せわしない犯人

 司はキッチンを出ると、ちょうど雄馬が1番手前の個室の扉を開いて、誰かと話していた。司はすぐに雄馬が来実と話していると思い、雄馬に駆け寄った。雄馬もこちらに気が付いて、体を司に向けた。


「何か分かったか?」

「ああ、その前に来実と話していいか?」

「中にいるよ。」


 雄馬はそう言って、扉の中に目線を向けた。司は部屋の中に入っていった。すると、ベットに腰かけた来実がいた。来実は枕を抱きかかえていた。目の周りは赤くなっているが、もうだいぶ落ち着いている。雄馬が慰めたようだ。


「ちょっと確認したいことがあるんだが、大丈夫か?」

「……いいわよ。もう、大丈夫。……あんまり思い出すのは嫌だけど……。」

「ごめんな。辛いと思うけど、早く真相を突き止めないと、俺達の命も危ないんだ。だって、犯人は3時間も経たないうちに、3人を殺している。


 だから、樹里が死んだ時の状況を詳しく知りたいんだ。」


 来実は喋ることを辛そうな顔をしていたが、ゆっくりと話を始めた。


「……樹里と私は、美空が死んだ部屋を消火した時、近くでその様子を見ていたの。だから、結構火の熱で暑くなって、喉が渇いちゃったの。


 私も樹里もあまり水分は持ってきていなかったから、キッチンの水を飲もうってことになったの。」

「よく飲もうと思ったな。だって、ここは1年以上使われていない家だろう。例え、水道が通じていたって、飲むのは怖くなかったのか?」

「確かにそれは思った。だけど、私は死んだおばあちゃんの家に1年に1度管理のために行くの。その時、真っ先に水を2分くらい出しっぱなしにした後に、水を飲んだ経験があるの。


 だから、この家でも水を出しっぱなしにして、溜まっていた水を出し切れば、水を飲めるはずだと思ったの。」

「だから、水を飲めると思ったのか。」

「そう。


 それに、美空の部屋に火がつく前に、私はキッチンの水を飲んでいて、何ともなかったから大丈夫だと思ったの。」

「それは本当か?」


 司は驚いた表情で、来実の発言を聞き返す。


「ええ。この洋館に着いてすぐに喉が渇いちゃったの。でも、水分はほとんど残ってなかったし、この洋館は水道だけ通じているって知っていたから、キッチンの水を飲むことにしたの。


 そして、キッチンの蛇口をしばらく出しっぱなしにした後、コップを棚から探し出したの。コップは埃が被っていたけど、洗剤はなかったから、水洗いだけで済ませて、コップに水を入れて飲んだわ。


 コップ一杯に入った水を飲み切った後、またコップを水洗いしていると、美空の悲鳴が聞こえたの。私はコップの水気をある程度切ってから、流しの近くにそのまま置いておいたの。


 そして、2階に向かったら、美空が死んでいたの。」

「ちなみに、吐き気とか、手の痺れとかいう毒の症状らしきものはないよな。」

「ないわね。こんな状況だから、体調は悪いけど、毒を盛られたような症状は無いみたい。」

「なるほど……。」

「……でも、ここの水は少し甘かったかも。」

「甘かった……。山の水だからかな?


 ……まあ、それは置いておくとして、樹里と一緒に水を飲みに来た時はどうだったんだ?」

「さっき言った通り、樹里と私が水を飲みに来たのは、消火しきった後で、1人で飲みに来た手順と同じように、水を飲んだわ。」

「来実が先に飲まなかったのか?」

「私が先飲もうとしたんだけど、キッチンの床に私が飲んだコップの破片が散らばっていたから、先に片付けないとと思ったの。だから、先に樹里が飲んでいたわ。


 私がコップの破片を全て回収して、ゴミ箱に入れた時に、ちょうど樹里は水の入ったコップを飲んでいた。そして、少し飲んだところで、樹里の顔が青ざめて、吐いて、倒れて、動かなくなって、だから、どうしようもなくて……。」


