第2話 王の土台
姉・ラヴィアが息を引き取り、
その亡骸は棺に納められていた。
ヴィネアは国の重臣たちが今後の体制を考えるため、
議事堂に集まっていることを知りながら、
王宮にある姉の棺の前から離れられずにいたのだ。
棺に向かって膝をついて向かい合っているその姿は、
なにかを躊躇っているだけでなく、自身に問いかけるようだった。
「姉上......」
ヴィネアが小さい声で呟いた時、
王宮内に誰か人の気配を感じて振り向いた。
「はっ、母上!!」
背後にいたのは、母のヴェルだったのだ。
既に涙も流さず、ヴィネアを案じるような悟ったような顔つきで近づく。
「ヴィネアは素晴らしい娘でした......私はそなたの父と、娘の2人を既に見送ることになったが、
まさか娘が私よりも先に亡くなるとは思ってもいませんでした」
「母上は冷静なのですね...」
「私でも人の死は慣れぬものです、それも家族のこととなると......
しかし、亡くなってすぐの今が国にとっても、ローザス家にとっても重要な時だということは解っているのですよ」
「私も頭では理解できても、心が追いつきません」
「ヴィネア、あなたの姉はあなたと同じくらいの年齢で挙兵し、独立しました。
これもきっとローザスの宿命なのでしょう」
「母上──」
2人が会話をしていると、外にいたヴェルの付き人が急いで部屋にやってきた。
「至急連絡です」
「何事です?」
ヴェルが用を尋ねる。
すると付き人は頭を下げながら
「アスティーユ将軍がたった今都に帰還したそうです」
と言ったのだ。
そう、ラヴィアの義妹であり、ヴィネアにとっても姉同然の存在であるユリーナの帰還は多くのことを意味するのである。
◆──国葬──◆
ラヴィアが亡くなったと聞いたユリーナは、急いで都に戻り、
王宮内に急いで向かったのである。
ユリーナが速歩きで王宮の中に入った時、
真っ先に目に入ったのはラヴィアの棺だったのだ。
「そ、そんな......我が主よ、我が
棺に近づこうとするも、その途中で膝から崩れるように座り込むユリーナ。
その時にようやく棺の端で佇んでいたヴィネアの存在に気づいた。
「こ、これはヴィネア様...!!」
ヴィネアに向かって跪いた状態から礼をするユリーナ。
いくら義妹とはいえ、王族であり、周囲からの体裁もあるため、ユリーナはいつも家臣として接しているのだ。
「そんな、今ここにいるのは2人きりです、血は繋がっていなくとも、今は姉妹として接してください!」
ヴィネアはユリーナに近づき、
肩を支えるように立ち上がらせた。
そしてラヴィアの遺言、ヴィネアの王位継承などについて、全て説明していったのだった。
~~~~~~~~~~~~
「なるほど、それがラヴィの......主の望むことだというのであれば、
私は全力でそれを支持致します、ヴィネア女王陛下!!」
ユリーナは一切の躊躇いなく、ヴィネアに自分の意思を伝える。
それを聞くと、ヴィネアは一瞬安堵した表情を見せるも、
再び表情をを曇らせていく。
「なにかお悩みでもあるのですか?」
ユリーナは優しく尋ねる。まるで迷子の子どもに接するようにだ。
「私も姉上の遺言をまもりたいとは思っているのだが、
どうしても不安なことが2つあるのだ」
「2つですか?」
「はい…1つは姉上の攻めることではなく、守ることでこの国の富を豊かにせよという教えです。
私は政も外交も一切経験がなく、何からすればいいのか検討もつかないので不安なのです」
「ではもう1つは?」
「もう1つは姉を死に至らしめた刺客のことです。刺客は全員死亡したと聞いていますが、姉上を殺した刺客とその黒幕が解らぬことが不安なのです」
その言葉を聞いてユリーナは1人で頷き、
「なるほど」と言って最後に1回大きく頷いた。
そしてヴィネアの問いに答えていく。
「まず1つ目ですが、主君と家臣はともに成長していくものです。
しっかりと我々の話を聞き、よく考えることが大事なのです。
最終的な決断に迷わないよう、常に学び続ける意志さえあれば、
気にすることなどありません」
これで1つは解決したといわんばかりのユリーナの心強い言葉に、
ヴィネアは満足して頷いた。
「そして2つ目ですが...これは我々も調査を進めていきますが、
その前に1つだけヴィネア様にお尋ねしたいことがあります」
「な、なんです?」
ユリーナはヴィネアの目を正面からしっかりと見つめ、
ヴィネアもユリーナが漂わせる不思議な雰囲気に驚く。
「ヴィネア様は刺客の黒幕にを憎んでおられますか?」
「なぜ、そのようなことを──」
「お答えください、それで私のお伝えする言葉も変わります」
「わ、私は...」
ヴィネアを真剣な眼差しで捉えるユリーナ、
ヴィネアも自分の胸に手を当て、頭の中でしばらく考える。
そしてとある結論を出した。
「私は...姉上を殺した者が憎いです!
