旋律の邂逅 9

 時計に目を向けると、確かに集合時間に遅れてはいるが、咎めるほどのことでもない。

走ってきたであろう彼の姿に、真面目である一面が垣間見える。

そのようなところは真っ直ぐな人物であると再確認した。

彼の意識は、すぐにバンドメンバーから別の者へ向けられる。


「し……四宮先輩……」


 汗を袖口で拭った悠馬が囁くように言った。


「えっと……二年生?」


 教室の真ん中付近にいる美波に「そうっす! そうっす! 二年の金本悠馬っす」と告げた。

悠馬は整わない呼吸を抑えつけようとしている。

頬の色が変わっているのは、走ってきたことによるものか、別の理由があるのか。


「そう」


 美波は一言だけ返して、学生鞄を肩にかけて前の扉から出ていこうとしたが、取っ手に指をかけたところで振り返る。


「バンドで参加することが確定しているなら……今日、木崎先生に話しておこうか?」


「やるっす! バンドやるっす!」と、机を押しのけて近付こうとする悠馬に、美波は怪訝な表情を浮かべた。


「ああ、お願い。一応、ボーカル以外のメンバーはいるから大丈夫だと……思う」


「うん。明日、明後日は私が来れないから、ここの教室で月曜日の――」


 お互いの時間を合わせて、参加の可否やスケジュールを伝えてくれることになった。

美波が去った後で、バンド活動における今後の課題などを話し合う。


「とりあえず、最低でもボーカルが加入すればバンドはできる。それとリーダーは、悠馬でいいんだろう?」


「リーダー? いや、いや、優詩先輩がやってくださいよ!」


「悠馬が発案したバンドじゃん」


「いやー、リーダーとか柄じゃないというか……めんどくさいというか」


「――凛花ちゃんは……どう? リーダーやる?」


「え……無理です……無理です」


「ちょっと待ったー! なんすか、なんすか!

『凛花ちゃん』って! やっぱり二人って……!」


「うるさい……金本悠馬のことも悠馬って呼んでいるだろう?」


 赤の他人にはしないけれど、話したりする仲の人に対しては、下の名前で呼ぶことにしていた。

多くの人が何かの意味があって名付けられているのだから、そこに対する敬意とでもいうのだろうか。

そうしたほうが良いと教わっていた。


「いやー、なんか疎外感を感じるっす! 俺のことも悠馬ちゃんとかにしてほしいっす!」と言う彼の言葉は放置する。


「じゃあ……リーダーは俺がやるよ」


「そうっすね!」


「あ……お願いします」


「次はバンド名……どうする? なにか意見は」


「どうなんすかねー、島崎なにかあるか?」


「え……いや……私は……」


 凛花は背中をダンゴムシほどに丸くしてしまう。


 本来、ドラムとベースはリズム隊として相思相愛であったほうが良いのだけれど。

もしくは敵対心や反発心から生まれるリズムもあるが、この二人の関係性はどうだろうか。


「はっきりしろよ! あるなら言えよ!」


 苛立ちを隠せない様子で、悠馬は机上に手のひらを叩きつける。


「……ごめん……なさい……」


「悠馬……昨日から思っていたけど、大声でまくしたてるなよ。怖がって言えなくなるから」


「だって、こいつ……いつも下向いて、なんも言わねえんすもん。同じクラスだから、わかるんすよ」


「自分の意見を言いづらいだけで、言わないわけじゃないから。少し待ってあげろよ」


「なんすか、それー」


「それで、悠馬は……なにかある?」


「そうっすねー、インパクトがあるほうがいいっすよね。英語で、ユーにハイフン、エムエーでYou−maはどうっすか? エムエーはマジで愛している」


「真面目に考えろよ。個人名を含めるのは却下。外国のバンドじゃないんだから」


 日本と違って、外国のバンドはメンバーの名前がバンド名に入っていることも少なくない。

有名なバンドも多いのだが、海外における認識と感覚がわからない。

日本において、個人名を入れたバンド名がまったくないわけでもないが、高校生バンドの由来が個人名では、滑稽で嘲笑されることは目にみえている。


「えー、優詩先輩は? なんかあるんすか?」


「そうだな……バンド名に色を入れるとか?」


「色っすか?」


「外国のバンドも日本のバンドもバンド名に色が入っていることが多いから。もちろん、有名なバンドも」


 脳内にパッと浮かぶだけで、海外であればパープル、レッド、ピンク、ブラック、グリーンなど。

日本であれば灰色、ブルー、イエロー、オレンジ、派生で虹の意味を持つバンド名も浮かぶ。

普段は騒がしいほどである教室に、三人の思考は静かに埋もれていく。


「あの……」


「うん、なに?」


「青を……ブルーを入れたいです……」


「ブルー? なんで? なんでブルー?」


「だから、やめろって。いいよ、続けて」


「あ……はい。学生……青春って……青いイメージがあるので……いいかなって」


「いや、お前! 青春に青が入っているからって、安直すぎるだろ!」


「悠馬のYou−maのほうが安直だよ。菓子会社に響きが似ているし」


 飴やグミが有名な会社名を悠馬に告げる。

さらに未確認生物みたいだな、と付け加えた。

その後で冗談を言う彼の行動を抑制するように、凛花は少しばかり震える手をあげた。


「あの……『B.M.T』って……どうでしょうか?」


「は? ビーエムティー? なんの略だよ? 先に正式な名前を言えよ」


 凛花の瞬きと頸椎の動きが連動している。

悠馬の言葉で傷ついているに違いない。

彼の言動を咎めても、三歩歩けば忘れてしまう脳であるのか、一向に改善される兆しがみられなかった。


「blue melody thought……青いメロディーと想い……。あ……嫌だったら……全然……」


「青いメロディー……青い旋律と想い……。いいと思う。俺は、B.M.Tに一票」


「えー、マジっすか? 島崎が考えたのをバンド名にするっすか?」


「――悠馬にも……ぴったりなバンド名になっていると思うけど?」


「え! なんすか?」


「B.M.T……バカでも真っ直ぐに届けたい、とか」


「ちょっと、ちょっとー! バカは余計すよ! 勘弁してくださいよー!」


 一通り騒いだところで、結局は悠馬も凛花の案に賛成することになった。

バンド名をB.M.Tとして活動していく。


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