旋律の邂逅 8
「――悠馬の後ろにいる子」
「え? 島崎? マジっすか?」
首を瞬時に回して、悠馬は凛花の姿を確認する。
「なにか楽器やっているよね?」
「あ……私……そんな……」と、目を逸らした。
顎を引いた状態で、胸の前に手を突き出している。
「前に手を握った時、指の腹が隆起して固かった。指の先端じゃなくて、指の腹だったからベースか……弦楽器をやっているのかなって」
某名探偵のように自身の見解を明かした。
「あの……はい……ベース……です」
「いや、いや、その前に重大な発言でてるっす! 手を握ったってなんすか? そっちのほうが重要っすよ! ちょっと待ってください」
悠馬はドラマに出てくる刑事のように、わざとらしく思案するパフォーマンスを忘れない。
「もしかして、二人は付き合ってるんすか? おい、島崎付き合ってるのか?」
「えっ……」
「付き合ってないから、いちいち騒ぐなよ」
「いや、おかしいっすよ! 付き合ってもいないのに手を繋ぐとかないっす! 俺には教えてくださいよー」
俺は悠馬の肩に手を置いて、凛花に穏やかな口調で問いかけた。
「ベース……やってくれないかな? 嫌だったら、無理しなくて大丈夫だけど」
「でも……私なんか……メンバーになっても……迷惑……」
「そんなことないよ。それに、音楽って一人でやるより、誰かとやった方が楽しいってわかった」
「島崎、お前……優詩先輩と付き合ってるのか?
どこまで? どこまでやっているんだ?」
「おい、名も無きドラマー。しつこいから」
「――迷惑じゃなかったら……あの……やりたいです。バンド……」
「そっか。じゃあ、ベースでよろしく」
「はい……よろしく……お願いします」
凛花が丁寧に頭を下げると、優しい香りが鼻腔へと入ってきた。
「いや、ベースやるのはわかったから! 先輩との関係を詳しく教えろよ」
俺は悠馬の縮れた短髪に手のひらをめり込ませる。
バンドを組むことになって、軽やかな流れでメンバーが見つかっている。
高校生であればギター人口は多いだろうし、この学校にも何人かいるはずだ。
しかし、ドラムとベースは絶対数が少ないので、簡単に見つかるものではない。
今のところは順調な滑り出しだ。
「あとはボーカルか……」
「ボーカルは、すぐに見つかるんじゃないですか? 歌うだけだし、目立ちたいやつとかモテたいやつとか」
「――ボーカルの件は、俺に任せてくれ」
「誰かいるんすか?」
「まあ……生徒じゃないから、参加していいのかわからないけど」
「いいんじゃないんすか? じゃあ、ボーカル探しは優詩先輩にお願いするっす!」
明日から夏休みが始まる。
明日の午後、俺の教室に集合して、今後のバンド活動について話すことにした。
楽しみと不安が入り乱れて、帰り道が普段よりも綺麗に見える。
音楽が何をしてくれるのか、という期待を胸に秘めて。
集合時間の少し前に廊下を歩いていると、教室の前に凛花の姿があった。
扉の間を行ったり来たりしている。
急に顔を上げて歩く。急に顔を下げて歩く。
それらを繰り返している。
顔を上げたタイミングで、彼女に向かって手を上げた。
「あ……こんにちは」
「こんにちは。中に入って待っていたらよかったのに」
「あ……でも……」
発言した後で意地の悪い言葉だ、と自身を叱責した。
おとなしい凛花が三年生の教室で座って、一人で待っていることは難しい。
目の前に立つと、不安の色を隠しきれない上目遣いをされてしまう。
「いいよ、入って。ほら、誰もいないし」
「あ……失礼します」
教室は無人だ。
夏休みに入ったことで、机と椅子が寂しく並んでいるだけである。
彼ら彼女らにとっても束の間の休息で、重力の疲れを癒やしてほしい。
黒板には誰が書いたのか『夏は永遠の青春』と、ピンク色のチョークで大きく書かれていた。
自席前の椅子を引いて、凛花に座るように促したが、彼女は前の黒板に視線を向けて座った。
今後の活動を話す場であるのに、背を向けてしまうところが彼女らしいと笑みがこぼれた。
同時に対話を拒否されているようで哀しくもある。
彼女の後頭部から垂れているポニーテールを見ていると、颯爽と教室に入ってくる者がいた。
誰もいないと思っていたのだろうが、俺たちの姿を確認すると、大きな目をさらに見開いている。
同じクラスで学級委員の女子生徒、
「――外村くん、どうしたの? 部活か……なにか? その子は誰?」
「この子は、二年生の島崎凛花。俺、部活やっていないから。美波は、どうしたの? 夏休みだけど」
「私は文化祭の実行委員だから。今日は、初めての集まりなの」
「そっか。大変だな……学級委員も実行委員も押し付けられて。その上、いつも一番の成績が当たり前で、目指す大学も日本トップのところだもんな」
俺は大きく両手を上げて、背中を伸ばした
「――好きでやっているから。誰もやらないなら、誰かがやるしかないし。別に辛いと思ったこともないから」
表情を崩さない美波は、真っ直ぐに俺の目を見て答えた。
「相変わらず……だね」
美波は、小顔に大きな目が特徴的で、綺麗な茶色のショートカットだ。
身長は一六〇センチ前半くらいだろうが、足が長くモデル体型である。
才色兼備とは彼女のためにある言葉で、高嶺の花である彼女に何人もの生徒が告白しては振られている。
校外も合わせると、何十人から告白をされているらしい。
笑ったりしないものだから、クラスメートなどからは冷徹な人間であると思われている。
中学校時代から彼女を知っている俺からすれば、動物が大好きであったり、他人の気持ちに寄り添うことのできる優しい人物だ。
机から資料らしきものを取り出して、学生鞄に入れた美波は俺に質問を続けた。
「それで、なにをしているの?」
「ああ、文化祭で……バンドで出ようかってことで、話し合い。
あと一人いて、まだ来てないんだけど」
「そうなんだ……文化祭に出演するなら、早めに参加する旨を伝えてね。まだ間に合うと思うから」
「ああ、わかった」と、答えたところで後ろの扉が大声をあげて、洗顔したばかりだと思わせる水滴を垂らした悠馬が現れた。
「すんません! 遅れたっす!」
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