水道談義

「追いかけなくてもいいのか?」

「追いかけた所でだろう。」

「……剛先輩はあんな過去があったんだな。」

「誰にでもあるだろう。」

「そうだな。


 ……ところで、そのスコップで何を掘るつもりなんだ?」


 司は雄馬の持っているスコップを指差した。


「水道管だよ。」

「水道管?」

「樹里を殺した毒は蛇口に仕込まれていたんだろう。なら、水道管に毒を仕込むところが外にあるかもしれないだろう?」

「……そもそも、ここは水道管が繋がっているのか?」

「おそらく井戸水を汲み上げているだろうな。でも、蛇口がある以上、水道管はあるはずだろう。だから、仕込みができるかどうかの確認だ。」

「なるほど。でも、スコップが無くとも、見たらなんとなくわかるんじゃないか?だって、時間的に短い時間で、犯人が毒を仕込んだことは明白だろう。


 なら、そこまで深い穴を掘ったと思えないし、この屋敷の周りは芝生みたいな草が生えているから、穴を掘ったなら、すぐに分かるだろう。」

「よく考えてみろ。もし外に毒を入れることができる水道管があったとする。もし、下手に手で掘ってみれば、毒水を触っちまうかもしれないだろう。」

「だから、スコップってことか。」

「まあ、念のためだ。」

「勢い余って、水道管傷つけるなよ。毒水がお前の全身を襲うぞ。」

「なら、お前より適任だな。」


 雄馬はそう言って、洋館の周りの芝生を見渡し出した。司は雄馬の皮肉に不満を持ちながらも、芝生を見渡した。すると、司は洋館の雨どいの近くの芝生が不自然に無いことに気が付く。


「おい! 雄馬! ここの芝生が剥げてるぞ。」

「どれどれ。」


 雄馬はそう言って、雨どいの近くに近づいていく。


「確かに、剥げてる。でも、雨どいの下だから、水が多すぎて、根腐れしたんじゃないか?」

「いや、それにしては、広範囲に剥げ過ぎてる。雨どいの水が影響しているなら、もうちょっと流れ出る水が落ちる所だけだが、これは雨どいの近くを中心とした円状に草が剥げている。これは何か人為的な何かが加わった証拠だ。」

「しかし、地面を掘った感じがしないぞ。地面は真っ平だし。」

「まあ、つべこべ言わないで、掘ってみろ。」

「分かったよ。」

「俺は避難するから。」


 司はそう言って、雄馬から離れた。雄馬は司を白い目で見たが、雨どいの下の地面を掘り始めた。


 雄馬はしばらくザクザクと穴を掘るが、カチンと音のしたところで掘ることを止めた。


「駄目だ。岩だ。」

「何もなかったのか?」

「ああ、地面の掘っている感覚が硬かったから、とても誰かが掘った感じじゃないな。」

「じゃあ、他の場所だな。」


 そして、雄馬と司は他の掘られた形跡のある場所を探すが、全く見当たらなかった。洋館の裏は断崖絶壁なので、調べることができなかった。


「無いな。」

「そうだな。


 ……そもそも外に毒を仕込む場所があるのか? 家の中を探しきっていないだろう。」

「水道が1階にしかない以上、2階には水道管は通っていない。また、1階の個室にも水道が通っていないから、水道管はない。


 なら、キッチン、風呂場のどこかに毒を仕込んだ水道管があるか確かめたが、それらしき場所はなかった。」

「いつ調べたんだよ。」

「水道管は無駄な所を通らないから、蛇口の下と床を調べれば、一瞬だ。だから、お前が剛先輩を呼びに行っている間に調べたよ。」

「ずさんな調査だ。」

「なら、もう一度調べるか?」

「いや、いいよ。どうせ、水道管は毒を仕込んだ場所じゃない。」

「なぜだ?」

「水道管に毒を入れようとすれば、水が噴き出して、毒を入れようがないんじゃないか?


 水道管には基本的に水が詰まっている。だから、そこに穴を開けようとすれば、相当水漏れするだろう。そうなれば、音もすごいだろうし、毒を入れこもうとすれば、自分にかかって危険だ。


 だから、水道管を外して、毒を入れるようなことは現実的じゃない。」

「じゃあ、どうするんだよ。」

「それは、拡散だよ。」

「拡散?」

「例えば、透明な水に、1滴の色水を加えると、色水が滴り落ちた所からゆっくりと色水が広がっていくだろう。この仕組みが拡散だ。


 さっき言った通り、この洋館の水道は井戸水だろう。それも、この地面の下だから、この奈落の穴の底にある水を汲み取っているかもしれない。なら、その奈落の底にある水に毒を加える。


