第23話 作戦会議・2
「おお! 我が誇る作戦室までよく来ていただいた!」
誇らしげに声を上げるユーバァ将軍と、それに対して席から立ち上がり、深く頭を下げるディモス将軍がいた。
しかし、ブーレイ将軍とコーネル様は最低限の会釈をして答える。そもそも同じ階級なのに過剰に反応する必要は無い。貴族同士の繋がりなど関係ないのだから。
しかし、そう思っていない副官もいるようだ。
「なんですかあなた方は! ユーバァ様に対してのこの態度、無礼ではありませんか!」
「なぁに、かまわんよリリカ」
「し、しかし……!」
「ここは仮にも軍隊だ。それに俺の才能と輝かしい戦績に嫉妬してるのだろう。ハッハッハッ!」
……駄目だ。この人は私がいた時より増長している。
それはブレーキ役の私がいなくなり、リリカが副官になったのも大きいのかもしれない。
輝かしい戦績と本人は誇っているけど、それはおびただしい自軍の損害の上に成り立つ物で、通常なら降格もありえるレベルだ。
「そうじゃな。まずはその才能に溢れた作戦案をご教授いただこうか。もう出来ているんじゃろ?」
「無論だ。俺の完璧な作戦を確認していただこう」
そう言いながらユーバァ将軍は指示を出して、リリカは作戦計画書を全員に配り始める。
そして、リリカは私の所に来た時、鋭い目で私を睨みながら小声で言うのだ。
――お姉さまは、私達共通の敵です。覚悟してください
「……」
まいった。ついに共通の敵とまで言われてしまった。
エレキス基地でのリリカとの別れ際を思い出す。あの時リリカは言った言葉を。
――いつも姉さんは私を見下して! バカにして! 私は何も出来ないとお思いですか!?
――私達は、いえ私は絶対負けない! 敵にも、そしてお姉さまやレイバック家のあの人にも!!
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
こんな関係を望んでいなかったのに。
そんな私の気持ちなどわからないのだろう。
リリカは何もなかったように計画書を配っている。
* * *
作戦計画書が配られて10分が経過した。
「ここで我が第三部隊が中央に突進して……」
ユーバァ将軍は今回の作戦について誇らしげに説明しているが、私達はその計画に困惑していた。しかし、この荒唐無稽な作戦を称賛している者もいる。
「流石ユーバァ将軍! 力強く迅速な戦法にこのディモス、感服しました!」
『……』
『……』
この人は本心でそう言っているのだろうか。
平民出身であるブーレイ将軍の対抗馬として、貴族側が送り込んできたのがディモス将軍だ。
実績はブーレイ将軍に劣るものの、可も不可もない将軍として評価されていた筈だ。その男が気づかない筈は無い。
もしそうだとしたら、残念ながらこの人は軍人である前に貴族なんだ。
その上下関係の前には合理性や客観的な評価は無力なのだろう。
しかし、私達までそんな茶番に付き合う必要は無い。多くの人の運命がかかっているのだから。
「ユーバァ殿。気持ちよく演説してる所申し訳ないが、ちょっと聞いていいかね」
ブーレイ将軍が先に口火を切った。
「……なにかね。ブーレイ殿」
ユーバァ将軍は不満げにスピーチを止めてブーレイ将軍の発言を待つ。
「つまりユーバァ殿は全部隊で一斉に突撃を行い、敵に対応する隙を与えず一気に殲滅する。という事じゃな?」
「うむ。その通りだ」
「ふむ。これで勝てると断言するなら甘すぎる。ジェノン要塞が難攻不落だと言われる所以がわかっておらんようじゃ」
「なんだと!!」
ユーバァ将軍は作戦室の外まで響くような大声で吠える。
「当方の戦力は4部隊合わせて30,000。一方、敵は3要塞合わせても20,000強というではないか。この過去最大の大編成で進撃すれば、たとえ大要塞だと言えどもすぐに落とせるわ!」
その言葉を聞いてブーレイ将軍は下を向きやれやれと首を振る。
「ユーバァ殿は要塞攻略戦は初めてじゃったな……。いいかね? 我々は地の利とも戦わないといけんのじゃ。当然難易度は跳ね上がる」
ファイス国と隣国の間には山脈や運河、湿地帯等の悪路が広がっていて大軍が容易に通過出来る所は少ない。その中でも一番重要な地点に建設されたのがジェノン要塞だ。
ジェノン要塞は他基地より遥かに規模が大きく、しかも3ヵ所に分散設置されており、奇襲や奇策は困難。しかし、だからといって力押しすると被害は相当なモノになる。
と、言って回り道をする事も出来ない。正直、あの要塞を建設された時点でわが軍の全面攻勢は極めて難しくなっているのだ。
「仮に急襲出来るとしても前衛にある左右2ヵ所だけ。奥の一番大きい要塞への攻撃は時差が発生するんじゃ。だから、がむしゃらな突撃は絶対いけない」
「お、お前はこの俺に……!」
その正論を聞いてユーバァ将軍は怒りの表情を見せる。今にも恫喝してきそうだ。
この人はいつもそうだ。状況が悪くなったら大声でもみ消そうとする。
「将軍はそんな事も……!」
私はブーレイ将軍の援護をしようとしたが、即座に私の肩に手が乗せられる。
「……えっ?」
その手の主、コーネル様は私を見ながら首を横に振る。成り行きを見守れと言う強い意志を感じた。
「ユーバァ殿。今回は今までにない大規模な作戦じゃ。総力戦と言っても良いじゃろう」
ブーレイ将軍は声を荒らげず、むしろ穏やかに話を続ける。
「その分、成功した時の功績は計り知れないモノになる。自分の立案で作戦で勝ったとなれば猶更じゃろうな」
「……」
「だから、ワシとコーネル殿は作戦への貢献を主張しないし、当然本部にも報告しない。それなら話を聞いてもらえるかの?」
「な、なんだと……!?」
ユーバァ将軍はその発言に強く反応する。
おそらく自分の功績を放棄するなんて欠片も想像出来ないのだろう。
「ワシらは実際の戦闘での武勲だけでかまわん。ワシらは要塞攻略の為に力を合わせないといけないんじゃ」
「……」
ユーバァ将軍の顔から怒気が消えていくのがわかる。
私は初めて見る光景に驚き、隣にいるコーネル様は私を見て少しいたずらっ子な表情で笑う。
「これは僕には無理だね。年の功って奴かな?」
コーネル様はそう私の耳元で呟いた。
* * *
それからは、予想以上に建設的な作戦会議が進められた。
ユーバァ将軍の案がベースになるのは覆せなかったが、それでも最初の突撃案と比べて遥かに良くなったから及第点だろう。
そして、戦闘中における行動の自由度が増したのが一番大きい。これで私達の生存率が上がる事になるだろう。
しかし、気になる事もある。それは所々でユーバァ将軍に耳打ちするリリカの存在だ。
――その度に、私を見て嗤うのだから。
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