夜に備えて
来実はまだ半信半疑な顔をしていた。来実にどこまで聞かれたか分からないが、どの道信じがたい事実であったことは確かだろう。
「……今の話本当?」
「……どこから聞いてたんだ?」
「雫が4人を殺したってところから……。もしかして、何かの聞き間違い?」
雄馬は1つ息を吐いた。
「いいや、聞き間違いじゃない。雫は4人を殺したかもしれない。そして、俺達3人も殺そうとしている。」
「……でも、雫は死んで……。」
「死んでいなかったんだ。雫は死を偽装したんだ。」
「そんなこと……。」
「雫には今までにもたくさん驚かされてきた。雫が生き返ったくらい不思議じゃないだろう?」
「でも……。」
「どういう理屈で雫が生きていたかは、後で話す。だから、今はとりあえず今言ったことを信じてくれ。
雫が生きていると頭に入れているだけでも、生き残る可能性を高めることができる。美空と剛先輩はおそらく雫を前にしながら、抵抗も無しに殺されてしまった。それは、生きているはずのない雫が現れて、思考停止している隙をついて殺されたからだろう。
だから、雫が生きているという前提を信じて欲しい。
ただでさえ、雫はこの殺人専用の洋館を知り尽くしているから、それ以上の不利は避けたい。
この洋館は、吊り橋を始め、殺人に有利なように作られている。雫にはこの洋館の地の利がある。だから、どこから、どのような方法で、俺達の命を狙ってくるか分からない。
相手は1人だが、限りなく不利だ。」
「だから、雫が殺人犯であることを信じろってこと?」
「……ああ。」
「そんなこと……、信じたくない。」
「信じたくないって言ったって、美空が殺されたと分かった時から、この登山サークルのメンバーの誰かが人殺しの犯人になることは分かっていただろう?」
「そうだけど……。」
「信じがたいのは分かる。でも、信じなきゃ、次の犠牲者は来実だぞ。」
「……。」
来実は雄馬の言葉の後、しばらく何も喋らなかった。来実は今の状況を吞み込もうとするが、どうしても吞み込めないような表情をしていた。
「……分かったわ。雫が生きていることにする。」
「そうか。」
「でも、雫を人殺しだとは思わない。絶対に!」
「……それでもいい。生きた雫の存在を信じているだけで充分だ。」
「じゃあ、俺達はこれからどうすればいいんだ?」
「とりあえず、拳銃とライフル銃の回収と天井裏の捜索だ。
銃は貴重な武器だ。今、俺達が何もせずに剛先輩の部屋に銃を放置していると、雫に盗られかねない。そうなれば、俺達は抵抗手段が無くなる。でも、今、俺達が銃を入手すれば、逆に相当な抵抗手段になる。
そして、天井裏の捜索だ。おそらく雫は天井裏に隠れているだろう。だから、天井裏に通じる隠し扉を見つけて、天井裏の捜索をする。雫を見つけてしまえば、こっちの勝ちだ。狭い天井裏では抵抗手段が限られているだろうからな。」
「分かった。じゃあ、また2階に向かうか。」
「そうだな。来実は2階には行きたくないだろうが、ついて来る方が安全だぞ。」
「……ついて行くわ。」
司は戸棚にあった手持ちランプのスイッチを押すと、ランプが光った。その光ったランプを来実に渡した。
「来実はそのランプを持っていてくれ。俺は武器になりそうなものを持っていく。」
司は戸棚に立てかけてあったデッキブラシを持った。
「攻撃は司に任せるよ。俺は懐中電灯を持つ。」
「攻撃って言っても、相手が銃を持っていたら、抵抗しようがないけどな。」
「大丈夫さ。」
「この人形の予言じゃ、銃殺はなさそうだ。それに、今までの殺し方から見て、同じ殺し方をしていないから、銃を怯えることは無い。」
「残る人形から見て、溺死、撲殺、窒息死だから、近距離攻撃ばかりか。命を奪わずに、足を撃つ可能性はあるが、その時は司がデッキブラシでガツンとやってくれるさ。」
