第6話 決意の時

 テファンを始めとしたダーチュワの重臣だったものたちが、

武装をして3000~4000人ほどの兵を率いて、

夜中に山の洞穴の近くに布陣している。

そう、これは出陣前の誓いの時だった。

テファンは集う兵たちの前に、

まるで救世主のように丘の上に現れ、

歓声を浴びる。

テファンは腕を大きく挙げ、歓声を静めるように合図をすると、

兵たちは沈黙に戻る。

声が洞穴の方へ、残響となって聞こえ、松明の炎が揺れ、その上に虫が舞う中、

テファンは大きい声で演説を始めた。


「皆の者、よく集まってくれた!皆のダーチュワに対する心からの忠誠を抱き続けてくれたこと、心から感謝する...」


テファンは少し大袈裟に涙を拭うフリをする。

それを見た兵たちのほとんどが、彼の涙にもらい泣きをしたり、亡き祖国に思いを馳せるだろう。

だが、これは全てテファンの思い通りだ。


──よし、このまま彼らの心を奮起させてやろう──


そんなことをずっと考え、計算の芝居なのだから。


「我らが国王・カロト=ガゼフ王は、

セイヴローズの忌まわしく卑劣な女王・ラヴィア・ワート・ローザスにダーチュワの国を蹂躙され、遙か果ての地に追いやられ、無念のままこの世を去った。

そして女王は我々を弾圧し続けて5年間、屈辱に耐え続ける日々を送ってきた!!!それは今日このためだったのだ!!!!」


テファンが特に強い声で言い放つと、兵たちは拳や、槍を掲げ、「その通りだ!!」と賛同する。

テファンは心の中でよしよしと思っていたが、絶対に態度に出さなかった。


「だが今、悪逆の限りをつくした女王は死に、我々が立ち上がる絶好の機会を天は与えたのだ!

天も我々の味方なのだ!もはや恐れるものはなにもない...!

今こそセイヴローズを滅ぼすために立ち上がり、祖国再興を目指すため、ともに戦うのだ!!

