信頼できない語り手
来実が目を覚ました時、部屋には誰もいなかった。
部屋の窓は開いていて、外から太陽の光が差し込んでいた。眩しい光に目を細めると、太陽の高さから正午が近いことが分かった。
寝ぼけた来実は部屋に誰もいないことをどうとも思っていなかった。だが、段々と頭が起きていくと、昨日の記憶が思い出されていく。今、自分は1人ずつ殺されていく状況にあるんだ。
だから、2人がいなくなっているということは……
来実はそこまで考えると、すぐにベットから起き上がった。来実はすぐに部屋を出ようとするが、犯人が自分を狙っている可能性を考える。来実は部屋を見渡して、武器を探すと、チェストの上には金槌が置かれていた。
来実はその金槌を手に持って、部屋の扉をゆっくりと開けた。扉からゆっくりと顔を出し、廊下を見渡す。廊下には誰もいなかった。しかし、風呂場周りの廊下は濡れていた。
そして、風呂場の扉は開いている。来実はゆっくりと廊下を進むと、玄関の扉のドアノブ辺りが壊されていた。来実は何かの争いがあったことを想像しながらも、風呂場に向かう。
濡れた廊下を歩くと、ピチャピチャと音がする。その音1つ1つが恐怖心を掻き立てた。来実は心臓の鼓動が大きくなって、体の中からよく聞こえるほどだった。来実は一旦心を落ち着かせ、風呂場を覗いた。
すると、バスタブに顔を突っ込んでいる雄馬がいた。
来実はその死体に驚いて、悲鳴を上げた。そして、腰を抜かし、濡れた廊下に座り込む。風呂場の床に力なく置かれている雄馬の両足は、生きているとは思えなかった。それに、水が並々に入っているバスタブに顔を入れたまま、何秒も静止していることは、生きている人間ではありえなかった。
来実は雄馬の死体に気を取られていたが、水道の水が毒で犯されていることを思いだして、すぐに立ち上がる。ズボン越しに染み込んだ毒水が自分の尻を濡らしていると考えると、皮膚が侵食されるような感覚に襲われた。
来実はすぐにでも体を洗いたい気分だったが、それは無理だった。だが、すぐには毒の作用は来ていない。きっと飲み込まなければ大丈夫な毒だと来実は自分に言い聞かせた。
「雫なの?
雄馬も、剛先輩も、樹里も、美空も、圭人も全員雫が殺したの?
なんでこんな酷いことができるの? 何の恨みがあるの? 私達が何をしたって言うの?
何かしたなら謝るから、もう殺さないでよ! お願いだから!」
来実は心から出た言葉をそのまま口に出した。洋館中に来実の言葉が響き渡るが、もちろん返事は無い。再び静かになった洋館は、底知れないものを感じさせた。来実は自分の脈打つ心臓の音がうるさく聞こえるほどに、孤独に怯えていた。
来実は司の存在を思い出す。
司はまだ見つけられていない。
だけど、生きているのか、死んでいるのか分からない。
もし、司が死んでいたら、私は1人。本当に雫が犯人なら、私は雫に対抗できるだろうか。
この金槌で躊躇なく雫を殴ることができるだろうか?
もう何人も殺しているんだから、正当防衛になるはずだ。でも、私はいざ雫が目の前に現れば、きっと何もできない。今からでもやり直せないかと声をかけてしまうだろう。
なんで、こんなことになってしまったの?
