消灯間際
剛の部屋の天井を調べた後、美空の部屋も調べた。火事になっていて、天井がもろくなっている可能性があると考えたが、天井を金槌で叩いても、すすが落ちてくるだけで、剛の部屋の天井と同じ感触だった。
しかし、1か所だけ感触の違う場所があった。
「自動発火装置がぶら下がっている辺りは、叩いている時の音が違うな。」
「壊れそうか?」
「無理だな。音が変わっても相変わらず頑丈だ。とても穴が空きそうじゃない。」
「そうか。残念だ。」
美空の部屋の天井も無理だと分かると、雄馬はすぐにしゃがみ込み、司を降ろした。
「おそらくだが、からくりの仕掛けを見つけないと無理だな。」
「からくりの仕掛けか……。」
「どこかにスイッチみたいなものが隠されているのか?」
「だが、家具を動かしてようやく見つかる場所に、スイッチは無いだろうな。だって、美空と剛先輩を殺した時に、家具はそこまで動いていなかったからな。」
「いや、美空の時は、チェストが倒れていただろう?」
「そうだな。」
「じゃあ、チェストの近くに何かあった可能性はある。」
司は黒焦げになったチェストの近くを見つめる。すると、チェストの裏に何か小さな穴があることに気が付く。
司はその穴に手を入れてみる。穴の中はかなり空間が広がっていて、指を伸ばしきれる程だった。そのまま穴の中を手で探ってみるが、すすのようなものに触れるだけで、スイッチらしきものはなかった。
「何も無いな。
……だが、これは何かがあったな。」
「何かがあった?」
「この壁にだけ穴が空いているのはおかしい。おそらくこれは火事になる前から穴が空いていたんだろう。」
「天井を開けるからくりを作動させる仕組みの1つじゃなのか?」
「天井を開けるかどうか分からないが、何かがここにはあったのかもしれない。」
「何か?」
「だって、美空はこの穴に手を入れている所を刺し殺された可能性が高いからだ。
俺達が美空の死んでいる現場に来た時、チェストにだけ血飛沫が付いていなかった。それは、美空がチェストを抱きかかえている状態を刺されたと推測されるだろうとなったよな。
なぜ、チェストを抱きかかえるように美空が刺されたのかと言うと、チェストの裏にある穴に手を入れていたからじゃないかと思うんだ。
美空はチェストの裏にある穴に手を入れることで、何かをしようとした。その隙をつかれて、美空は背中を一突きにされたんじゃないかと思うんだ。」
「美空はこの穴に手を入れて何をしていたんだ?」
「それは何か分からないな。まさか、美空が雫を天井裏から出すために、穴に手を入れたとは考えづらいしな。」
「ありえない話ではないが、背中を刺される殺され方をしているからな。雫が天井裏から出てきたら、美空が背中を向けたままなことはおかしいからな。雫は美空をチェストに押し付けて、背中を刺したと考えるべきだろうな。」
「もしくは、助かるためにその穴に手を入れた可能性もある。」
「非常用ボタンのような役割があったってことか?」
「分からない。でも、その穴には何かがあった。少なくとも美空はその何かを利益と感じていた。ここまでしか確定した情報は無いな。」
「そうだな。
……じゃあ、一応、この部屋以外のチェストの裏を調べておくか。」
「そうだな。」
司と雄馬は剛の部屋に戻り、チェストの裏を調べるが、何もなかった。そして、1番手前の部屋のチェストの裏にも何もなかった。
「美空の部屋にしかチェストの裏に穴は無かったようだな。」
「だから、美空は真っ先にあの部屋に向かったんだろうな。」
「でも、俺達が仮にその部屋にいたなら、美空はどうしたんだろうな? まさか、俺達がいる部屋で、チェストの裏を探ったりはしないだろう?」
「その時は、美空の殺す順番を変えるだろうな。犯人はロボットじゃない。俺達に不測の事態が起これば、その事態に応じて、柔軟に殺人計画を変更するだろうよ。」
「そうだな。雫ならそういう頭の切り替えが得意だろうな。」