姉上は私を慈悲と人徳があるとおっしゃいましたが、私は聖人ではありません。
大切な姉を死に追いやった者がいるのなら、たとえ天が罰を下しても許せないのです!!!」
この言葉は今までのヴィネアのどの言葉よりも力強く、覇気があると感じたユリーナ。
ゆっくりと口を開き、自らもヴィネアに考えを述べていく。
「私も許せません......ならば、それを糧に自らの正義をお貫き下さい!
艱難辛苦も全てその復讐心のために、お心を捧げるのです。
他人に言うこともなく、貫き続ける信念のため、胸に闘志を燻らせ続けるのです。
それこそが陛下のお心を強くするでしょう」
ユリーナはそう言うと、ヴィネアの手を握る。
その手の温もりか、それとも握る力になにか意志を感じたのか、ヴィネアも頷く。
「義姉...いや、アスティーユ将軍の言葉に目が覚めました!
早速ですが将軍、この後重臣たちと今後について話をしなくてはいけません...
どのようなことを話せばよいのですか?」
ヴィネアの言葉を聞き、瞬時にユリーナは頭を働かせて状況を整理した。
「ラヴィア様が亡くなる前に重臣たちと話し合ったなら、王位継承は伝わっているはずです。となれば恐らく、相談事は今後の政のことでしょう...
ですが、ヴィネア様は国葬において自らの王位継承の式典とすることのみを決定なさってください」
「国葬...だけですか?」
驚くヴィネアを他所に、ユリーナは安心しろといった笑みを浮かべ、
その狙いを話し続けていく...
◆──王の土台──◆
国葬当日
「国葬ですよ...姉上」
ヴィネアは姉の肖像画を見て、小さい声で呟いた。
ユリーナと話をし、
重臣たちとの議論では姉の国葬と、自身の王位継承宣言の公の場と決め、
2日で準備が整ったのだ。
それまではラヴィアと同じ体制で業務を行ってきたが、
国民たちの不安が大きくなっては困るため、情報統制も難しいものである。
「我が君、出番です」
ユリーナは頭を下げて礼をし、ヴィネアはそれに対して手で挨拶をした。
その手が若干震えていることにユリーナは気づいたが、あえて何も言わず、
ヴィネアを演説のために案内をする。
都の最も広い通りにある宮殿に近い広場で、
亡きラヴィアの喪に服す民たちで溢れているなか、
ヴィネアは高台で国民に向けて演説を始める。
誰にも聞こえないような小さい深呼吸をしてから…
「──2日前、国に民の……そして私の偉大な姉、ラヴィア・ワート・ローザスは突如この世を去りました。
誰よりも国のために生き、国のことを考え、民に慈愛を向けていた我が姉は、
志半ばにして、何者かの刺客によって夢潰えて果てたのです!