「来実、起きたのか?」
司の声だった。しかし、姿は見えなかった。
「司! 生きているの?」
「ああ、2階の1番手前の部屋にいるよ。」
「そこに何かあるの?」
「ああ、この事件を起こした犯人がいるよ。」
「本当に!」
「だから、来実、こっちに来てくれないか?」
来実はようやくこの惨劇から解放されると思い、急いで2階へと向かった。
しかし、来実が部屋に入ると、ベットに胡坐をかいて、窓の外を見ている司がいた。ベットにはライフル銃と拳銃が置かれている。
「司?」
「来たか。来実。」
「……犯人って、どこにいるの。」
「ここにいるじゃないか?」
「どこよ?」
「俺だよ。」
司の余りにもあっさりとした告白に、来実はすぐに理解することができなかった。
「俺もすぐには理解できなかった。でも、犯人は俺だった。」
「……どういう事よ?」
「俺は俺の犯行を自覚していなかった。でも、俺が犯人なら、全て説明が付くんだよ。」
「雄馬が話していた雫が犯人だって言う推理は違ったの?」
「それは違うよ。だって、雫は死んでいるからね。
犯人の言うことだから、信じてくれないとは思うけど、1年前の雫の死体は確実に雫のものだった。だから、この洋館に雫がいるはずがないよ。
それに、この洋館には俺達7人以外いなかった。だって、天井裏に隠れたとしても、美空の部屋の火事で天井裏は煙だらけになって、窒息死するよ。それに、間取り的にも人1人が隠れることができる空間は無い。
地下室がある可能性はあるけど、地下室があったとて、2階で起こった殺人を犯すことは難しいよ。だって、誰にも見つからずに1階から2階に上がることはリスクがあるからね。
だから、隠し部屋に人が隠れていない。よって、この洋館には7人しかいなかった。
まあ、こんな否定は必要ないね。犯人は自分自身だったんだから。」
「……さっきから自分が犯人だって言っているけど、司は雄馬とずっと一緒にいたんでしょ。なら、皆を殺すことは不可能なんじゃないの?」
「俺もそう思っていたよ。でも、今、それを思えば、自分が自分に仕掛けたアリバイ工作だったんだと分かったよ。」
「自分に仕掛けたアリバイ工作?」
「じゃあ、1つずつ説明していこうか。
まず、圭人を殺した方法は簡単だ。ルバの吊り橋を使って、6人目の圭人を落としたんだ。吊り橋を走りながら渡ったのは、腕振りに紛れてロープを切りやすくするためだ。
この計画のために結構練習したんだぜ。だから、誰にも不審に思われることもなく、ロープを切れた。雄馬でさえ、俺がロープを切ったとは思わなった。俺は正確が大雑把だから、お前にはロープを切れないだって言ってきた。
雄馬がそう勘違いしてくれてよかったよ。まあ、その勘違いが無くとも俺はばれない自信があったけどね。そして、ロープを切った刃物は回収した。後で美空の殺人に使うからな。
まず、ルバの吊り橋で圭人を落とした。
計画通りに事が運んだから、次の殺人に移ったよ。この説明をする前に前提として、美空は俺の共犯者だった。美空は圭人を殺したがっていた。だから、口車に乗せて、俺の殺人計画に協力するように言ったんだ。
具体的には、この洋館に設置する通信機能用紙装置や自動発火装置を作成することと美空が殺されたふりをすることの2つだった。
美空は工学部だったから、通信機能抑止装置や自動発火装置を作ることができた。そして、昨日より前に、美空を連れ立って、この洋館にその2つの装置を設置した。
大体、家の鍵って言うのは、合鍵がつきものだろう。実は、俺は雫からこの洋館の合鍵を貰っていたんだ。それを使って、下見がてら、この洋館に美空と2人で来た。その作業途中で、懐中電灯を使ったんだ。
だから、美空は靴箱にある懐中電灯の位置を知っていた。そのせいで、美空はこの洋館に来たことがあることが分かってしまった。本当にこういうことをされるから、共犯を作るって言うのは、難しいものだなと思うよ。
