第5話 煙立つ

 誰もが眠った真夜中に、ある早馬が都にやってくる。

馬に乗っていた兵士はすぐに宮殿内の将軍、

ユリーナの元へやってきたのだった。

部屋の灯火の明かりを頼りに、

書物を読み続けるユリーナ。

部屋に入ってきた連絡兵の方を見ることなく、

読みながら


「どうであった?」


とだけ尋ねる。


「はっ、タルナカムの街にて怪しい動きがみられました。

今も密偵が調査中ですが、ダーチュワの重臣たちが密かに会合をしているようです」


兵の報告を聞き、ユリーナは読んでいる書物をテーブルに置く。

そして肩で一呼吸すると、


「わかった、お勤めご苦労。下がってよい」


と言って兵をさげさせる。

全く予想していなかった訳では無い、

だが実際にこれから起こるであろう波乱を憂い、

ユリーナはため息をついた。


「陛下にとってこれが初めての戦になりそうだ...」


夜はまだ長い。部屋を出て外の半月を眺めると、

優しくユリーナを照らしている。

しかし、徐々に薄い雲が月を覆い、

風が吹き始めた。


「少し肌寒いな...今日はもう休もう」


ユリーナはそう言って、部屋に戻り、灯りを消したのだった。


◆──波乱の兆候──◆


王宮内にて...


