天才姉の後を継いだ妹、国を治めて復讐を誓う

朽琉 准

第1話 崩御~姉と妹~

◆──悲しき報せ──◆


「あっ姉上が刺客に襲われて重症を負っている?!」


 付き人から連絡を聞いた少女、ヴィネア・ワート・ローザスの第一声は、悲鳴にも似た叫びだった。

それも友人たちとの午後のお茶会から帰ってきてすぐのこと。


「すぐに王宮に向かいます、支度を!!」


呼吸が荒れ、思わず挙動不審のように目を泳がせる。

それを見た付き人は、急いで支度の準備を下々にさせた。


「姉様……」


たった1人で支度を待つヴィネアはその場で待ちきれずに足踏みをしながら、

上を見上げて呟くしかなかった。



────●────●────●──


 【ウォーレニア大陸】を左右に分けた2つの国の1つ、

【ネス・セイヴローズ王国】の王都【セヴァーク】の【セイヴローズ城】の王宮は混乱に陥っていた。

ちょうどその混乱の真っ只中、屋敷から急いでやってきたヴィネア。

迅速に入城手続きを済ませ、はしたないとは思いながらも早歩きで王宮の寝所に向かった。


「姉上っ!!」


寝所に入った時、目に入った光景に息が止まった。

ヴィネアの目の前には血まみれの包帯で体のあちこちを覆って横たわる姉、

ラヴィア・ワート・ローザスとそれを看る医師、

そして涙を流しながら医師から病状を聞く母親の姿だった。


「それで助かるのか?助かるのだろう??助けてくれるのだろう?!?!」


ヴィネアとラヴィアの母親の王太后、ヴェル・ワート・ローザスは号泣しながら医師に尋ねる。

すると医師は額に大粒の汗をかき、震えて下を向きながら、目を合わさずに話しだした。


「おっ、お……ぉ王太后様、陛下の全身の傷からっ、おびただしいほどの出血が止まらず、治す術がありません!ど、どうかお許しを……!!」


医師が頭をさげて謝罪をしても、母ヴェルは受け入れることができずにいる。

ちょうどその話を聞いてしまったヴィネアは、思考が追いつかないまま横たわるラヴィアの方に近づいていった。


「そ、そんな姉上……嫌です!姉上が亡くなるなど!!」


何も考えられない中、大粒の涙が両目から溢れ出す。

それと同時に、足に力が入らなくなり、ラヴィアのすぐそばまでくると崩れるように跪いた。

母はヴィネアに気づき、傍まで寄る。


「ヴィネア…姉は、ラヴィアはもう長くないと……」

「全て聞いていました母上、しかし……!!」


受け入れ難い現実を、

母とヴィネアは咽び泣きながら、

医師に治療を尋ねようとしたとき、

微かな声が聞こえた。


「さ…さわが……しいです、っ…母…上……」


今にも消えそうな細い声を発したのは、

寝転がりながら、肩で息をしているラヴィアだったのだ。

目も満足に開けられず、細目でヴィネアと母の方を見ている。


「姉上!」

「ラヴィア……!」


声をかけられたラヴィアは自力で上半身を起こそうとすると、

ヴィネアはそれを制しようとする。


「いけません姉上、今動いてはお身体に──」

「よい......どう...せ、長くは...もたぬの...だから......っやれること...をやら...ねば......!」


それからラヴィアは、家臣の中の重臣たちや、母などを順番に呼んで1人ずつ、一対一で話を始め出したのだった。


 


◆──遺言──◆


 一通りラヴィアが重臣たちや母と話し終えたあと、最後にヴィネアは呼ばれた。

もう夜が明けるまで片時もない頃。


「き...きたかヴィネア」

「姉上......」


もう既に疲れ果てたような顔をした姉の姿を見て、

おさまりかけていた涙がじわじわと溢れ出す。


「そう涙を見せるな......早く近くに」

「──はい」


上体だけ起こしているラヴィアの近くまでヴィネアが寄って座ると、

ラヴィアは真剣な眼差しで、話し出す。


「まず私が女王ラヴィア・ワート・ローザスとして言うべきことがある」

「なんでしょう?」

「今この時をもって、我が妹ヴィネア・ワート・ローザスを正式に......王位継承者として王位を讓渡する」

「そ、そんな!!弱気な事を言わないでください...きっとお身体もよくなります、ですから」

「今更なにを言う、既に...重臣たちにはそのつもりで話をつけた」

「しかし......」


ヴィネアが驚くのも無理はない。

姉ラヴィアが亡き父の国を再建しようと挙兵して10年ほど経った現在まで、

ヴィネアは一般的な教養を学び、女王の妹として、少女として普通に過ごしてきた。

もちろん政などに関わった経験もない。


「しかし......私には王位を継ぐ資格はありません」

「資格ならあるではないか!」


ラヴィアが声を少し張ると、胸を押さえて苦しみ出す。

ヴィネアもそれを支えようとすると、ラヴィアは片手でそれを制した。

そして睨みつけるようにヴィネアを見る。


「亡き父王よりはるか前から受け継がれてこの姓、ローザス...そして王直系の者のみが冠するワート、そして私もそなたも父上と同じ金色の髪と琥珀色の瞳を持つ者であろう?」

