第7話 偽りの敗北

◆──計算された敗戦──◆


 王都セヴァークを出発し2日、

道中のハルバ城にて、真夜中にユリーナは部下の者たち10人ほどと城内の部屋で、来たるべき戦について話をしていた。


「敵も兵を集め、進軍する動きを見せているが、

恐らくそれは我々を迎え撃つためだろう」


ユリーナは机上の地図を見ながら、敵の動きを予測していた。

机を取り囲む者の中には、ハールもいた。

すると赤髪で長髪の男の将軍ジャンス・デーガンは、


「どこで迎え撃つので?」


と尋ねる。

ジャンスは30歳でユリーナより歳上だが、

ラヴィアに絶対的な忠誠を持っていたため、

ユリーナも信頼している。

そしてジャンスもユリーナに対しては、一定の信頼を置いていた。


「間違いなくここのベルラートだ。敵の動きを考えてもここに布陣してくるに違いない」

「では、どのように勝つつもりだ?」


食ってかかるように尋ねるジャンス。

だが、ユリーナは一切流されることなく、飄々とそれに答えるため、地図上を指さしている。


「ここで一戦交えるのは確かだが、勝つつもりはない」

「なにっ?!」


ユリーナの口から出た勝利しないという宣言にジャンスは怒り気味に聞き返す。

ジャンスだけではない、他の者もなぜだ?という顔をして動揺していた。


「大将軍、勝つつもりはないとは?」

「言葉の通り、負けると言っているのだ。な」


ユリーナがとつけ、さらに周囲が動揺する。


「恐れながら大将軍、わざと敗れるつもりとはこれ如何に?」


将軍の1つ下の階級である【大卿たいきょう】の武将で、

ジャンスの部下である白髪混じりの老兵、

ハーマー・ウィストンが挙手をし、

ユリーナに真意を尋ねる。


「敵は恐らく全ての兵を動員することを控えているようだ。

ここで叩いては、各地に分散して撤退を許すことになるだろう。

あえて初戦を負けることで、敵は一気呵成に攻めるため、全ての兵を動員してくるだろう」


ユリーナは後ろに手を組みながら答え、

テーブルの周りを歩き始めた。

悩んでいるような重い足どりではなく、

淡々と一定のリズムを刻むように、ゆったりと歩いている。


「敵が合流してきてから殲滅する、それが私の策だ」

「しかし、もし合流した敵軍が強力だった場合は??」


ユリーナに次に声を掛けたのは、もう1人の将軍ヤウェイ・ジュノートだ。

彼は27歳で思慮深く、紫の短髪が爽やかで、人付き合いがいい男だが、

ユリーナの言葉がまだ全てを表していないことに疑問を持った。


「安心してくれヤウェイ将軍。まだ機は早いが、天が私たちに味方する時がくる。

私を信じて待たれよ」


ユリーナはヤウェイの肩に手をやる。

それを見たジャンスはチラッと見たが、すぐに知らないふりをした。

そしてユリーナは上座に戻り、室内の全武将の顔を見ながら話しだす。


「皆には今日、ベルラートでの戦略的敗戦の方法を伝えておく。

また、この作戦は絶対に口外してはならぬ。

ここにいるものだけが知り、戦いを終えても王都に戻るまでは絶対に誰にも言わないことだ。

破ったものは軍法に則り、処刑する。

では話を始めよう!」


ユリーナは反対する意見など一切寄せ付けず、

会議を始めていったのだ。

将軍や大卿たちは、ただ黙って従うことで、

自らの不安を紛らわしていくしか無かった。


◆──ベルラートの戦い──◆


 ユリーナ率いる軍が都を出て4日目、

天気は大きな雲の合間を、時々太陽の光が照らすような曇りがかった状態だ。

風は生温いような、肌にあたると心地悪い風が吹いている。

決して戦日和とは言えない中、ベルラートの森林地帯を進軍するハーマーの部隊の姿があった。

馬3頭がギリギリ横並びで進めるだけの道を行軍しているが、

兵たちは顔色変えずせっせと歩いている。


──もうそろそろのはずだ、大将軍が言っていた場所までは──


馬上のハーマー自ら周囲を見渡して場所確認しながら進むと、

遂に森林を抜けた丘陵地帯へとやってきた。