、ですか?」


ヴィネアはユリーナと2人きりでテーブルを挟んで向かい合い、

ユリーナからの報告を受けていた。


「はい。祖覇王様崩御の後すぐに、様々な場所に偵察兵を放って調査しておりました」


ユリーナの言葉を聞いた時、

ヴィネアは少し引っかかることがあった。

姉が亡くなってすぐに、というのは寝耳に水だったからだ。


「なぜ偵察兵を出していたのです?」


威圧的ではなく、純粋な疑問を含んだ声音で尋ねられ、

ユリーナは躊躇いなく返答する。


「王が代わった時、世間が大きく動き、不安定な情勢になります。

人によってはそれに乗じてよからぬ事を企む者も多いのです」

「よからぬ事とは?」

「それは...」


ヴィネアに詳細を聞かれ、ユリーナは初めて少し口ごもる。

そして少し悩んで下を見てから、

口を開き出した。


「恐れながら...のことです」

「!!!」


ヴィネアは急に背筋がゾクッとした。

それは少し忘れていた恐怖だったかもしれない。

戦にも関わっていなかったヴィネアにとっては、

戦が全てを奪い、多くの哀しみを生むものだと知っていたから。

表情も変わっていたらしく、

ユリーナは少しヴィネアの顔色を伺ってから、話を続ける。


「王に不満を持った民たちが、決起する場合もあれば、

かつて我々に敵対していたもの達が、恨みを晴らす時を待っている場合もあります。

今回の場合は後者の方を疑っておりました」


ユリーナの言葉の「敵対していた者」というものに、

ヴィネアは心当たりがなかった。

テーブルの下で震える手を押さえながら、

尋ねてみる。


「敵対していたというのは──」

「かつて我々が攻め滅ぼした国の者たちということです」


最後まで言い切る前に、ユリーナはヴィネアの心と身体の状態全てを察し、

即答したのだった。

ユリーナはさらに話を続ける。


「タルナカムを含め、西部には【ダーチュワ王国】が存在しました。

5年前に我々と敵対し、攻め滅ぼしました。

ラヴィア様は国王だったカロト二世を流刑に処した後、2年前に病で亡くなりました。

また、権力を持った重臣たちのほとんどは処刑し、生き残った者は国内各地に流刑にしたのです」

「そうだったのですか...」


ヴィネアは話を聞いて、自分の境遇と重ね合わせて、胸が苦しくなった。

幼すぎて記憶は曖昧だが、父王が処刑され、姉とともに流刑となった身、

そこで果てたとなればさらに無念だったろう、

と同情をしてしまう。

すると


「陛下、同情なさってはなりません」


とユリーナは真っ直ぐな目で、声を発したのだ。

ヴィネアが強い口調に驚いていると、

ユリーナはダーチュワがなぜ滅んだのかを話し出した。


「ダーチュワは本来、我が国の同盟国だったのです。

ですが、彼らは同盟国であることを利用し、密かに情報を他国に流し、この国を脅かそうとしていました。

ラヴィア様は2も彼らを許しましたが、その度に先王の慈悲を裏切り、最後の手段で戦まで発展したのです。

結果ダーチュワは滅んだ...必然だったのです」

「…経緯はわかりました、説明感謝します将軍」


ヴィネアは丁寧に説明してくれたユリーナに感謝を述べる。

ユリーナも一礼して、謝意に応じた。


「2年前にカロト二世が亡くなったのであれば、

かつての臣下が主君の仇討ちのために...でしょうか?」


ヴィネアは問う。

姉が父とその家臣たちのために立ち上がったのと同じことなのか、

確かめるためだった。

しかし、ユリーナからの答えは予想外のものになる。


「それは彼らの口実にはなりましょう。

しかし、カロト二世は主君たる器ではありませんでした」

「主君たる器?」


ヴィネアは言葉が引っかかり、思わず聞き返してしまった。

まるで自分自身にもなにか通じるものがあるのでは?と思う心が動いてしまったのだ。


「はい、ダーチュワは【ラルダロッド家】がカロト二世の先々代の頃から、重臣として内政外交を支配しており、

政略結婚を繰り返し、実質的にカロト二世を傀儡の王として利用していたのです。

故にカロト二世は、悪しきものを悪と思う気持ちはあれど、それを正す勇気は持たず、

正しきことをしたいと思う気持ちはあっても、自ら動くことができない。

君主とは名ばかりでした」

「そんな、なんてひどい...」


ヴィネアは初めて知る。

国が腐敗し、崩壊していく要因を。

決して自分も関係ないとは言えない、

それがとても恐ろしくて、身体が震えそうだった。


「戦後、ラヴィア様はダーチュワの国の状態を悲惨に思い、

操られていた主君は、民などの反感を買うのを防ぐため、家臣を止められなかった罪のみとして流刑に処し、

国を牛耳っていた重臣たちのほとんどを裁きました。

しかし、全員を殺してしまっては、今後の戦での抵抗が激しくなるため、

戦犯以外は流刑で辺境へ飛ばしました。

しかし、彼らは不憫な扱いをうけるラルダロッド家を再興させるため、

かつての主君の名だけを利用して決起するつもりでしょう」


ユリーナの言葉は、さらにヴィネアの心に衝撃を与えた。

悲しみだけでなく、胸に燃ゆるような怒りが溢れそうになる。


「偽りの忠誠を盾に、正義を語るなんて...悪人と同じです!

そのような人たちを私は許せません!!」


ヴィネアはテーブルを拳で叩き、怒りを見せる。

だが、少し痛かったらしく、すぐに手を押さえた。

ユリーナは少し呆れたように、軽く微笑み、すぐに真剣な表情になる。


「戦になる可能性は高いと思われます。

ですが今は我々も調査中ですし、今は陛下に警戒していただきたいのです」

「警戒ですか?どのように??」

「相手もこちらの手の内を探ろうとするはず、

密偵や内通者などがいないとは言えません。

ましてや刺客も...

なので迂闊に情報を話したり、1人で過ごしたり、危険は回避してください。

もちろんこちらも警備などに注意を払いますが...