まあ、すぐに美空は殺す予定だったから、問題はなかったけどね。
元々圭人が死んだ後に、美空が背中にナイフを刺されて死んだふりをする予定だった。美空を死んだことにして、後々の殺人にアリバイを作る予定だった。
まず、さっき吊り橋を切ったナイフを美空に渡した。そして、美空は隙を見て、俺の近くの部屋に入る。美空はその部屋で事前に準備していた血糊と木の板を合わせた道具を使って、背中を刺されたように見せかけた。その後、美空は悲鳴を上げる。
そして、俺はすぐに美空のもとに駆け付けて、脈を測り、死んでいることを確認させる予定だった。だが、俺は美空の脈を測る時に、死んだふりをしている美空の腕に、即死する猛毒を塗った針を刺した。
声を出してしまわないか怖かったけど、叫び声の1つも出さずに死んでしまったよ。すると、一見、背中を誰かに刺され殺されてしまった死体ができる。刺殺体なら、雄馬と話していた俺は、犯人から除外される。
だから、美空の死体は都合が良かった。でも、美空の死体を詳しく調べられると、ナイフが木の板に刺さっていて、体に突き刺さっていないことが分かってしまう。それに、飛び散った血が血糊であることもバレてしまうかもしれない。
だから、あの部屋を燃やした。
部屋から出た後に発火するように仕掛けていて、ちょうど誰が殺したかの議論がまとまりつつあったところで、火事に気が付いたふりをした。そして、俺はすぐに消火活動に向かった。
この洋館が全部燃えてしまえば、次の殺人が上手くいかないというのもあったし、次の毒殺を仕込まなければならなかったからね。
俺は消火のために、1階に下りた時に、風呂場に向かった。そして、風呂場にあるトイレのタンクを開け、毒を入れた。トイレのタンクはキッチンの蛇口の水とつなげるように作られてあった。
そして、俺は消火する名目で、キッチンの蛇口から大量の水を使った。そうすれば、キッチンの水は使われて、段々とトイレに仕込んであった毒がキッチンの蛇口にも浸透していく。
これで、水道管を壊さずに、水道に毒を仕込めたわけだ。ちなみに、蛇口に直接毒を塗ると、自分自身も毒に触れてしまうかもしれないから、今回は採用しなかったよ。
そして、火事によって、洋館内の温度は上がり、一部の人間は喉が渇くだろうと予想していた。案の定、樹里がキッチンの水を飲んで、死んだ。まあ、この時、来実と樹里のどちらが死んでも良かったけど、結果的には樹里が死んでよかった。
だって、雄馬が3年前から入部していたメンバーに何かあると推理し始めたからな。いいミスリードになったよ。
そして、剛先輩は正直、自分から直接手を下していない。俺は剛先輩の過去を知っていたから、仲間が傷つくことは人一倍気にすることを知っていた。それに、仲間が死んでしまえば、過去のトラウマから自分を追い込むと知っていた。
だから、3人も死んでしまえば、おそらく自殺する道具が目の前にあると、剛先輩は自殺すると考えた。
だから、俺は剛先輩に床下収納の存在を教えたんだ。
剛先輩は1番奥の部屋に入ることは分かっていたから、一番奥の部屋にライフル銃を床下収納にしまっておいた。
そして、俺の思い通りに、剛先輩は自殺した。
ちなみに、俺が現場に付いた時に、拳銃を後入れした。だから、剛先輩はライフル銃を選ぶしかなかったんだ。銃口を咥えなかったのは、おそらく銃口に埃が被っていたから、口で咥えることが躊躇われたんだろう。
そうした状態だったから、不自然な自殺死体になった。これは計画通りだった。この後に、俺達3人以外に犯人がいるのではないかと思わせるためだ。そうすれば、俺達3人の中に犯人がいる可能性は考えなくなるからな。
そして、計画通りに、雄馬は天井裏に誰かが忍び込んでいる可能性を探った。だが、天井は簡単に壊せないように作られていたから、壊されることは無かった。それに、天井が壊されてしまうと、天井裏に仕込んだ通信機能抑止装置が見つかってしまうから、余計に良かった。
