第3話 民を想う

 ヴィネアの戴冠式は、厳かに行われた。

姉が持っていた宝剣と宝印を授かり、

様々な思いを胸に、ヴィネアは王として最初の仕事に取りかかるのだった。


◆──民の疲弊──◆


「視察...ですか?」


議事堂で文官たちの大司長、

ターネスが代表でヴィネアと話す中、

ヴィネアが視察について聞き返したのだ。


「はい、本来は先の祖覇王たるラヴィア様が行幸の帰路の際、

1年前に戦場いくさばへの兵糧や税を支払った民たちの住まう村を訪れ、その生活を視察するご予定でした。

しかしその前に、ラヴィア様が刺客に襲われ、

急いで都に戻られたので、視察を行うか否かを決めていただきたいのです」

「そうだったのですね...」


ターネスの言葉を聞いて、自分が何も知らなかったことに改めて気付かされる。


──姉上は民の本当の姿に、心に触れたかったのですね──


密かに右手の拳を握りしめ、

姉への尊敬と、その無念を思い、

力を込めて。


「ですが、我々司長の間では、

視察は中止、もしくはご延期なされた方がよいのでは?

との意見が大半でございます」

「それは...」


ターネスに聞き返さなくても家臣たちが視察に反対する理由は浮かぶ。

先王だった姉が崩御し、新たな王が即位したばかり。

ただでさえ不安定な情勢に加え、その王が宮殿を離れること、

そして姉を狙った刺客の黒幕も判明できていないという事実が拍車をかけている。


「視察をすべきだという意見も出てはいます。

もちろん民に不満を募らせまいとの考えではございますが、

陛下の御命には代えられないとの意見は、皆の共通の考えでございます」

「ですが、民の心を知ることは先王の遺志でもあり、王が民を慈しむのは義務でしょう?私も可能であれば視察はしたいのですが」

「しかし、大々的な視察は国中に知れ渡ります。

それは自ら刺客などの敵に、己の場所を報せるようなもの…」


ターネスとヴィネアの話し合いはしばらく続き、

結局この日は話がつかないまま、議論は終わってしまった。



~~~~~~~~~~~~


「悩ましいことですね、陛下の御身を案じてのことですから司長たちの意見も理解できますが...」


議論があった日の夜、王宮内にてユリーナはヴィネアの聞き相手として、

座って茶を飲みながら話を聞いていた。


「それでも視察に向かわねば、民たちの意を知ることが今必要なのは、義姉様もご存知でしょう?」


お茶菓子を一口つまみ、髪を指で巻き、不貞腐れたような顔を見せるヴィネアをみて、

ユリーナは微笑む。


「家臣たちは皆暗殺を恐れているのです、私とて例外ではありません。

大々的な視察は少し後でもできましょう?」

「むぅ...」


口を閉ざしたヴィネアに様子をつまみに、

ユリーナがお茶を口に含んだ時、


「そうだわ!!」


とヴィネアが叫びながら立ち上がった。

驚いたユリーナが少し咳こんでしまった。


「っど、どうなさいました陛下?!」


突然大きい声を出したヴィネアに対してその理由を問う。

立ち上がったヴィネアを見上げていると、

見るからに得意げな顔をしてニヤリと微笑んだ。

まるでよからぬ企みでも思いついた小僧のように。


でなければいよいのでしょう?」


この言葉を聞いた時、ユリーナの嫌な勘が働きだすも、

もはやどうにもならないと悟るのは、

もう少し後のことである。