「……この人形は殺され方を暗示しているの?」
「ああ、左端4つの人形は今までの殺人と同じような死体の状態をしている。だから、右端3つの人形は俺達の死に方を暗示している。」
「……下に敷かれている紙には何か意味があるのかしら?」
司は来実の言葉を聞いて、人形の下にある黒い紙を見つけた。人形を置いている布かと思っていたので、気にしていなかった。しかし、それが紙なら何かが書かれているかもしれないので、司は人形を紙からどかした。
司は人形の下にある紙を手に持った。だが、紙の両面には何も書かれていなかった。だが、紙の素材は見た目と反して、ビニールのようで、表面がつるつるしていた。
「なんだか、変な紙だな。表面がつるつるしていて、ビニールみたいな……。」
「ビニール? ちょっと貸してくれ。」
雄馬は司から紙を奪い取った。雄馬はその紙をしばらく触って、何かを調べているようだった。
「何か分かったのか?」
「……いや、別に……。
あれだ。光で透かせば、何か浮かび上がって来るかなと思ってな……。」
雄馬はすぐに紙を金庫を直した。
「じゃあ、2階に行こう。」
雄馬は誤魔化すようにそう言って、懐中電灯で廊下を照らした。司は雄馬の行動を不思議に思いながらも、追及はしなかった。司と来実は懐中電灯を持った雄馬の後ろについて行き、2階に向かった。そして、雄馬は2階を登り切る前に止まった。
「一応、ここからはどこから雫が出てきてもいいように、気を引き締めていこう。」
雄馬は声を小さくして、そう言った。司と来実は静かにうなづいた。雄馬は個室側に少し顔を出す。その後、ゲストルームの方にも目を移す。どちらにも人影が見られなかったようで、ゆっくりと2階へと登っていった。
雄馬は司にゲストルーム側を指差した。どうやら、背中は任せるといった意味だろう。司はゲストルームに体を向け、雄馬と背中合わせになって後ろ歩きで個室側に向かう。来実は何も仕事を命じられていなかったが、個室側に目を向け、2人について行った。
死角の無い3人はゆっくりと剛の部屋へと向かっていく。剛の部屋に着いた所で、雄馬は立ち止まる。司もそれを背中で感じ取って、立ち止まった。
「来実はこの部屋の前で、手前の個室と階段、ゲストルームから誰か出てこないか見張っていてくれ。誰か出てきたなら、すぐに声を上げて、俺達のいる部屋の中へ入ってきてるんだぞ。」
来実は首を横に振り、廊下に体を向けた。後ろを見る役目の終わった司は、剛の部屋の前に立つ。部屋は扉が閉まっていた。最後に出た司が扉を閉めたので、矛盾はなかった。
雄馬は犯人が潜む部屋に乗り込む刑事のように、扉の取っ手がある方の壁に背中を合わせた。そして、扉の取っ手を懐中電灯で照らした。おそらく俺は反対の壁に背中を合わせて、扉を開けろということだろうと司は理解した。
もし、部屋の中に雫がいれば、銃を回収している可能性が高い。なので、発砲の可能性があるため、このやり方は有効だった。
司は雄馬がいる壁と反対側の壁に背中を合わせると、そこから手を伸ばして取っ手を握った。そして、司は雄馬に目を合わせると、雄馬はこくりとうなづいた。司はその合図で、取っ手をおろし、扉を勢い良く開けた。
扉を開けてから2,3秒経っても、中から何も音はしなかった。司は扉を全開にして、扉を背中に付けた。すると、雄馬は懐中電灯の光を部屋の中に入れると、ゆっくりと部屋の中を覗いた。雄馬は顔を段々と部屋の中に突っ込んでいき、左右と上下をしっかりと確認した。
どうやら、中には誰もいないらしく、雄馬はそのまま部屋の中に入っていった。司は一応、部屋の中を覗くが、人らしき影はなかった。そして、部屋の中に拳銃とライフル銃があることも確認した。
「どうやら、銃はどちらも回収されていないらしい。」
司は部屋の中に入ると、雄馬はもうライフル銃を手に持っていた。司もすぐに拳銃の方に向かい、拳銃を拾った。
