致します!」


一言二言会話をしたユリーナは、

ヴィネアの方を見上げる。

するとヴィネアはテファンを見ながら、

ある問いを投げかけた。


「テファン、あなたはゴレグリム城から逃走したと聞きました。

その時、何を考えていましたか?」


ヴィネアからの問いの真意を察したユリーナは答えよと急かす。

するとテファンはヴィネアを睨みつけ、


「お前の首をどうとれるか考えておったわ小娘!!」


と怒鳴った。

無礼な言葉聞いて周囲の武官や兵たちが怒りに剣を抜きそうになる。

だが、ヴィネアはそれを制止した。


「本当にそれだけですか?他には何も考えていなかったと?」

「当たり前だ、貴様のような未熟な小娘に国を治めるなど100年早いわ!」

「そうですか...」


ヴィネアは少し目を閉じたあと、

ぱっちりと目を開く。


「テファン・ラルダロッド、あなたは祖国ダーチュワの名を借りてラルダロッド家再興に利用しただけでなく、

多くの民たちを傷つけました。

セイヴローズへの反逆を含めて、あなたに斬首の死罪を与えます。

また、一族の者も皆死罪を」


瞳の琥珀は太陽が乗り移ったように力強く輝いていた。

そしてヴィネアから命令を出されてすぐにテファンは力ずくで連行され、

テファンは恨みごとをいくつも言いながらその場を離れた。

そして広場に残る罪人はジョーだけとなる。

ヴィネアはジョーの方を見ると、


「あなたも私になにか恨みごとがありますか?」


力強い声で尋ねられたジョーは閉じていた瞳をゆっくり開き、

ヴィネアの方を見る。


「私は友のため、祖国ダーチュワのために命を捧げると誓いました。それは今でも変わりません。

しかし先ほどのテファンとヴィネア様の問答を傍聴し、

たった1つ後悔があるならば...

テファンがヴィネア様のように心が広く、思いやりのある方であれば、

我々が勝利することもできただろう、と」


ユリーナはジョーの言葉を聞いて感心した。

敵側にも、先ほどのテファンのようにヴィネアの真意を理解できないものだけではなかったことに。

ヴィネアもその聡明さに驚き、

声をかける。


「あなたのような人材であれば、セイヴローズのためにも活かせるのではないかと、私は思って──」

「しかし!!」


ヴィネアが言いかけた途中、突如ジョーが声を荒らげる。


「しかし、私はダーチュワのために生き、そのために死ぬのです。

決して敵国に忠誠を誓う事などありません!!

どうか死罪を!!」


ジョーの心からの叫びを聞き、ヴィネアは心が揺らぐ。

それを察したユリーナはヴィネアの方を見て、静かに首を横に振った。


──ダメです陛下、たとえ慈悲深い陛下であっても、この者の心を踏みにじっては──


そう心の中で呟きながら。

それを感じ取ったのか、ヴィネアは深呼吸をして、手に力を込めて声を発した。


「罪人ジョー・ハンカ、罪人テファン・ラルダロッドとともに反乱軍を率いた罪で死罪を与えます。

しかし、一族の者は男のみ死罪、女子供は賎人の身分に降格させ、流刑のみとします」


これがせめてものヴィネアの慈悲だった。

これを聞いたジョーは驚いたようにヴィネアの方を見て、

何も言わずに涙を流し、連行される。

以上で彼らの処罰は決定し、

刑はすぐに執行された。

こうしてテファン・ラルダロッドによる反乱は完全に終わりを告げたのである。

そして、ロッドハーツ広場には、乾いた風が流れるように吹きさっていった。


(続)




 

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