雄馬はそうまとめると、またしゃがみこんだ。
「今度は俺が下になるよ。もしかしたら、雄馬が天井を叩けば、壊れるかもしれない。」
そう言って、今回は司がしゃがみこんだ。そして、雄馬に金槌を渡した。雄馬はライフル銃を地面に置き、しゃがみこむ司の肩に座った。司は雄馬を持ち上げるが、思ったよりも雄馬は重く、肩車はバランスがとりにくい。
「あんまり揺らさないでくれよ。金槌を振りかぶる手に力を込めにくくなる。」
人の下に立つというのは、嫌なものだ。上に立つ人間がとても腹立たしい。
司は苛立ちを地面を踏み締める力に変え、雄馬の命令通りしっかりと立った。雄馬は何度か金槌を天井に叩きつけたが、結果は司と同じだった。
「ここも同じか。もう降ろしてくれ。」
雄馬は早々に諦めたので、司はすぐにしゃがみ込んだ。雄馬は司の肩から降りた。
「まあ、これだけ天井を叩けば、俺達が天井裏に誰かいると疑っていることは伝わっただろう。」
「相手を刺激してしまって、暴挙に出なければいいけどな。」
「計画殺人を止めて、なりふり構わず殺しに来るってことか?」
「そうだな。相手は金庫の人形通りに殺す縛りを設けている。それも具体的な殺し方だ。本家本元の”そして誰もいなくなった”はで殺し方を提示するマザーグースの歌詞は、最初の方は具体的だったが、最後の方は抽象的で濁されていた。
だが、今回はとても具体的な殺し方が示されている。だから、犯人より俺達の方が有利だ。
しかし、犯人がその殺し方の縛りを取っ払えば、こちらが不利になる。」
「……じゃあ、なんで雫は金庫の暗証番号を剛先輩の部屋から回収しなかったんだろうな?」
「さあ?」
「敢えて、縛りを残したのかもしれないな。」
「なぜ?」
「殺し方を限定していると、それに関連したことにしか注意を払わなくなる。そうすると、注意したこと以外からの攻撃には弱くなる。この弱みを作るために、殺し方を限定した。
だから、予言とは全く違う方法で殺す。または、予想外の殺し方だが、結果的には予言した人形の通りの姿になる。のどちらかを狙っているのかもしれないな。」
「どちらにしろ、どんな攻撃にも気を付けろということだな。」
「ああ、そう言うことだ。」
「どうする。天井は壊せないと分かったし、1階に戻るか?」
「いや、剛の脈だけ見てもいいか?」
「なんだ? 死んだと思わせておいて、生きているとでも思っているのか?」
「念のためだ。」
「俺が大体脈を取っているからな。俺が共犯説はあり得ないことではないな。」
「別に疑っている訳じゃないさ。可能性を潰しておきたいだけだ。」
「といっても、美空の死体は黒焦げだから、もう入れ替わりトリックは完了しているかもしれないな。」
「入れ替わりトリックはあり得ないわけじゃないが、あまりに時間が足りないな。俺達がここを離れてから、火事までの間に用意しておいた別の死体を用意して、隠れる暇があったとは思えない。
それに、俺は消火の途中で、段々と燃えていく美空の姿を見ていたんだ。顔が段々と炎に包まれていく瞬間を見ている。あの顔は美空だった。まあ、双子の死体を用意していたなら、分からないがな。」
「安心しろ。俺達7人並びに、雫には双子はいない。だから、双子の成り代わりは考えなくてもいいよ。」
「とりあえず、剛が死者か生者か見極めることにするよ。」
雄馬はもう一度、剛の部屋に戻っていった。しばらく経って、雄馬は帰ってきた。
「死んでいたよ。」
「だろうな。」
「じゃあ、来実も一緒に1階に下りようか。」
「うん。」
司達は1階に下りた。雄馬は樹里の死も確認すると言って、キッチンに入っていった。雄馬はさっき剛の部屋から出てきた時と同じ顔をしていた。
「1階に来たはいいが、どうする。
1つの部屋に3人が固まるのか? 3つの部屋に3人がそれぞれ分かれるのか?」