無念に満ちた姉の魂に安らぎと安寧を与えるため、
喪に服してくれる皆様には感謝の念しかありません。
…ラヴィア女王は亡くなる直前まで、国と民を案じておりました。
それと同時に、この私に王位を継承する命を賜ったのです。」
ヴィネアの言葉に誰もが黙って聞いている。
それと同時に、なにか言葉では表せない引力に引き寄せられている感覚だと、
ユリーナは聞いて感じていた。
そしてなおもヴィネアの言葉は続く。
「私は姉・ラヴィア・ワート・ローザスを本日より、
ネス・セイヴローズの祖覇王の冠名を授けることとする。
また、私ヴィネア・ワート・ローザスは先王の意志を継ぎ、第二代女王としてこの国を治めることを誓おう!!」
ヴィネアの宣言に、あらゆる場所で市民たちの動揺の声が聞こえる。
これを感じとったヴィネアは、さらに今までより力強い声を発した。
「っ…しかし私は、祖覇王の意向を尊重し、今以上に全ての民を、この国を守っていきたいのだ。
力が及ばぬこともあるかもしれないが、皆に私の力になってほしいと、
心から願う。
至らぬところもあるだろうが、私に皆の心と力を私に貸してくれ!!」
猛々しく右手をあげ、投げかけるような言葉に、一瞬国民たちの声が静まり返る。
しかしすぐに今まで漂っていた動揺の声は消え去り、歓声へと変わった。
「ヴィネア様万歳!!」
「ヴィネア様に栄光あれ!」
といった様々な声が聞こえ、国民たちに手を振りながら、
演説の場所を後にし、建物内に控えて座る。
それと同時に今まで止まっていた体の緊張が全て、心の臓に収束したように鼓動が激しくなる。
「きっ、緊張しました........」
胸を押さえて深呼吸をしていると、
「失礼します」
と言ってユリーナは入ってきたのだ。
ユリーナは入ってきてすぐ、胸を押さえるヴィネアを見て、どのような状態かすぐに察した。
「恐ろしかったのですか?」
ユリーナが尋ねると、ヴィネアは少し潤んだ目をして話す。
「私、全ての始まりのはずが終わってしまうような気がして…それより、どうでしょうか?次期王に相応しい言葉遣いや態度でしたか?ひ弱に見えませんでした?」
質問の連続に少し戸惑うユリーナだったが、
少しおかしく感じて微笑みが漏れる。
「あっ、笑うなんてひどいですよ将軍!」
「申し訳ありません、ですがご安心を...ヴィネア様はそれでよいのです。
思慮深い面が多くて安心いたします。
ラヴィ……先王は常に芯を持った、強いお方でしたから」
ユリーナは発したあと、しまったという表情を見せた。
案の定ヴィネアは姉のことを思い出し、
悲しい琥珀の光を放っているからだ。
「んっんん…ヴィネア様、国葬後は暇なく議事堂で重臣たちとの議論ですが、
以前私が言ったことは憶えておられますよね?」
「──あっ、はい。勿論です!王の初歩とは…土台を整えること、でしょう?」
~~~~~~~~~~~~
議事堂にて
議事堂ではヴィネアが王としての最初の仕事が始まっていた。
それは政や重臣たちの今後にも関わることだ。
重臣の中でも国政に関わる文官は司長、軍事に関わる武官はユリーナにような将軍階級の者しか議事堂に入れない。
そして各司長たちを束ねる大司長である老人、
ターネス・ヘルヴェルトは文官を代表してヴィネアと話をしていた。
「我々、司長達としても大まかな意見を、陛下の口からお聞きしたいと思っています」
玉座に座るヴィネアと、少し離れている中でも最も近い場所で座るターネスは、
御歳50を迎えるとは思えないほどの大きい声を出している。
「それももちろん話し合いますが...その前に私から皆に言いたいことがあるのです」
本格的な議論が始まる前に、
ヴィネアの言葉に多くの家臣たちが何を話すのか気になっている。
ユリーナだけを除いては。
「私は王位を継承するのは亡き祖覇王の意志を継ぐという前提ではありますが、
この国の発展という点では先代よりも富に溢れる国にしたいと考えています。
そのためには皆の助力が必要不可欠なのです。
そこで私からこの国に仕える皆に恩賞を与えたいと思っています!」
恩賞を与えるという言葉を聞き、議事堂内がざわつく。
ターネスは一切の動揺は見せず、
顔をしかめっ面のようにして首を傾ける。
「お心はありがたいのですが、恩賞はいただけませぬ」
ターネスの言葉でざわついた議事堂内が沈黙に戻った。
恩賞を与えると言ったヴィネアとそれを拒むターネスの話はさらに続いていく。
「何故恩賞を受け取れないのですか?
