柊教授(天神側)
「まず、この大学の柊教授を訪ねましょう。」
黒島はそう言って、椅子を立ち上がる。天神はまだ椅子に座ったままで、問いかける。
「柊?」
「建築学部の教授ですよ。」
「それがこの事件と関係あるのか?」
「ええ、俺は関係あると踏んでます。
俺は工学部なんですけど、特に、土木方面の学科に通っていることを知ってますよね。」
「ああ、そうだな。」
「で、柊教授の講義を受けることがあるんですけど、柊教授の講義で、ルバの吊り橋って言うのが出たんですよ。」
「ルバの吊り橋って言ったら、推理小説のトリックじゃないか?」
「そうです。そのルバの吊り橋を現実に再現させちゃったのが、柊教授なんですよ!」
「あんなの殺人にしか使えないじゃないか。どうやって、研究費を出させたんだよ!」
「それがね。
噂では、柊教授と冴島雫が共同研究することによって、研究費を出させたらしいんだよ。」
「冴島雫? さっきの手紙を書いた人間か?」
「そうです。
冴島雫は大学時代から、建築学に革命を起こす技術を開発しました。詳しくは知りませんが、鉄筋コンクリートなどの輸入に頼る建築資材でなく、木だけを使った建築技法を開発したらしいです。
その技法は高層ビルの施工などにも使うことができた。さらに、最終的な鉄筋コンクリートよりも値段が同程度になると言う利点付きです。この影響は、日本の建築界でなく、林業、外交に波及していきました。
この革命を行った冴島雫には、研究費を何でもいいから出すと言うような風潮でした。それを使って、冴島雫は柊教授とルバの吊り橋を共同研究しました。」
「だが、冴島雫はなぜルバの吊り橋を作りたかったんだ?」
「それを柊教授に聞きに行くんですよ!」
黒島はそう言って、天神を椅子から立ち上がらせた。
「いきなりそんなことをその教授に聞いて大丈夫なのか?」
「そこは、天神の腕次第ってとかだな。」
「黒島は何もしないのかよ!」
結局、黒島の圧に負けて、天神は柊の下に向かうことになった。
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「ええ、貴重な時間を私どもに割いていただき、誠にありがとうございます。
今回はですね。建築界の革命による経済の波及効果の取材を、この経済学部3年の天神がさせていただきます。
よろしくお願いいたします。」
天神は柊教授にそう言って、深々と頭を下げた。黒島は天神の後ろで、ニコニコしている。
「建築界の革命というと、やはり、雫君のCLT技術かな?」
「はい。一旦それを……。」
天神の”一旦”と言う言葉に引っ掛かりながらも、柊は説明を続けた。
「CLTは元々あった技術で、木の板を接着剤で重ねることで、一枚板の木材でなくてもよくなり、強度や防火性が上がることが利点だった。
ですが、従来のCLTの強度では、精々20階のビルを作ることが限界だろうとされてきました。しかし、雫君はそのCLTに使われる接着剤や木の組み方を変えることで、50階の高層ビルを建設することのできる強度の木材を生み出した。
さらに、その木材は全体での施工費が鉄筋コンクリートと同等であることに加えて、CLTの材料はすべて国産で得られることと接着剤も松ヤニを用いた持続可能性が高い材料を使っていたことが評価された。
今時、SDGsに合致する研究が求められるから、その時代の風に乗って、雫君のCLTは高く評価されたね。
私もそのおこぼれをもらって、教授に昇格することができた。それに、趣味程度に進めていたルバの吊り橋の吊り橋を再現も可能になった。
私は1~3人先までを落とす吊り橋モデルを開発していたが、雫君の協力もあって、最大10人先の人間を落とす吊り橋モデルを完成させ、ルバの吊り橋を再現した。
何の役にも立たないが、子供のころからの夢だった。もちろん、人を殺すためじゃない。単純に夢として追い求めていただけだ。
その夢を叶えてもらった。」
「なるほど……。
それでは、雫さんと教授はその後もCLTの研究を続けたのですか?」