「俺は1つの部屋に固まる方を推奨するな。個室の天井に隠し扉がある可能性があるから、1人ずつ殺すには絶好の機会だ。それに、俺達は明日の昼まで耐えれば、勝ちなんだ。だから、3人で協力して、今夜は寝ないようにするべきだと思う。」
「同感だな。来実はどうだ?」
「それでいいわ。1人じゃ怖いからね。」
「どの部屋にする?」
「真ん中の部屋だな。この上の階は火事で燃えている。だから、犯人は真ん中の部屋の天井裏と1階から2階に通じる隠し扉を使うつもりがなかったんだと思う。
それに、もし、2階から1階に通じる扉を開けた時、火事のすすが落ちてくるから、万が一寝ていても気が付く可能性も高い。」
「真ん中だな。じゃあ、来実の部屋だったところか。来実は入っても大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。荷物を置いただけだもの。」
そして、司達は真ん中の部屋の中に入った。部屋の中は他の部屋と変わらず、ベットの上に来実の荷物が置かれているだけだった。
「じゃあ、1人が寝る。2人が銃を持って、見張りってことにしよう。最初は来実が寝ていいよ。」
「ありがとう。」
来実はそのままベットに腰かけた。
「いつ起きればいいの?」
「どちらかが眠くなったら、来実を起こすさ。だから、ゆっくり寝ればいい。まあ、いつ殺されるか分からない恐怖を持ちながらだけどな。」
来実は雄馬の冗談に苦笑いをしながらも、すぐにベットに横になった。相当疲れていたのだろう。
30分もすれば、来実はすっかりと眠ってしまった。
「よく寝られるな。」
「寝ろって言ったのは、雄馬だろう?」
「だが、明日まで耐えれば、基本的には助けが来るんだぞ。なら、俺は一睡もしないな。」
「それはそうだが、本当に明日に助けが来るのか?」
「どういうことだよ?」
「明日に助けが来るって言うのは、登山届を理由にしていることだ。
でも、その提出された登山届が変更された可能性がある。だって、登山届を提出してから、電話で何日か滞在を延ばしますと言えば、いい話じゃないか?」
「おそらくそれは無いな。だって、日にちを延ばすにしては、殺すペースが速過ぎる。明らかに、明日の昼まで全員殺してしまおうというペースだ。
それに、相手が天井裏に潜んでいるなら、電力が足りない。
天井裏はずっと暗いだろうから、明かりを点ける必要がある。それに、携帯電話を傍受する装置にも電力がいる。この洋館は電気が通じていないから、天井における蓄電池にも限りがあるだろう。
だから、雫は今夜仕掛けてくる。」
「……なるほどな。」
司は雫がここにいないことに知っていたし、論理的に否定することもできる。
もし、天井裏に雫が隠れていたなら、どうやって、天井裏に登ったのだろう?
司と雄馬が肩車をしてやっと届く程の天井に、雫がジャンプをして届くはずがない。だから、何かの道具を使ったのかと言うとそれも違う。
もし、道具を使って、天井裏に登ったとしたら、時間はそれなりにかかるはずだ。
美空の悲鳴がした後、司が突入するまでの間は、1分くらいだ。その短時間で、ロープなり、はしごなりの道具を使って登ったとは考えにくい。
ちなみに、下の階に逃げたとも考えにくい。なぜなら、床の血飛沫に不自然な途切れは無かったからだ。もし、床の隠し扉を開けたなら、血の跡が不自然に途切れるだろう。だから、下に逃げた可能性は無い。
そうなれば、隠し扉を使った殺人は考えにくいのだ。
だから、天井裏には雫はいない。そして、司は雫がこの洋館にも、この世にもいないと知っている。
だが、それを言ってしまえば、この3人の中で犯人探しが始まる。
だから、言わない。
「……なあ、もうこの際だから聞いていいか?」
雄馬が少し真剣な声色になって、司に話しかける。
「なんだ?」
「司、雫と付き合ってただろ。」
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