「それは確かに...そうですが......」

「それに、これは頼み事ではない。

この国の王としての王命なのだ、そなたに選択の余地も、断ること余地など微塵もないのだ」

「?!」


ラヴィアの燃えるような輝きを放つ瞳の琥珀は、ヴィネアの薄暗い琥珀の瞳を真っ直ぐ見つめる。

まるで蛍の最後の輝きのような瞳で。

その輝きに飲まれそうになったヴィネアだが、

胸に漂う不安を吐き出していく。


「仮に私が王位を継いだとしても、家臣たちが私に従うかどうかわかりません。

家臣のほとんどは父上の頃から仕え、姉上が挙兵した頃から従う者たちです...

姉上に従っていても私に従うとは」


思わず傷だらけの弱った姉に強い言葉で不安を漏らしてしまったと、少し後悔するヴィネアだったがラヴィアはそれを聞いて息を吐く。


「そうだな......確かに私に付き従った者たちの中から、不満を抱く者もいるだろう。

その責任だけはそなたに押しつけることを申し訳なく思う。

だが......だが、これだけは忘れてはならぬ!!」


ラヴィアは喋りながらゆっくりと腕をあげ、矢で狙いすますようにヴィネアを指さした。


「──これだけは忘れてはならぬ!

!!

主は家臣を大切に重宝し、臣下は主を敬い従うものなのだ。

絶対的な関係は何人たりとも変えられぬ...」


ラヴィアは吐血しながら声を張り上げる。

口から血を流しながら鋭い瞳に睨まれ、

ヴィネアは全身が硬直したように、目を見開く。

姉の気迫の凄まじさに、血を吐く姿を心配することさえ忘れるほどに。

やがてラヴィアは鋭い瞳の光を和らげ、落ち着いた様子になる。


「私は父上を始め、失ったものを取り戻すために必死に動き続けた......

3つの国を攻め落とし、この大陸を二分することはできた。

だがそれもこの大陸を統一し、他の大陸の強国たちと並ぶための道半ばだったのだ。

だがもはや......それも叶わぬ夢物語だ」


部屋の天井を見上げるラヴィアは、

どこか遠くを見ているようだった。


「姉上...」


何かを感じたヴィネアはラヴィアの手を優しく握る。


「私が姉上の無念を晴らせばよいのですか?」


涙を流し、必死に尋ねるヴィネア。

だがラヴィアは目を閉じ、首を横に小さく振った。


「そなたには天下で覇を競う才は私には及ばぬ。

だが、そなたの人徳と人を見る才は高く、いずれ私を上回るだろう…

故にそなたは国を強固にすることに、心血を注ぐのだ」

「国を強固に...ですか?」

「そうだ、攻めることではなく、

守ることでこの国の富を豊かにできるはずだ」


ラヴィアはそういうと咳を始め、再び口から血を流し始める。

左手で胸を締めつけるように押さえ、右手で口を塞ぐ姉の姿を見て、

ヴィネアはもっと近くに寄り添う。


「姉上と違う方法など──」


そう言いかけたところで、ラヴィアは咳を必死に抑えて苦しみながら声を発した。


「わ...私は例えるならっ......陽光の輝きだ..、熱と輝きで皆を導く太陽。

だっ、だがそなたは云わば月光なのだ...

闇夜に最も輝く月の光は、人の心を癒して安らぎを与える」

「月......ですか?」

「そなたの人の心を慈しみ、尊ぶ心は山よりも高く、海よりも深い......誰よりも私が理解しているつもりだ──」


一息ついたラヴィアは真横にいるヴィネアの肩に手を乗せる。


「──しかし、そなたの慈悲と人徳は多くの人を守る盾ともなるが、それと同時にその身を切りつける刃にもなるだろう」

「刃...ですか?」

「そうだ...その心を利用し、刃向かう者も現れるだろう。

もし慈悲をないがしろにし、多くの者にとって災いとばるものならば、決して許してはならぬ。

その時は断罪するのだっ!

