ルバの吊り橋
「少し埃っぽいわね。少し掃除した方がいいわね。それに昼なのに暗い。」
樹里が咳きこみながら、そう言った。すると、隣にいた美空が玄関の靴箱の中から、懐中電灯を取り出した。
「これ……。」
「ありがとう。そこまで暗い訳じゃないけど……。」
樹里はそう言って、美空から懐中電灯を受け取った。
「とりあえず、美空はどこかの部屋で休ませましょう。
司! この屋敷の偵察してきてくれない?」
「ああ、忘れていた。家の平面図を雫のお爺さんからもらっていたんだった。」
剛はそう言うと、胸ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。それを広げると、家の簡単な平面図が書かれていた。
洋館の平面図は実に簡単なもので、1階は右側に3つの個室があり、左側にキッチンと大浴場、物置がある。個室はどれも6畳ほどの部屋で、どれも内側から掛けるつまみ式の鍵が取り付けられていた。
そして、1階の真ん中には2階へと登る階段があり、それを登り2階につくと、1階の個室側の上に同様の3つの個室があり、反対側には大きなゲストルームがある。
平面図から読み取れる情報はそれのみだった。
「じゃあ、美空は1階の個室で休みましょう。」
樹里はそう言うと、美空を連れ、個室のある方へ向かった。そして、一番手前の部屋へと入っていった。
「俺達も各自の部屋に入ろう。人数は6人で、部屋も6つだ。1人1部屋使えるはずだ。」
「美空があの部屋だとして、他の人間はどうするんだ?」
「それはもう自由でいいだろう。なんなら、今から早い者勝ちで取り合いしてもいい。」
「流石にそんな競争はしないけど、選ばせてくれるなら、私は美空の隣の部屋にしようかしら。」
「そう言うことなら、下の階は女子だけにして、上の階を男子にするか?」
「ああ、別にそれで構わないよ。剛先輩もそれでいいですよね?」
「ああ、それでいい。」
「だってさ。」
「じゃあ、お先に休ませてもらいます。」
来実はそう言って、手前から2番目の部屋に入っていった。その後、剛が手を上げる。
「俺は2階の1番奥の部屋でいいか?」
「……いいですけど、なんでですか?」
「万が一の時、端の部屋は避難経路としては1番遠いだろう。だから、リーダーである私が泊まっておくべきだ。」
「なるほど。じゃあ、残りの2つは俺と司の部屋だな。」
「ああ、そうだな。
……まあ、どちらでもいいが。」
司達はそう言うと、3人一緒に2階へと上がっていった。2階へと上がる階段は踊り場で折り返す構造で、1階から2階は直接見えないようになっている。
「じゃあ、俺はさっき言った通り、一番奥の部屋に行くことにするよ。」
2階に着くと、剛がそう言って先に一番奥の部屋へと向かった。剛は奥の部屋に入って、扉が閉まると、ガチャリと鍵の閉まる音が聞こえた。
「鍵、閉めるんだ。」
司は思わず声に出していった。
「まあ、俺達の中に圭人を殺した犯人がいるかもしれないしな。」
「何を言い出すんだ。さっき、この中に犯人はいないとおまえが結論付けたんじゃないか?
それをいきなり否定するのか?」
「司も気が付いているだろう?」
「……。」
司は黙ってしまう。
「とりあえず、2人であの橋の事故を話し合おう。
でも、ここじゃ、誰かに聞かれるかもしれないから、そこの個室に入ってからにしよう。」
「……ああ。」
雄馬と司はそう言って、1番近い個室に入っていった。個室の中は部屋の奥から手前の壁にぴったりと収まったベットと電気スタンドの置かれたチェストがあるだけだった。
ベットは部屋にぴったりと収まっているから、おそらく部屋の中で組み立てたのだろう。そして、ベットの枕は扉側に向いており、それに伴って、チェストも枕元の近くにあった。チェストは司の膝上の高さで、ベットより少し大きい。
そして、部屋には扉と反対の壁に、大きな窓があり、取っ手をひねることで鍵をかけることのできる両開きの窓だった。
司は個室に入って、そんなことを確認した。きょろきょろと見渡していたのは、雄馬も同じだった。
「思ったよりも狭いな。」
「ああ、ベットが部屋の半分を占領している。ほとんど寝ることしかできないような部屋だな。
それに、枕が扉側って言うのも珍しいな。大体、窓側が枕が向くものだと思っていたがな。」
「まあ、でも、こんなにベットがきっちりはまっていれば、向きを変えることは出来ないだろうけどね。」
「……確かにね。
まあ、そんなことはいい。本題に移ろう。
この中に圭人を殺した犯人がいる可能性があると言うことだ。」
雄馬は自分の荷物と必要物資の入った荷物をベットの上に置いた。司もそれに続いて、荷物を置いた。
「……さっきの橋の件だろう?」
「そうだ。」
「お前もルバの吊り橋を知っていたのか?」
