第12話 見え隠れする悪意
――ジェノン要塞への侵攻作戦が決定
これ自体は定時の補給部隊から聞いた噂話だが、侵攻作戦の噂は数ヵ月前から出ていた。
私にとって忌まわしい思い出である、この前の第三独立攻撃部隊での勝利でユーバァ将軍が積極的に動いていると聞いている。
「それにしたって……」
そう。あまりにも急すぎる。ユーバァ将軍の事だから「勢いに乗った今こそ!」と思っているのだろうけど、よりにもよって最大の難関を軽率に目標にするはおかしい。
ファイスと隣国の間は山脈や運河、湿地帯等の悪路が広がっていて大軍が容易に通過出来る所は少ない。その中でも一番重要な地点に建設されたのがジェノン要塞だ。
規模は他基地より遥かに大きく、しかも3ヵ所に分散設置されており、奇襲や奇策は困難だ。
ファイスが隣国に積極的に攻め込めないのはジェノン要塞があるからなのは明らかだ。
そのジェノン要塞を攻略するとなったら、戦術は元より戦略。いや更に上の外交・政治の領域の話にもなるだろう。
そこまでユーバァ将軍が考えているとは到底思えない。更に大貴族であるルーズバグータ家が金と権力で軍を先導しているのは間違いない。
その情報を聞いて、私達は非公式の緊急会議を行う事に決めた。本来なら辺境の一基地がそんな事を行う必要は全くない。しかし、この噂話には続きがある。
『ジェノン要塞攻略作戦の為に、エレキス基地からも動員が行われる』
* * *
「なんで攻略作戦に私達まで駆り出されるんですか。こっちは国境防衛基地なんですよ!?」
「落ち着けよセラ。確かに通常なら3つの独立攻撃部隊によって編制される。が、今回はあのジェノン要塞だ。更に動員が必要だと考えたんだろうよ」
アドラーさんはそう言いながらも、苛立ちを隠さない。
「そうは言っても、わざわざ辺境のココから動員するのはおかしいけどな」
「まぁ、僕は貴族達から派手に嫌われているからねぇ」
確かにコーネル様が貴族に良く思われていないのは首都滞在の時に感じていた。
元々、王族と貴族はあまり仲が良くないのもあるけど、コーネル様に対してはそれがとても強かったのだ。
訳ありの遠縁でという事。エレキス基地に貴族兵をほぼ入れてないのも大きいのかもしれない。
「そして話題の人もここに迎え入れてしまったからな」
「アドラー」
「あっ。すまない……」
「……」
(そうか。私がいるから。ユーバァ将軍と敵対してしまった私がここにいるから、こんな事まで起こったのかもしれない……)
そう考えている内に、ここの皆に申し訳なく思えてきた。
「きっとそうですよね。ごめんなさい……」
「セラ。謝る理由も無いし、気にしなくていいよ。僕はどんな事があっても君を副官にすると決めていたんだから」
「あっ……」
そう言いながら、コーネル様の大きな手が私の頭をやさしく撫でた。こうやって頭を触れてきたのは初めてで、思わず声を出してしまう。
「セラが今ここにいる。それに勝る喜びはないよ」
「コーネル様……」
「まったく。セラが追放されたと聞いて、すぐに戦術学校に向かった時は焦ったぞ」
「違うよ、僕が出発したのは2日後だから。それだけあればお前なら対処出来るだろう?」
「出来る訳ねーだろ! お前の行動でどれだけ予定が狂った事か……」
その時を思い出したかのように、アドラーさんは困った表情を見せる。
(そっか。あの時の表情はそういう意味だったのね……)
にわかに信じがたい話だけど、資料室でのコーネル様を思い出すと本当だろうと言わざるを得ない。とっても恥ずかしいけど。
「まぁ、そんな事よりこれからの話だ。もし正式に要請が来た時どうするか。断るか、受けるかだ」
「流石の僕でもルーズバグータ家の要請を全て拒否は出来ない。条件をつけるのが関の山だろうね」
名目はまだしも、実質的な影響力はルーズバグータ家が王族より上だと言われている。遠縁のレイバック家では太刀打ち出来ないのも仕方がない。
「そうだな。どれだけ動員されるかわからんが、とりあえず遠征の準備だけは進めておくわ。まずは物資の備蓄と武器の再チェックだな」
「兵站についてはアドラーに一任するよ。僕は君から与えられた物で最善を尽くすだけだからね。心配はしていないよ」
「わかった。要塞攻略に必要なモノは事前に教えてくれ」
「うん。そしてセラだけど……」
コーネル様は真剣な表情で私を見る。
「はい」
「正直、何があるかわからない。大チャンスも大ピンチもあるかもしれない。でも……」
「……」
「僕は守り人の君を心から信じているよ。どうか僕を、国を、皆を守ってくれ」
そう言いながら、笑顔になり右手を前に出してくる。
「えっ……」
私はその行為に驚いていた。それはコーネル様が心の底からそう言っているからだ。
戦術学校を卒業して1年未満。更に実戦経験5回の私に、どうしてそこまで言えるのか不思議でならない。
「コーネル様。わ、私は……」
「大丈夫。僕は人を見る目には自信があるんだ。セラなら最善の選択が出来るよ。それに僕も一緒に戦うからね」
「あっ……」
”コーネル様と一緒に戦う”
それを意識した時、私の中で何かが弾けた気がした。
そうだ。私はコーネル様と一緒に戦うんだ。それなら大丈夫。私達ならきっと上手くいく。
――そして、いつの日か私たちは世界すら変える事が出来る
私は遠い昔に感じたあの感覚を思い出していた。
「はい。出来るかどうかわかりませんけど、コーネル様のお力になれるよう精一杯頑張ります!」
「うん!」
こうしてエレキス基地は来るべき事態に備えて、要塞攻略用の準備や訓練を進めていく。ここは防衛がメインの基地であり、遠征経験がない者も多い。やる事は山積みだ。
でも、たとえ今回の作戦に参加しなかったとしても、この経験は将来必ず役に立つ。とにかく今はやるしかないのだ。
――そして1週間後、要請書を持ってまさかの人物がエレキスにやってくる。
その時、私は野営陣地設営の監督をしていた。
本来は現場の部隊長がやるべき事ではあるけれど、自主的に参加する事にした。私自身戦術学校では学んでいないし、今は色んな人や任務を知るのが大事だと判断したからだ。
その時、見慣れない馬車が遠くから近づいてくる。
今日来客の予定とかあったかしら? と思いつつ作業を進めていると、よく知っている声が馬車の方角から聞こえてきた。
「一体何をやっているのかしら? 副官なのにそんな恰好で恥ずかしくないんですか?」
思わず手を止めて声のした方向を向いた。
「もしや、ここでも副官をクビになっちゃいました? アハハッ!」
そこには日よけ傘を片手に場違いなドレスを見にまとった金髪の少女が立っていた。
「……リリカ」
「お久しぶりね。お姉さま。お元気なようでなによりです。」
ユーバァ・ド・ルーズバグータ将軍の副官であり私の妹、リリカ・ラ・ファンネリアは作業服の私を小馬鹿にするように、上から見下ろしていた。
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