恋心と悲哀 6

 演奏は、ずいぶんと形になっていた。

ドラムが走ってしまうことがあるが、それもパンクであって、ロックで格好良いと詩織さんは褒めている。

的確に演奏をする凛花のベースと美波のキーボード、それに対して俺は、ほんの少しだけ後ろから追いかけていく。

その感覚が気持ちよかったし、ギターソロ部分も粘りつくように弾ける。

このバンドのアンサンブルだ。

何度か修正を繰り返して、課題曲を自分たちの色に変えていく。

もっとも、詩織さんの声によって同じ楽曲には聴こえないのだけれど。


 三人が創作した楽曲をメンバーに聴かせる。


 美波の楽曲は旋律が綺麗でアップテンポだった。

彼女はピアノで主旋律を奏でて、その姿は身体を少し揺らして軽快である。

歌詞は仮ということで、詩織さんに直筆の紙を渡していた。

幼少の頃より音楽に触れている彼女は、楽曲の特徴や癖を掴むのが上手いのだろう。

おそらく作曲するにあたって、普段は聴かないジャンルを聴いたり、コード進行などの勉強をしてくれたはずだ。

ポップパンクでアレンジして素晴らしい曲になると思う。


 スマートフォンにデータを入れてきた凛花は、大まかなアレンジもしていた。

スマートフォンから流れる音源は、壮大な楽曲に仕上がっている。

悠馬に対する嫌がらせと思うほど、ドラムパターンが複雑な構成だ。

主旋律はギターで弾かれている。

何度転んでも起き上がって進んでいくような、疾走感があってキャッチーな曲。

歌詞は断片的にはできているが、未完成のようだ。


 俺に順番が回ってくると心が不安定になった。

凛花のアレンジまで仕上げてきた楽曲には、完全に見劣りする。

ギターでコードを鳴らして、主旋律を口ずさむからだ。

しかし、楽曲の良さという点では劣ってはいないと自負している。

二人がアップテンポな楽曲であることに対して、俺が作ってきたのはバラードだ。

ライブ構成も見越して、楽曲が重ならないようにした。

二人がバラードを持ってくる可能性もあったから、他にも曲は用意していたけれど。

歌詞はまったくの手付かずで、適当な英語で歌の旋律を示していく。


「優詩くんは、バラードかー。いいねーきれいなメロディ!」


 俺は髪を手ぐしで撫でた。


 バンドアレンジを各々の要望であったり、意見を出していく。

ロックアレンジが不得意であるから、メンバーに任せると美波が言って、凛花もアレンジを変えていくことに賛成していた。


 音楽に対して、凛花は真摯な女の子だった。


「ソロのところ……ボスハンドタッピングで……ベースと交互に……弾きたいです」


「ボスハンドタッピングか……」と、あまり馴染みのない奏法に俺は眉を下げる。


「ボス? ボスハンド?ってなんすか?」


「両手でネック上の弦を叩いたり、引っ掻いたりする奏法だよ。こんな感じの」


 丸く滑らかな音で悠馬に実演する。

不慣れな奏法で雑音が混じってしまうが、凛花のタッピングはミュートが完璧にできていて、美しい音色が個人の耳に届く。


 その後も練習を続けていって、ドラムパターン、コードであるとか主旋律の確認、大まかな流れが作り上げられていく。

当初は不安だった悠馬のドラムは、詩織さんの助言によって形を成していく。

引き出しは少ないが、彼の成長速度には驚かされる。

しかし、凛花は悠馬のほうを見ることはなかったし、ドラムアレンジに関しても口を開かなかった。


 薄暗くなってきた夕方の窓から、ひぐらしがバンド練習の終わりを告げる。

それぞれの機材を片付けている時に、詩織さんが両の手をあげて身体を回転をさせている。


「ねえ、これからみんなでご飯に行かない?

親睦を深めるってことでー!」


 おそらく、メンバーの関係を良好にしたいという彼女の気配りだろう。


「いいっすね! 行きましょう! みんなも行くっすよね?」


 凛花はシールドを巻いていて、悠馬の問いかけに聞こえないふりをしている。

彼女は、おとなしい女の子だ。

快く思っていない相手に対して、無言という態度に自身の感情を乗せることは悪いことではない。

それも一種の自己主張であって、彼女らしくて良いと思う。


 悠馬は美波を執拗に誘って、詩織さんと楽しく談笑している。

その騒がしさ中で、凛花の背中がひときわ小さく、一人きりで遊んでいる少女のように思えた。

彼女の丸まった背中に俺も肩を並べて、シールドの先端を見て小さく呟く。


「凛花ちゃんも行くでしょ? 悠馬のことは気にしなくていいから。大丈夫だよ、俺たちもいるんだし」


「優詩先輩……。はい……行きます」と、シールドがベースのケースに収める。


 国道沿いの様々な店が立ち並ぶ中で、詩織さんが「ご馳走してあげるよー」と言った。

それに対して、寿司を食べたいと悠馬が騒ぐ。

彼女はスマートフォンで調べてから、画面と狭い路地を見て進んでいく。


 暖簾が夜風に揺れて、暖色の光が店への道標を作っていた。

木製の看板には、威風堂々とした文字が刻まれている。

間違いなく高級店であると、すべての雰囲気が示していた。

流石に高級店で、ご馳走になることは申し訳なかったし、悠馬の願いはチェーン店で満たされるはずだ。

詩織さんを説得して、回転寿司のチェーン店に入ることになった。

席に案内されると三人と二人に分かれてしまうことになる。


「美波先輩……! 俺と一緒に座りましょう!」


「嫌……」


「ええ! なんでっすか! 一緒に色々語ってほしいっす!」


「無理ね、話が合わないもの」


「話さないとわからないもんすよ。俺のこととか!」


「別に……知りたくないわ」


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