~~~~~~~~~~~~


 よく晴れた日、王都から半日ほどかけた場所にある【ビート村】を100人ほどの兵を引き連れた集団が訪れていた。

村人たちは皆立ち止まり、道を開けて頭を下げて待ち構えている。

兵の中から1人が伝言役として前に出る。

村人の集団の先頭で、村長が杖をつきながら立っていたため、

兵と村長と話が始まった。


「ようこそ、ビート村へ。お待ちしておりました。

私が村長のミネドでございます」

「そなたが村長殿か。あちらにおられる方が本日、女王陛下に代わり、

視察を行われるユリーナ・アスティーユ将軍です。

今日は皆の普段の生活を視察なさりますので、特別なことは控えるようにお願いいたしますとのことです。」

「はい、かしこまりました」


戦馬に跨るユリーナは兵を連れて進み、

馬上から村長に向かって軽く挨拶をしてから馬を降りた。


「ミネド村長、ユリーナ・アスティーユだ。

今日明日の視察に伴い、事前に伝えた通り今日はここで一晩世話になる」


ユリーナが頭を軽く下げようとすると、村長はそれを必死に手で制止しようとする。


「滅相もありません、我々の小さな村などに陛下が気をかけてくださるだけで、満足です。

今日はどうかこのビート村でゆっくりお身体を休められてください」

「そうか、ではお言葉に甘えよう。だがその前に、視察の業務がある。

着いてそうそう申し訳ないが、まずは視察の順番の確認をしたいがよろしいか?」

「ええ、もちろんです。まずはこちらに……」


村長に案内され、ユリーナを含めた兵たちもついていく中、

後方には女性兵のみで構成された、王の護衛のみを担う特別隊、

【極守騎士団】のメンバーも揃っている。

その中の先頭の方に、

明らかに集団行動に慣れていない騎士の姿があった。


──っつ、疲れます...──


その兵こそ、密かに変装して視察に訪れたヴィネアだったのだ。


~~~~~~~~~~~~


 ビート村は特産物の果実と果実酒、

そして果実を食べさせる畜産が主な産業だ。

特に果実酒はラヴィアの時代から、王の御膳にも出されるほどの美味しさであり、

王室だけでなく高貴な階級の者たち御用達らしい。

視察では一通りの作業の様子、暮らしている様子をヴィネアたちは見た。

その後歓迎の宴など行われ、

そしてその夜、ビート村で一番大きな屋敷の中で、

変装を解いたヴィネアとユリーナは2人きりで会話をしている真っ最中なぼだ。


「見たところ暮らしぶりに問題はなさそうでしたが、将軍はどう思いますか?」

「陛下の言う通りだと思います。

この村はほかの村と比べても、

豊かな生活を送っている民も多いです。

しかし、山の近くの離れで村に属する集落もありましたが、時間の都合上視察はできませんでした」


ヴィネアはユリーナから話を聞くと、

自分の足を揉みながら考え込む。

その様子を見て体が心配になる。


「今日は他の兵と歩いてお疲れでしょう。

明日向かうクニャムの街までは馬を使うよう、極守騎士団の他の兵には説明しております。

今日はもうお休みになられてください」


心配から出た言葉だったのだが、ヴィネアはすぐに首を横に振った。


「いえ、今から村の離れに行きましょう。隅から隅まで見ねば視察とはいえません。

もちろん、あなたも変装して一緒に行きましょう!」


ユリーナはヴィネアの提案に、

またか無茶を…と思いながら、主の命に従ってこっそり出かける用意をした。


