第10話 反乱の終焉

 大雨が続く中、テファンはゴレグリム城内にて、酒を洪水のごとく大量に飲みほしていた。


「ええい、この私が...このラルダロッド家の投手たる私が、あんな小娘ごときに敗れたとは!!」


怒りに身を任せ、器を壁に投げつけて割る。

そして拳をテーブルを叩き、声を荒らげた。

器の割れた音が部屋に響き渡った頃、

テファンのいる部屋にジョーが入ってきた。

ジョーはまた暴れているのか、と少し呆れた顔をしながら椅子に座るテファンの目の前まで歩み寄る。

そしてテファンの向かいの椅子に座って、

酒に潰れているテファンをゆっくり見た。


「まだ飲んでいたのかテファン、はやく次の手をうたねばならないだろう」


ジョーが諭すように言うと、テファンは睨む。


「なんだ、この私を嘲笑っているのか?そうだろう!!」


ジョーの顔を指さし、怒鳴り散らすテファン。

それでもジョーはビクともせずに冷静に話し続ける。


「そんな訳ないだろうテファン、勝負は時の運だ...敗れても今は退くことで、次の勝負に動くことができるだろう」


あまりにも冷静すぎるジョーの声で、

鎮まった獣のように落ち着くテファンは拳を握って力を込めた。


「次?次などあるのか...兵の大半を失い、西の街との連絡も物資も絶たれ、

どうやって立て直すのだ」


悲観的な思いを口にしたあと、酒を飲み干してため息をつく。


「テファン、ここに籠城していればいずれ我々は滅ぶ。

ならばいっその事タルナカムを出て、西の街を征しておくか、グラスディーンに望みを託すほかない。

敵に次の先手を打たれては、取り返しがつかなくなる!」


ジョーが必死に説得し、テファンの心をを動かそうと試みる。

だがテファンはため息をついて動きそうにない。

そんな中、突如連絡兵が慌てふためきながら彼らの前にやってきたのだった。


◆──リム川決壊──◆


雨季の中、数日あるかないかの晴れた日。

ゴレグリム城は水上に浮かぶ城となっていた。

丘の高台から眺めるのは、セイヴローズ軍の大将軍ユリーナが率いる本隊。

ユリーナはハールとともに、ゴレグリムの様子を遠目に眺める。


「どうだハール、中々見ない光景だろう?」


ユリーナがわざとらしく、自慢げに言う。


「大将軍はこれも計算していた...やはりまだまだ私では届きません」


ハールもユリーナが望むような答えを返す。

それを聞くと、ユリーナは空を見上げて太陽に手をかざす。


「これも決して容易くはないのだがな」


ハールに聞こえないよう、そっと呟いた。

太陽の熱よりも熱い風が、彼らの横を通り抜ける。


~~~~~~~~~~~~

2日前


大雨の中ユリーナ自ら兵を動かし、リム川の上流に部隊を引連れていた。

連日の雨で水位が上がったリム川の堤防をゆっくりと進み、

その様子を伺っていた。

このまま放っておけばあと数日で堤防が決壊するのではないかというほどの水量を見て、

ユリーナは静かに1人頷く。

その時ちょうどハールが馬を走らせ、

ユリーナの元へとやってきた。


「大将軍、どうなさいますか?」


ハールが尋ねると、ユリーナは口角を上げる。


「ここまできて何もしないと思うか?」

「いえ...」


ハールが口を閉ざすと、ユリーナは川を指さした。


「あれほどの水位であればゴレグリムを浸らせるには十分だ。

敵もいきなりは動けまい、城にいましばらく籠ってもらおう」


そう言い終えると、ユリーナはハールに命令を伝え、

ハールはリム川の堤防を決壊させ始めた。


