第9話 不思議な基地・1

「まったく。大将のくせに、1ヵ月以上基地から離れるバカがどこにいる!」


 うん。目の前の男性は怒り心頭のようだ。普通に怖い。

 コーネル様と同じくらいの長身だが、ガッチリとした体型で髪型もくせ毛の赤色短髪で印象は大きく異なる。野性味の有無が一番の違いだろう。


「はははっ。でも問題無かったじゃん。向こうは威力偵察した後、当分は動かないんだよ」


 一方、その彼からの強い圧をカーネル様は涼しくかわしている。周りの人も平然としているので、どうやらいつもの光景のようだ。


「ったく。お前の読みは凄いのは認めるが、万が一予定外に攻めてきたらどうするんだ。オレは戦術や戦闘指揮は苦手なんだぞ!」


「いや、お前ならどんな相手でも数週間はここを守り抜ける。お前は強いんだ。いい加減自信を持てよ」


「……っ!」


 彼は不意に褒められたからか、さっきの圧が消えて下を向きながらブツブツと何か言ってる。うん。段々お互いの関係がハッキリしてきた気がする。



「……で、例の女はこいつか?」


(こ、こいつっ……!?)


 思わず表情に出てしまった。初対面の人にこいつ呼ばわりされたのはいつぶりだろう。


「うん。この人がセラ。セラ・デ・ファンネリア。僕が望んでた通りの女性だったよ」


 コーネル様のその言葉を聞いて、彼は少し表情を和らげながら言った。


「そうか。なら、いい」


「うん」


「……ちょ、ちょっと待ってください! 一体この人は何なんですか!?」


 久しぶりの二人の会話だとしても、ここまで蚊帳の外だとツッコミをいれたくなる。第一、将軍に対してため口な時点でおかしすぎる!


「あぁ、ごめん。彼の名はアドラー・バスカル。僕の戦術学校からの親友で、ここの副官だ」


「もうすぐ”元”がつくけどな」


「えっ、ええっ? つまり、この人は私の……」


 おそるおそるカーネル様に確かめる。


「うん。セラの上司? 引継ぎ後は先輩になるのかな」


「えええぇーっ!!」


……スッ


 そう驚いている私に目の前の人がそっと手を出してくる。


「コーネルから話は聞いている。オレはアドラー。よろしく」


「は、はいっ! セラ・デ・ファンネリアです。これからよろしくお願いします!」


「ああ。守り人の家系でも手加減はしないからな」


 そう言いながら握られた右手には、コーネル様とは違う印象を受けた。


(あっ。同じ大きい手でも全然違う。固い信念や意志を伝えてくるコーネル様に対して、守ってくれるような安心感を与えるのがアドラーさんなんだ……) 


 少しして、右手を離したアドラーさんは、そのままその右手をコーネル様に向ける。


「で、コーネル。さっさと今回の補給物資リスト見せろ。それが無いと荷馬車から降ろせん!」


「うん。今回は時間があったから気合い入れたよ!」


 そう言いながらコーネル様が1枚の紙をアドラーさんに手渡すと、アドラーさんそのリストをじっくりと見ている。

 コーネル様曰く『定期補給便には入れられない物をピックアップした。これなら僕の長期不在も許されるに違いないよ!』という代物らしい。


「……なんじゃこりゃ」

『へっ?』


 私達3人それぞれが予想外の困惑した表情を見せる。特に自信たっぷりにニコニコしていたコーネル様は、鳩が豆鉄砲を食ったような何とも言えない顔だった。こんな顔を見せる事もあるのね。


「何だよこれ! 酒はまだしも日持ちしにくい食料、実用性が無い装飾品、そして娯楽品! パーティーの買い出しじゃねーんだぞ!」


「あー、うん。たまにはこういうのも良いと思ったんだ。ここの皆へのサプライズだよ」


『…………』


 そっか。コーネル様にもこんな一面もあったのか。てっきり完璧な人だと思ってたからビックリしたけど、逆にホッとしたかもしれない。


 「ったく!」と吐き捨てた後、アドラーさんは小声で「まぁ、新副官の着任祝い用にすればいいか……」と呟く。それを聞いてしまった私は思わず脳内ツッコミを入れる。


――ここの人達は一体何なの? 本当にここ基地なの? 軍隊なの!?


 まるで基地周辺のどかな雰囲気がここにまで広がっているようだ。前にいた第三独立攻撃部隊の緊張感というかギスギス感が感じられない。

 それ自体はとても嬉しい事だし、ここが好きになれそうだとも思えた。でも同時に大丈夫かなという不安も生まれてくる。


「……よし。積み荷を降ろすぞ! 手の空いてる奴は手を貸してくれ!」


 アドラーさんの一声で倉庫にいた人達がやってきて降ろす準備を始める。


「あ、あとアドラー」


「なんだ?」


 コーネル様は作業に向かおうとしていたアドラーさんを引き留め、装飾品のついた革製の箱を手渡す。


「これをラオに手渡してくれ。今回一番の掘り出し物だ」


「お、おい。まさかこれは……」


「うん。そのまさか」


「マジかよ……!」


 そう言いながら、アドラーさんはその高級そうな箱を慎重に開ける。そしてそこから取り出したのは手のひらくらいの大きさの青くて美しい石だった。


「コーネル様。これは一体……」


「うん。これは北のはずれにあるミト国からしか採掘出来ない門外不出の国石。”青いクリスタル”だよ」


「青いクリスタル……」


「よくこんなのを手に入れられたな!」


「ミト国から外交の裏ルートで譲ってもらったみたいだよ。それを研究の名目で1個借りてきた」


(遠く離れた国から裏ルートで入手した門外不出の品。一体どんなクリスタルなの!?)


「待てコーネル。わざわざこれを持ってきたという事は……」


「うん。噂は本当らしい。だからこれが必要になるかもしれない」


「なるほどな、わかった。早速渡しにいくわ。あんたも来な」


「えっ! 今すぐですか!?」


「ああ。どっかの誰かさん達が遅かったからな! おかげでゆっくりする暇はないんだ」


 皮肉たっぷりに言われてしまった。しかし実際その通りだから、ぐうの音も出ない。


「それに、あんたには先にラオを紹介しておきたい。いくぞ」


「は、はいっ!」


 私は急かされるようにアドラーさんとエレキス基地の建物内に入り、コーネル様も自室へ向かう。



――こうして、私のエレキス基地での日常が始まった。

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