決意の朝

 司は意識を取り戻した。


 一瞬、意識が飛んでしまった。やはり、目をつぶっていると、不意に眠ってしまう。だが、雄馬が起こしていないことからすると、そこまで時間は経っていないようだ。一瞬意識を失ったと思ったら、朝だったというオチはなさそうだ。


 司は眠らないように、今日の事件をまとめることにした。


 まず、前提として、雫は死んでいる。これは雫のおじいちゃんがDNA鑑定や歯型の照合をしていたから、偽装しようがない。ゆえに、雫の死は確定していて、この洋館にいるはずがない。


 そして、この洋館に向島剛、水島樹里、筧雄馬、丹波圭人、国崎美空、黒島来実、梅野司の7人以外の人間がいるのかという可能性だ。


 これは十分にあり得る。だが、その人物が殺人を行ったかという可能性は低い。なぜなら、部外者は隠れねばならないからだ。隠れる場所は天井裏や地下室などが可能性としてある。


 しかし、美空の殺人は隠し扉を使っての殺人は不可能だった。窓から出た可能性も考えられるが、窓が閉まっていたことから不自然だろう。


 だから、部外者がいた所で、条件は俺達と変わらない。それに、部外者でこれだけの殺人を起こす人間を思いつかない。


 誰か1人を殺したなら、動機を思いつくが、登山サークル全体に対する動機となると思いつかない。その動機があったとして、この雫の息がかかった洋館を知り尽くしているのかが分からない。


 こういった理由から、俺達7人以外の部外者による犯行だとは考えにくい。


 じゃあ、俺達7人による犯行が容易であったという訳でもない。なんなら、こちらの方が殺人を行いにくい。


 前提として、死んだふりをした人間はいないはずだ。圭人の死はどう考えても死んでいるし、剛は喉の奥に穴が空いていたから、確実に死んでいた。


 美空と樹里は自分自身が脈を測ったから、確実に死んでいるはずだ。死んでいる美空を見た時、背中から血が溢れ出ていたし、樹里の顔は演技とは思えない程、青ざめていた。


 脈以外の部分でも2人は死んでいたと確信できる。だから、4人は死んでいると考えていい。そうなると、犯人は残りの3人の中にいるはずだ。


 生きている3人の中なら、来実が一番怪しいことになる。


 だって、雄馬はずっと一緒にいたから、アリバイが無い人間は来実だけだ。吊り橋は誰でも落とすことができるから、来実に犯行は可能。美空の時も来実は遅れてやってきた。樹里の時に至っては、キッチンに2人だけだった。剛先輩が殺された時も俺達と一緒にいなかった。


 だから……


 違うな。違うぞ。


 さっきからずっとそうだ。誰かが殺されて、誰かを疑う。そして、その疑った誰かが殺される。殺された誰かから読み取れる情報から、また誰かを疑う。殺される。


 この繰り返しだ。これは根本的な思考の転換を行わないと、この推理の堂々巡りを止めることができない気がする。


 今した推理に何か穴がある。


 何を見落とした? 何が足りない? どうすれば、真実を説明することができる?


 


 …………まさか。


 いや、でも、それじゃあ、俺は……




 司は真実にたどり着いた。司がとる選択肢は2つあった。


 真実を話すか、嘘をつくか。


 司は覚悟を決めて、つむっていた目を開ける。すると、眩い光が闇に慣れた目を襲う。部屋はとても明るかった。ランプや懐中電灯の明かりじゃなく、部屋の窓から日光が差しているのだ。


 もう朝になっていた。司は部屋を見渡す。すると、来実はベットで寝ていたが、雄馬の姿が見えない。そして、雄馬と一緒にチェストの上にあったランプが消えている。もちろん、雄馬の持っていたライフル銃も消えていた。司はまだ拳銃を持っていた。


 やはりそうだ。そういうことなら、雄馬はもう死んでいる。


 司は部屋に置いてあった金槌を持って、部屋を出た。部屋を出て、廊下を見渡すと、風呂場の扉から水が溢れ出ていた。風呂場から溢れ出た水は廊下を濡らし、向こう側の廊下はほとんど浸水していた。