歩兵のくるぶしより下に生える草ばかりの草原のような場所だが、

所々丘の部分と谷間の部分があり、目視では周囲を見渡しにくい。


──ここだな──


目的の場所まできたと確信したハーマーは、馬上から、兵を1人呼ぶ。


「偵察してこい」


ハーマーの命令を聞いた兵は、たった1人で走って死角となる谷間や丘の方へ向かっていく。

先に谷間を見て以上がないと判断し、

丘の方へ向かう偵察兵。

そして丘を越えた時、突如その兵は矢を浴び、息絶えたのだ。


──きたか!──


ハーマーがそう思った時、突如丘の向こう側から、敵の大量の騎馬兵と歩兵が一斉にやってきた。

嵐荒ぶ海の大波のごとく押し寄せる敵軍に、兵たちが少し怯える。


「敵軍だ!!全員迎撃せよーー!!」


ハーマーは轟くような叫び声で、怯んだ兵を鼓舞し、敵を迎え撃った。

だが、ハーマーの心は少しだけ心が痛んでいたのだ。


──すまぬ、わずかな時間だが戦ってくれ...そして死ぬな──


この思いだけは決して口外しなかったが、

全兵を思い、自らも槍を携えて敵を狩るのだった。


~~~~~~~~~~~~


 テファンはゴレグリム城にて、戦の状況を伝える連絡兵を心待ちにしていた。

テーブルの前の椅子に座り込み、随分と時間が経ったのに、誰も報告にこない。

良い報告か悪い報告、どちらもないことがずっとテファンの悩みのタネだったのから。


「ええい、まだ報告はないのか!!」


テファンは苛立ち、部屋のテーブルを勢いよく叩いたあと、

勢いよく立ち上がる。

その時、連絡兵がついにテファンの前にやってきた。


「報こっーーく!!」

「きたか、どうなのだ!?」


連絡兵は律儀に頭を下げて礼節を重んじているが、

テファンはそんなことより報告内容を聞きたかった。

兵にはやく喋るよう、急かしだす。


「はっ。我が軍がセイヴローズ軍のハーマー率いる軍と衝突、

一気に攻め入り、途中敵の援軍があったものの、敵を撤退に追い込んだとのことです!

また敵の負傷者も多く、我が軍の勝利であると!」


兵の報告を聞いて、テファンは安堵と共に、笑みが漏れる。


「そうか、そうか。よしわかったそなたは下がれ!」


連絡兵を下げさせたあと、テファンは城内の配下のものを集め、緊急会議を始めた。


「皆の者、我が軍はセイヴローズとの直接の戦いの初戦を制したのだ。

もはやこの勢い、誰にも止められぬ。

各地の兵を全て集結させ、このままユリーナの小娘の首を取るぞ!!」


テファンの言葉に多くの者が賛同する中、

テファンの友人であるジョー・ハンカという男が、テファンに声をかける。


「テファン、さすがに全軍総動員はまずいのでは?他の城や街を攻められたらひとたまりもない。

それに、まんがいち敵の反撃にあったら取り返しがつかないぞ」

「ジョーよ、なにを水を差すようなことを。

敵は恐れをなして逃げたのだ!この私からな。

今こそが絶好の勝機よ!!」

「しかし...」

「なあ、ジョーこの軍を率いるのはそなたではない、だ。

そなたはただ従っておれば良いのだ」

「テファン...」

「もう何も言うな!!」


テファンはジョーの言うことに聞く耳すら持たない。

長い付き合いで、ここまで言うことを聞いてくれないテファンは初めてだった。

きっと今までになかった権力と富が目の前に近づき、目がくらんでいるのだろうと思ぅしか無かった。

ずっと嫌な予感がしたジョーはその場を去ろうとするテファンに、提案のために声を掛ける。


「ならばテファン、戦の功績は要らぬから少数の兵だけ私とともにこの城に置いてくれ!

それができぬなら、私はここで自刃しよう」


剣を引き抜き、己の首にあてたジョーを見てテファンはため息をつく。

そして観念したようにジョーの剣を持つ手を押さえる。


「わかった、私も少し熱くなりすぎたようだ。

そなたに300ほど兵を預ける、それでいいな?」

「──はい」


2人が約束をすると、テファンはその場を離れる。

ジョーはその背中を寂しげに眺め、剣を鞘にしまうのだった。