私がまだ明日の戴冠式を行っておらず、正式な王ではないからですか?」
「…いえ、そうではありませぬ。道理の問題なのです」
「道理...ですか?」
「はい、恩賞とは功績に対する成果でございます。
我々はまだヴィネア様に対して、なんの成果もあげておりませぬので、受け取れないのが道理かと」
「そうですか......大司長の意見ももっともです。
しかし、これは私だけの気持ちではないのです。
これは...先王からの恩賞でもあるのです」
「祖覇王様から...ですと?」
さすがのターネスも眉をピクっと動かせた。
どうやら解せないことがあるな、とヴィネアでも気づくほど。
「僭越ながら、祖覇王様からとはどういうことでしょうか?」
「ここにいる皆は、先王ラヴィアとともにセイヴローズ再建に尽力してくれ、
亡くなってもなお慕う心を感じております。
王とは全ての民の鑑、つまりこれは民からの労いの心でもあるのです。
今回の恩賞は先王に仕えた皆の心、民の心、そしてこれから皆と歩む私の心なのです!
それでもまだ受け取れませんか?」
それまでは力強い声で話していたラヴィアだったが、最後の問いは澄んだ声で、落ち着いて話してみせた。
ターネスは唇を軽く噛み、ひと息ついて頭を下げて礼をした。
「いいえ、そこまで言われては断ることこそ道理に反します。
恩賞はありがたく頂戴いたします。」
「はい、それともう1つ」
「?」
「私はしばらく、先王の時の役職を任せるつもりでいます。
その方が混乱は少ないと思っているからです。
人事は落ち着いてから決め、今は政策を皆で考えます」
これを聞いた重臣たちは
「ははあぁ」
と言って頭を下げ、議論が始まっていくのだった。
ヴィネアは震える右手を、周囲から見えないように左手で押さえ、
1つの使命を果たしたように頷いている。
もちろんユリーナも頭を下げながら笑みをこぼしたのだった。
~~~~~~~~~~~~
議論終了後
重臣たちがぞろぞろと帰っていく中、ユリーナが立ち去ろうとした時、
「待つのだ、アスティーユ将軍」
ターネスがユリーナを呼び止めたのだった。
「なにか御用でしょうか?」
ユリーナが軽く会釈をして向かいあう。
ターネスは無表情、ユリーナ作り笑いを浮かべた状態だ。
「あれはそなたの入れ知恵か?」
「なんのことでしょう?私にはさっぱりです」
ターネスの問いを強かに受け流すユリーナの顔を見て、
なにか確信を得たターネスはしかめっ面にように眉にシワを寄せる。
「用件が済んだのなら私はこれで」
ユリーナはなるべく会話を速やかに終わらせたいという気持ちもあったため、
そそくさとその場を去っていった。
ユリーナも文官のトップであるターネス相手では、
どこか苦手な部分もあるというように。
「まったく、ヴィネアお嬢様も演技が達者になられれるとは」
ターネスはゆっくり上を見上げてため息をつき、最後に議事堂を後にした。
◆──エピローグ──◆
王宮の書斎で1人きりになったヴィネアは、一応誰もいないのを確認し、
椅子にぐったりとなって座った。
「つ...疲れました〜」
座りながら胸に手を当てると、まだ胸がドクドク鳴っているのことが手のひらで感じられる。
「全部ユリーナ義姉様の言った通りになりました。
やはり義姉様はすごいです」
ヴィネアはラヴィアの死後に、ユリーナと話したことを思い出す。
~~~~~~~~~~~~
「まず皆に恩賞を与えるのですか?」
「はい」
意図が分からないヴィネアの疑問に、
ユリーナは頷いてから説明を淡々とはじめた。
「家臣の中には、急なラヴィア様の崩御に重臣以下の位の者たちは、大義名分もなく自らの保身を考えるものも多いのです。
その者たちにまず恩賞を与え、今まで通りの職務を与えれば、安心して二心を抱くものは少なくなるのです」
「そういうの...ものなのですね」
「はい。!王の初歩とは…土台を整えること、それは身近にいる有識者だけでなく、それを支える者も例外なくです。
ただ1人、大司長のターネス様は筋道を考えられるお方、唯一受け取れないと言うかもしれません」
「それは、どうすればよいのですか?」
「安心してください、説き伏せられる言葉をお教えいたします……」
~~~~~~~~~~~~
「やはり私などよりも頭のまわる義姉様は頼りになります、姉上...」
ユリーナに対する感謝と、彼女を頼れと言った亡き姉に感謝を告げるヴィネア。
目が熱を持ったかのように疲れ、身体も力を入れたくなくなるほど堪えているが、
すぐに次のことを考え出す。
「まずはすぐに富国...ですね」
ヴィネアの王の道はまだ始まったばかりなのだ。
(続)
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