第10話 不思議な基地・2

「……へぇ」


 アドラーさんに連れられて中に入って真っ先に思った事は、整理整頓がとてもキッチリしている事だった。遠くに見える巨大な投石機も古い型とは思えないくらい綺麗で、メンテナンスが行き届いてるのがよくわかる。


 ここまでちゃんとしているなら、奇襲などの緊急事態が発生しても最低限のタイムロスで対応出来る筈だ。

 たとえ重要な物でも乱雑に置かれていた前部隊とは大違いで、それに気づいた私が注意して直させた後でも、たとえ私がやったとしてもここまでは無理だ。


「どうした。前部隊と比べて規模がショボいとでも思っているのか?」


 歩きながらキョロキョロと辺りを見渡している私に気づいたアドラーさんは、少し棘のある言い方で言ってきた。


「い、いえっ! 装備の整理整頓が行き届いてるなと感銘を受けていました」


「……ふんっ。この基地は充分な物資が割り当てられず、おまけに辺境で補給が届くのが遅いからな。装備や施設は大事に使って長持ちさせる。これくらい当然の事だ」


 そう言いながらアドラーさんはスタスタと歩く。来たばっかでもすぐわかる。この人の兵站能力は驚くほど高い。コーネル様は単に親友だから任命した訳では無い事がよくわかった。


(私みたいな未熟者が、こんな凄い人の後任になって良いのかしら……)


 少しずつ不安な気持ちになっている中、アドラーさんは一つの個室の前で止まる。


(個室持ちって事は高い役職の人?)


「アドラーさん。ラオさんって方はどのようなお方なんですか?」


「ああ。ここエレキス基地の”訳あり”魔法使いだ。別に改まる必要はない」


 そう言いながら、アドラーさんは何の合図も無しに豪快にその扉を開けた。


「おいラオ。コーネルからお前に渡すものが…… って、オイっ!」


――扉の向こうには、ベッドの上で気持ちよさそうに寝ている少年の姿があった。


「お・ま・え・は、何サボってるんだぁっ!!」


 小さな部屋に男の大声が鳴り響く。

 おまけに「うわっ!!」と慌てて飛び起きようとしたらベッドから落ちて、ズドーンという効果音も追加された。


「ラオ。今は魔法精錬の時間だよなぁっ!」


「ち、違うんですよぉ、アドラー兄さん! 今日は絶好調で目標クリアしたからそのご褒美に……!」


 そう言いながら少年はテーブルを指さすと、そこには一般兵が使う何の変哲もない剣があった。


「ただの剣じゃねーか。これのどこが目標なんだ?」


「ふっふっふっ。実はですね、この剣に魔法を封印したんですよ! このワタシ、魔法剣を作っちゃいました!」


『……!?』


 魔法剣。その生い立ちも原理も不明、効果も剣毎に異なる伝説級のレア装備。

 それを人工的に製造してしまうなんて、この少年は一体……!


「おおっ! ラオやるじゃないか! で、どんな魔法を注入したんだ。爆炎系、それとも氷結系か!?」


 アドラーが興奮しながら詰め寄ると、少年は小声でその問いに答える。


「……か、回復系です」


「ふむ、回復系か。でも、切ったと思ったら逆に回復するなら、使い方次第では奇策で使えるな!」


「……全力で切ったらかすり傷が回復するくらいの微弱な回復系でして」


……はっ?


「つまり逆効果! 全然ダメじゃねーか!!」


 そうツッコミを入れるアドラー様をよそに、私はこの少年に驚愕していた。


「でも、魔法使いなのに回復魔法も使えるなんて。この少年はもしかして……」


 思わずそう呟くと、その少年は嬉しそうに語り始めた。


「はいっ! ワタシこそ天才で未来の大賢者。ラオ・チャイ・カなのです!」


 チャイ・カ。この国では聞かない珍しい名前だ。よく見ると肌色も少し黄色く、瞳の色も黒色と珍しい。遠くから来たのだろうか。

 そう考えていると、その少年は私の顔を覗き込む。


「で、お姉さんはどなたなんでしょう。もしや、アドラー兄さんの恋人さん!?」


「はぁっ!?」


 子供の口から出てきた予想外の言葉に慌ててしまうも、横にいる男は表情一つ変えずに訂正する。


「違う。新しい副官になるセラ・デ・ファンネリア殿だ」


「そ、そうよ。これからよろしくお願いね。ラオ君」


 それを聞いて、目の前の少年はパアッと明るい笑みを見せる。


「あーっ。噂の人ですね! 良かった美人さんで。これからよろしくお願いします!」


 噂の人というのが少し気になるけど、それよりも美人さんと言われたのがとても嬉しい。一人だったらスキップしていたかもしれない。

 少しマセてる気もするけれど、とても良い子だ。うん。


「で、アドラー兄さん。何ですか右手に持ってるその立派な箱は。もしや、コーネル様からのお土産ですか!?」


「おう。前からお前が欲しがってたモノだ。ガチの国宝級だから大切に使えよ」


「も、もしかしてミト国の青いクリスタル……!」


 さっき私に向けた3倍は明るい笑みでその箱を開ける。


「おっおおおおおおおぅ! ありがとうございます! 大事に使いますぅ!」


 喜びのあまり子供が変な声を出している。まったく不思議な子だ。


 * * *


 そして、私とアドラーさんはラオ君の部屋を後にする。

 ラオ君は「セラ姉さん、また遊びましょうねー!」と部屋から出て私達が見えなくなるまで大きく手を振っていた。


「……それにしても、ラオ君って不思議な子ですね」


「そうか? 魔法の得意なただのガキだ」


 そうなのだろうか。いや。そもそも13歳くらいの子供が国境基地にいる事がおかしすぎる。


「でも、子供なのに一人でこんな所にいるのっておかしいじゃないですか」


 そう言うと、アドラーさんは足を止めて私の方を向いた。


「……ラオは戦災孤児だ。遠くの国からファイスに来た時に両親は戦争に巻き込まれたんだ」


「戦災孤児、ですか……」


「そして、チャイ・カ家は特殊な魔法家系で、それに気づいた悪徳貴族がラオを売り飛ばそうと、色々画策していたらしい」


「……」


「そこに、たまたま孤児院を視察していたコーネルが事情を知り、レイバック家の力を使って引き取って、今は近くに置いているんだ」


「それでも、わざわざ軍事基地に……」


「いや。これはラオ自らの希望でもあるんだ。コーネルの役に立ちたい。と」


 私も含めてみんなコーネル様によりここに連れてこられた。だからなのだろうか。

 ここの居心地は軍隊だとは到底思えない。まるでファミリーみたいだ。


「……そっかぁ」


 この基地は全てが生き生きしている。人もモノも全て。

 第三独立攻撃部隊、いや戦術学校でもこんな感覚は無かった。


 ここで私はどのように貢献が出来るのか。

 どのような立ち位置で接する事になるのか。


 不安もあるけれど、楽しそうでもある。


「うんっ!」


 私はアドラーさんに見えないようにガッツポーズをした。

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