 つまり、雄馬は溺死か。


 司は廊下に溜まった水を抜くために、玄関に向かった。玄関近くまで行くと足元が水で濡れてしまった。司はそれを気にせずに、玄関の扉を開けた。すると、廊下に溜まった水は、玄関の方へと逃げ出していった。


 司は玄関の扉の感触を何度も確かめる。そして、司以外にこの扉を触った人間がいないことを思い返す。


 いない。


 司はある程度廊下の水が抜けたことを確認すると、2階へと向かった。どうせ、雄馬は死んでいるのだから、今から確認しても意味がない。


 司は2階に着くと、真っ先に美空の部屋に向かった。そして、美空の死体を確認すると、美空の背中から凶器であるナイフを引っ張った。死体の焼けた肉がナイフの刃先にこびりついたせいか抜きにくかった。司は力任せにナイフを抜き取った。


 司はそのナイフを回収する。これで、残る証拠は2つだ。


 司は1階に下りる。そして、キッチンに向かった。そして、キッチンの流し台の蛇口を全開にする。しかし、水は勢いよく出ることは無く、蛇口の直径に対して、半分もない程の水流が出るだけだった。


 司はしばらく水流を流した後、流しの下にある棚を開いて、パイプにある止水栓を閉めた。その後、司は蛇口から水が出ていないことを確認した。


 そして、手に持った銃の安全装置を外して、蛇口の根元を何度も撃った。


 ある程度蛇口が傷ついたので、後は金槌で蛇口を叩くと、蛇口は根元から歪みだした。司はさらに力を込めて、蛇口を殴る。すると、蛇口は急にポロリと流しに落ちた。司は取れた蛇口を回収した。


 証拠はあと1つ。


 司は風呂場に向かった。風呂場に入ると、雄馬が浴槽に顔を突っ込んで死んでいた。近くには何かのコードが繋がったランプと金庫の中にあった紙があった。司は風呂場の水が流れ出ている蛇口を止めた後、浴槽の中を覗き込むと、水に浸かった雄馬の上半身と沈んだドライヤーが底に沈んでいた。


 司は目当てのものを探すために、風呂場を見渡すと、洗面台に立てかける形で目当てのライフル銃が置いたあった。司はそのライフル銃を持つと、玄関に向かった。


 そして、玄関の鍵穴に向かって、ライフル銃を撃った。


 ライフル銃の反動はやはりすごかったが、狙い通りに玄関の鍵穴を破壊することができた。玄関の扉は鍵穴の部分だけがぽっかりと穴が空いていた。この音で来実が起きて来やしないかと心配になったが、個室から誰も出てこないことを確認した。


 司はまた同じように壊れた鍵穴を回収した。これで殺人の証拠になる3つを集めた。いくら警察と言えど、崖下には簡単に捜査できないはずだ。だから、この3つを崖下に落としてしまえば、この事件の真相は闇の中だ。


 司は一度、来実の寝ている部屋に戻る。来実はまだベットで寝ている。来実は1度寝るとなかなか起きないタイプだから、さっきの銃声でも起きなかったみたいだ。司は部屋の床に座り込み、回収した黒焦げのナイフ、キッチンの蛇口、玄関の鍵穴を床に並べた。


 始めから、この洋館に着いてからどの瞬間でも、疑う機会はあった。俺がもっと早く気が付いていれば、5人を殺すことは無かったのにな。




 なあ、もうすぐそっちに行くだろうから教えてくれよ。


 これは運命だったのか? 雫?


 俺はどこからやり直せば、運命を変えることができたんだ?


 今からでも運命を変えることができるのか? 


 俺はこの結末を素直に認めることができない。


 でも、しょうがない。


 司は覚悟を決めると、窓を開き、床に置いたナイフ、蛇口、鍵穴を崖下に落とした。司はもう後戻りができないと分かって、急に体の中から得体の知れない恐怖が溢れ出てきた。




 もう認めるしかない。俺が5人を殺したんだ。

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