 そう言って、来実は黙ってしまった。来実は抱きしめた枕で顔を隠した。


「もう止めようか。」

「雄馬の言う通りだな。


 ……ごめん。もう大丈夫だ。辛いだろうに、話してくれてありがとう。」


 司はそう言って、来実の肩に手を当てた。


「最後に1つだけ。答えられなかったら、答えなくていいが、


 この洋館が水道だけ通じていることを知ったのは、いつだ?」

「……剛先輩から。……私と剛先輩だけ集合早かったから、雑談の中で……。」

「分かった。ありがとう。」


 来実は枕で顔を隠したままだった。司は質問を終えると、雄馬に目を合わせる。雄馬は扉を閉めた。


「しばらく1人にした方がいいだろう。」

「そうだな。」

「それで、何か分かったか?」

「ああ、分かったが……。」

「なんだ?」

「実は、毒は蛇口からの水に含まれていたんだ。」

「水道水にか?」

「ああ、だから、キッチンの流しがつながってる水道管から毒を仕込んだのかと思って、流しの下の棚から水道管を見たが、水道管に埃が溜まっていて、人が最近触った様子はなかった。もちろん、蛇口も同様に、接合部分の埃は溜まったままだった。」

「そうなると、どうやって、毒を水道に仕込むんだよ?」

「さっぱり分からない。


 だから、事前に毒を仕込んであった可能性を考えていたんだが、来実の証言からその可能性は無くなった。」

「でも、考えたくはないが、来実が嘘をついている可能性はないか?」

「おそらく無い。」

「なぜそう言えるんだ?」

「割れたカップにリップクリームの跡がカップの外側だけに付いていなかったからだ。


 割れたカップの飲み口の破片をいくつか集めると、油っぽい跡が外側にだけ付着していなかった。来実はリップクリームを塗っていたから、カップには内側と外側の両方にリップクリームの跡が付いているはずだ。


 油で出来たリップクリームを完全に洗い流すには、何かで強く擦らないといけないと思う。そして、あのキッチンにはスポンジもなかったから、おそらく来実は指で内側だけを擦って、リップクリームを洗い流したんだ。


 たとえ、リップクリームの跡が水を飲んだという偽装工作だとしても、来実は少なくとも蛇口の水に直接触れている。


 蛇口に毒が仕込まれていると知っている犯人なら、蛇口から出た水を直接触ったりはしないだろう。」

「だから、来実の証言に嘘は無く、蛇口の水を飲んでいたということか。」

「そう。だから、毒は来実が水を飲んだ後に仕込まれたことになる。」

「でも、そうなると、俺達は美空が殺されているから、美空の部屋の前に全員集まって、ゲストルームで犯人探しをして、美空の部屋が燃えているから、消火していた。


 その一連の動きの間は、俺達は樹里を含め全員一緒にいたはずだよな。


 仮に少し目を離す暇があったとしても、水道に毒を仕込むなんてことを一瞬のうちにできるものなのか?」

「全くその通りだな。犯人はあらゆる早業を極めた人間か、時間停止能力がある人間かのどちらかしかありえないな。


 最初に殺された圭人から考えると、吊り橋を誰にも見られない一瞬の内に吊り橋のロープを切った。


 そして、美空が殺された時も、叫び声が聞こえてからすぐに俺らが駆け付けたのにもかかわらず、一瞬の内に部屋から消え去った。


 さらに、美空を殺した後も、一瞬の内に発火装置を天井に仕掛けた。


 極めつけは、そんなことをさらりとやっている内に、水道管に毒を仕掛けた。それも、誰も見ていない一瞬の内にだ。


 どんなトリックを使ったにせよ。あまりにも犯人は手際が良すぎる。」

「それに、せわしない。秒単位の殺人計画を立てているような感じだな。」

「ああ、完璧すぎて人間じゃないよ。」

「……亡霊かもな。」

「なんて?」

「誰にも見られることなく、手早く、緻密に殺人計画を立てている。


 だから、雫の亡霊が俺達を皆殺しにしているようだなって。」


 雄馬はそれを冗談で言ったつもりだろうが、司にとってはなぜかそれが冗談に聞こえなかった。


 だって、亡霊ならば、この事件はすんなりと理解できるからだ。


 司はこの洋館に住まう亡霊の存在を肯定し始めていた。

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