今の私から言えることはこれくらいしかないのです」


ユリーナは真摯な瞳だった。

そう、それは義姉の遺した国を、妹を誰よりも守らねばという使命を持っているからこそ。

ヴィネアもその強い思いを汲み、

頷いてから


「わかった、そうしましょう」


と答えたのだった。


◆──月陰る──◆


 ユリーナから忠告を聞いた翌々日、

ヴィネアは高族階級のものたちを宮殿内に招き、

舞踏会や宴などの催しに出席していた。

昼頃から始まった宴の外では、

宮殿への侵入及び襲撃を防ぐため、

徹底した警備を行っている。

宮殿に入る門はいくつかあるのだが、

その中でも西の小さい門からは、

酒や食材の搬入口として使っており、

出入りする人間の通行証を確認する門番だけでなく、

怪しい者がいないか確認する兵士たちも配備されている。

ユリーナは常に将軍として、そして極守騎士団の統率者として各警備の確認するため、

西門を訪れていた。

後ろには少数の護衛と、極守騎士団の団長であり、ユリーナの懐刀である女性騎士、

ハール・ミスティナが付き添っていた。

青葉のごとき緑色の髪と瞳をもつハールは、19歳ながら5年も前からユリーナを師としており、

文武ともに彼女から絶大な信頼をおかれている。

もちろんヴィネアとも面識はあり、

ヴィネアにはいつも整った顔立ちと、短髪ながら可憐な髪型を褒められるような間柄だ。

ユリーナとハールたちが次々に検問を通過した、荷物を運ぶ人たちを見ていると、

とある酒を荷車に乗せて運ぶ男3人組とすれ違う。

3人組はなるべく顔を合わそうとせず、

礼だけしてそそくさと宮殿内に入っていった。

しかし、去る男たちの後ろ姿を見たユリーナは、

去り際に彼らの履き物が目に入った。


──あれは確か──


見覚えのある履き物、それもこんなところでは見ないような履き物だった。

すぐに真後ろにいたハールに尋ねる。


「ハール、いまさっきすれ違った男たち...テッグ靴を履いたな?」


突然、気にもとめていなかったことを聞かれたハールは少し驚いた顔をしたが、

すぐに質問にだけ答えることにした。

それが1番将軍の信頼に応える方法と知っているから。


「テッグ靴ですか?すみません確認しておりませんでした。

ですが、密偵や工作員が夜などに音を立てずに履くテッグ靴をこんなときに履くとは......まさか!?」


勘のいいハールはすぐに気づいた、それが非常事態であることに。

ユリーナはハールの様子を見て頷き、すぐに命令を出した。


「酒を運ぶ男3人組をすぐに捜し、捕らえよ!」

「はっ!!」


ハールは敬礼をし、部下とともに急いで男たちを追っていく。


~~~~~~~~~~~~


男3人は黒い装束を身にまとい、

軍の書庫を見張る兵に密かに近づき、

持っていた短刀で首を切り裂いて絶命させた。

1人が書庫の入口で見張り、2人は書庫の中に入って書物を眺める。

国力や兵力に関する記録書を漁って手に取り、

急いで懐に隠していた白い布に、指を噛み切り、血で文字を書き出した。

そう、必要な情報だけを抜き取り、暗号にして文を書いていたのだ。


「おい、はやくしろ!!」


見張りの男が小さい声で、中の2人に向かって声をかける。

2人は大量の汗をかきながらも、必死に布に書き記していた。

そしてやっとの思いで書き終えた2人は急いで見張りの男のところへ行き、


「終わったぞ!」


と言う。


「ちゃんと書いたんだろうな?」

「ああ」

「全て記してある」

「では、すぐに抜け出すぞ!」


見張りの男の指示に、2人が従うために頷いたときだった。


「そこで何をしている!!」


と叫び声がした。

男たちに向かってきたのはハールと、数十人の兵たちだった。

バレたと思った3人だったが、兵に囲まれる前に、見張りをしていた男がさらに指示を出す。


「私が囮になる、お前たちはなんとしてでもその情報を持って帰るのだ!!捕らわれそうになったら、自刃せよ。

よいな?」


と言って、短刀を持ってハールたちの方へ向かっていった。

2人はともに宮殿の外へ抜け出すため、急いで走り去る。

彼らに振り返る情などない。

なぜなら任務を遂行することこそが、

命よりも思い使命なのだから。

見張りをしていたリーダー格だった男も、

時間稼ぎのため、果敢に兵たちに向かってかかっていった。

武術や剣術に心得があるのか、短刀だけで槍や剣を持つ兵士たちを斬り、

7人ほど死傷させたが、所詮多勢に無勢。

腕や足を負傷し、短刀さえも払い捨てられ、刃に囲まれた。


「この者を捕らえ、尋問せよ。あと2人ほど逃げた、逃げたものも捕らえよ!!」


ハールがそう命令した時、


「そうはさせん!!」


と言って、丸腰の男は自ら槍の穂先に突撃し、自殺したのだ。

ハールは大事な捕虜を死なせたことに苛立って舌打ちをすると、

残りの2人を追いかけにいった。


逃げている男の2人は弓矢部隊に見つかり、

矢の雨を進んでいたが、

その内1人の腕と足に矢が刺さり、その場で転げ落ちる。

すると負傷した男がもう1人に、自身の持っていた布を渡し、

渡された男はすぐに受け取って塀を越えていったのだった。

矢の傷でもう逃げられないと悟ったのだった。


「いたぞ、あおこだ!!」


負傷した男を見つけた兵が近づいてくる。

男は懐に持っていた短刀で自らの首を斬り、絶命した。

血はずっと流れていき、ハールが到着した頃には既に水溜まりのように血が溜まっていたのだった。


「おのれ、1人逃してしまった...」


ハールは血の溜まりを踏み、念の為に男の脈を確かめるも、動く気配はなく、

死体を放り投げた。

ハールの手は血で真っ赤に染まったままだ。


