第20話 この夜の事は一生忘れないだろう

「ふぅ。やっとここまできたわね」


 私達がエレキス基地を出発して10日が経過した。

 今日は野営になるがそれも予定通り。先ほど設営が完了した所だ。


 本来、私達は国境防衛部隊だから、別地域への出撃は行われない。

 でも、短い期間ながら完璧な準備を行っていた事もあり、問題無くスケジュール通りに進んでいる。


 そのスムーズさから、一般兵士から『副官、まるで俺達、ピクニックに行くみたいですね』と軽口を叩かれるくらいだ。


 そう。確かにここまでのどかな移動は珍しい。

 実際、私がいた第三独立攻撃部隊では、上官と部下、貴族兵と一般兵の差別が酷くて決して友好的な雰囲気では無かった。


 当時求めていた穏やかな空気がここにある。それ自体はとても嬉しい。

 しかし、この良い雰囲気が続く事は無い。明日、3部隊が集結している街に到着するのだから。

 

 これから私達は、要塞攻略という最難関な戦いに赴く。


 戦術学校の模擬戦術戦で何度か要塞攻略戦をシミュレーションした事があるけど、いずれも苦戦の末の辛勝だった。

 特に魔法使いの対城魔法が不発だった時は酷いもので、人海戦術にならざるを得ず、被害は相当なものになる。


 本来は要塞攻略戦の場合、戦略面から考えないといけないのに、わざわざ決戦を選ぶのが間違っている。

 そんな無謀で大義も無い戦いで、ここの皆を危険に晒すなんて心底嫌だ。一人も死んでほしくないと思っている。


「…………」


 私は専用のテントで一人、天井を見上げる。これから私達はどうなってしまうのだろうか、と不安に襲われながら。


 その澱んだ空気を変えたのは、一人のガッチリとした男性だった。


「ここにいたかセラ。もう食事の時間過ぎてるぞ」


「アドラーさん……ありがとうございます」


 私はいつものようにアドラーさんにお礼を言ったつもりだったけど、きっと表情に出ていたのだろう。ズカズカとテントの中に入り、そのまま腕を掴んできた。


「まったく、何で顔をしてやがるんだ。ちょっと付き合え!」


「ちょ、ちょっとアドラーさんっ!」


 そのままみんなが集まっている広場に連れていかれた。


『おっ、副官さん。ここに来るなんて珍しいな』

『いつもお疲れ様です!』

『副官も一杯やりましょうよ!』


 広場はワイワイと賑わっていて、松明に火も灯されている。そして 酒も大量に出されているみたいだ。

 知らない人が見たらとても出撃前の軍隊とは思えないだろう。


「ちょっとアドラーさん。これは一体……!」


「飲酒も含めてオレが許可した。コーネルからもOKは貰ってるぞ」


「それはそうでしょうけど、今日は何かありましたか?」


「もうすぐ目的地に到着するし、そこで補充も出来るから問題は無い。それに……」


「それに?」


「他の部隊の目もある。こんな事が出来るのも最後かもしれないからな」


 なるほど。作戦行動中にこんな事してたら、何を言われるかたまったもんじゃない。


「……あのな、セラ。ここにいる皆はこの出撃に不満なんて持っていねーよ」


「へっ? 何でそれを……?」


 一言もそんな事言った事ないのに、アドラーさんは私の心を見透かしたような事を言ってくる。


「あんたのさっきの顔とここ数日の様子を見たらわかる。言っておくが、あんたのわかりやすさはコーネルと大差ないぞ」


 まいった。コーネル様と大差ないって事は筒抜けだという事だ。気をつけなきゃ。


「でも、今回の出撃はあまりにも酷すぎます。そもそも私達が動員される事自体おかしいんですよ?」


「いや、本来の任務じゃない戦いに駆り出される事自体は嫌に決まってるさ。しかし、コーネルやあんたの命令なら喜んで聞くって事だよ」


「……」


 私は楽しそうに騒いでいる皆の方に目を向ける。


「あんたがここに来てずいぶん経ってるんだ。あんたがどんな奴か皆とっくにわかってる」


「……」


「どれだけエレキス基地のみんなを大切に思っているかもな」


「そうなんでしょうか……」


「確かめてみようか?」


 アドラーさんはそう言うと、広場に向けて大声で呼びかけた。


「おい! おめーら! 我らの副官殿が今回の出撃に対して皆に申し訳なく思ってるってよ!」


「ちょっ……!」


 それを聞いていた皆は、一瞬動きを止めてキョトンとする。まるで「今更何を言ってるんだ」と言いたげな表情だ。

 そして、すぐにこっちに来て私に次々と声をかけてくれる。


『何言ってるんだ副官! 俺達は副官の命令なら何だって喜んで聞くぞ!』

『副官さんの元上官も来るんですよね? 大活躍で見返してやりましょうよ!』

『副官はいつも俺達に良くしてくれる。今度は俺達が恩返しをする番だぜ!』

『良い指揮を期待してますよ! 副官殿!』


「ありがとう。ありがとう。本当にありがとうございます……!」 


 私は一人一人に答えながらも嬉しくて目が潤んでしまう。


 アドラーさんはそんな私を見て表情を緩めながら私の肩をポンと叩いた。


「なっ。わかったなら早く晩飯食え。今晩くらいは皆と酒飲んでも良いと思うぞ?」


「……そうですね!」


 私はお酒といつもより豪華な料理が並べられているテーブルに向かった。


 いつもと違う雰囲気が楽しく、いつもはあまり飲まないお酒にも口をつける。

 前部隊でやってた貴族流のパーティーとは違い、見栄や変な駆け引きの無い純粋に楽しめる雰囲気が私の心を癒してくれる。


 そっか。私もこのファミリーの一員だったんだね。


 すっかり暗くなった空を見上げながら、私はそう呟いた。

 この夜の事は一生忘れないだろう。


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