旋律の邂逅 10

 そういえば……と、各人における音楽の方向性を知らないと思って二人に問いかけてみた。


「俺はっすねー、主にK−POPとかを聴いてるっす。

女の子、ちょーかわいくないっすか?

――昨日話したドラムの人って、音楽ジャンルはなんすかね?」


「メタルが多いけど、大きく分けたらハードロックかな」


「そうなんすね。じゃあ、ハードロックとメタルも好きっす」


「俺もハードロック、メタルも聴くけど……基本的には邦楽のJ−ROCKやJ−POPが好きかな。

凛花ちゃんは?」


「あ……私は……パンク……ポップパンクなどが好きです。一番は――」


 彼女の口から最初に出てきたのは、一年前に活動休止した日本のパンクバンドだ。

現代社会を風刺したり、十代の心情を代弁する歌詞が特徴的である。

パンクサウンドにメロディアスな楽曲が人気だ。

時代は巡るというが、パンクという音楽ジャンルに新鮮さを感じた若者から支持を受けていた。

そのバンドは、他にもメタルやオルタナティブロックなども取り入れていたけれど。

彼女は続けて、海外のバンド名をあげる。

米国ニュージャージー州出身のポップパンク、オルタナティブロックを主軸とするバンド。

英国パンクの黎明期に活躍したバンド。

シルクハットを被った有名ギタリストが在席する米国のハードロックバンド。

ステージ上へ投げつけられたコウモリを玩具だと思って生で食べてしまい、激怒するボーカルのバンド。

さらにグラムパンクを代表する名前なども出てきて、音楽に対する造詣が深い人物であると感じた。


「いや待て。パンク? パンクってなんだよ?」と、音楽にそこまで詳しくない悠馬が疑問を投げつける。

俺たちの年代で凛花が口にした数々のバンドを知る者は多くない。


「……パンクは……パンク……」


「はあ? 意味わかんねえんだけど、だからパンクってなんだよ?」


「――音楽ジャンルの一つだよ。元々は、簡易なコードで反抗的で思想の強い歌とかをやる音楽……とでも言えばいいかな。暴力的というか。

悠馬の聴く韓国アイドルとは対極にあるような……」


「いや、難しいっすよ! パンク……パンクか。

つまり、好きな音楽はバラバラってことっすか?」


「いや、そうでもないかな。俺も凛花ちゃんがあげたバンドは好きだし……凛花ちゃんは、パンク以外にもハードロックやメタルも好きみたいだから。

悠馬が好きになったドラマーの人がいるバンドは、スラッシュメタルやメロディックスピードメタルもやるし」


「じゃあ、問題ないってことっすね! 問題ないっす!」


 顎の出し引きを繰り返す悠馬に、何か言いたげな横目を与える凛花がいた。


「まあ、音楽ジャンルなんて勝手に分けられたものだから、音楽の本質には関係ないよ」


 うまくいくのかな……と不安を感じた夏の午後だった。


 二日間の時を経て、再び教室に集まっていた。

美波と約束した日であって、集まっているといっても前回と同様に俺と凛花が広い教室に座っている。


「――今日も早いね」


「あ……遅れたら……良くないと思って……。ゆ……優詩先輩……」


「なに?」


「優詩先輩も……早いですね」


「俺は……なんだろう。性格かな。相手のことを待たせるのって良くないと思って。自分が待たされるのは、なんてことないんだけど」


「……私も……私もおな……」


 凛花の言葉を扉の開閉音が盗みさって、美波が「おはよう」と無表情で挨拶をしてきた。


「おはよう……っていう時間かな」


「……おはよう……ございます」


「もう一人の子……は、まだ来てないのね」


「まあ、まだ集合時間前だから」と、答えたところで俺たちが座る席に向かってくる美波は、その歩行もモデルみたいだ。


「結論なんだけど……文化祭ライブは却下されたわ」


「却下? どうして?」


「木崎先生に伝えたら、体育館は吹奏楽部が使用するからバンド演奏はやらせないって」


「一日演奏するわけじゃないんだから……」


「私も言ってみたわ。仮にバンド演奏があっても、体育館を使用する他のプログラムは吹奏楽部、ダンス、生徒の劇、先生たちの劇、自主制作映画、ビンゴ大会の各一組ずつだから、二日間ある内のどこかでできるって」


「――それを言ったら?」


「うん。無理の一点張り。口ぶりからするに、バンドが嫌いなんじゃないかしら」


「ロックバンドがってこと?」


「そうね。古い考えだと思うけど……木崎先生が文化祭をまとめている人だから。先生が許可しないと前に進まないかもね」


「ロックは不良みたいな? いつの時代の人だよ。昭和も昭和で、その時代の真ん中を今も生きている人みたい」


「――私から一つ提案なんだけど」


 茶色い髪を耳に乗せ直す美波は、真っ直ぐな茶色の瞳を俺と凛花に配る。

彼女は学生鞄からクリアファイルを取り出して、一枚の紙を机上に置いた。


「これ……部活を作るための申請書よ」


「部活を?」


「うん、個人で出られないなら、部として出演すればいいと思って。それなら、きっと断れないわ。

文化系の部活が文化祭で催し物をするんだから」


「そうだな……そうかもな。ちなみに要件は?」


「部を作るには、最低五人の部員と顧問の存在が必要ね」


「五人? それは厳しいかな……」


「その点は、なんとかできるかもしれないわ。ただ……顧問は見つけてほしい」


「顧問か……部活を作って、文化祭ライブに今からでも間に合う?」


「それは……急がなきゃいけないと思う。同好会のほうが作るには簡単だけど……仮に部活動としてではなく同好会にした場合、木崎先生が許可しないと思うわ」


「そっか……そうだよな。わかった、部活を作る方向で動いてみるよ」


「申請書は、生徒会で受け取るから。私に持ってきてくれたらいいわ」


 そういえば、美波は生徒会役員でもあった。

学級委員、文化祭実行委員、生徒会役員として多忙を極める中で動いてくれる。

遠ざかる背中に声をかけた。


「美波。忙しいのに……ありがとう」


「――バンドやりたいんでしょ? 生徒会として生徒側に立つことも重要な役割だから」


 他者の気持ちを理解して寄り添う彼女は、同年代よりも大人びてみえた。

それは、凛花も感じ取っていたかもしれない。


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