剛の気持ち
「少し外に出ないか?」
「散歩か?」
「ああ、歩ける範囲は限られているがな。」
「なら、剛先輩を連れて行こう。洋館の中に来実と剛先輩の2人は少しやばいだろう。」
「それは、剛先輩がやばいのか、来実がやばいのかどちらだろうな。」
「どちらもってこともある。雫の亡霊が犯人ならな。」
「なら、全員行動した方がいいだろう。」
「あの来実を外に出せと?」
「……分かった。そうしよう。剛先輩には、樹里の死も伝えていないしな。」
「剛先輩には悲鳴は聞こえないことになかったのか?」
「さあ? 難聴なんだろう。」
「……そう言うことにしておこう。」
「とりあえず、司が剛先輩を呼んでくれないか? 俺は物置で探し物をしているから、剛先輩に殺されそうになったら、大声を上げろよ。俺は耳がいいからな。」
「分かった。」
司はそう言った後、剛のいる2階へと向かった。そして、剛のいるはずの一番奥の部屋をノックした。司はなんとなく中で剛が死んでいるのではないかという嫌な予感が頭をよぎった。
しかし、部屋の中から聞こえる人の動く音を聞いて、剛がいることに安心した。剛は部屋の中をうろついている様子だった。
ノックしてからしばらく経った頃、剛が扉の隙間から顔を覗かせた。剛の顔は少し疲れているように見えた。剛は司の顔を確認すると、扉を開けた。部屋の中のベッドは乱れているから、ベッドでさっきまで休んでいるようだった。
「なんだ?」
「剛先輩、さっきの叫び声聞こえてました?」
「……聞こえていたぞ。あの声は来実だったかな。」
「……そうですか。なら、悪い知らせがあります。
樹里が死にました。」
「えっ!?」
剛は本当に驚いている様子だった。
「はい、キッチンの毒が仕込まれた水を飲んでしまったようです。」
「……そうか。圭人に、美空に、樹里もか。」
「……はい。」
「そうか……。」
「……それで、気分転換にでも外に出ませんか? 2階は少し焦げ臭いですし、気分が嫌でも下がりますよ。」
「……。」
剛は何も言うことはなく、小さくうなづいた。そして、部屋から出てきて、扉を閉めた。そして、司と剛の2人は1階に下りた。1階に下りると、玄関の扉が開いていて、外にスコップを持った雄馬がいた。
司と剛は、外にいる雄馬の下へと向かった。外は日が暮れ始めていて、空は夕暮れのオレンジが地面に当たっていた。
「なんだよ、そのスコップ?」
「穴を掘るんだよ。」
「そりゃ、スコップだから穴を掘るだろうけど、何のために穴を掘るんだよ?」
「……それより、剛先輩は大丈夫なのか? 明らかに元気がなさそうだけど。」
「それはそうだろ。この状況で平常心でいられるのは、俺とお前くらいだ。」
「……そうだな。俺もお前も落ち着き過ぎているな。」
「ああ、似た者同士だな。」
「お互いに、心臓に毛むくじゃらみたいだな。」
雄馬はにこりと司へ笑いかけた。司は雄馬へ作った笑顔を送り返した。雄馬は司の作り笑顔を受け取ると、剛の方へと目を向けた。
「剛先輩、外へ出ると少しは気分転換になるでしょう。」
「……。」
「明らかに、洋館の中は空気が悪いですからね。埃っぽいし、焦げ臭いですからね。」
「……。」
剛は黙ったままだった。司は雄馬を連れて、剛から離れた。
「やめておこう。さっきも言ったが、俺達が異常なんだ。普通の人間には少し状況を飲み込む時間が必要だよ。」
司がそう言うと、雄馬は一度首をうなづかせた。
「……俺がリーダーとして情けないせいかな?」
沈黙を貫いていた剛が突然言葉を漏らした。
「俺が橋を渡った時に、橋の耐久性を調べていれば、圭人は死ななかったのかな?
俺が美空の話を聞いて、ちゃんと見張っていれば、美空は死ななかったのかな?
俺が口に入れるものに気を付けろと言っていれば、樹里は死ななかったのかな?
俺は次に何をすれば、お前達を殺さずに済むのかな?」
「急に何言いだすんですか? 考えすぎですよ。犯人以外の誰もそんなことは予言できません!」
「でも、人は死んだよな。俺がリーダーの登山サークルのメンバーが3人も。」
「先輩……。」
剛は膝から崩れ落ちるように、玄関前に座り込んだ。
「俺は高校の時も登山部だったんだ。
その高校の登山部は強豪校で、過去にはインターハイを優勝したこともあるようだった。だから、厳しい山を登ったりすることも多々あった。今日よりも暑い夏の日にも、大雪が降って、前が全く見えないような日にも険しい山を登った。
それでも、誰の死人も怪我人も出すことなく、乗り越えてきたんだ。だから、その時は、どんな山でも登ることができるって思っていた。
そんなうぬぼれに陥っていた時、この山くらいの登りやすい山に登山することになった。その山は、初心者が上りに来るくらいの山だった。正直、タイムレースくらいの気持ちで登っていた。
特に何も気を付けることもなく、皆が競争するように登っていった。そして、山の中腹に差し掛かった時、俺は空が暗くなっていることに気が付いた。それも、雲の形から、それが雷雲だったことを分かっていた。
でも、俺は皆を止めることをしなかった。だが、俺の友達の岡本って奴が雷雲があるから、少し気の陰で身を潜めましょうと提案してきた。
でも、他の登山部の皆は事態を軽く見ていて、岡本の意見を聞こうとしなかった。俺も心配ないと言って、岡本の意見を杞憂だと突っぱねた。岡本は腑に落ちない顔をしていたが、最終的には皆に従った。
そしたら、ちょうど山頂手前の山道で、その雷雲が大きくなって、雨が降ってきた。でも、雨の道を進むことなんてよくあったし、山道も整備されているから、皆立ち止まることはなかった。岡本はまた何か言うことはなかった。おそらく諦めていたんだと思う。
結局、その雷雲の発達を見て、その時の登山部がとった行動は、早く山頂まで登って、早く下山しようと、スピードを上げることだった。そうして、俺達は山頂に着き、すぐに山道を引き返そうとした時だった。
岡本の頭上に雷が落ちた。
激しい閃光ともに、岡本は一瞬で動かなくなった。俺達はすぐに何が起きたか分からなかったが、独特な焦げの匂い、岡本の逆立つ髪の毛とビリビリと言う静電気の音が雷が人に落ちたことを知らせた。
……結局、岡本は助からなかった。
あの時、俺が岡本の意見を肯定していれば、他のみんなを動かせたかもしれない。そうすれば、岡本を救えたかもしれない。
俺が失敗した時、常に岡本の顔が思い浮かぶんだ。」
剛は今にも泣きそうな表情だった。
「今回はいつから間違えたんだろう。
俺が雫の招待状に誘われて、登山サークルのメンバーを集めた所かな?
それとも、俺が雫に告白したからかな?
そもそも、俺が登山サークルを作らなければ……。」
「もうやめましょう。それは、考えても仕方がないことですよ。」
「でも、どこかで、どこかのタイミングで、俺が判断を誤らなければ、こんなことにはならなかった。」
司と雄馬は、その剛の言葉に対して、返す言葉を思いつかなかった。
「少しは外の空気を吸って、楽になったよ。
でも、岡本を殺した時の自分から変わらない俺が許せないよ。」
剛はそう言って、洋館の中に入り、2階へと戻っていった。司と雄馬は剛を追いかけるようなことはしなかった。
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