第11話 人の上に立つ為には

 私がこの基地に配属して1ヵ月が経過した。


「セラ。昨日届いた特殊工具を整備長に渡してくれ」


「はいっ!」


 この一か月、ここの副官としての任務を覚える為、主にバトラーさんの指示の元で行動している。


 

「工具持ってきましたよ。ファン整備長さん」


「おっ。やっと届いたのか。すまねえな副官さん!」


「いえ。投石機のメンテ頑張ってくださいね」


「おうっ。メンテと改良は俺の任務だから任せてくれ!」


「はいっ!」


 こんな感じで1日が淡々と過ぎていく。見ての通り難易度自体は高くない。

 しかし量と種類が多いのが厄介だ。特にアドラーさんは「出来るだけ多くの人の名前を覚えろ」と言う。

 最初の数日ならまだしも、これが1ヵ月も続くと色々と考えてしまう。



――私がここに来た理由は一体何なのだろう



 きっかけがきっかけだから、コーネル様の隣で一緒に作戦会議や運営に参加するものだと勝手にイメージしていた。それについては私が悪い。

 しかし、それにしたってこれは予想外だ。みんなのお手伝いさんになる為にここに来たのだろうか。


 先日、コーネル様に「私はいつになったらコーネル様の副官として、作戦会議に参加出来るのでしょうか?」と聞いた事がある。そうしたら返ってきた言葉はこれだ。


「今、セラがやっている事は作戦会議なんかより遥かに大事な事だよ? セラの将来を考えたら特にね」


「は、はぁ……」


 まるで煙に巻かれた気分だ。いつまでこんな事を続けるのだろうか。


……

………


 * * *


 それから数日後、倉庫で物資の在庫確認を行っていると、ファン整備長がいきなりやってきて手を掴まれる。何か嬉しそうだ。

 笑顔を見る事自体は大歓迎だけど、手についてる油の感触が少し気になった。


「いたいた。副官さん、ついに完成したんだ。整備室に来てくれ!」


「え、ええっ? なんでしょう!?」

 

 こういう事は初めてなので戸惑ってしまう。


「おう。セラ、行ってこい」


「は、はいっ……」


 私はファン整備長に手を掴まれたまま、整備室に向かうと、そこには整備中だった投石機があった。


「……あれ? これ少し形が変わってません?」


 そう言うと、ファン整備長はとても嬉しそうな顔を見せて早口で語りだした。


「おっ。わかるかい? 流石我らが副官さんだ! 改良して簡易照準器を取り付けたんだ。これで最大射程での命中率が30%は増す。あと不整地でも運用出来る為に……」


 段々と内容が専門的になってきて理解は出来ないものの、性能が大幅に向上したのはわかる。


「そうなんですね。良かったです!」


 私がそう言うと、ファン整備長は私の顔を見て言った。


「これは副官さんが持ってきた特殊工具があったから出来たモノだ。ありがとうな!」


――ありがとう。


 その言葉自体はありふれたものかもしれない。しかし、温かみが普通の軍隊とは全く違うと感じていた。そう考えていると、整備長は真剣な表情になって話を続ける。


「そして、俺が出来るのはここまでだ。この精魂込めた改良投石機を上手く使いこなすのは運用兵、そして作戦本部の仕事だ」


「はい。そうですね」


「だから、これはお前の武器でもあるんだ。俺は副官さんの能力を信じてるからよ。好きに使ってくれ。任せたぜ、セラ副官!」


「……はいっ!」


 私は右手を差し出すと、ファン整備長も油まみれの右手で固く握手をした。

 さっきまで気になっていたこの油まみれの右手も、今の私には心強く感じていた。ファン整備長が見てくれる武器や備品なら安心して使う事が出来る。兵隊は心おきなく戦う事が出来る。


(そっか。私達はそれぞれの役割で繋がっているのね。頭ではわかっていたつもりだったけど、ここまで実感したのは初めてだよ)


 そうして、私は整備室を出る。とても生き生きとした表情をしているだろう。


……

………


 * * *


「お、やっと戻ってきたな」


「セラ。おかえり。どうだった?」


「コーネル様。いらっしゃったのですね」


 倉庫に戻ってくると、アドラーさんとコーネル様が二人で雑談をしていた。


「……うん。整備長は喜んでたみたいだね。良かった」


 コーネル様は私の表情と油で汚れた右手を見て全てを察したみたいだ。そして話を続ける。

 

「セラは前の部隊でこんな事してこなかっただろう? だから真っ先に実際の部隊全体を理解して欲しかったんだ」


「……はい」


 確かに前の第三独立攻撃部隊ではユーバァ将軍の側。あるいは作戦室や自室の往復しかしていなかった。

 それもあってか、他の人から話しかけられる事は殆どなかった。話しかけられたとしても最低限の報告のみ。大貴族であるユーバァ将軍の副官という立場がそうさせていたのだろう。触らぬ神に祟りなしだ。


「僕の副官という立場ならこんな事する必要は無いかもしれない。王族軍人の副官なら他の人に対して横暴に命令する事も出来るだろう。でも、一人となった時はそうはいかない」


「……」


「セラがどれだけ優秀だとしても、セラは何の後ろ盾もなく身分も民間人と変わらない。さらに女性となったら部下の忠誠心や士気を保つのはとても難しい。たとえ将軍になったとしてもね」


「コーネル様……」


「だから、セラはまず一人の人間としてみんなの信頼を得る事に尽力して欲しいんだ。お互いの信用の有無で部隊としての強さは大きく変わるしね」


 それはここに来てとても強く感じている。ここの士気はとても高いんだ。階級意識がとても強く、差別や陰謀が充満していた前の部隊とは大違いで戸惑う事すらあった。

 そもそもこの部隊は、コーネル様のスカウトによって集められた人やグループが多い。他の部隊と比べても年齢構成や貴族兵、一般兵の割合が大きく異なっているのはそれが理由だろう。

 そして、私がここで好意的に受け入れられてるのはそれも大きいのを知っている。知っているからこそコーネル様の言っている事がよく理解出来た。


「はい! わかりました!」


「うん。いい返事だ。なら、そろそろ僕の手伝いもしてもらうからね。よろしく!」


 そう言うと、コーネル様は楽しそうに手を振りながら倉庫から出ていった。


「セラ。この機会だから言っておきたい。」


「はい。何でしょうか?」


 コーネル様が去った後、アドラーさんは私の方を向き真剣な顔で言った。ちょっと珍しい。


「オレがコーネルの副官になって、真っ先にやったのは兵站の強化だ。実際の戦場ではもうあいつの力にはなれないからな。だからオレは、あいつの才能をフルに発揮出来るように後方作業に徹している」


「はい」


「だけどあんたは違う。あんたは戦場でもあいつをサポート出来るんだ。後方関係は引き続きオレがみっちり教えるが、お前は全てを極めて最高の副官になってほしい」


「アドラーさん……」


「オレはいつの日かあんたが女性初の将軍になる事を願っているし、なれると信じている。頑張れよ」


「はい! ありがとうございます!」


 私はこの日を境に、気合いを入れ直して日常業務をこなしていた。しかし、ある日不穏な話が飛び込んできた。



――ジェノン要塞への侵攻作戦が決定したらしい。



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