~~~~~~~~~~~~


ルナーイの街にて


戦を終えて撤退したハーマーは、夜中にユリーナのいる部屋へとやってきた。

ハーマーは力強く、わざと足音がたつように力をこめながら歩いていると、

ユリーナは一礼するハーマーの肩に手をやった。


「すまない、ハーマー大卿。怒る気持ちもわかるがいまは耐えてくれ」

「はっ」


答えるハーマーの声はやはり怒りの音がこもっている。


「最低限の犠牲で済むには、そなたの技量が必要だった。

だが安心してくれ、あと少しの辛抱なのだ」


ユリーナが思いをできる限りこめ、訴える。

するとハーマーの態度も少し緩くなり、

今後について尋ねる。


「大将軍、次は砦に...ですか?」


ハーマーが事前に言われていたのは、ベルラートで敗北・撤退した後、

すぐにルナーイの北西の砦に向かい、3日間は耐え抜き、再度撤退するというものだった。

ハーマーのあえて命令を確認するような問いかけは、

勝ちを考えない戦いに対する、抗議の意味もあるのだろう。


「ああ、3日耐えてくれればよい」

「他の砦や部隊にも同じ命令を?」

「ああ」

「なぜそこまで待つのです?」

「機が熟していない」

「それは一体いつなのです??」

 「...まだだ。だが確かにもう少しなのだ」

「兵たちにはわざと負けるとは言っていないのに...本当の敗北と思えば、士気が下がります!

真意は言わないのですか?」

「……」


いくら聞いてもはぐらかされたハーマーはついに諦め、不貞腐れたように下がった。

ユリーナは終始ハーマーの方は見ないで、天井を眺めていたのだ。

ユリーナはたった1人で部屋から出て、

夜風に当たりに行く。

夜風は心地よくユリーナの肌にあたり、馴染むような感覚だ。


「やはりまだだな」


そういうと空を見上げ、月を眺める。

月は半月の状態で、優しくユリーナを照らす。


──陛下、どうか案じなさいますな。きっと良い報告ができますゆえ──


腰の宝剣の柄を握り、祈るように瞳を閉じるユリーナ。

優しい夜風はそのままどこか遠くまで吹いていく。


◆──エピローグ──◆


 セイヴローズ城


「我が軍が負けるたのですか!?」


ヴィネアは王宮で、ターネスとともにユリーナから届いた書状を見て驚いていた。

ヴィネアは驚きを隠せない。

書状には心配ないと書かれていたが、

戦への耐性がないヴィネアは鼓動がはやくなり、息づかいも荒くなっている。


「さらに兵を送った方がよいのでしょうか??それとも物資を...」


勝手に色々考えているヴィネア見て、ターネスは落ち着くように促す。


「陛下、あの者がなにも求めていないのは、全て計算の中という証です。

余計な心配はなさらなくてよいでしょう」

「ですが...」

「戦の勝敗は時の運、たかが1度敗れただけで、陛下が動揺してはなりません」


ターネスの言葉に、ヴィネアは少し落ち着きを取り戻した。

確かに自分はユリーナを信じているし、

王としての振る舞いも重々承知している。

そしてターネスもユリーナを信頼していることも、

ヴィネアに勇気を与える要因だった。


──ユリーナ──


ヴィネアは自らの胸に手を当て、

心臓を直接手で押えるよう、自ら呼吸を整理したのだった。


(続)


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