~~~~~~~~~~~~


 暗い夜道、月明かりだけを頼りに、

少数の護衛兵を連れて、徒歩で山の麓にある村の離れの集落にヴィネアたちはやってきた。

護衛兵はこっそり待機させ、ヴィネアとユリーナは旅商人の変装をして集落の中心部へ向かう。

そしてたまたま、あばら家の外で水を撒いている女性を見かけ、ユリーナは声をかけた。


「そこの方、すみません」

「…なにか御用でしょうか?」


水撒きをしていた女性は、

一見ぶっきらぼうな態度に見えるも、どこか忙しそうな様子にも見える。


「私たちは姉妹で旅をしながら商いをしているものなのだが、ここはビート村であっているだろうか?」


ユリーナがいつもより声を低くして、力強い声で話していることに、

違和感を感じるヴィネアだったが、

今は笑いを堪えた。

その間に女性はユリーナの問いに答えだす。


「村の中心はもう少し山から離れた場所ですよ。ここはビート村の中でも、貧しいものたちが住んでいる場所です」

「貧しい…どういうことです?村の産業で得た利益は分配されていると聞きましたが──」

「それはウチの村でも主産業に関わっている者たちだけです。

村の中で病気や怪我で体を動かせないものや、主産業を仕事にしていないもの、親を亡くしたものたちは皆、こちらの集落でひっそりと暮らしているのです」

「そうだったのですか...」

「ですから、商人様が必要とされるモノなどはうちの集落にはないので、

ぜひ村の中央へ。

私はこれから病気の父の世話をするのに時間がないので、失礼いたします」


女性がユリーナに礼をして離れようとした時、


「お待ちを!」


とヴィネアが声を上げた。


「まだ何か?」


女性に尋ねられたヴィネアは、急いで集落を見回る理由を考えた。


「じ、実は私たちは都の役人たちから、旅路の途中で、ついでにこの村の実態を報せてほしいと頼まれておりまして、

女王陛下直属の将軍様の視察もくると知って、こちらに伺ったのです」

「は、はあ...」

「ですのでそのために、貴女のお父様の様子などを見せていただけないかと思いまして。

決して迷惑はかけませんから!!」


あまりにも突然なヴィネアの提案に、ユリーナも開いた口が塞がらない状態になる。

ヴィネアも無理なお願いと承知の上で尋ねてみたのだ。

女性は少し怪しみながらも、商人2人ともが女であったからか、


「就寝まででしたらどうぞ」


と許可をしてくれたのだった。

ヴィネアとユリーナは互いの顔を見て頷いた後、

女性の家の中に入っていった。


~~~~~~~~~~~~


あばら家の中は大人3人が寝れるほどの間取りで、女性の父が病気で体調がよくないのか、簡易的なベッドの上で横たわっていた。

すきま風が吹き、衛生上病人には向かない環境に、ヴィネアは少しいたたまれない気持ちになる。

ユリーナはそれに気づいて、

大丈夫か?と指で合図をすると、

ヴィネアは手で

大丈夫、と合図を返した。


「お父さん、旅の商人様がぜひこの村の様子を見るためにお話がしたいと言って来ているの。

よろしいですか?」


女性が病気の父の傍までより、

耳元で尋ねる。

父親がなにを言ったのかは小声でわからないが、

否定的でないことはヴィネアたちも態度でわかった。

女性に支えられて上体を起こし、ヴィネアたちと面と向かう。

頬は痩せこけ、目の下には大きな隈があり、健康でないことは火を見るより明らかだ。

身体の心配をしながら、話は始まるのだった。


「いつ頃からご病気を?」


恐る恐るヴィネアが尋ねる。

すると女性の父親は軽く咳払いをし、

声を発した。


「も…もう10年になります。元々足に持病があったのですが、それが悪化してから、心の臓にも病を患い、このようになってしまいました」

「そうだったのですね...」

「妻をはやくに喪い、娘と2人きりで生きてきましたが、

我々のような賎人のような身分の者は体が動かねば、働き手もなく、生きる術はありません。

今は私に代わりに娘が村の仕事を手伝いながら、暮らしているのです」


暗い表情で話す姿を見て、ヴィネアはその背景などを考え、黙り込んでしまう。

ユリーナはそれを知りながら、代わりに自分が聞こうと話しだす。


「今都から王の遣いで将軍が視察にきていると聞きました。

彼らに嘆願はしないのですか?」

「視察団が来ていることは知っています。

ですが、村長たちから視察中はあまり外出しないよう、視察団とは関わらないように言いつけられているのです。」

「それは...何故?」

「村をよく見せるためです」


理由を聞いてヴィネアは驚き、ユリーナは顔をしかめた。