我が軍の勝利は、このテファン・ラルダロッドが保証しよう。

さあ立ち上がれ、敵を滅ぼし、亡き陛下のかたきを討つのだーーー!!!」


拳を握り、天に向かって突き上げるテファン。

老人のなんとも勇ましい声と姿に、

兵たちは皆大声を張り上げ、奮起の様子を見せる。

喝采が生まれ、まるで竜巻の風がごとくテファンは浴びた。


──皆張り切るのだ、勝利のあかつきにはこのラルダロッド家当主の私が王となってやる──


心の中に潜むこの陰は、決して喝采を浴びせる兵たちは知ることがない。


◆──テファン・ラルダロッドの乱──◆


 テファンをはじめとした、旧ダーチュワ軍が挙兵をすると、

最初に西部の街タルナカムを陥落させ、

拠点として活動を始めた。

彼らの軍は次々にタルナカムを中心とした周辺地域に広まり、

挙兵から5日で3つの街や城が陥落していったのだ。

彼らに対抗するため、セイヴローズの都の宮殿内でも、

緊急の議論会が開かれていた。


「陛下、事態は深刻です。すぐに西部に兵を派遣してください」

「その通りです、既に1つの城と2つの街が反乱軍の手に落ちました。

早急に手をうたねば...!」

「いや、無闇に動いても敵の思うツボです。まずは情報を集めねば」

「そんなことをしていたら、勝てる戦も勝てぬであろう!」


重臣たちがずっと言い合いをしているのを、玉座で見守るヴィネア。

彼らの意見を聞きながらも、ずっとため息をついては、どうしたものかと悩んでいる。

武官の重臣たちも、ユリーナをはじめとした一部の人間は、

戦局の把握をするために議事堂には遅れてやってくる。

心細い気持ちが少しだけヴィネアの心を侵し、物事を決めあぐねていたのだ。

重臣たちが議論を続けていると、

ついにユリーナが議事堂内に姿を現した。


「おお、将軍!!やっとおいでになったか」

「待っておったぞ!!」


文官たちは皆、ユリーナが現れるのを待っていたのだ。

戦局を最も判断できるのは彼女で、その彼女の言葉が、現状では最も重たく力がある。

ヴィネアもそれを重々承知で、慎重にものごとを進めるべく、

他の重臣たちを静かにさせる。

その後ユリーナを玉座の正面まで呼ぶ。

ユリーナは威風堂々とヴィネアの前まで進み、跪いた。


「将軍、ちょうど旧ダーチュワの反乱軍について、あなたの意見を聞きたいと思っていたのです。

現状の戦局の報告を含め、話しなさい」


ヴィネアは王として、冷静なフリを装って尋ねる。

心の中では、戦局が良いのか悪いのか、ユリーナがどのようなことを話すのか、

緊張で胸が破裂しそうなほどだった。


「まず戦局ですが、旧ダーチュワを率いているテファン・ラルダロッドは、

タルナカムの街を拠点にしており、今なお他の城や街を狙って、支配圏の拡大を狙っています。

その勢いは今だなお衰えるどころか、勢いを増しております。

また、それにつられるように西部のダーチュワを支持する民たちが決起を始めています。

一部の西の街の民は、ダーチュワに対して好意的な者も多く、鎮圧は困難かと」


ユリーナの客観的な意見は、議事堂内に動揺を生む。

決して芳しくない情報であることは、誰が聞いても明白だった。

ヴィネアの精神も例外なく、動揺する。

だが、ため息ひとつだけを残し、家臣たちに悟られないよう、整然と振る舞う。


「では、将軍は旧ダーチュワ軍との調停を考えているのか?」


ヴィネアが緊張した面持ちで尋ねると、

ターネスをはじめとした文官たちの顔が強ばる。

破裂しそうな空気を生むこの空間で、

ユリーナは息をゆっくり吸い、首を横に振った。


「いいえ、彼らと一戦交え、後顧の憂いを断つことを進言致します!」


ユリーナの言葉は、破裂しそうだった空気に波を立たせる。

そして、驚く他の家臣を他所に、ヴィネアとユリーナの問答が始まった。


「そこまで言うということは、勝算があるのですか、将軍?」

「はい。まず1つ、敵の兵糧です。

事前の蓄え、民からの供給でやり繰りをしています。

ですが、急激に拡大した勢力は想像以上に兵糧の消費も大きくなります。

供給が間に合わなくなる兵糧は、兵の指揮の低下を招きます、機を逃さない手はありません。

2つ、これから敵は地の利を失うことになります。

テファン・ラルダロッドの狙いは言うまでもなく、ラルダロッド家の再興。

しかし、彼らは大義名分を得るため、

我がセイヴローズを倒すことを掲げている。それはこちらに攻め入るということ。

西部は乾いた気候で、雨が少ないのに対し、東にいくほど、湿った空気に加え、間もなく雨季に入ります。

慣れない風土は敵軍の中で病に罹る者を増やし、兵力を奪い取るでしょう。

敵の調子が良いよう誘導させ、一気に叩くことこそが勝機。

3つ、これは我々の正義に戦いであること。亡き国王の名を利用する不忠なもの達を滅ぼす戦いならば、天は我々を見放すことはない!

