第21話 歳の離れた”戦友”を目のあたりにして
翌日、集合地点に到着した私達に伝えられたのは、ユーバァ将軍率いる第三独立攻撃部隊がまだ到着していないという事実だった。
「へっ? まだ来てないんですか!?」
「うん。街の偉い人から詳細を聞いたよ。向こうの将軍さんは『何故、この俺があいつらを待たないといかん。ふざけるな!』とか言ってたようだね」
「……はぁっ。また訳のわからない事を」
勿論、あいつらというのは私達の事だ。思わずため息をついてしまう。
「でも、これは建前だという噂もあってね。実は準備に間に合わなかったらしいよ」
「……」
これには流石にため息も出ない。元々向こうが決めたスケジュールがあり、それに私達の準備が加算されている。
それに向こうの方がこの集結地点に近く、短期間で到着出来るのにも関わらずだ。
「私が向こうにいたら、相当の余裕をもって到着させられるのに……」
どうやら、アテラス本部長の言ってた事は本当なのだろう。向こうの運営能力は予想以上に低下しているのかもしれない。
これが純粋な戦闘力にまで影響が広がってない事を祈りたいが、当然無関係ではない。厳しそうだ。
「1、2日で到着するらしいから、補給しながらゆっくりさせてもらうさ。邪魔者が入らずにブーレイ将軍にお会い出来て助かるよ」
ブーレイ将軍。第一攻撃部隊を率いる非常に老練な軍人だ。
長年あらゆる場所、あらゆる状況で戦ってきており、私とコーネル様の年齢を足してもブーレイ将軍の軍歴には遠く及ばない。まさに「歩く軍事百科事典」だ。
「セラ。すぐに出発するから準備を急いでね」
「えっ? 私も行くんですか!?」
そう驚く私を見ながらコーネル様は笑顔を絶やさず言った。
「あの爺さんは僕の憧れであり、目標でもあるからね。」
コーネル様は良くブーレイ将軍の事を話するけど、その際に「爺さん」と呼ぶ事も多い。それだけ親しみを持って接しているのだろう。
「それにセラを紹介しておきたい。これからの事を考えたらとても重要な事なんだ」
「重要な事、ですか?」
「うん。だから早くして」
そう言うコーネル様はとても嬉しそうで、早く行きたくてウズウズしてる子供にも見えてくる。
ここまでコーネル様を虜にするブーレイ将軍とは一体どんな方なんだろう。私も楽しみになってきた。
* * *
急いて出発して一時間後、私達は第一攻撃部隊の待機場に到着する。
将軍室に案内されてその扉を開けると、とても質素な部屋と奥の机にいる老人の姿が目に飛び込んできた。
「おお。久しぶりじゃなコーネル」
「はい。ご無沙汰しております。ブーレイ将軍」
二人はすぐに近づいて握手を交わすと、とても親しげに言葉を交わす。
その光景を見て私は驚いていた。
私が知っている第一攻撃部隊の将軍とは全く違う姿が目の前にあった。
一般的に言われているブーレイ将軍は、平民出身で一兵卒からの叩き上げ軍人で、それ故に非常に厳しい人だ。
しかし、同階級といえども孫と祖父くらい歳の離れた人に対してとてもフランクに接している。これがブーレイ将軍の「素顔」なのだろうか。
「で、この女性がコーネルの新しい副官かね?」
「ええ。ファンネリア家の将来有望な女性です」
そう紹介されて、私は慌てて頭を下げる。
「は、初めてお目にかかります! セラ・デ・ファンネリアと申します!」
「いやいや、改まる事はない。コーネルの選んだ人ならワシの友人じゃからな」
なんだろう。いきなり凄い人と友人になってしまったみたいだ。
「セラ殿の噂はワシの方まで届いていたよ。戦術学校に凄い”守り人”がいるとね。そして裏で争奪戦が行われていた事も聞いておる」
「そうなんですか!? そんな話、初めて聞きました」
「もっともすぐにユーバァが手を回して誰にも手を出させなかった訳じゃが、一人だけ必死に抵抗してたらしい。なっ。コーネル」
そう話を振られてコーネル様は少しだけ恥ずかしそうにしながら「そうですね」と答えた。
「なるほど、ユーバァ将軍が在学中なのに私に声をかけてきた理由がわかりました」
「しかし、今はこうやってコーネルと一緒にここにおるんじゃ。ワシも嬉しいぞ」
