能登羽先輩(天神側)

「冴島雫の情報は柊教授から手に入れられたが、死んだサークルのメンバーについての情報も欲しいな。」

「なら、能登羽のとば先輩に話を聞きましょう! 午後の5時なんで、そろそろ起きて、部室に来ているはずです。」

「午後5時に出勤なんて、あの先輩はどんな生活しているんだよ。


 ……いや、もう少しで先輩でもなくなるがな。」

「来年で4回目の留年ですからね。」

「IQはアホみたいにあるのにな。」

「だからこそでしょう。」

「……なるほどな。」


 納得した天神は、推理研究会の部室に戻るのだった。




 天神が部室の扉を開くと、部室の奥のパイプ椅子に腰かけた能登羽がうとうととしていた。これが能登羽の定位置で、いつもの行動である。天神がこのサークルに入ってから、8割がたは能登羽のこの姿をしている。


 推理研究会らしく、ミステリー小説を読んだり、書いたりはしない。だが、他の部員の小説の添削だけは的確なので、誰もパイプ椅子でうとうとしているぐーたら留年生を疎ましく思う部員はいない。


「すいません? 能登羽先輩?」

「う~ん? 誰だい?」

「天神です。」

「天神君……。」


 能登羽は眠そうな目を擦って、伸びをする。


「天神君か。経済の3年だったかな? 


 君の書いたミステリー小説は添削の必要はあまりなかったと思うがね。」

「いや、違うんです。今日はミステリーの添削じゃなくて、先輩が黒島に渡した手紙の事件について聞きたいんですが……?」

「手紙? ……ああ! 雫の手紙かな?」

「そうです。」

「僕は黒島君に渡したはずだったんだがねえ~。黒島君が天神君に助けを求めた感じかな?」

「ええ、そうなんですよ。それで……。」

「それで、殺されたメンバーについて詳しく聞きたい?」

「あっ、その通りです。」

「おそらく、動機を探っている最中ってとこかな?」

「はい。


 事件の状況もまだ登山サークルのメンバー全員がある洋館で死んでいたことくらいしか分かっていませんけどね。」

「事件の状況なら、ここにすべてまとめてあるよ~。」


 能登羽はそう言って、パイプ椅子の下に置いてあるボロボロのトートバックの中からスクラップブックとA4の大学ノートを取り出した。そして、そのスクラップブックと大学ノートを天神に渡す。


「まあ、その2つがあの事件で分かっていることの全てと言っていい。もちろん、警察が押さえている情報も全てね。」

「警察? どうやって仕入れたんですか?」

「まあ、あまりよろしくない手段であることは間違いないねぇ。もちろん、どうやった手段であるかの質問は受け付けないよ~。」


 能登羽はにやりと口角を上げる。この人のつかみどころの無さは異常だ。


「とりあえず、ノートの方の最初の方を見てもらえれば、全員分の考えられる限りの動機が書いてあるよ。」


 天神は能登羽が言った通り、ノートの1ページ目を開くと、表紙の硬いページからびっしりとボールペンで文字が書かれている。ノートの罫線に文字を収めることは無く、思いついたことを書き殴ったような感じだった。


