拳銃自殺

 司は赤い血の付いた窓ガラスの隙間から、椅子に座っている血だらけの剛を見た。


 司はすぐに、窓を開けようとするが、窓ガラスは閉まっている。なので、司は窓枠を指でしっかりと握ると、膝で思い切り窓ガラスを蹴った。しかし、窓ガラスは割れない。この足を踏ん張ることができない体勢では蹴る足にうまく力が入らなかった。


「おい、中はどうだった。」


 雄馬が焼けた部屋の窓から顔を出し、司に聞いた。


「おそらく先輩はもう駄目だ。先輩は頭から血を流して倒れている。」

「……そうか。先輩も……。」

「とりあえず、この部屋に入りたいから、何かこの窓を割ることのできるような道具を持ってきてくれないか?」

「窓は閉まっているのか?」

「ああ、どうやら、鍵が閉まっているらしい。」

「ちなみに、中に先輩以外の人はいるか?」

「……窓から見える範囲ではいなそうだけど?」


 司は雄馬の質問の意図が分からなかったが、窓の隙間から見る限りは部屋の中で動くものはなかった。


「……とりあえず、何か割るものを持ってくるよ。」


 雄馬はそう言って、洋館の中に戻っていった。司は下から吹き抜ける風にあおられて、何度も奈落の底に落ちてしまいそうだったが、窓枠を支えにして、耐えた。


 そして、1,2分もしない内に、雄馬が金槌かなづちのようなものを手に持って、火事の窓から顔を出した。


「物置を探したらあった。これで窓ガラスを叩き割ってくれ。」

「ああ。」


 司は少し雄馬側に体を近づけて、手を伸ばす。雄馬もめいっぱい手を伸ばしたので、司は雄馬の持っている金槌を受け取ることができた。


 司は金槌を右手で持ち直して、剛の部屋の窓に戻った。司は窓の鍵の位置を考えて、鍵の近くの窓ガラスに狙いを定める。窓枠を左手だけで掴むと、狙いの窓ガラスに向かって、金槌を振り下ろした。


 すると、窓ガラスはパリンという音を立てて、割れた。ガラスの破片は部屋の中へと飛び散り、割れた窓ガラスからは、血が滴っていた。司はその血を気にすることなく、窓の割れた穴に手を入れた。


 自分の手を切らないように、慎重に鍵の場所を探る。そして、窓の鍵を閉める留め金を外して、鍵を開けた。司は内側の取っ手を回すと、片方の窓が少し開く。司は穴から手を出し、開いた窓の隙間に手を入れて、窓を完全に開けた。


 そして、開いた窓から中に入った。すると、部屋の中には血が飛び散っており、血生臭い匂いと火薬の匂いが充満している。その火薬の匂いと銃声の通り、剛の座っている椅子の右側にはライフル銃が置かれている。


 剛の死体は頭だけ力なく背もたれで折れるように座っている。そして、剛の後ろには放射線状に血が飛び散っている。剛の右足だけ靴下が脱いでおり、脱ぎ捨てられた靴下は、椅子の下にあった。


 また、剛の死体の口の周りには、火傷したような跡がある。そして、口の中を覗くと、前歯が欠けていた。口の反対の後頭部から血が滴り落ちている。どうやら、ライフル銃で口の中を撃ち抜いたようだった。


 そして、剛の部屋で死体の他に目を引くのは、ベットが横に立っている所だ。ベットは片方を持ち上げた状態で、マットレスのある方が壁に立てかかるようになっていた。


 そのベットの下には床下収納のようなものがある。そして、その床下収納は細長いので、そこにライフル銃が入っていたことが推測された。


「司? 剛先輩は……。」


 扉の奥から雄馬の声が聞こえる。


「口からライフル銃で撃ち抜かれて、もう……。」

「……分かった。とりあえず、この扉を開けてくれないか?」


 司はそれを聞くと、すぐに扉の鍵を中から開いた。すると、扉の外には雄馬と来実がそこにいた。来実は部屋の中を覗くとすぐに目を背けた。そして、その場を離れる。また仲間が死んだことを信じたくなかったのだろう。


「もう嫌! なんでみんな死んじゃうの?」


 来実は泣き出しそうな声で、そう叫んだ。そして、来実はその場でしゃがみこむ。司と雄馬は来実にかける言葉がすぐには思いつかなかった。


 司は扉を閉めて、来実を慰めようとするが、自分の手は血が付いていたので、彼女に触ることは躊躇われた。代わりに、雄馬が来実を慰めるように、肩に手を置いた。


「来実、逆に考えてみろ。これで、連続殺人事件は終わりだ。」


 雄馬はそのように言った。


「……どういうことよ?」

「俺も一瞬見ただけだったが、剛先輩は自殺しかありえないだろう?


