殺人の洋館

「雫が共犯者? もう死んでいるのにか?」

「ああ、確実にこの事件に関わっていることは確実だな。」

「それはどういった理屈だ?」

「それは、まず、ルバの吊り橋だよ。


 さっきはまともに議論しなかったが、このルバの吊り橋が作ったのは、雫の可能性が高い。なら、この事件に雫が関与していることは、確定じゃないか?


 それに、美空の死んだ部屋が燃えたのに、下の部屋や隣の部屋に影響がなかったこともおかしいだろ?


 美空の部屋は結構燃えていたし、鎮火までは結構時間がかかった。普通なら床や壁が燃え尽きてしまいそうなところだが、焦げて崩れ落ちそうな気配はなかった。


 これは、雫が研究していたCLTの技術が使われているんじゃないかと思うんだ。」

「CLT?」

「Cross Laminated Timber(クロスラミネーディッドティンバー)の略称だよ。」

「英語で言われたって、余計に分からねえよ。」

「CLTは簡単に言うと、木材を接着剤で貼り合わせたものだ。そのCLTは木材よりも強度が上がったり、一枚板である必要が無いから、加工しやすいなどの特徴があるんだが、その特徴の中に、防火性がある。」

「防火性?」

「CLTは普通の木材よりも燃えにくい。正しく言えば、燃えたとしても、構造が崩れにくいんだ。


 CLTは木材を貼り合わしているから、燃えにくい素材を間に挟むことで、燃え広がるスピードを遅くすることができる。


 だから、美空の部屋の壁にはCLTが使われているんじゃないかと思うんだ。壁が黒焦げなのに、崩れることはなく、隣に影響して言う様子は無い。


 ここから考えられることは、この洋館はあらかじめ燃やされるように設計された可能性があるってことだ。」

「あらかじめ燃やされるように設計された?」

「これは可能性の1つだが、この洋館は美空の殺人が前提となっていたんじゃないかと思うんだ。


 いや、それだけじゃない。圭人の殺人も、樹里の殺人も前提となっていたんじゃないか?


 だって、圭人の殺人から考えると、吊り橋がルバの吊り橋でないと成立しない殺人だ。


 美空の殺人も状況的にほぼ密室だ。それに時間的制約が加わって、犯人が跡形もなく部屋の中から消えたようだ。こんな状況を即興で思いついて、実行する人間がいるとは思えない。


 さらに、さっき言った火事が燃え広がらないように、CLTが利用されているのもそうだ。おそらく、犯人は皆を殺すのではなく、1人1人じわじわと殺していきたいという心理を持っているんだ。


 だから、火事で洋館全体が燃えてしまい、全員が焼死してしまうことをCLTによって避けた。


 さらに、樹里の殺人も難しいことをしている。だって、普通は水道水で毒殺となれば、カップに仕込む方が簡単だ。カップの中に毒を塗っておくだけでいいんだからな。


 それでも、犯人は水道水に毒を仕込むことを選んだ。この犯行はどの道、この家を把握し、水道管に毒水を仕込む手立てを知っていたからだ。だから、水道管に関する推理は複雑化した。


 ……という推測が立てることができる。そうなれば、今言った設計を全てできるのは、雫くらいなもんだ。」

「だから、雫が共犯だってことか?」

「いや、あくまで、1つの推測だ。この推測を無理やり否定することは出来る。


 ルバの吊り橋は雫の研究のために、試作されただけかもしれない。CLTも防火が目的じゃなく、老朽化したこの洋館のリフォームの一環で雫が採用されただけかもしれない。水道水の毒も水道管を介さない全く別のトリックが行われているのかもしれない。


 だから、雫が何の意図もなくリフォームしたが、犯人によって悪用された可能性もある。だが、吊り橋、CLT、水道管の3つと殺人が繋がっていることを偶然と言うべきかは議論の余地があるな。」

「う~ん……。


 じゃあ、仮に、雫が犯人の共犯だとして、実行犯はどうなる? 雄馬の理屈だと、その推理がこの中にいる犯人を突き止める実用的な推理でないといけないんだろ?」

「ああ、その通りだ。もちろん、今俺が行った推理から犯人像をある程度分析できる。


 まず、犯人は雫にこの殺人専用の洋館を作らせたということだ。」

「それだけじゃ、何も分からないだろう?」

「いいや、かなり犯人像が浮き彫りになってくる。それを考える上で必要なのは、この洋館を囲う穴だ。


 この穴はどう考えても自然が作り出したものとは思えない。だって、地面が崩れるとしても、このようなドーナツ状の穴になると思うか?


 地割れや断層は基本的には、直線状だろう? 


 仮に、このようなドーナツ状の大きな断層、地割れが起こったとしたら、その周辺にも続きの割れ目が残るもんじゃないか?