「ああ、あの柊教授の講義は、建築学科の俺は必修だったからね。」
「まあ、物理学科の俺も選択だったが、覚えはある。
吊り橋の縄を切る位置によって、その後渡る何人目かを落とすことができる吊り橋をルバの吊り橋と言う。
これは、1920年代の推理小説にて、ルバと言うミステリー作家が今説明した時限装置のような吊り橋を使って、殺人を行った。
しかし、当時、そのルバの吊り橋は再現不可能なものだった。そのルバは少し現実を拡張した未知の装置であったため、読者に対してフェアでなかったという謝罪をした。
しかし、そのルバの吊り橋を作ろうと、物理学者や建築学者が研究してきたが、完成には至らなかった。第一、完成したところで、人を殺す以外で有用性が無かったから、研究する人が少なかったのかもしれない。
だから、100年近く未解決問題のような扱いをなされていたが、俺らの大学の柊教授がそのルバの吊り橋を完成させた。
そして、その柊教授が発明したルバの吊り橋は、最大10人先の人間を時限的に落とすことができる。」
「もし、俺達がこの洋館に続く吊り橋がルバの吊り橋だったら……。」
「俺達全員に、圭人を殺すことが可能になる。」
「その通り!」
「だから、お前は圭人が吊り橋から落ちる前に、危ないと声をかけることができたわけだ。」
「まあ、そうだな。
1人ずつ吊り橋を渡っている状況でなんとなく嫌な予感がしたんだ。その嫌な予感の理由を探ったら、柊教授のルバの吊り橋を思い出したんだ。」
「俺は思いつかなかったな。」
「で、お前はそのルバの吊り橋のどのロープを切れば、何人あとの人間を落とすことができるか知っているか?」
「……知らないな。
ルバの吊り橋は複雑な構造力学の知識がいる。物理で力学を専門にしていたが、とても理解できるものじゃなかった。
理解できるとすれば……。」
「雫か。」
「ああ、あんなものをまともに理解することができる大学生なんて、雫くらいしかいないな。」
「なるほど。じゃあ、犯人は雫か。」
「馬鹿言うな。ルバの吊り橋を理解できるのは、雫くらいなもんだと言う意味だ。
ルバの吊り橋自体は、切るロープの位置さえ覚えていれば、別に誰でもできるさ。」
「確かにそうか。
……でも、ルバの吊り橋を作ることができたのは、雫しかいなかったんだよな。」「ああ、そうだな。柊教授がルバの吊り橋の理論を作ったのは、ここ最近のことだ。それに、ここが雫の別荘となれば、雫自身がルバの吊り橋を作った可能性は高いだろう。」
「いや、ちょっと待て! あの吊り橋がルバの吊り橋だったと結論付けるのは、まだ早いんじゃないか?
だって、圭人が吊り橋を渡っている途中に、吊り橋が落ちただけだろう。だから、まだ事故だと言う可能性もある。」
「ああ、全くその通りだ。
しかし、事故にしては不可解なことが多い。
だって、まず、お前が先陣を切って走り回ったのにもかかわらず、吊り橋は崩れず、他の人間が渡っても崩れなかったのに、最後の圭人の時に崩れた。それも、逃げ場のない橋の真ん中でだ。
あまりにもタイミングが良すぎるんだよ。
それだけじゃなくて、橋の崩れ方も不自然だ。
普通、吊り橋での事故の時、ロープが切れたり、橋げたが落ちたりするだろう。しかし、圭人が落ちた時は、橋と岸を繋ぐロープがほどけることで、吊り橋が崩れた。
これは明らかに不自然だし、ルバの吊り橋の崩れ方と似ているんだよ。
ルバの吊り橋は、ロープの切れ目が力の逃げ場となって、そこから吊り橋がほどけていくように設計されている。だから、限りなくあの吊り橋はルバの吊り橋と類似しているんだよ。
そして、何より怪しいのは、スマホの通話ができないことだ。
さっきは磁場がおかしいなんてこと言ったが、実際、そんなことは聞いたこともない作り話だ。」
「ああ、分かってる。そうでも言わないと、美空を落ち着けることは出来なかっただろうからな。」
「その通りだ。美空を落ち着けるために嘘をついたが、実際はそんなことはない。
別に磁場がどうだろうと、吊り橋を渡る前は電波が飛んでいたのに、この屋敷に近づいた瞬間に、圏外になるなんてことはあり得ないと思う。
これは、自然的な力じゃなく、人為的な力によって、携帯の使用が禁じられているのさ。」
「……なんのために?」
「分かっているだろう?
これから、まだ人を殺すのさ。」
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補足
今回登場したルバの吊り橋は、現実世界には存在しないと作者は認知しています。なので、ルバの吊り橋は架空の発明であり、本作で語られた以上の情報はないことを担保します。
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