これが私の大まかな勝算です。詳しいことは他にも色々ありますが...」


ユリーナの手振りをしながら説明する様は圧巻だった。

まるでなにかが乗り移ったように、堂々としていた。

その様子に弱気になっていた文官たちは、安堵したかのように顔色が良くなる。

張り詰めていた空気も、今は熱く揺れているようだ。

だが、ヴィネアはまだ1つ気がかりがあった。

ターネスも同じことを考えていたのか、文官でただ1人顔を顰めている。


「心強い言葉だが将軍、私には1つ気がかりなことがあるのです」


ヴィネアは玉座で手汗を握りながら、それを必死に見えないようにしながら尋ねている。

ユリーナは「なんでしょう?」と返す。

その表情は既に、何を聞こうとしているか知っているような、笑みを含んだようだったが、

それを感じ取るほどヴィネアに余裕はない。


「もし...もし、旧ダーチュワが隣国である、【グラスディーン王国】を後ろ盾にしている、またはする可能性はないのですか?」


ヴィネアの危惧は、隣国のグラスディーンである。

ウォーレニア大陸は今、セイヴローズとグラスディーンで二分されている。

現在、休戦状態にある2国だが、

旧ダーチュワの動きによっては、形勢が傾くことがあるのだ。

もしそうなれば国の存亡に関わってくる。

だが、ユリーナは無礼を承知で立ち上がり、

真剣にヴィネアを見つめる。


「陛下、その点におきましても、問題はありません。

グラスディーンの国王ファスト四世は現在、重い病を患っています。

正室の子と側室の子で跡継ぎ争いが生まれそうなグラスディーンでは、外部のことに干渉をするほど情勢は安定しておりません。

そして、私たちも既に別の手を打っております」


ユリーナは語ったあと、家臣たちの方を向く。


「皆も憶えているでしょう、祖覇王様とともに、この国を築くための戦いの日々を!