 まず、剛先輩の椅子の近くにはライフル銃が落ちてあった。そして、剛先輩は右足だけ靴下を脱いでいた。ここから推察されることは、ライフル銃の引き金を足で引いて、口に撃ち込んだということだ。


 それに、誰も剛先輩を殺していないことは明らかだ。だって、2階の部屋から銃声が聞こえた時、俺たち3人は1階にいた。来実は銃声を聞いてすぐに部屋を出た。その時、俺達は物置の方から出てきた所は見ていたはずだ。


 なら、俺達3人に犯行は不可能だ。だから、剛先輩は自殺した。」

「……でも、なんで、剛先輩が自殺なんかするの?」

「それは、剛先輩が圭人から始まる連続殺人事件の犯人だったからだよ。」

「えっ!?」

「剛先輩が犯人だと考えると、辻褄は合う。


 まず、圭人が吊り橋から落ちたことから考える。来実に入っていなかったが、あの吊り橋は1人ずつ渡ると、ある順番の人間を吊り橋を落とす方法があるんだ。


 その吊り橋で特定の人を殺すうえで必要なことは、1人ずつ渡ることだ。


 剛先輩は吊り橋で1人ずつ渡ることを強制していたよな。他の人間が犯人なら、その言葉には強制力は少ないが、剛先輩はこのサークルのリーダーだし、唯一の先輩だ。


 その言葉には強制力がある。だから、圭人を殺すことが容易かった。さらに、洋館の周りだけ圏外になる仕組みは、工学部の剛先輩だと仕組みやすい。


 そして、次の美空が刺され、火事になったことだ。美空の殺害現場は、窓しか脱出経路が無かったが、さっき司がしたように、雨どいを歩いて、隣の部屋に移ることは可能だった。それに、剛先輩は遅れてきたから、返り血の処理などもできる時間があった。


 さらに、美空の殺害現場が燃えた一件には、自動発火装置が使われていて、これも工学部の先輩なら作りやすいものだった。


 次に、樹里が毒殺された件は、おそらくキッチンの蛇口に毒を塗り込んでおいたんだ。家事で俺達があたふたしている隙を見て、キッチンの蛇口に毒を塗りつけておいた。そうすれば、樹里は蛇口に塗られた毒が入った水を飲んでしまう。


 このように、3人の殺害には剛先輩が関わっていたと考えて、矛盾はない。」

「じゃあ、なんで、剛先輩は3人を殺したの?」

「それは正直分からないが、殺された3人には共通点がある。」

「共通点?」

「4年前から登山サークルに所属していたということだ。


 俺と司は2年前の夏に途中入部だ。そして、来実は1年前の春。そうなると、俺達は3年より前の登山サークル内での出来事を知らないんだ。


 だから、登山サークルは3年以上前に取り返しにつかないような罪を犯してしまった。


 それはおそらく、登山サークルのメンバーを死なせてしまったなり、死に追いやったなりのことがあったんだと思う。


 剛先輩は死ぬ直前、高校時代の話をした。それは、先輩の注意不足で、親友を死なせてしまったという内容だった。


 だから、先輩はまた注意不足で仲間を殺してしまったことが嫌だった。そんな時、同じ気持ちを持った雫がこの洋館を使った殺人計画を持ち掛ける。


 その計画を知った先輩は雫と共犯関係を結んだ。そして、ちょうど1年前、殺人計画は佳境に入っていたが、何かの機会で先輩と雫は仲間割れを起こした。


 たぶん、殺人計画を一緒に進めていく内に、先輩は雫に恋愛感情を抱いてしまった。そして、告白をするが受け入れられず、雫を自殺に見せかけて殺害した。


 すると、雫が死んでしまったことで、雫の別荘と言う設定だったこの洋館にサークルメンバーを呼ぶ理由を失ってしまった。それに、雫を失った登山サークルは解体状態だったしな。


 だから、1年という月日が経った後、死んだはずの雫が自殺の理由を伝えるという理由で、この洋館にまんまと俺達サークルのメンバーを集めた。


 で、さっき言った方法で、目的の3人を殺害した。それで、先輩は終わりにするはずだったが、あることに気が付いた。


 自分自身が仲間を殺している張本人だったということだ。


 結局、1人のメンバーの死を弔うために始めた殺人計画で、雫を含めた4人の仲間を殺してしまった。


 だから、その罪を償うために、ライフル銃で自分の口を撃ち抜いて、自殺した。


 これが、この連続殺人の真相だよ。」


 来実はそれを聞いて、しばらく黙っていた。雄馬の推理はそれなりに筋が通っていた。だから、来実は急に語られた真実に戸惑っているようだった。


「……じゃあ、もう、終わったの?」

「ああ、そうだ。もう終わったさ。信じがたいことだが、剛先輩が3人を殺した犯人だったんだ。」

「……自分が殺されることにも、友達の死にも、もう怯える必要は無くなったんだよね。」

「もう大丈夫だよ。俺達を殺す人間はもういない。」

「じゃあ、1階に戻るわ。……もう2階にはいたくない。」


 来実はそう言って、ゆっくりと立ちあがった。雄馬は来実に付き添う形で、階段の方向へと進んでいった。司はその2人が下の階へ下りていくまで、見ていた。2人が去った2階の廊下は暗かった。


 もう夜が深くなり、明かりの無いこの洋館では闇だけが広がっていく。司は薄暗い廊下をしばらく見つめていた。そして、司は先ほどの雄馬の推理を思い返す。


 雄馬の言う通り、剛が犯人だったという推理は説得力がある。蛇口に毒を直接塗りつけたという推理を即興で思いついたのは、すごいと司は思った。実際、その可能性が最も簡単で、確実性が高い。


 雄馬は多少の違和感を飲み込んで、剛が犯人であるという結論を出したことは、来実を安心させる上では良いものだったと思う。


 しかし、それはおそらく正しくない。



 なぜなら、剛先輩は自殺ではないからだ。

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