「いや、CLTの技術もそれなりに研究していたが、雫君は別の研究を始めていたよ。」
「それは何でしょう?」
「からくりだね。」
「からくり?」
「ああ、からくり人形は知っていると思うが、そのからくりだ。
さっき言った通り、CLTの技術で、木材は鉄筋と同じ強度を得た。だから、重機や精密機械を鉄ではなく、木材で再現することは出来ないかという研究の一環で、からくりの研究をしていた。
確か、ショベルカーくらいの重機なら作ってたよ。まあ、実用化する前に、雫君は死んでしまったがね……。」
「それは残念でしたね。
……雫さんは自殺と聞きましたが、その自殺の理由などは想像がつくでしょうか?」
「……少なくとも、私が見ていた研究では悩んでいるようには見えなかったね。
研究は信じられないスピードで進めて行って、何か行き詰っている感じではなかった。
……ただ。」
「ただ?」
「ただ、何かプライベートで悩みを抱えているようだった。」
「その悩みとは?」
「分からない。だが、彼女は死ぬ間際、こう言っていた。
ノーベルとアインシュタインは尊敬するが、好きではない。」
「ノーベルとアインシュタインですか?」
「ああ、私はその真意は分からない。でも、いくつか推測はした。」
「それは何ですか?」
「誰かにフラれたんじゃないだろうか?」
柊教授の間の抜けた回答に、天神は一瞬言葉を失ったが、すぐにその理由を聞き返す。
「……その真意は?」
「ノーベルは生涯3回の恋愛をしたが、その恋愛のどれもが実ることはなかった。さらに、ノーベルが最後に愛した女性に大金を揺すられていた。相当ノーベルは揺すられていたらしく、何年もダイナマイトで稼いだお金を取られたらしい。
そして、その無意味に蝕まれた大金の教訓として、有意義な研究に使うべきだと思ったノーベルがノーベル賞を作ったとも言われている。
そして、アインシュタインは2度結婚しているが、1人目の結婚は出来ちゃった婚だし、2人目の自身のいとことの結婚で、それもいとこの娘に一目惚れしたからだと言う。それに、1人目の妻との離婚にノーベル賞の賞金を全て渡したらしい。
だから、ノーベルもアインシュタインも優秀な人間だが、恋愛を失敗している。
そういうことを自分と重ねて、嫌になったんじゃないかな。」
「は、はあ……。興味深い話ですね……。
じゃあ、私はこのくらいで、取材は終わりにします。」
「えっ!? まだ経済効果の話をあまりしていないが?」
「ああ、それはまた今度にします。時間が無いので……。」
「そうか。それじゃあ、この辺で。」
「はい、今日はありがとうございました。」
天神はそう言って、頭を深々と下げた。それを見て、黒島も頭を下げる。そして、2人は教授の部屋を後にした。
「おい、どう思う?」
「冴島雫が凄い人物だってことは分かった。」
「そうじゃなくって、ノーベルとアインシュタインの話だよ。」
「……まあ、柊教授の言うような恋愛絡みの例え話とは思えないな。」
「そうだよな! 教授が学生をあんな風に見ていると思うと生々しくて、嫌だな。」
「ああ、正直に言うと、聞いてられなかった。」
「じゃあ、お前はどう思うんだ?」
「ノーベルもアインシュタインも尊敬するが、好きじゃない。の意味か?」
「そうだ。」
「そりゃ、十中八九、科学の失敗だろう。」
「科学の失敗?」
「ノーベルは岩石の破壊のためにダイナマイトを発明したが、結果的に戦争の道具として使われた。アインシュタインは質量とエネルギーの変換式を発表後、その式を基礎として、原子爆弾が発明された。
自分が良かれと思って発明したものが、たくさんの人を苦しめる道具として使われた。
彼らは科学の失敗の最たる例だ。」
「それが冴島雫の死と何の関係が?」
「だから、冴島雫は何かとてつもない失敗をした。それは自分が良かれと思ってしたことだった。
そういう可能性が考えられるな。」
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