燃える犯行現場
「おい! 燃えてるぞ!」
司が扉を開けたので、部屋の中にも煙が入り込んできた。そのため、全員がすぐに火事になっていることを理解した。全員が部屋を出て、火の手が上がる部屋を見つめた。
「とりあえず、消火だ!」
「蛇口は下の階のキッチンと大浴場にしかないわ!」
来実がそう言うと、司はすぐに下の階に下り、間取り図を思い出して、手前のキッチンの部屋に入った。キッチンには、冷蔵庫が奥に置かれており、右端には調理スペースがあった。左端には酒ビンの入ったコンテナが置かれていた。
そして、手前の調理スペースに流し台と蛇口があった。司は何かバケツを探そうとしたが、あれだけの炎をバケツリレーで鎮火させることができるはずがなかった。
「おい! 司! そこの消火器取ってくれ!」
後から来た雄馬が指差しながらそう言うと、司は雄馬の指が向かう方向へと目を向けた。よく見ると、コンテナの隙間から赤い消火器が見えていることが分かった。司はそれを確認すると、すぐに消火器を取り、雄馬に渡した。
雄馬は消火栓を受け取ると、すぐに2階に向かっていった。司は消火器で消火できなかった場合を考えて、このキッチンの水を2階へ送る方法を考えた。
司はしばらく考えると、キッチンを出て、1番奥の物置の部屋に向かった。物置には掃除道具や洗剤などのいろいろなものが木の棚に置かれている。そして、一番奥には大きな金庫があった。
司は物置を見渡すと、目当てのホースを見つけた。これを使えば、2階に水を送ることができる。司はホースを取った。ホースは巻き取り機の付いたタイプで、おそらく2階の部屋に十分届くだろうと思われた。
司は蛇口がかなり太かったために、ホースを付けるのに手間取った。その際、流し台の近くに置いてある濡れたコップを床に落としてしまった。コップは床に落ちて割れてしまった。
司はそれにかまうことなく、ホースを蛇口に付けると、水が出っぱなしのホースを伸ばして、2階へと登った。2階へ着くと、雄馬が煙の上がる部屋に向かって、消火器の液を撒いていた。しかし、ちょうど消火栓の中身が無くなったようだった。
司はすかさず、ホースから溢れ出る水を燃えている部屋の中にかけた。どうやら、雄馬は消火のために扉を蹴り破ったようだ。扉が部屋の中で黒焦げになっていた。おそらく、蝶番が熱で溶けて、壊れやすくなっていたのだろう。
そして、消火栓による消火のおかげで、ベッドに残る火のみになっていたが、まだ奥の方の火が残っていた。なので、司はその火に向かって、水をかけ続けた。
やはり、火の近くなので、全身の皮膚が焼けるように熱かった。そして、額からはだらだらと汗が溢れ出た。
メラメラと燃え上がる火に向かって水をかけていくと、段々と火は小さくなっていった。
そして、しばらく水をかけ続けると、部屋の火は鎮火した。
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「美空の死体は黒焦げ、部屋も焼けて真っ黒だ。」
2階から顔を出した雄馬はそう言った。司は物置から持ってきたモップを雄馬に渡す。
「どうやら、発火装置か何かが仕掛けられていたらしい。一番燃えている場所を調べたら、時計と配線でつながった鉄パイプがあった。」
「その時限式発火装置があったのはどこだったんだ?」
「天井だ。」
「天井?」
「ああ、大体、チェストの上にある天井が激しく燃えていて、そこにぶら下がるように、黒焦げの時計とパイプがあった。」
「まあ、天井にあれば、俺達が一通り現場を見た時に見逃す可能性が高いな。」
「しかし、なぜ、犯人は現場を燃やしたかったんだろうか?」
「……1番に考えられることは、現場に犯人にとって不都合な証拠が残っていたからだろうな。」
「証拠隠滅か。
それも現場ごと燃やすとなると、死体全体ないし現場全体に、不都合な証拠が残っていたっていう訳か。」
「でも、そう考えると、天井に仕掛けた時限式発火装置を使ったことが腑に落ちないんだよな。」
「どういうことだ?」
「だって、美空が死んでからすぐに俺達はゲストルームに行って、犯人探しを始めただろう。
なら、犯人が発火装置を仕掛ける暇がない。
だって、犯人が美空を殺して、すぐに現場に残した証拠を見つけたとする。じゃあ、その犯人は時限式発火装置をすぐに用意して、天井に仕掛けたのか?