ヴィネアには考えが及ばないところで、ユリーナはこの村の闇の部分を感じとり、

話を続けていく。


「村をよく見せる...ですか」

「はい、我々のような者を女王陛下の遣いの方にお見せするのは、見苦しいということなのでしょう」

「なるほど...」


それから少し話してから、ヴィネアとユリーナは彼らの家を出た。

夜風にあたりながら、ヴィネアは俯いていた。


「なぜ村が彼らを隠すのか...考えておられるのですね?」


ユリーナはヴィネアが考え事をしているとわかって、話しかけてきた。

なぜわかったのかという疑問は言わず、

ただヴィネアは自分の知りたいことをユリーナに尋ねる。


「幾ら考えても納得いきません、賎人の身分というだけで、村全体が隠そうとするなんて......将軍はご存知なのですか?」

「この村の果実酒は王室だけでなく、都でも評判の品です。

国だけでなく、都に住む高族階級の者の中にも、この村の産業を支援しています。

村としては多くの支援をもらうために、村の印象をよくし、評判をよくすることの方が重要なのです」

「そんな...」


ヴィネアは驚きを隠せない。隠せるはずもない。

首を右に左に動かして動揺している様子を、

ユリーナは悲しげな目でみる。


「だってそれは...村のために彼らを見捨てることと同義では?」


ユリーナに尋ねるヴィネアの瞳は、琥珀色が潤んで霞んでみえた。

月の光でさえ照らしきれない瞳に、ユリーナまで心が痛んでくる。

だが、ユリーナは自分の責務を理解している。

それはありのままの現実を女王に説明することだと。


「賎人階級の人間と、その上の平普へいふの人間とではもちろん身分差があります。

村を取り締まる役人は平普以上の者がほとんどですので、彼らも逆らえないのです。

村全体のために少数の人間を犠牲にすることで、村の産業に活かしている...

これを知ることも、陛下のためになりましょう」


話を一通り聞いたヴィネアは大きなため息をついて落ち込む。

社会が生んだ悲しきこととはわかっていても、なぜか心の奥に自責の念がうまれるのはなぜだろうかと。


「陛下、もう少しこの辺りを散策してから戻りましょう。夜風もさほど冷たくありませんから」


ヴィネアが自分で考えすぎる癖を、知っていたユリーナはただ務めを果たそうと、提案をした。


「は...はい」


ヴィネアはただ曇った気持ちのまま、ユリーナとともに散策してから、

戻っていくのだった。



◆──がために──◆


翌日、次の視察地のクニャムの街


 視察団は工芸の街・クニャムを訪れた。

大きな湖・ティマ湖が近くにあり、砂鉄のとれる山がいくつもある。

湖の船による輸送で、様々な地から送られた素材を活かし、

様々な工芸品をつくる職人が多く、市場が活発化しているのだ。

王室で使われる鉄器や銅器、武器などもこの街から多く納められる。

湖でとれる魚なども有名だ。


 ユリーナは代表して、街の役所でトップの駐事官ちゅうじかんと座して話をしていた。


「いやいや、女王陛下の代わりとはいえ、将軍様に来ていただけるとは、光栄な限りです」


駐事官が話をさらに続けようとすると、

ユリーナは手でそれを制しながら


「お心遣いは感謝するが、早速視察についての話をしよう、時間が惜しい」


と言って会議が始まった。


「まずはクニャムで最も大きな工房の~……~以上が、視察のご予定となっております」


駐事官が説明を終える。


「待て、工芸品に関するものがほとんどだが、民の暮らしを見る時間が無いではないか?」


説明を聞き終えたユリーナは、

事前計画の説明を求める。


「そ、その......王宮などに納める品などについての視察が主かと思いまして、

視察が終わればもてなしの宴を盛大に行おうかと...」


駐事官の説明を聞き、ユリーナは机を手で叩いた。


「なにを申すか!歓迎の宴などは二の次だ。

陛下はこの街の民の暮らしを知ることがお望みなのだ、その義務を果たさないでなにが視察というか?

よいな、宴の時間を削ってでも民の視察の時間をいれるぞ!!」


あまりにも大きい声に、駐事官は恐れおののきながら謝罪の意と、命令の返答を同時に表明した。

その後、ユリーナは右手で額を押さえ、

呆れたような表情をする。

駐事官が部屋を出ると、密かに後ろに連れていた護衛兵の扮したヴィネアと話をする。


「陛下、工芸に関する視察の後に時間をつくります。

昨日と同じように、変装をして街の酒場で民の暮らしを眺めませんか?」

「はい、将軍の提案を受け入れます」


ユリーナとヴィネアは互いに小さく頷き、視察の準備を始めた。


