2人きりの食事会

時間と言うものは早い。


あっという間にその日を迎えた。


目の前の夜景がキレイな『エンペラーホテル』の最上階のレストランで、両親の間に座っている私は衛藤さんたちを待っていた。


「きたようだ」


お父様の声に視線を向けると、例の彼がいた。


昨日と同じスーツがよく似合っている彼は、とても目立っているように見えた。


「こんばんは」


気がついた時には、衛藤さんは私たちの目の前にいた。


間近で見た彼の顔に、私の心臓がドキッ…と鳴ったのがわかった。


眉目秀麗ーー彼の顔を言葉で表すとするならば、これだろう。


大人の色気と言うヤツなのだろうか?


「衛藤敦仁と申します」


「ーー茅ヶ崎、萌波です…」


名前を名乗るタイミングが少し遅れてしまったのは、ここだけの秘密だ。


「立ち話もなんですから、座ってください」


お父様の勧めで衛藤さんは椅子に腰を下ろした。


その瞬間、私と目があった。


どうしよう…。


昨日会ったから戸惑う必要なんてないのはわかっているけれど、戸惑ってしまった。


そんな戸惑っている私に向かって、衛藤さんはニコッと微笑んだ。


笑顔好きかも知れない…。


その瞬間、ドキッ…と、また私の心臓が鳴った。


それから雑談を交えながら、食事会がスタートした。


その間、何度か衛藤さんと目があって…彼はその度に微笑んで返してくれた。


「じゃあ、後は萌波と敦仁くんの2人に任せましょう」


お父様の言葉に、私は耳を疑った。


私と衛藤さんの2人きり…と言う意味は、わかっている。


つまり、ここからは衛藤さんと2人きりで食事をしろと言うことである。


「そうですね、おふたりで話したいこともきっとあるでしょうから私たちは席を離れましょう」


衛藤さんのお母様はそう言って椅子から腰をあげた。


えっ、いきなり!?


お互いの両親は椅子から腰をあげて帰り支度をすると、あっと言う間にその場から立ち去ってしまった。


本当に、2人きりにされてしまった。


どうしよう…もし政治の話とかされたら、どう答えればいいのだろう…?


実を言うと、政治関係の話はあんまり得意じゃない…いや、苦手と言った方が正解である。


「あの…」


「ん?」


声をかけたのはいいけれど、言葉が見つからない。


何か話さなくっちゃと焦っていたら、

「萌波さんはどう思っているのですか?」

と、衛藤さんが言った。


「えっ…?」


いきなりそんなことを聞かれたものだから、どう答えればいいのかわからなかった。


そもそも、何のことなの…?


質問の意味がわからなくて困っていたら、

「結婚についてです」

と、衛藤さんは言った。


そう言うことか…。


「いいと、思います…」

と、私はその質問に答えた。


何故か私たちの間に沈黙が流れた。


「何も思わないんですか?」


沈黙を破るように、衛藤さんが言った。


「えっ?」


「私との結婚を萌波さんは躊躇っていないと」


躊躇うも何も、どうしてそんなことを言うのだろうか?


「そんな…」


そんなことを言われたものだから何も言えないうえに言葉が続かない。


再び私たちの間を流れた沈黙は気まずくて、どうすればいいのかわからなかった。


そう思っていたら、

「試しましょうか?」

と、衛藤さんが言った。


「えっ?」


試すって、一体何を試すと言うのだろうか?


思わず聞き返した私に、

「私と、つきあってみませんか?」

と、衛藤さんは言った。


つきあうって、衛藤さんと私が…ですか?


「萌波さん、お試し期間として私とおつきあいをしませんか?」


まるで一緒にどこかへ出かけようとでも言うように、衛藤さんは言った。


どうしてそんな簡単に言うことができるのだろう?


そう提案すれば、私が必ず首を縦に振ると思っているのだろうか?


「ーーごめんなさい…」


今度は、私が返事をする番だ。


「今は、誰ともおつきあいをしたくないので…」


昨日、私は振られたばかりだ。


親友と恋人ーー大切であるそのふたつを失ったばかりである。


「何か理由が?」


衛藤さんが聞いてきた。


「私は…まだ学生ですし、前の学年で落とした単位もとらないといけませんし、今の学年の単位もとらないといけませんし」


できるだけ言い訳を考えて、思いつくままに浮かぶままに彼の目の前に並べた。


「とにかく…今は自分のことに手がいっぱいなので、ごめんなさい」


「そう、萌波さんはずいぶんと勉強熱心な女性なんだね。


お父さんの会社を継ぐために頑張ってるの?」


「ええ、はい」


会社を継ぐと言えば、継ぐつもりだ。


大学に通っているのもお父様の会社を継ぐために勉強しているのだ。


「だから頑張らないといけないのか…。


何だかちょっと寂しいな、勉強のために恋愛を犠牲にするなんて。


恋愛もある意味、学生としての勉強だよ?」


そう言った衛藤さんに、私はぎこちなく笑うことしかできなかった。

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