~~~~~~~~~~~~

現在


ハールは本陣でユリーナに今後について話を聞いていた。


「それで、見通しは?」


ハールは椅子で向かい合いながら、

声をかける。

2人の間には簡易的なテーブルと、その上の地図しかない。


「敵の残存兵力と物資では、籠城はもって3日だ。

その間に恐らくジャンス将軍たちの部隊が西の街の敵勢力を制圧してくれる。

頼りになるのはもはや天と、味方かどうか知れないグラスディーンのみだ。

動きを始めた時が、敵の最期だと思え」


そう語るユリーナの瞳はどこか憂いを持ったものであり、

ハールはそれを感じとる。


「反乱が終わりそうなのに、なぜそうも悲しげなのです?」


ハールの言葉で、ユリーナは肩を落としてため息をつく。

何度か息を吸ってはため息をついたあと、ついに口を開いた 。


「水攻めは民にも被害が出る。無関係な民たちと、この作戦を知った陛下の心を思うと、居た堪れない気持ちになるのだ」


ユリーナにとって、優しすぎるヴィネアのことを案じた心が大きかった。

ハールも自身の尊敬するユリーナがそこまで思うヴィネアに特別な感情を抱いている。

ヴィネアは民が犠牲になったと聞くだけで、

きっと酷く悲しむだろう。

そしてその行為だけでなく、その手段を取ってしまったユリーナが自身に戒めているのだと思い、

何も言わずにしばらく時間が過ぎていった。

空を徐々に雲が覆っていく。


◆──テファン捕縛──◆

ゴレグリム城が冠水してから2日


テファンとジョーは2人で円卓を挟んで向かい合う。

外の雨の音が静かに聞こえる中、

ジョーはテーブル上の地図を見てため息をついた。


「城下が浸水し、なれない風土で疫病が流行っている。民も兵も心身ともに疲労困憊だ、明日には物資も尽きるだろう...テファン、西の街と連絡も取れない」


テファンはジョーの言葉を聞いて頬杖をついて悩んでいる。


「ジョー、お前の言う通り城を夜にこっそり出たとしてどこへ向かう?」

「グラスディーンを頼るしかありません。北方へ向かうしか...」


ジョーに言われてテファンは悩みに悩む。

あてのない西の街の援軍か、北への逃亡かを。

とっくに籠城の選択肢は消えていた。

ジョーからしたら敵の水攻めがテファンの酒の酔いから解放した利点もあったのだ。


「決めたぞジョー、今晩密かに兵を全て連れてゴレグリムを出る。

そして北東の国境付近まで向かい、グラスディーンと接触を試みよう

ジョー、お主は城を出たら使者としてグラスディーンに先に向かってくれ」


テファンがついに決断をし、ジョーも命令に従った。

それから旧ダーチュワ軍は急いで撤退の準備を始めることになる。

病気の兵や民を見捨て、自分たちだけで。

闇夜に注ぐ雨は冷たく、鋭かった。


~~~~~~~~~~~~


テファンやジョーを含めた50人程度の兵は夜遅くにひっそりとゴレグリム城を出て、

セイヴローズとグラスディーンの国境に向かって進み出す。

ジョーは既に1人で先に馬を走らせ、グラスディーンと連絡を取るために向かった。

残存の旧ダーチュワの兵は小雨の闇夜を、明かり一つなく進んでいく。

そして森林の道を進む途中で一度兵を休めるため、

茂みに紛れて腰を下ろしている時に、

なぜか先に向かったはずのジョーが戻ってきたのだった。


「なぜ戻ってきたジョー?!」

「テファン、急いで道を変えるのだ!」


馬の上から血相を変えて話すジョーに、テファンはただ事では無いことを感じた。


「どういうことだ?何があった??」

「北東に大きく扇状に敵の部隊が配置されている、我々の動きは全て見抜かれている!」

「しかし、戻る訳にはいかんだろう」

「はやくこの森を抜け、西から迂回する他ない。急がねばすぐに包囲される!!」


ジョーの言葉をテファンはすぐに信じ、数少ない兵を急かして進軍を再開した。

そして足早に森林を抜けたその時、

突如前方から大勢のセイヴローズの兵たちの姿と、

その先頭で戦馬にまたがる女性の姿が見えた。

そして馬が一歩前に出て、その女性は大きい声を出す。


「私はセイヴローズ軍大将軍のユリーナ・アスティーユである。

逆賊テファン・ラルダロッド殿、お元気かな?」


馬上でニヤリと笑うユリーナ。

その表情を読み取れないながらも、聞いたことのある名前を聞き、

テファンは全身から汗が溢れ出る。


「なっ、なんだと...」


テファンの横にいたジョーも敵も兵の数に驚いている。


「テファン殿、潔く降伏されよ。

西の街はタルナカムを始め、全て我が軍が反乱を制圧した!」


ユリーナの自信満々と述べる姿を見て、テファンはそれが嘘ではないと察する。

大量の準備万端な敵の兵たちを見たあと、傷つき疲労困憊の自軍の兵を交互に見たあと、

もはや天命が尽きたと悟ったテファンは、

その後抵抗することなく捕縛されたのだった。


(続)

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