 俺が見渡した限り、そのような地面の割れ目は見受けられない。3年前にこのドーナツ状の穴ができたらしいから、地面の割れ目が自然に消えてしまった可能性は低い。


 さらに言うなら、この洋館だけが残ることもおかしい。だって、この洋館の反対側は個室の窓から見た通り、洋館の壁と岩の壁が一直線になっていただろう。そんなギリギリの所で洋館が踏ん張る状況もおかしいと思わないか?


 まあ、つまり、どういうことが言えるかというと、この穴は自然にできたものではなく、人為的にできたものと言うことだ。」

「人がこの穴を作ったのか?」

「ああ、ダイナマイトなりの爆弾を使えば、出来ないこともないだろう?」

「そうなのか?


 ……いいや、出来ることにしておこう。相手は雫だ。そんなことができてもおかしくない。」

「だろう? 相手はショベルカーを木で作った奇人だ。ほとんど何でもありだ。


 ミステリーの犯人としては、最悪の敵だな。」

「でも、最悪の敵は殺されたがな。」

「死んだだろう?」

「……間違えた。正しくは殺されたじゃなく、死んだだな。」

「だが、その間違いは正しいかもしれない。


 共犯というものは、裏切りの不安に耐えなければならない。特に、共犯者が遥かに賢く合理的な人間である時、その賢人がいつ共犯者がリスクの高いものと判断し、殺しにかかってくるか分かったものではない。


 だから、雫以外の共犯者が疑心暗鬼になるのも不思議じゃない。だから、雫を殺して、単独犯となった。


 そう言うことが考えられる。」

「それに異論はないが、結局、そこから絞り込める犯人像は何だ?」

「ああ、絞り込みを忘れていた。この穴は登山前に剛先輩から見せられた3年前と4年前の写真から3,4年前の土砂崩れが原因とされている。


 つまりだ。この殺人計画はこの穴ができた3年前より過去に起きた出来事が引き金になっているということだ。」

「ほう。そうなると、来実が犯人から外れるだろう?」

「来実は登山サークルに1年前の春に途中入部だもんな。」

「そして、俺達も2年前の夏に途中入部だろう。


 雫との出会いでさえ、その年の春だ。つまり、3年前は雫とで会ってさえいない。これは司も同じだろう?」

「ああ、前期の講義で、雫、雄馬と出会った。それより前に出会ってない。」

「だよな。」

「つまり、俺達と来実が犯人から外れるから、消去法で剛先輩を疑っているってことか?」

「まあ、そうなるな。」

「……確かに、登山サークルの一番古いメンバーだから、その可能性はあり得る。でも、俺達と来実が途中で雫の殺人計画を知った可能性もあるだろう?」

「確かにその可能性もあり得るが、3年前の登山サークル内での遺恨が原因となっているなら、途中入部で殺人の動機に直接関わっていない部外者をわざわざ共犯に選ぶだろうか?」

「否だな。」

「だろう? だから、さっき言った消去法は成り立つわけだ。」

「じゃあ、それを信じたとして、洋館の中に剛先輩と来実の2人なのはまずくないか?」

「……あっ!」

「おいおい!」


 司はそう言うと、すぐに玄関の扉を開けた。


「……ん?」


 司は玄関の扉の感触に違和感を持った。


「どうした?」


 雄馬は違和感を覚えている司をそっちのけで、開けた玄関の扉の中に入っていく。そして、すぐに、来実のいる一番手前の個室をノックする。


「来実! いるか?」


 部屋の中から返事はない。雄馬はドアノブを回して、個室の扉を開ける。


 すると、扉の目の前に来実が立っていた。


「何? いきなり?」

「……いや、無事ならいいんだ。」


 雄馬は胸を撫で下ろした。


「ちなみに、ノックは聞こえたか?」

「聞こえたわよ。」

「なら、なんで返事がなかったんだ?」

「短い内に何回もノックされると、めんどくさくなって、返事もしなくなるわよ。」

「えっ!? 何回もノックって、誰がノックしたんだ?」

「誰って、剛先輩よ。」

「何をしに来たんだ?」

「えっと、部屋が暑いから冷房器具がないか?って聞きに来たわ。でも、私は知らないから、知らないって答えたら、すぐに出て行ったわよ。」

「それだけか?」

「ええ、それだけ。


 ……でも、なぜかその後、キッチンに向かったわね。冷蔵庫に首でも突っ込むのかしら?」

「そうか。


 ……いや、やばい!」


 雄馬はすぐに部屋を離れて、キッチンに向かう。


「どうした?」

「司! お前、先輩に蛇口に毒が含まれていることを言ったか?」

「……!」

「そうだよ! 


 暑いと感じている人間がキッチンに向かったら、水を飲むに決まっているだろ!」


 雄馬と司はすぐにキッチンに向かった。

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