それも、美空が悲鳴を上げて、俺らが部屋に入る一瞬で?
ありえないな。なら、犯人は証拠隠滅以外の目的があって、現場を燃やした。それも、美空を殺す前から時限発火装置を仕掛けてな。」
「そうなると、あの部屋自体を燃やすことだけが目的だったのかもしれないな。
だから、発火装置を天井に仕掛けている途中に、美空に見つけられてしまい、殺害したって可能性もあるな。
そこまでして、時間差で部屋を燃やす理由が分からないな。」
「……その部屋を燃やした理由は一旦置いておくとして、美空はなぜ、あの部屋に向かったんだろうな?」
「それは、樹里に聞けばいいんじゃないか?
さっきから犯人、犯人言っているが、それは樹里だろう?」
「それはどうだろうか?」
「おいおい! そのお腹についた血糊はなんだ? お前が左利きを炙り出すためにしたことだろう?」
「それはそうだが、樹里には犯行は無理じゃないか?」
「それはどういうことだ?」
「返り血だよ。」
「返り血?」
「美空が殺されたあの部屋にはあらゆる方向に、美空の血が飛び散っていた。あの血をくぐり抜けて、返り血を浴びないことは出来ないだろう。
そうなると、樹里が美空が殺してから、部屋をすぐに出たら、樹里に犯行が可能だという推理は難しいんじゃないか?
だって、美空を殺して、すぐに俺達は廊下に出た。そしたら、扉を叩く樹里を見た。もちろん、その時に樹里の服に返り血は付いていなかった。
相当な早着替えをしたとしても、無理な時間だ。それに、返り血の付いた服をどうやって処理したんだ?
時間的にも、物理的にも無理じゃないか?」
「確かにそうだが、じゃあ、ナイフの柄に付いた血の指紋はどう考えるんだ?」
「それもおかしくないか?」
「どこがだ?」
「なぜ、犯人は血の付いた手でナイフを握り直したんだ。
ナイフで刺しただけなら、あんなにくっきりと血の手形が付くことはない。あの手形を作るには、確実に手を血まみれにした後に、ナイフを握り直したってことになる。」
「手を血まみれにして、ナイフを握り直すって、何のために?」
「いや、そもそも美空を殺した後、ナイフを握り直したという状況自体おかしいものだ。」
「なら、どういうことになるんだ?」
「事前にナイフに血の左手の手形を付けておいたんだ。樹里に濡れ衣を着せるためにね。」
「なるほど……。」
「俺は詳しく見ていなかったから分からないが、ナイフに付いた血の手形は乾ききっていなかったか?」
「……乾いていなかったような気もするが、乾いていた気もするような……。」
「やっぱり覚えていないか。だが、こうなると、こういう推理もできる。
犯人は今の俺達みたいに現場の記憶を曖昧にさせることが目的だったんだ。おそらく、ナイフの柄の血は乾いていた。
そうなると、事前に赤い血糊で左手の手形を付けておいたナイフを使って、犯行に及んだということになる。
そうすれば、右利きも左利きも、手の大きさも関係ない。しかし、指紋照合をできない俺達は、血の手形が犯人のものだと誤認してしまい、樹里を犯人にしてしまった。
そうなれば、疑いの目は真犯人から離れ、樹里に集まる訳だ。」
「なるほど。じゃあ、まんまと真犯人の罠に引っ掛かって、俺は樹里を犯人であるかのように攻め立ててしまったわけか。」
「まあ、まだ犯行の全てを解き明かせたわけじゃないから、樹里が犯人でないと否定できたわけじゃないがな。」
「そうなると、振り出しか。」
「ああ、そうなるな。
でも、とりあえず、このことをみんなに伝えておくべきじゃないか?」
「そうだな。さっきのままじゃ、樹里が犯人で決めつけられている状況だからな。樹里に悪い。
俺は素直に謝るべきだろうな。」
「もちろん、俺も謝るよ。だって……。」
司がそう言おうとした時だった。洋館に大きな悲鳴が響き渡る。
「な、なんだ!?」
「さあ? とりあえず、行ってみよう。」
司と雄馬はすぐに物置を飛び出した。すると、キッチンの扉から、腰を抜かした来実がキッチンから離れるように後ずさりしている。
「どうした? 来実?」
司はその腰を抜かした来実に駆け寄ると、来実は司達の方を見ながら、キッチンの中を指差す。
すると、口から吐瀉物を出していて、動かなくなった樹里がいた。
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