~~~~~~~~~~~~


 工芸品の工房や、武器職人たちの視察は概ね順調に行われた。

一見、特に問題があるようには見えない街並みだったが、

ビート村のことを思い出し、きっとなにか隠れた問題があるのだろうと、

ヴィネアもユリーナも心の中では感じていた。


そして、街の産業に関する視察が一通り済み、日が暮れかけた頃。

ユリーナとヴィネアは昨晩と同じ商人のフリをして、

少数の極守騎士団を目立たないように護衛として連れて街を歩いていた。


「将軍、どこへ案内するつもりですか?」


ヴィネアは自分の少し先を歩き、道案内をするユリーナに尋ねる。

ユリーナはそれに半分振り返るような状態で返した。


「この街で一番情報が沢山出入りする所へ向かっております」

「一番情報が?」


ヴィネアにとって、それがどこなのか想像がつかなかったが、

しばらく歩いたところでユリーナは足を止めた。


「こちらになります」


ユリーナが片手で場所を指し示すと、

ヴィネアはそこを見て驚いた。


「酒場...ですか?でもここは飲み食いをするところでは??」

「もちろんその通りです」

「まさかお酒が飲みたいだけ...なんて言いませんよね??」

「全くないとは申しませんが、目的は違います」


ユリーナがヴィネアの純粋な疑問を笑うと、

ヴィネアは頬を少し膨らませ、

笑わないでください、と言わんばかりの表情を見せる。


「酒場で飲食をせずして、何をするのです?」

「陛下、酒場には様々な人間が訪れます。

長旅をしている途中の者や、旅をしてきた者、地元の者だけでなく、様々な人間が入り浸る場所なのです」

「つまり...酒場でこの街のことだけでなく、色々な街や人の様子を知るためにきたということですか?」

「おっしゃる通りでございます。では、時が惜しいので早速入りましょう」


ユリーナは堂々と、ヴィネアは初めて入る街の酒場に、少し警戒しながら恐る恐る入っていった。

中は人が溢れており、テーブル席はユリーナの言った通り、旅をする商人や地元の民、ゴロツキまで様々な人が酒を飲んでいる。

2人はちょうど空いていたカウンターに腰掛けると、店主が声をかけてくる。


「旅のお方かな?ようこそ酒場ロットへ。お飲み物はいかがいたしましょう?」


立派な髭を蓄え、お腹が出ていて貫禄のある店主が野太い声で注文を聞いてきた。


「ウィノスを一杯」

「お隣さんは?」


ユリーナが注文をすると、店主がヴィネアに尋ねてくる。


「お、同じので」

「かしこまりました!お客さんたち、さてはお酒弱いね?」


ヴィネアの注文後、店主が一言呟いてから酒を取りにいく。

その一言がふと気になって、ユリーナの方を見ると、

それだけで察したユリーナは


「ウィノスは甘みが強いお酒です、これから宴もあるのに酔ってはいけないでしょう?」


と話してくれた。


「──また、流れてきたらしいぜ」


ヴィネアたちが酒を待つ間、ふと隣に座っていた男たちの声が耳に入ってきた。


──なにを話しているのでしょう?──


聞き耳を立ててヴィネアは会話をこっそりきく。


「まあ仕方ないよな、4年前からあのまんまじゃなあ」

「こっちにきてもたちばっかで、どうしようもないだろうに」


男たちの会話で出てきた言葉に、ヴィネアは聞き覚えががある。

とは、高族の身分の者が特定の地域で、その財力を使って他の商人たちに商売をさせず、自分たちの利益を優先する者ということ。

また、それによって下位の身分の者たちが自由に商売することができず、

生活に困っているという話も都で話題になっていた。


「将軍、あの者たちに話を...」

「かしこまりました!」


ヴィネアたち2人で小声で話していると、

店主が酒を持ってきた。


「はい、ウィノス二杯ね。ゆっくりして言って下さい」


店主が一礼すると、2人は会釈で返し、