後は簡単だ。
3人で部屋に固まっている時なら、誰か1人が寝て、銃を持った2人が見張りみたいな状態になることは想像していた。実際は来実がずっと寝ていた訳だがな。
俺は雄馬と2人で見張りをしている時、俺はトイレに行きたいと言った。俺は雄馬について来るように頼んだ。そして、俺は隙を見て、トイレに雄馬の顔を押し込んで溺死させた。トイレの水には樹里を殺すときに使った毒水が混入していたから、簡単に殺すことができた。
そして、雄馬をそのままにしても良かったが、俺は金庫の人形と少し予言と異なってしまうことに気が付いた。だって、人形は全身を水に浸けられていたからね。だから、浴槽に水を溜めて、雄馬の死体をそこに移動させた。
こうやって、俺は5人を殺した。」
司は窓を見たまま、来実の方を1度も見ようとしなかった。
「……本当に司なの? あなたは本当に司なの?」
「さあな。1年前、雫が死んだ日から俺は俺じゃなくなった。俺は雫を本気で愛していたんだよ。雫の方もそうだと思ってた。
でも、雫は死んでしまった。
俺に何も言うこともなく、死んでしまったんだ。その時、俺は雫はなんで死んでしまったんだろうと理由を考えたが、全く分からなかった。いや、分かるはずがなかったんだ。
それが雫の運命だったんだよ。
きっと避けられない運命だった。だからこそ、俺はその運命を変えてやるべきだった。
……でも、でも、俺は……、雫の運命を……、変えることは出来なかった。」
司は言葉に詰まっていた。顔を見ることは出来なかったが、目を腕で擦っている所を見ると、相当泣いていることが分かった。
「だから、運命を確かめたかった。俺はこのサークルメンバーを使って、運命を試した。
俺が思い描いた運命通り、殺せるかを試したんだ。
そしたら、皆は運命通りに殺された。俺は皆に運命を変えるチャンスを与えていた。
圭人は、サークルの中で最後尾にならなければ、助けてやるつもりだった。
美空は、簡単に殺人計画に乗らなければ、助けてやるつもりだった。
樹里は、もう少し水分を持って来るなら、助けてやるつもりだった。
剛先輩は、仲間を失っても自分を追い込まなければ、助けてやるつもりだった。
雄馬は、最後まで他人を信じすぎなければ、助けてやるつもりだった。
でも、皆は運命を変えることは出来なかった。誰1人、運命を変えようとはしなかった。
結局のところ、運命は変えることは出来ないんだ。
神様はサイコロを振らなかったんだ。
だから、俺が雫の運命を変えることができなかったのは、しょうがなかった。
……ごめん、雫。皆も、俺も、運命を変えられないままだ。」
司はそこまで言い終わると、ベットから立ち上がった。そして、来実の方へ体を向ける。
「じゃあ、来実。運命の時間だ。
来実は雄馬が死んだ間、ずっと寝ていた。もし、3人一緒に見張りをしていたなら、雄馬が殺されることは無く、俺に殺されることもなかった。」
司は自分の両手を来実の首へと伸ばした。そして、段々と来実の方へ近づいていく。
「いやああああああ!!!」
来実は手に持った金槌で、司の頭を殴りつけた。頭を殴られた司は、そのまま床に倒れ込む。来実は我を忘れて、その倒れこんだ司の頭に何度も何度も金槌を叩きこんだ。
来実が殴っている間、司はピクピクと体が動いていた。だが、何十発も頭を殴った後、司の体は動かなくなった。
来実はその動かなくなった司を見て、金づちを振り下ろす手を止める。来実は叩き潰された司の頭を見て、自分のしてしまったことを理解する。
自分の体中にべっとりと付いた司の血、鼻にこびりついた生臭い匂い、口の中にまで入り込んだ鉄臭い血の味。
その全てが、自分が人殺しであることを自覚させる。
来実は冷静に慣れないままの頭で、司の死体を見て、あることが分かった。
人形の予言通りだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます