陸の孤島

 圭人の断末魔が谷底に反響し、微かに体が潰れるような鈍い音が聞こえた。


 そして、残された6人はその死の音を静かに聞いていた。今、何が起きたか分からなかったからだ。


「……け、警察。」


 そう言ったのは、雄馬だった。残りの5人はその言葉を理解するまで時間がかかったが、登山部のリーダーである剛が真っ先にスマホを取り出した。しかし、剛はスマホの画面を見て、驚きの表情を浮かべる。


「あ、あれ?」


 剛はそう言って、スマホの画面を指で何度も触る。


「どうしたの? 早くして!」


 樹里はそう言って、剛のスマホを奪う。しかし、樹里もスマホの画面を見て、驚きの表情を浮かべる。


「……圏外になってる。」


 樹里はそう言って、剛のスマホを剛に返すと、自分のスマホを取り出した。しかし、樹里のスマホも圏外だった。


 そして、残りの人間も自分自身のスマホを取り出すが、全員が圏外だった。


「……なんで?


 この山はどこでも電波が通っているんじゃなかったの?」


 司は橋を離れて、洋館の周りを動き回り、電波の通じる場所を探す。しかし、どこにも電波のアンテナが立つ場所はなかった。


「どういうことだ?」

「誰かー!!!」


 剛が大声を上げる。剛の大声は森のざわめきにかき消されていった。


「無理ですよ。風が強すぎてあまり遠くまで聞こえないです。それに、この時期のアガサ山は人がほとんど来ることはないから、希望は薄いです。」


 雄馬がそう言う。


「じゃあ、どうするんだよ? 圭人が……。」

「なら、狼煙を上げたらどうだ?」


 司がそう言うと、雄馬がすぐに否定する。


「それも危険だ。


 屋敷で火をつけると、屋敷に引火して燃える可能性がある。だから、火をつける場所は、この玄関先になるが、この玄関は芝生が生えているし、狭すぎるから、焚火をするには危険だ。


 万が一、火の粉がこの木造の家に燃え移ってしまえば、この陸の孤島に閉じ込められた俺達全員は逃げ場が無く、焼け死ぬことになる。


 それに、狼煙を上げるために、燃やす材料がない。もちろん、この屋敷にある布やら、紙やらをかき集めて、俺達の荷物も燃やせば、いくらかの火種にはなるだろう。


 でも、それで、救助がすぐに来るとは限らない。


 今日は風が強いから、煙があまり目立たない可能性があるし、燃やすものが少ない以上、燃やす時間も少ない。なら、その狼煙によって、救助が来る可能性は低くなる。


 そんなギャンブル性のはらんだ賭けに、俺達の生活物資を燃やすのは得策じゃない。」

「じゃあ、どうするの?」

「ここでしばらく待つしかないでしょう。


 圭人に申し訳ないが、彼はもう死んでいる。なら、救助と言えど、一刻を争う命の問題じゃないから、緊急性は低い。


 なら、ここで事を起こさずに待つべきだよ。


 幸い、登山届を出しているから、明日の昼以降に下山しないことになれば、救助が来るはずだ。それまでの間、この屋敷の中で過ごしていましょう。」


 雄馬は冷静に指示を出す。


 本来はリーダーの剛が行うべきなのだが、剛は緊急時に思考がまとまらないことが多く、緊急時は今の状況のように、雄馬が行動の指揮を執ることが多くなる。


「……それしかないんじゃないか?


 確か、今日は軽い登山だから、発煙筒は持ってきていないだろう?」


 司がそのように言うと、誰も発煙筒の類を出そうとはしなかった。


「そ、そうね。


 この屋敷の中で待つことにしましょう。」

「でも、圭人が!」


 美空が声を荒げる。


「圭人が死んじゃった。


 それなのに、なんで、平気でいられるんですか! なんで、圭人の死体を谷底に放置したまま、一夜を明かすことができるんですか!」


 美空は今にも泣きそうな顔だった。


 美空と圭人は付き合っていた。山登りが遅い2人同士の仲が深まり、それが成就したようだ。雫の死から登山サークルが活動休止状態になった後でも、2人の付き合いは無くなることはなかった。


 だから、美空にとって、圭人の死は非常に辛いものであることは、残りの5人は理解していた。


「……もちろん、皆悲しい。


 でも、圭人の死を無駄にしないためにも、私達は生きなきゃいけない。山で重要なのは、事故が続かないように、冷静でいることよ。


 これは、冷徹に思えるかもしれないけど、今の私達では、圭人を谷底からどうにかする方法はないの。」


 樹里は美空の肩に手を置いて、美空を諭す。


 しかし、美空は肩に置かれた樹里の手を弾いた。


「あなたが圭人を殺したの?」


 美空が不意に放った言葉は、6人の間に静寂をもたらした。


 全員が無意識に残りの人間から距離を取るような意識が生まれる。


「な、なんでそう言う結論になるのよ?


 架け橋が古くなって壊れちゃったのよ。だから、今回は事故に決まっているわ。」

「違う!


 事故なら、なんで私達6人は普通に渡ることができたの? そんな偶然があると思う?


 まあ、そんな偶然があったとして、なんで、携帯電話が使えないの?


 このアガサ山は大体どこでも携帯が通じるんじゃないの? なんでここだけ圏外になるの?


 誰かが仕組んでいるんじゃないの? 


 圭人を殺した犯人は圭人に恨みを持っているから、圭人の死体を放置させて、腐らせたいのよ。だから、連絡をつかないようにしたんじゃないの?


 それに、圭人を殺した犯人が外との連絡を遮断するってことは、まだ残りの人間を殺そうとしているんじゃない?」


 全員、美空の意見に少し同意してしまう気持ちがあった。もしかしたらこの中に殺人鬼が潜んでいるのかもしれない。


 それは現時点で微かな可能性だったが、全員が恐怖と疑心を生むにはじゅうぶんだった。


「いや、それはあり得ないよ。」


 そんな悪い空気を断ち切るように、雄馬が美空に声をかける。


「架け橋を使って殺人を行ったというが、それはあまりにも確実性の欠けるものじゃないか?


 吊り橋の紐のどこかを切っておいて、圭人が落ちるように仕向けたと考えているんだろうが、そんな都合のいいことがあるか?


 圭人は橋の真ん中に着いた所で、橋のロープが落ちたんだぞ。誰も橋に触れていなかったけれど、橋のロープはほどけていった。


 もし、これが誰かが仕組んだこととなると、誰かが橋に仕掛けを施し、圭人が橋の真ん中に着いたタイミングで、橋が崩れるようにしたということになる。


 物理学科の司は、こんなことが可能か?」


 司はしばらく考えた。


「……ないな。絶対に。」

「だろう!


 なら、これは殺人じゃなく、事故と考える方が簡単だ。


 それに、携帯電話が通じない件だが、多分、この屋敷は磁場がおかしんだよ。さっき、この屋敷は土砂崩れで、こんな断崖絶壁に囲まれた岩の柱の上に立つことになってしまった。


 っていう話を事前に聞いていたと思うが、そう言った偶然的に土砂崩れが起こらない土地って言うのは、磁場が崩れることが多い。


 だから、携帯が圏外になることが多いんだ。」


 雄馬は論理的に今の状況を説明した。


「そうよ。


 圭人のことは残念だったけど、私達を疑う真似はしないで。圭人の分まで、私達は生き残らなきゃ。」


 来実が美空の背中をさすってそう言うと、美空は落ち着きを取り戻した。


「一旦、洋館に入りましょう。


 こんな暑さじゃ、美空だけじゃなく、皆もおかしくなっちゃう。それに、美空を休ませたいわ。」


 樹里がそう提案すると、皆はうなづいて、同意した。そして、6人は洋館の中へと入っていった。




 _____もう1人が殺されるまで、あと1時間

 

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