 毒は水に拡散していくが、そのスピードはゆっくりだ。だから、犯人は吊り橋を渡った頃に、奈落に毒を落とす。すると、奈落に毒が落ちるが、すぐに井戸水全体が毒で汚染されることはない。


 だから、洋館に入ってすぐの来実がキッチンの水を飲んだ時には、普通の水だった。しかし、来実が水を飲んだ後、毒は奈落の水を汚染していき、全体に広がった。


 そして、追い打ちをかけるように、俺は火事の時に水を大量に使ったから、毒に犯されていない水が出切ってしまった。だから、樹里が飲んだ頃には、奈落の底で拡散した毒水が汲み上げられてしまったから、樹里は毒で死んでしまった。」

「なるほど。美空を殺してから、美空の部屋を燃やした理由は、毒水を確実に汲み上げることにあったんだな。」

「ああ、そう考えるのが、いいだろうな。」

「だが、その犯行はあらゆる面で確実性が低くないか?」

「と言うと?」

「この崖の底ができた理由を知っているか?」

「崖崩れだろう。偶然、この洋館の周りだけが崩れた。」

「そう、その通り! なら、崖の下は崩れた岩だらけになっているはずだ。


 そうなると、毒のカプセルなり、毒霧なりの毒が入ったものを崖の下に落としたとしても、地下水に毒が落ちるまでに、岩を伝って、落ちる可能性が高いだろう。


 そうなると、俺達がここにいる間に水道が毒で犯されるまでが遅れることもあるだろう。


 そうなると、この犯行は確実性が低いと言うことになる。」

「でも、崩れた岩が底にあったとして、その岩が地下水で浸かっている可能性は考えられないか?」

「それもないな。少なくとも、吊り橋があった側ではな。」

「どういうことだよ?」

「吊り橋側では圭人の転落死体があるはずだろう。もちろん、転落死体は全身を地面に打ち付けて、大量出血が見込まれる。


 その状況に、崖の底が地下水で浸かっている状況をつけ足すと……?」

「水道水が血で染まって、赤色になるわけか。」

「その通り! しかし、樹里が飲んでいた水道の水は透明だっただろう。


 だから、少なくとも、吊り橋側は地下水で浸っていない。そのことは、圭人が落下した時、物が水に落ちるような音は聞こえなかったことからも分かる。


 だから、少なくとも、吊り橋のある崖の下は地下水で浸っていない。」

「じゃあ、吊り橋の無い側の崖はどう考えるんだ?


 可能性として、吊り橋の反対側は底が深くて、地下水に至っている可能性もあるぞ。」

「その可能性はある。限りなく低いがな。」

「なんでだよ?」

「確かに、個室の窓から吊り橋とは反対の崖の底に毒を放り込むことはできる。


 だが、崖の底から毒を犯す犯行は、不確定要素が多すぎる。


 まず、さっき司が言った毒の拡散だが、そのスピードをどうやって計算するんだ?  地下水は直近の雨量によって、日々刻刻と変化する。そうなると、水量の変動によって、毒の拡散スピードも全く変わってくる。


 そうなると、毒水がキッチンの蛇口に運ばれてくる時間にも大幅な時間差が出る。


 俺達は一応、明日の昼までには救助が来ることになるから、その一日と言う期限の中でその毒水を作動させなければならない。だから、毒水が出来上がる時間差は致命的だ。


 それに、水量の変動は、毒の濃度を下げ、致死量のある毒水を水道に流すことができないかもしれない。


 さらに、毒を崖の下に落とすとすると、崖の壁に当たる可能性は考えなないといけない。


 今日は風が強い。さらに、崖って言うのは、風の方向や強さを変にしてしまう。実際、美空が死んだ部屋の窓から崖の下を覗いた時、風が下から強く吹いていただろう?


 だから、崖の下に毒の物体を落としたとすると、強い風に振られて、崖の壁に毒の物体が当たってしまうかもしれない。


 すると、毒は地下水に至らず、岩の壁を伝うだけになってしまう可能性を秘めている。


 そう言う不確定要素が多い以上、崖の下にある地下水に毒を投げ込むやり方はあまり良い方法とは思えない。」

「……完全否定だな。」

「残念ながらな。


 それに、その犯行が行われたところで、窓から毒を投げ入れることは誰でもできるから、犯人を確定させる推理にはならない。だから。今の状況には役に立たないものだ。」

「確かにそうだな。今すべきなのは、犯人を確定させるような実用的な推理だ。


 だって、俺達の命がかかっているんだからな。」

「……そこでだ。俺はある犯人の1人を確定させる実証的な推理を思いついたんだが、聞いてくれるか?」

「犯人の1人? 今回の事件の犯人は、共犯ってことか?」

「ああ、まず、犯人は少なくとも2人いる。」

「じゃあ、その犯人の1人は誰だ?」

「それは……



 雫だよ。」

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