この闘争心と魂、いまだ消えず胸に燻っているのです。

陛下、ご決断ください。ご決断くだされば、我が軍の勝利は約束されています。

そしてこの私も自ら剣を手に取って戦い、敵を滅ぼし、テファン・ラルダロッドの首を持ち帰ってみせます!!」


この言葉が決定打だった。拳を握りしめながら放ったユリーナの言葉が、遂にヴィネアに決断をさせる。


「よく言ってくれました将軍。私も悩んでいましたが、あなたの言葉で目が覚めました」


ヴィネアは付き人に宝剣を持ってこさせる。

そして玉座から腰を上げ、宝剣を持ちながらユリーナの前にいく。

気づいたユリーナはその場で再度跪いた。


「皆、よく聞くのです。これより、ここにいる将軍ユリーナ・アスティーユを戦闘に関する全権を担う、【大将軍】に任命する。

これより戦に関わる彼女の命令は、私の言葉同然である。

よって、従わないものは軍法をもって処罰する。

よいな!!」


ヴィネアは全ての家臣に向かって声をかけたあと、宝剣をユリーナに渡し、

賜ったユリーナは両手で剣を握りしめる。


「陛下の命、しかと承りました。たとえこの身が引き裂かれようとも、陛下に忠誠を誓います!!」


大将軍に任命されたユリーナは、議論が終わった後、すぐに戦にでる準備を始めるのだった。


◆──ユリーナ出陣──◆


 ユリーナの出陣する少し前、

王宮にてヴィネアとユリーナは話をしていた。


「本当に大丈夫なのですか?」


ヴィネアの言葉は、大将軍の身を心配するものではなく、

義姉の命を心配するものだった。

実の姉だけでなく、義姉さえ失う恐怖心が生まれているのだ。


「ご安心をヴィネア様、テファン・ラルダロッドを打ち倒すことは、

我々が幾度も重ねた戦に比べれば些細なことです。

それよりも、戦後に陛下の仕事は山ほど増えます。

今のうちに気を休めておいてくださいませ」

「しかし...」

「私もそろそろ行かねばなりません......が、陛下にはまだ、お悩みのことがあるのでしょう?」

「っ!!どうしてそれを?」


未だに戦うことに対する不安を胸に隠していたこと、

それをユリーナに当てられたことにヴィネアは驚く。

決して表情や態度に出そうとしていなかったのだが、

ユリーナにはなんでもお見通しだったのだ。


「陛下はまだ、敵の進軍の勢いと、グラスディーンの存在に、

憂いがおありなのでしょう?」

「その通りです」


ヴィネアは議事堂の場では堂々としていたが、

内心完全には安心できていない。

ユリーナもそれを承知で自ら話を切り出したのだ。

不安を少しでも消し去るために。


「陛下、あの場で言ったとおりグラスディーンは内部での揉め事が多いです。

それに、私とてなにもしないで戦に挑むわけではありません。

グラスディーンにいる密偵たちに、テファン・ラルダロッドに関するよからぬ噂を流しております。

グラスディーン側も、協力を申し出られても信じられないでしょう。

悩むだけの時間があれば、奴らを討ち取るには十分です。

それに、戦いに関してはご安心を。

先王様と国土防衛に関する戦略は、既に考えられておりました。

セイヴローズの戦女神と言われていた祖覇王様の策を、私が少し手を加えたので、

吉報をお待ちください」


ヴィネアは「そうなのですね」と言うと、

不安が少しだけ解消された。

姉と義姉が協力しているなら、という特別な思いがあとを押したのである。

初めて経験する戦を、少しでも楽な気持ちにさせたいと思っていたユリーナは、

ニヤリと笑い、礼をして王宮を後にした。


~~~~~~~~~~~~


 出陣前の出陣の儀を終わらせ、ユリーナは隊列を組む兵たちの方へ向かっていた。


──ああ、久しぶりだ...この感覚は──


全身武者震いをしている。

ひりつく風、戦士たちの戦にかける決意を包む空気。

空は雲ひとつない青空に、ここいよい風が肌に溶けるようにあたっていく。


──この風だったのかもしれない、私が求めていたものは──


ユリーナは自身の白い戦馬、

エルケプスのもとまで近寄る。


「お前も久しいだろう、この私とともに戦場へ向かうこの胸の高鳴りを」


右手でそっと触れると、エルケプスは美しい白いたてがみをそよ風でなびかせ、

返事をしたかのように、首を縦にふった。

その様子を見て、ユリーナは馬に跨り、

周囲を見渡す。

そして一瞬微笑んだ後、腰に携える宝剣を鞘から抜き、

天に向かって掲げた。


「皆の者、出陣だ!!」


掲げた剣を自らの前方へ向けながら叫ぶと、兵たちは開いた門に向かって前進を始める。

ユリーナは兵や馬の足音を耳と、エルケプスを伝う地面から感じ、

堂々と前へ進んでいくのだった。


◆──エピローグ──◆


 テファンは自ら兵を率いながら、

攻め落とした、美しい大河のリム川の近くにある【ゴレグリム城】に滞在していた。

次にどこを攻めようか考えながら。


「このままいけば、セイヴローズ王都まで進軍は容易い、

所詮ヤツらもラヴィア王がいなければ、赤子も同然よ」


拡げた地図をみながら、勝利を考え、既に酔いしれていた。

テファンの真の目的はラルダロッド家が権力を手にすることだったが、

亡き王のために戦う他の家臣のためにも、戦いは終えれない。

そしてたった数度の勝利に、完全に慢心してうたのだ。

1人でニヤニヤしていると、報告を担当する兵が目の前にやってくる。

ニヤケ顔をすぐに改め、テファンは兵に用事を尋ねた。


「何事だ?」

「はっ、セイヴローズの大将軍となったユリーナ・アスティーユが3万の兵を率い、昨日王都セヴァークをでて、こちらに向かって進軍してきているとのことです」

「どれほどの日にちで【ルナーイ】につく?」


テファンはゴレグリムやリム川に最も近い、敵の街ルナーイまでに要する時間を尋ねた。


「はやければ4日で着くとのことです」

「4日か...」


テファンは急いで頭の中で考える。

3日までに少しでも体勢を整え迎え撃つべきか、街にはいられる前に叩くのかを。


──敵は行軍で疲れている、街で補給される前に倒してしまおう。我が軍の勢いがあれば、敵ではないわ!!──


テファンは再度地図に目を向ける。

ルナーイの手前にある森が丘陵が覆い、近くに大きな山のある【ベルラート】を見る。


──ここが奴らの墓場よ──


テファンの顔には動揺など一切なく、ただ自信だけが満ち溢れる。


「周辺地域にいる皆に、急いで兵を集合させるように伝えよ!!我が軍はセイヴローズを迎え撃つとな!!」


兵はテファンの言葉を聞き、急いで伝令のためにその場を後にした。

そして誰もいなくなった部屋で1人、テファンは笑みが漏れるのだった。


(続)

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