左利きの犯人

「誰が美空を殺したの?」


 樹里がゲストルームに集まった他の4人に問いかける。樹里は全員を睨みつけるが、誰も手を上げようとはしない。


「そう言って、犯人がはい私ですと名乗り出すと思うのか?」


 樹里は雄馬の言葉に黙り込む。


「第一、樹里自身も犯人である可能性は消されてないんだからな。」

「私はしてないわよ!」

「……その発言が正しいかどうかは今から考えることにしよう。


 まず、確認なんだが、雫からの招待状を持っているか?」


 全員目を見合わせながら、相手の動向をうかがっている。


「俺は家に置いて来た。」


 剛がそう言った。


「私も。」

「私も同じく……。」


 樹里と来実も同調するようにそう言った。


「そうか、でも、内容は覚えているだろう。


 この屋敷に招待し、雫が死んだ理由を伝えるという内容だ。」

「ええ、覚えているわ。」


 樹里がそう言うと、他の人間もうなづく。


「しかし、その手紙の差出人である雫だから、伝えることは出来ない。なら、わざわざこの屋敷に呼び出さずとも、手紙に書いておけばいいことだ。それをしないということは、何かもったいぶる必要があるか、打ち明けるつもりが無いかだ。


 どちらにしろ、手紙の差出人は、何としてもこの屋敷に呼び寄せたかったんだ。そして、手紙にあった通りに、死んだ雫自身が死んだ理由を打ち明けることはない。ということは、手紙を出した人間は雫ではない。


 まあ、死んだ人間からの手紙の時点である程度察していたとは思うが、誰かが雫に成りすまして、この手紙を送ったと言うことだ。


 じゃあ、なぜ、そのなりすまし犯がこの屋敷に呼び出す必要があったかと言うと、こうやって、俺達を殺すことが目的だったということだ。」

「俺達って、まだ殺人は続くってこと?」

「いいや、分からない。


 なぜなら、犯人の動機が分からないからだ。


 おそらく、犯人の動機に雫の死が関わっていることを推測することは出来るが、その死の理由を説明することはできない。


 もし、この中に殺される人間がいると言うならば、きっと雫の死に追いやる原因を作った人間だ。


 だから、心当たりがある人間がいるならば、今ここで告白してほしい。


 俺はこれ以上、犯人に罪を犯して欲しくない。」


 雄馬がそう言った後に、懺悔を始める人間はいなかった。


「……そうか。


 全員心当たりがない。もしくは、気が付いているが、何らかの理由で黙っているのかのどちらかだな。」


 雄馬がそう言うと、5人の間には絶妙な空気が流れる。


「……そう言えば、剛先輩、雫に告白して、断られてましたよね。」


 そう発言したのは、樹里だった。その発言に、剛は目を見開いて驚く。


「な、何を言い出すんだ!」

「樹里、それは本当の話なのか?」

「ええ、そうよ。直接雫から聞いたもの。まさか、ここに来て否定するつもりじゃないでしょうね?」

「……た、確かに、雫に告白して、断られたことは事実だが……。」

「過去にあんなことがあったのに、サークル内で告白するなんてありえない。」

「……あんなことって?」


 雄馬は樹里の言ったこと聞き返すが、樹里と剛は見合って、何かを隠すような素振りだった。


「と、とにかく、雫に告白したんでしょ?」

「そうだけど、なんで、美空を殺すんだよ?」

「剛先輩が告白してから2週間後に雫が死んだからよ。」

「……!?」


 剛は樹里の発言に何も反論できなかった。


「私もフラれた側が自殺するならまだしも、フった側が自殺するとは思わなかったから、今まで重く考えていなかった。でも、こんな状況になったなら、ある想像ができるわ。


 剛先輩がフラれた後、雫に何かしたんじゃないの?」

「……どういうことだよ?」

「まあ、私も問い詰める証拠がないからどうにも言えない。でも、こう考えることは出来ないかしら。


 剛先輩はフラれた後も、雫への感情を抑えきれなかった。だから、剛先輩は雫を襲った。」

「はあ? そんなことするわけないだろ!」

「さあ、どうだか? それを裏付ける証拠はないでしょ。」

「それはそっちもだろ!」

「ええ、そうよ。可能性の話。


 でも、そう考えると辻褄が合うの。剛先輩に襲われた雫は、剛先輩のいるサークルにいることが嫌になった。でも、雫はそのことを誰にも相談することができず、心の中に抱え込んでしまい、自殺。


 そして、剛先輩は雫を追い込んだことを知りながら、1年間何食わぬ顔で過ごした。そんな時、剛先輩は美空たちが雫が剛先輩をフッたことを話していることを聞いてしまう。


 雫は遺書もなかったから、そこから雫が死んだ理由を勘繰られる可能性がある。それを重く見た剛先輩は、この洋館に呼び出すような手紙を登山サークルに呼び出して、皆殺しにでもするつもりだったのよ。」