 とりあえず分かったことを書き連ねているので、矢印で補足などが伸びており、その矢印はぐちゃぐちゃにノートの中を走り回っている。


 さらに、草書体のような能登羽の文字が複雑さを増している。結果、その複雑怪奇な表を一瞬で理解することは出来なかった。


「ああ、すまないねぇ。動機をまとめたノートは他人に理解できるように書いていなかったよ。」

「……すごいですね。これは…。」


 天神は他の数ページをめくるが、他もそのような現状だった。もはや、文字を使った一種の現代アートのようで、何かこの文字列が夢に出てきそうだ。


「すまんね。でも、事件状況のスクラップブックの方はまだましな書き方しているから大丈夫だと思うよ。」

「じゃあ、このノートの要約をお願いできますか?」

「ああ、いいよ。


 まず、登山サークルで起こった怨恨を呼びそうな事件は、小島って登山サークルを抜けた生徒が自殺未遂をした上に、退学したことだねぇ。」

「それはなぜ?」

「理由としては、その当時のサークル内には、剛と雫、圭人、美空、樹里に加えて、その小島という女性メンバーがいた。その中で、恋愛絡みのいざこざがあったんだ。


 簡単に言うと、圭人に対して、美空と小島の2人が告白し、小島の方がフラれたんだ。


 圭人は小島からの告白を受けていたが、その告白を一旦保留している内に、美空の告白を受けたんだ。


 さらに、圭人は小島の告白に返事をすることなかった。そして、サークル内で、圭人と美空のカップル誕生を祝福する雰囲気になった時、小島は自分がフラれたことを知った。


 そして、小島はサークル内の気まずい雰囲気に耐えることができずに、サークルを辞めた。小島は大学では、サークルでしか交友関係のない人間だったから、サークルと言う居場所が無くなったことが相当堪えたのだろう。


 自宅のマンションで飛び降り自殺した。


 しかし、奇跡的に一命をとりとめた。だけれども、顔や体に大きな傷を負った上、自殺未遂した人間が大学を通えるはずが無かった。なので、大学を退学をした。


 そして、現在は消息不明ってことらしい。」

「消息不明?」

「ああ、警察も洋館の事件に小島が関わっているんじゃないかとにらみ、小島の消息を追った。


 しかし、4年前で全くの足取りが掴めないらしいよ。」

「4年前? 事件の1年前ですか?」

「ああ、雫が死んだ年だねぇ。」

「……じゃあ、その事件が何か関わっている可能性は高そうですね。」

「そうだねぇ。


 他にも、色々とメンバーの怪しい噂は聞くけれども、メンバー全員を殺すような動機になり得るものはそれくらいかなぁ。


 一応、ノートの最後に人物ごとに細かい動機はまとめているよ。たぶん、ノートの罫線通りに書いているから、そこは読み取れると思うよ。」


 天神はノートの最後の方を見てみると、草書体は治っていなかったが、確かにノートの罫線通りに文字が書かれていた。


「じゃあ、ここは後で見ることにしますね。」

「ああ、そうしてくれ。


 しかし、黒島君には解けないだろうと思ったが、天神君が加わったとなると、この事件は解かれちゃうかもな。」

「……先輩はここまで情報を集めて、事件を解けなかったんですか?


 先輩には解けない事件は無いものだと思っていましたけど。」

「……いや、おこがましいことだが、本気を出せば、この事件は解けると思うよ。」

「本気を出せば……? 


 なぜ、先輩は本気を出さなかったんですか?」

「途中でこの事件を解くことを止めたんだよ。


 わざと解かなかったと言うべきかなぁ。」

「わざと解かなかった?」

「ああ、わざと解かなかったんだ。だって、この事件は解く必要が無いだろう?」

「なぜですか?」

「だって、奈落の穴に囲まれた逃げ場のない洋館で、全員が殺されたんだろう? なら、その殺された人の中に、犯人がいるってことだよねぇ。


 ということは、犯人は死んでいる訳だ。


 なら、真相を突き止めたって、結局は被疑者死亡だよ。別に、人殺しの真犯人がのうのうと生きている訳じゃないから、謎を解く必要はないだろう。


 それに、もし、その犯人が分かったとしても、それがどうなる?


 世間に新事実として、公開するのか? 


 そうしたら、犯人の遺族は大量殺人犯の血が通っているとされて、大バッシングだろうな。死者を責めることは出来ないから、犯人に関係のある生者に片っ端から罪を着せるのか?」

「……。」

「だから、この謎は解かないことにしているんだ。


 罪のある生者を罰するなら、僕は頭をフル回転させて、事件の真相を解き明かそうとする。だが、今回のような罪ある死者を罰する事件を解決することは、全く意味のないどころか、誰も幸せにならない結末となる。