「何とか抵抗手段を手に入れたな。」
「これで、相当な雫に対して牽制になるはずだ。」
「そうだな。」
「次は、天井裏のチェックだ。」
雄馬はそう言って、天井を照らした。天井全体を照らすと、天井は縦長の木の板いくつか敷き詰められていた。少し見た感じでは、天井裏への扉になりそうな四角い切り目は無かった。
「天井裏への隠し扉は無さそうに見えるな。」
「いいや。雫が死ぬ直前にしていた研究を思い返してみろよ。」
「……からくりか。」
「そうだ。何かを引き金に天井裏への扉が開くようになっている可能性はある。」
「でも、その扉を開く引き金を俺らは知らないぞ。」
「そこまで難しくないはずだ。だって、美空を殺した時はすぐに天井裏に隠れて、天井裏の扉を閉めたんだからな。」
「そう簡単に開くかなあ?」
「とりあえずやってみよう。もし無理だったら、金づちで天井を壊してしまえばいい。」
「なるほどね。
……でも、どうやって天井に手を届かせるんだ?」
「……肩車?」
2人は目を合わせて、沈黙した。
「分かった。言い出しっぺの俺が下でいい。」
そう言って、雄馬はしゃがみこんだ。司は拳銃の安全装置をきちんと掛けたことを確認すると、腰とズボンの間に拳銃を入れた。そして、開いた右手で金づちを持った。司は準備が完了すると、しゃがみこんだ雄馬の肩に座った。
しっかりと雄馬の肩に乗ると、雄馬はそのまま立ち上がった。天井は2人が肩車をして、ちょうど司の髪の毛が触れるくらいの高さだった。司はまず、天井に何か仕掛けが無いか確認する。
天井は触った感じはただの木の板だった。雄馬に動いてもらって、場所を変えて天井をノックするが、音は変わらない。
「天井の音が全く変わらないが、扉やからくりがあれば、天井の音が変わるんじゃないか?」
「それはどうだろうか? 木の板が厚く作られていれば、音の差は少ないんじゃないか?」
「でも、扉があるなら、板の継ぎ目があるはずだ。でも、どれも一枚板だから、扉になりそうなものは無いな。」
「でも、とりあえずは天井裏を見ておきたい。天井をその金槌で壊してくれないか?」
「分かった。」
司は右手に持った金槌を思いきり天井に打ちつけた。ゴン!という鈍い音が部屋中に響き渡り、司の右手は反動でビリビリと痺れた。しかし、天井には金槌で叩いたの跡すら残っていなかった。
「駄目だ。びくともしない。」
「その金槌は、反対が尖っていただろう。そっちでも叩いてみろよ。」
司は金づちを持ち替えて、尖っている方で天井を力の限り叩く。やはり、びくともしない。何度も金づちを叩き込んでみるが、天井には小さな凹みしかできなかった。
「駄目だな。1日やっても天井に覗き穴1つ開けられないよ。」
「CLTだからか?」
「その可能性はある。木材とは思えない硬さだ。」
「ライフル銃で撃ってみるか?」
「いや、ライフル銃は弾数が少ないから、拳銃で撃ってみる。」
「気を付けろよ。反射しないように、斜めに撃てよ。」
司は金づちを左手に持ち、腰に入れた拳銃を取り出した。司は拳銃の安全装置を外すと、天井に向かって撃つ。パンと言う銃声を立てて、司の腕は反動で肩が外れそうだった。司は右肩をさすりながら、天井を見上げる。
しかし、天井には金槌を叩きこんだ時と同じほどの凹みしかなかった。
「天井を壊すことは出来ないな。」
「そうか。一旦、足が限界だから下すぞ。」
「そうしてくれ。」
雄馬はしゃがみ、司は雄馬の肩から降りた。
「守りは固く作っていたようだな。」
「……。」
「どうした?」
「……いや、そうだな。」
この時、司は分かっていた。天井裏に誰もいない。
ましてや、あの日確実に死んでしまった雫も。
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