「ちょ、ちょっと待てよ。それは理論が飛躍しすぎだろ! 証拠もないし!」

「証拠が無くても、私達は殺されるか殺されないかの瀬戸際にいるの! 多少の妄想を入れてもいいでしょう。


 ……ああ、もしかして、雫を直接殺したんじゃないの?」

「はあ?」

「雫の死んだ現場は、このアガサ山の崖から20m落ちて、全身ぐちゃぐちゃだった。


 警察が自殺だと決めつけた根拠は、争った形跡が岩場の上に無かったことと靴が岩場の上に置かれていたことだけ。


 なら、雫に睡眠薬を盛って、気を失わせた後、岩場から突き落としたって可能性もないかしら。


 だから、余計に自分の犯行がバレないために、私達を皆殺しにするつもりだったんじゃない?」

「バカバカしい!」


 剛はそう言い捨てただけで、反論はなかった。


「まあ、どちらも落ち着くんだ。」

「そうだよ。いざとなれば、これを使うといい。」


 そう言う司の手にはナイフが2本握られていた。


「おい! それ、どこで?」

「あそこの引き出しに入ってたよ。」

「そういう問題じゃなくて……。」

「身の危険を感じたら、そのナイフで犯人を殺せばいい。」


 司はそう言って、1本のナイフを樹里に押し付ける。樹里は司から渡されたナイフの柄をで受け取った。


「……なるほど。」

「そう言うことだ。」


 司と雄馬はそう言って、互いに意図を理解した。


「来実もいるか?」


 そう言って、司はもう1つのナイフを来実に渡す。来実は戸惑っていたが、そのナイフを右手で受け取った。


「剛先輩は渡せませんね。


 ……手のひらが大きいですから。」


 司はそう言うと、ナイフを持った来実の手を掴んで、無理やり自分の腹に突き刺させた。


 ナイフの刃は半分以上が司のお腹に埋まっており、ナイフの刃からは

赤い液体が溢れ出していた。


「い、いやあ!!」


 来実は目を見開いて驚いている。しかし、司は表情を変えずに、話を続ける。


「これは雫が作ったおもちゃだ。刃は切れないし、刺せば引っ込む。100均に売ってるびっくりグッズだ。


 まあ、ナイフから血糊が出るように細工されているようだがな。雫はこういったいたずらグッズ作ることが趣味だったから、おそらく、このナイフも雫が作ったものだろう。」


 司はそう言って、来実の手を離す。やはり、血が勢いよく出るようには作られていないので、来実の手は汚れていなかった。


「……司は何がしたかったわけ? まさか、この険悪な空気を和ませる余興みたいなもの?


 だったら、相当空気読めてないと思うけどね。」


 樹里はそう言った。それを聞いて、お腹が血まみれの司は話を続ける。


「そうか、少しは和むと思ったんでけどな。」


 そう言って、司は雄馬に目線を送る。


「いいや、司がしたかったのは、そんなことじゃない。司が確認したかったのは、利き手だよ。」

「利き手?」

「実は、美空の背中に突き刺さったナイフの柄には、血でスタンプされた指紋があった。


 その指紋を見ると、犯人はナイフを左手で持っていたことが分かった。」

「ちょっと待ってよ。それで私にナイフを握らせたの?


 でも、剛先輩も左利きよ!」

「ええ、そうかもしれません。でも、犯人の左の手形は小さく、おそらく女性のものだ。


 明らかに、手の大きい剛先輩のものとは、違い過ぎました。そして、俺と司は右利きだ。だから、司は女性陣にナイフを渡したんだろう。


 そしたら、樹里が左利きだった。ということは、犯人は樹里しかいないんだよ。」


 樹里は状況を理解していないような表情で、雄馬を見つめた。


「で、でも、私は廊下にいたのよ。」

「それは簡単な話で、美空の背中をナイフで刺した後、すぐに廊下側に出る。すると、美空はナイフで刺した犯人を追いかけるように、扉に手を掛けようとする。そうなれば、扉に美空の腕が引っ掛かって、扉が開かない状況を作り出せる。


 他の人間が犯人なら、窓を使って、脱出することになる。しかし、窓は閉じられていた。窓から脱出したなら、窓が完全に開いていることが普通だ。


 このことから、美空を殺したのは、樹里、お前なんじゃないか?」

「し、してない。……そんなこと。」


 樹里はそう言って、首を横に激しく振った。


「まあ、指紋の照合もできないから、まだ証拠としては不十分だ。さっきの樹里の言葉通り、可能性の段階だな。


 だから、縛り上げたり、部屋に閉じ込めたりはしないが、怪しいと思われることは覚悟しておくようにな。」

「……樹里、なんで?」


 来実はそう言うと、樹里は来実の方を今にも泣きそうな顔で見る。


「来実、してないの。私は美空を殺す理由なんてないでしょ!」

「……そうだけど。」


 そう言って、樹里は抑え込んでいた感情が溢れるように、来実に泣きついた。


 司はその様子を見て、樹里は嘘をついていないような気がした。


 司は考えるために頭を抱え込んだ。すると、不意に焦げ臭い匂いが鼻に入り込んでくる。司は頭を上げると、部屋の扉の隙間から、煙が漏れ出していた。司はそれに気が付くと、部屋の扉をすぐに開けると、廊下には煙が充満していた。


 そして、美空の死んだ部屋から赤い炎が上がっていた。

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