 それが例え、被害者の遺族が真相を知りたがっていたとしてもね。」

「確かにそうですが……。」

「まあ、天神君は解きたいだろう? 別に、それは否定しないよ。


 でも、誰が犯人だったとしても、それを世間に公開しないで欲しいね。」

「……分かりました。」

「そうだ! 次、君がすべきことを伝えよう。」

「次?」

「次は大学を出て、雫のお爺さんの家に行くと良い。」

「雫の祖父ってことですか?」

「実は、そのお爺さんが洋館の土地を持っているんだ。だから、洋館の構造について、詳しいことが聞けるはずだ。」

「……なるほど。」

「住所は書いて渡すよ。それと雫のお爺さんに連絡はこっちから入れておくよ。」


 能登羽はそう言って、自分のトートバックから何かのプリントとボールペンを取り出すと、プリントの裏に住所らしきものを書いた。そして、そのプリントを天神に渡す。天神はプリントの住所を見る。


「えっ!? 都道府県が違うじゃないですか?」

「そうだよ。」

「そうだよって、こんな所すぐには行けませんよ。」

「それは、交通手段的な話かい?」

「そうですよ! 電車で行けってことですか?」

「電車で行くなら、明日になるだろうね。結構山奥にあるからね。」

「じゃあ、明日早くから行くしかないですか?」

「そんなことはない。車で行けば、2時間くらいだから、ギリギリ許される訪問時間だよ。」

「でも、車無いですし。」

「なら、僕の車を使うと良いよ。黒島君は免許を持っていただろう?」

「えっ、あっ、はい。」


 終始黙って、気を抜いていた黒島が返事をする。


「きっと、事件を解決する上では重要な鍵となるはずだよ。」

「……先輩。」

「なんだ?」

「本当に、殺されたメンバーの中に犯人がいないとお考えですか?」

「それ以外の可能性があるかい?」

「……そうですか。」

「確か1回、乗せたことがあるから分かるよね。この棟の下にある駐車場に止めてあるから、自由に使うと良い。


 あっ、これ、車の鍵ね。」


 能登羽はそう言って、ズボンのポケットから車の鍵を取り出し、黒島に投げる。黒島は投げられた車の鍵を掴む。


「別にぶつけてもいいよ。まだ車あるし。」

「……先輩の財源はどこですか?」

「誰かのすね、かな。」


 能登羽は冗談めかしてそう言った。


「じゃあ、すぐに向かった方がいいですね。そうでないと、ここに帰ってくるのが、明日になりそうですし。」

「夏休み期間なんだから、ちょっとの夜更かしくらいしておくべきだよ。」

「年中夏休みの先輩からの言葉は響きませんよ。」

「はは、そうだね。」


 天神はそう言って、能登羽との会話を終わらせた。


「黒島、運転行けるか? 俺は免許無いんでな。」

「何時間でも行けますよ。」

「安全運転でな。死者を追って、死者は増やしたくないからな。」


 天神はそう言って、部室を出た。部室の扉を閉める前に、パイプ椅子に座った能登羽に会釈を送る。


「気を付けてねぇ。……くれぐれもね。」


 能登羽はそう言って、手をこちらに振った。天神は手を振り返して、部室の扉を閉めた。


「……で、黒島は能登羽先輩の話をどう思った?」

「どう思ったって、


 ……能登羽先輩は意外と事件を詳しく調べるんだなと思いましたけど。」

「そうだよな。あののらりくらりと適当に生きていそうな能登羽先輩がこんなスクラップブックやノートに事件をまとめて、警察からも良からぬ方法で情報を集めていた。


 なのに、この事件は解かなかったと言った。」

「何か不自然ですね。」

「ああ、それに、あれだけ推理の能力に長けている先輩が致命的な推理ミスをしている。」

「推理ミス?」

「ああ、先輩はある可能性を考慮せずに、この事件を解く必要が無いと言い捨てている。」

「ある可能性?」

「先輩はこう言った。


 この事件の犯人は死者なのだから、事件を追う必要はないと。


 でも、この結論は正しくない。」

「どこが正しくないんですか?」

「N+1。」

「はい?」

「だから、N+1だよ。


 殺されたメンバー以外に、誰かがいた可能性だ。」

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