~~~~~~~~~~~~


 宴が終わったあと、ヴィネアとユリーナはまた王宮内にて話を始めたのだった。

話題はもちろん、ハールが捕り逃した男たちのことだ。


「3人中2人は自死、1人は逃亡しており、捜査中ですが、きっと逃げられるでしょう...」


ユリーナの報告に、ヴィネアは少し震えていた。

自分の知らないところで、国を揺るがす恐ろしい出来事が起こっていたことに、

責任を負うように。

重い口を開き、ヴィネアは話に入る。


「対処には感謝しますが、彼らの目的は一体?」

「恐らく、こちらの兵力の視察でしょう。軍の書庫に潜入していたので、戦前にこちらの手の内を把握しようとしていたと思われます」

「では、取り逃した1人を通して情報がもう漏れている...ということですね」


ヴィネアは落胆してため息をした。

悪い報告しかないと、今の気分も相まって、元気にはいられない。

宴の後なら尚更だ。


「いいえ、全てではありません」


とユリーナが堂々と声を発した。


「どういうことです?」


あまりにも自信満々なため、その理由を尋ねる。


「彼らが見た帳簿の数字は、全て私が事前に少なく見積もって書いた、誤った書です。

本物は事前に私が預かっておりましたので」


ユリーナの言葉を聞いて、ヴィネアは少し口角が上がった。

悪い報告だけでないことが嬉しかったのだ。


「ユリーナ、あなたは本当に頭がキレますね?感心します」

「言ったでしょう?こちらも注意を払うと」

 

2人はまるで幼なじみの友達のようないたずらっぽい笑顔で微笑み会うと、

おかしくなって笑いだした。

笑い声は外にも響き、静かな月夜を飲み込みそうな勢いだったという。


◆──エピローグ──◆


 後日、タルナカムの屋敷にて


夜中に老人、テファン・ラルダロッドは密偵からセイヴローズの情報を得たという報告を、付き人から聞いた。


「よし、ご苦労。さがってよい」


付き人を下がらせる。

それと同時にタンスの中から紙を取り出す。

取り出した紙は血判状、ダーチュワの国、そしてラルダロッド家のために集うものたちの名が記されている。

血判状を握り、テファンはほくそ笑む。


「見ているがいい、ローザスの小娘。

ラルダロッドを辱めた報い、存分に味あわせてやろうぞ」


血判状に書かれた決起の日はあと3日後だ。

その日が待ち遠しくてたまらないテファンは、

ロウソクの灯りを息を吹きかけて消したのだった。


(続)

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