「「はい。ありがとうございます」」
私とコーネル様の言葉が被ってしまい、少し恥ずかしくなる。
それを見て目の前の老人は嬉しそうに笑った。しかし、すぐ話題は本来するべき流れになる。
「……それで、コーネルは今回何人で来てるんじゃ?」
「3000です。騎馬隊を大幅に増強して」
「うむ。そうじゃの。数の少なさを機動力で補うのは正解じゃ」
「ユーバァ将軍は3つの攻撃部隊で同時攻撃をしかける筈ですからね。今回の僕たちは必要に応じて戦場を渡り歩く予備部隊ですよ」
ジェノン要塞は3つの要塞が逆三角形の配置で設置されている。それらが柔軟に連携して攻撃に対処するのが一筋縄ではいかない理由だ。
「ワシ達がそれぞれ8000、そしてユーバァが10000。合わせて30000人。過去最大規模の動員か……」
「さそがし誇らしいでしょうねユーバァ将軍は。……もっとも、その愉悦が最後まで保てるかは別の話ですが」
「そうじゃ。向こうより一回り二回り人数が多いといえども、対要塞だと話は変わる。本来3倍は必要なのに、なぜ奴はそれがわからん!」
老人の僅かに怒気を込めた声が小さな部屋に響く。
「はい。今回まともにぶつかったら悲惨な結果になるでしょう。そうなれば、2国間の戦力比率が大きく変わる事により何が起こるかわかりません」
そう。私もそれを一番恐れている。
勝つにせよ負けるにせよ、戦いの後の事まで考えないといけない。そうしないと無駄な血を流してしまう事になるのだから。
そして、コーネル様は言葉を続ける。
「最悪の場合、1年以内の逆侵攻すらあり得ます」
「それは最悪なシナリオじゃな。折角、要塞のおかげで戦闘回数が減っていたのに、自ら燃料を投下する、か」
「しかし、上が決めた事なので任務放棄も出来ません。なので私達はなるべく損害を出さず、なるべく良い形で終わらせたいと思っています」
「それが敗北だったとしても、じゃな?」
「はい。そこでブーレイ将軍に提案があります。これはユーバァ将軍と第二部隊を通さない話ですが、聞いていただけますか?」
「もちろん。あいつらに運命を全て委ねるのはまっぴらごめんじゃ。我々は我々で生存能力を高める必要がある」
「ありがとうございます! 実はですね……」
…
……
………
* * *
「うむ。コーネルの言いたい事はわかった。その提案を支持しようじゃないか」
「ありがとうございます!」
「しかし、最後の話は本当かね。ワシには到底ついていけない話じゃが」
その言葉は当然だと思った。私達が実際に見ても信じきれないのだから。
「はい。ですが、実際に使うか戦況によって変わると思いますが」
「相手、そしてユーバァ次第、か」
「味方を疑って情けない話ですが……」
「そうじゃな。しかし今回はあらゆる事態を想定しないといかん。お互いの部隊の動きに合わせて柔軟に動くとするさ」
「そう言っていただくと心強いです。ありがとうございます!」
「ワシもコーネルと一緒に戦えて良かった。お互い死なず帰ってこよう」
「はい!」
二人は何回目かの熱い握手を交わした。そして、ブーレイ将軍はコーネル様の顔をじっと見て満足げに笑う。
「うむ。コーネルは前と少し変わったの。表情にゆとりと一層の自信を感じる。それはやはりセラ副官がいるからかの?」
「はい。セラは私の、いえ私達の”勝利の女神”ですから」
「……ちょっ」
そう断言されたら、反応に困ってしまう
「ハッハッハ! そうじゃの。守り人のご加護があるなら安心じゃ」
ブーレイ将軍はそう言って私にも手を伸ばす。
「セラ殿。コーネルの言う通りじゃ。だからコーネルをよろしく頼むぞ」
「は、はい!」
私は目の前の偉大な将軍と熱い握手を交わす。
その年輪を重ねた手のシワ1つ1つから、歴史の重みが伝わってきた。
この方と一緒に戦える事がとても誇らしく、そして心強い。
そう。お会い出来て本当に良かった。
――こうして重要でかけがえのない時間を過ごした後、私達は部隊に戻った。
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