「やっと取り調べが終わったな。」


 天神は黒島の乗る車に入るなりそう言った。


「本当にやっとですね。もう昼ですよ。」

「昨日の夜のことは自殺だと説明し続けても、信じてもらえなかったな。」

「しょうがないですよ。目の前には生首もあったんですから、私たち2人はとても怪しい状況だったことは確かですよ。」

「そうだがな。あんな夜遅くまで、取り調べして、令状出てるのかって言いたかったよ。」

「まあ、怪しまれないために協力するべきですよ。結局、昭三さんの遺書が見つかって、疑いは一旦晴れたんですからね。」

「そうだな。」

「でも、何で自殺なんかしたんでしょうね?」

「それは、今から突き止めに行こう。」

「突き止める? 


 冴島雫が小島の殺害に関わっていることを苦にして自殺したんじゃないですか?」

「なら、なんで今自殺した? 梅野司の時も、能登羽先輩の時も、小島の生首を見せる機会はあったはずだ。


 それなのに、なぜ、今、私達に見せることを決めて、自殺すると決めたんだ?」

「それは、時間が経って、今になって、罪の意識が生まれたとかじゃないですか?」

「もっともな説明だが、私はもっと大きな力が働いている可能性を考えている。」

「もっと大きな力?」

「きっと冴島昭三の死の背後には、大きな力が働いている。」

「それは何ですか?」

「その説明はアガサ山に着いてからにしよう。」

「今からアガサ山に行くんですか?」

「ああ、ここからなら1時間もかからないだろう?」

「そうですけど、この睡眠不足の状態じゃどうなっても知らないですよ。」

「いいさ。私は今すぐのこの事件の真相を知りたい。その真相は、きっとあのアガサ山にあるはずだ。」

「分かりましたよ。暗くならないうちに、行きましょう。」


 黒島は車のエンジンをかけた。天神は助手席で窓の外を見つめる。外は曇り出していた。




 九十九つづら折りの山道を相変わらずの粗い運転で、黒島は走っていた。


「ガードレールの下が崖になってるの知ってるか?」

「知ってますよ。先輩が急げって言ったんじゃないですか?」

「そうだが、ガードレール側は落ちそうで怖いんだよ。」

「なら、目をつぶっておいてください。」

「余計に怖いだろうがよ。」

「じゃあ、ここで降りますか?」

「分かったよ。文句言わないから、早く行ってくれよ。」

「それより、先輩が思いついた事件の真相について教えてくださいよ。」

「着いてから教えてやる。……と言いたいところだが、1つヒントをやろう。


 それは、雨どいの毒だ。」

「雨どいの毒ですか?」

「雨どいに毒を仕込んでおく必要がある人物が誰なのかを考えてみろ。おのずと犯人が分かるはずだ。」

「う~ん。」


 黒島の車の速度が下がった。天神は黒島が考え事をすると速度を下げることを知っていたので、作戦通りになったと喜んだ。スピードを落とした車は山道を進み、あの洋館跡へと向かった。




「分かんないですねえ。雨どいに毒を仕込む必要があるのは誰なんでしょう?」


 黒島と天神はアガサ山の中腹に車を止め、徒歩で山を分け入り、洋館跡へと向かっていた。


「じゃあ、答え合わせだ。


 雨どいは当たり前だが、雨を集めて、地面に流れ出すためのものだ。そして、その雨を地面に流す所に水筒やコップを置けば、もちろんだが雨水を集めることができる。


 だから、もし、雨が降っていれば、雨どいから雨水を集めて、飲み水として使われた可能性があるということだ。


 犯人はそれを避けたかったんだよ。」

「どうしてですか?」

「水島樹里は蛇口の水を飲んだことで殺された。だが、水島樹里が水道水ではなく、雨水を飲んでいたら、殺人は失敗する。


 たしかに、蛇口の水と雨どいの水だったら、蛇口の水を飲むだろう。


 しかし、犯人は水島樹里が雨どいの水を飲まないという確信が持てなかった。だから、雨どいにも毒を仕込んだんだ。」

「……それは理解できましたけど、それから犯人なんて分からないんじゃないですか?」

「いや、分かる。


 ……着いたな。ここがあの事件が起こった場所か。」


 天神が見つめる先には、噂通りに巨大な穴があった。その穴の真ん中には、巨大な円柱上の岩柱が立っている。岩柱の上にはもう洋館は無い。


「もう壊れたって噂、本当だったんですね。」

「ああ、今年の台風で倒壊して、洋館は崖の下だそうだ。」

「しっかし、すごい所ですね。殺人事件が起こっていなけりゃ、観光スポットになってもおかしくないですよ。」

「そうだな。巨大な穴の真ん中に不自然に立っている岩柱は自然にできたなら、神秘的だったろうな。


 それはさておき、あの岩柱に行くぞ。」


 天神は真ん中の岩柱とこちらを繋ぐ吊り橋まで歩く。天神は吊り橋の前で立ち止まり、ゆっくりと吊り橋へ足を乗せる。


「強度はばっちりだな。流石警察特製の吊り橋だ。」

「まあ、捜査のためにヘリコプターを何回も飛ばしてられませんからね。吊り橋を作ってしまった方が捜査上良かったんでしょうね。」

「結果は迷宮入りの未解決事件だったがな。」


 天神が吊り橋を渡っていくと、ぎしぎしと吊り橋は音を立てる。そして、崖下からは風が下から上へ強く吹いている。例えこの橋が落ちないと分かっていても、天神は恐怖心を揺さぶられた。


「早く渡り切ってしまおう。」

「事件現場にまで行く必要あるんですか?」

「これは確証はないが、きっとあの現場に”びん”があるはずだ。」

「そこに事件の真相が記されているってことですか。」

「ああ、ついでに犯人の名前もな。」

「さっきの話の続きをしましょうよ。


 雨どいの水に毒を仕掛けたことから犯人をどうやって絞り込むんですか?」

「それは簡単だよ。


 犯人は事件当日の天気を予想できなかったんだ。」

「天気ですか?」

「犯人は事件当日に雨が降るか分からなかった。だから、事件当日が雨でも晴れでもいいように、雨どいにも毒を仕込んでおいた。」

「でも、ここは山ですし、天気なんて予測しにくいんじゃないですか?」

「それもそうだな。でも、雨どいの毒からもう1つ分かることがある。犯人は雨どいの水を飲まないように、発言することができなかったんだ。


 だから、念のために雨どいに毒を仕込んでおいた。」

「なんで、犯人は発言ができなかったんですか?」


。」


「えっ!?」


 天神は吊り橋を渡りきると、洋館が建っていた平地を見渡す。建物の地盤は残っているが、建物は綺麗に無くなっていた。その中で、地面で何かキラリと光るものを見つける。


「壜だ。」


 天神はその光る地面に近づく。地面からは壜の頭が少しだけ出ていた。天神は手でその地面を掘り起こして、壜を取り出した。中には、小さく折りたたまれた紙とUSBが入っている。


「最近のボトルメッセージは電子化が進んでるな。USBが入ってる。


 さっそく亡霊の独白を見てみようぜ。」


 天神は壜を開けて、中の紙を取り出した。黒島はひらめいたように、目を開かせた。時間差で事件の真相に気が付いたようだ。


「まさか、犯人って……。」

「ああ、そのまさかだと思うぞ。この紙には解答が書かれている。私は事件の全容を推理することは出来なかったが、犯人が誰かは分かる。


 さっきの推理に加えて、冴島昭三を自殺させ、梅野司に虚偽の独白を強制することのできる人物となると1人しかいない……









 ……冴島雫だ。」

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