露が葉から零れる一滴ひとしずくたりとも慈悲を与えてはならない...よいな?」

「は、はい...肝に銘じます」


ヴィネアが頷いて返答すると、ラヴィアもその様子を見て安心したかのように頷き返す。


「そなたがもし国の政で困った時はターネスに相談をせよ、

父上の代から仕えており、高齢だが利権に流されず、客観的に物事を捉えられる。

そなたも幼い時に勉学を教えてもらった仲だ、心も理解できよう」

「わかりました」

「……そして、外交は我が義妹、

ユリーナを頼るのだ。

私が挙兵して以来、最も信頼する者だ...文武ともに秀でており、私にとっての妹、そなたにとっては姉同然であり、数少ない同じ女の重臣だ。

遠征から戻り次第、すぐに話をしてくれ」

「はい、姉上の仰せのままに」


肩の荷がおりたように安心したようなラヴィアは、ヴィネアの肩に乗せていた手をそっと下ろす。

そしてベッドのすぐ側にある宝石で飾られたクローゼットを指さした。


「あそこに王の証の宝剣と宝印がある、そなたがしっかりとその手の内に納めておけ」

「わかっています、姉上」

「──それと......」


急にラヴィアの瞳が鋭い光から、朧気な光に変わり、声音も少し弱く優しいものになった。

もちろんヴィネアもそれに気づき、驚いた顔で姉の方を見る。


「──それと、これはとしてではなく、としてそなたに言いたいことだ」

「な...なんでしょう?」


驚く間もなく、ラヴィアは優しくヴィネアの手を握り、掌の温もりを感じるように触れている。


「私が16歳で挙兵した頃、そなたはまだ8歳だった。

あの時私が、そなたに誓った言葉を憶えているか?」

「──!!はい、忘れるわけがありません」


ヴィネアははっきりと憶えている。

それはこの国で春になった証とされる、1月のとある日の事、

美しい花が咲き誇る屋敷の庭の花畑の真ん中で、

姉妹で話をしたことだ。


──ヴィネア、そなたには苦労もさせず、1人の女として生を全うさせてみせる。

お互い夫婦ではないが、共白髪になるまでそなたを守ってやるから安心して生きるのだぞ?──

──はい、私も姉様が無事なように、ずっとお祈りします!──

──そうか、そうか──


ヴィネアはラヴィアと一緒に過ごして日、瞬間は絶対に忘れない。

それがかけがえのない時間だと知っていたから。


「あの時、そなたを守ると言ったが、もう守れなくなってしまう...

それに、人並みの生活も捨てさせてしまった」

「なにを仰るのです?!姉上の苦労を考えれば......感謝しかありません」

「くれぐれも母上を頼む...!血の繋がる肉親を大事にな」

「肝脳血に塗れようとも、教えを守ります」

「そうか......喋り疲れた、少し休む」

「はい」


ラヴィアはそう言うと、胸を押さえながらベッドに横になる。

ヴィネアは少し顔を歪めた姉の寝顔を確かめ、主治医を呼びにいった。

安らかな表情ではないことが、逆に姉の生を感じているようで安心したのだ。

主治医を呼びに寝所から出ると、まさに夜明けを告げる朝日が見え始めている。

柔らかく温かい陽の光が、ヴィネアの全身を照らしだしていく。

そして主治医が寝所に入って診療しようとした時、主治医の大きな叫び声が、

1つの時代の終わりを告げたのだった。


◆──エピローグ──◆


 ネス・セイヴローズと隣国のグラスディーン王国の国境付近にて、

兵を連れながら視察を行っている麗しき女性騎士の姿があった。

燃える炎のような紅の長髪を結び、ラピスラズリのような青い瞳の騎士、彼女の名はユリーナ・アスティーユ。

ラヴィアと義姉妹の契りを結び、

セイヴローズ軍の将軍として、国境警備を視察する遠征にきていた。


「グラスディーンの方も今は迂闊には動かないときではあろうが、

やはり要所に砦を築くほうがよいだろうな......

悟られないように慎重にことを運べ!」


手下のものたちに話し終え、軍馬に乗って移動しようとした時、

突如連絡用の駿馬に乗った兵士がやってきて、急いで馬からおりると、慌てながらかけよって跪く。


「急ぎの伝令です将軍!」

「何事だ?」


緊急事態を現す伝令兵の腕に巻かれた赤い布と、

鬼気迫る顔の兵の顔を見て、ユリーナはただ事ではないと察した。


「将軍、ラヴィア女王陛下が亡くなられました!至急都に帰還せよとのことです!!」

「なっ……なんだとっ?!」


ユリーナの体は驚きのあまり一瞬動かなかった。


「──わかった、ただちに帰還する……」


しかし、数秒たってからすぐに帰還する指示を兵に出し、自ら馬にまたがる。


「なんということだ......ラヴィ」


ユリーナは軍馬で急いで走らせ、セイヴローズ城に向かうのだった。


(続)



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