ユリーナは隣の男たちの会話に、

酒を片手に混ざっていった。

ヴィネアはユリーナたちの会話を必死に聞く体勢に入る。


「すまないそこの者」

「ん?なんだ姉ちゃん、見かけない顔だな」

「いや、すまない。私も旅をしながら商いをしている者でな、そなたたちの話が耳に入って、尋ねたいことがあったのだ」


ユリーナはその前に...という感じで、

木で作られた器を掲げ、乾杯をした。

男たちもノリがよく、乾杯を返して話が始まっていく。


「ところで先ほど人が流れてきたと聞こえたのだが...」

「ああ、あれは湖のちょうど向かいの【タンダル】から人が来てるって話さ。

4年前、亡くなられた先の祖覇王陛下が、今は亡き【テナー国】から侵略を受けた時、戦場になったろ?

それから街が多少は復興しても、賎人や平普の人間のほとんどが厳しい生活を送っているのさ」


スキンヘッドの男はユリーナの質問に答え、

ため息をついた。

ヴィネアはなんとなくのことしかわからなかったが、ユリーナはラヴィアとともに戦ったテナー国との戦争を思い出す。

するとスキンヘッドの男の隣にいた、筋骨隆々な肉体で、隻眼の男が口を開く。


「タンダルの街では未だに国から支給される食糧だけでは足りずに、多くの人が飢えている。

ほとんど高族の奴らが富を得てるしな。を求め、湖の向かいにあるこのクニャムに希望を求めてやってくる者もいるがな。

でも、クニャムも自分たちのとこの人間を食わせるので精一杯なのさ。

ここの独占商人はよそ者には厳しい、

せっかくタンダルからやってきた者が商売や仕事をしたくても、働けずに湖畔の橋の下で飢え死にするのを待つしかないのさ」

「なるほどな...タンダルからきた賎人たちが商売をしていたら、どうしているのだ?」

「いつも高族のヤツらがゴロツキを雇って痛い目みさせるのさ、だからこの街は色んなやつが多いってわけよ」


男たちは辛い世の中だ、と言って酒を一気に飲み干す。

ユリーナも色々なことを感じながら、こっそりヴィネアの方を見ると、

あからさまに暗い顔をしている。

それからユリーナは他の人間たちとも世間話をし、同じように情報を得て、ヴィネアはただ後ろで聞いていただけだった。



◆──エピローグ──◆


 酒場を出て、宴の間に時間が少し空いていると、

ヴィネアとユリーナは湖畔の方へ向かった。

2人が街と湖畔を繋ぐ橋の下の方を見ると、

その光景に驚いた。


「こ、これは...」


橋の下には何十人もの人間が寝転んだり、座っており、空腹で飢えていた。

中には息もまともにできているかわからない、眠ったままの人間もいる。

人々の周りには小さな虫たちがたかっており、外れにあるとはいえ、とても街の一角とは思えないほどだ。


「あれが話で聞いていた賎人達のいうですね...酒場で聞いた話だと、ここ以外にも街の路地裏などで倒れている者も多いそうです」


ユリーナは淡々と話すも、ヴィネアはあまりのショックで反応できずにいた。

ビート村以上に悲惨な現状に、心が痛みで張り裂けそうなほど。

瞳の琥珀は影がかかってとれそうにない。


「仕事もできず、食にありつけない...それが彼らの現状なようです」


ユリーナはこれがヴィネアにとって厳しい現実だということを見せたかった。聞かせたかった。

その願いが通じたのか、最初はショックで言葉を話せなかったヴィネアも少しずつ口が開く。


「わ、私が......民のためにすること...いや、せねばならぬことが見えた2日間でした。

誰がために政を行うのかも...!」


ヴィネアは手のひらを橋の下の方に向けてから、空に向かってかざし、

拳を握りしめる。


瞳の琥珀は光を取り戻し、なにかを決心した様子を見て、

ユリーナは少しだけ、微笑み眺めているのだった。

(続)

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