第8話 女が将軍になるなんて


 * * *


「さぁ、セラ。僕達の基地、エレキスが見えて来たよ」


「……本当に普通の基地なんですね」


 あれから数日後、様々な手続きと準備を終えた私達は、補給物資を詰め込んで首都から出発した。

 それから運河船や馬車等を使って数週間移動して、ようやく私が配属される辺境基地に到着するところだ。


 その辺境基地に常駐している人は軍属合わせて2000人弱。有事の際は最大5000人収容可能な一般的な基地だ。普通と違うのは常駐の魔法使いがいるくらいだろうか。


「まぁ、見ての通りここは僻地だからね」


「確かに首都から遠く離れた所ですし、何もない僻地ではあります。しかし、この土地は戦略的にとても……」


 そう。あまりにも重要な場所なのだ。その割には基地の規模が小さく、周りの雰囲気もハッキリ言えばのどかだ。

 最初にコーネル様から話を聞き、その後に地図を見せられた時、思わず変な声を出してしまったくらいに。


「うん。上の人がセラみたいに地政学的な視点を持っていたら、ここは最重要地点の一つとして要塞化させるんじゃないかな」


「はい。隣国も同じ考えに至ったら、大変な事になりますよ。もし、ここを突破されたら……」


「うん。相手がその気になって大軍で突破したら、そのまま国の奥深くまで入り込まれるだろうね」


「だったら……!」


「わかってるよ。とりあえず現状の危険性は上には伝えたよ。でも、今はこのままでいい」


「このままでいいって……」


「まぁ、そこら辺は基地に入ってから話すよ。それより……」


 コーネル様は私に向けて真剣な表情を見せる。うん。これは心から知りたい事を尋ねる時の顔だ。

 まったく、本当にこの人は表情で全てが筒抜けだ。正直、陰謀や策略が蔓延っているこの国で、本当に大丈夫なのかと不安に感じる時すらある。でも……


(でも、だからこそ私はこの人に惹かれたんだろうな)


 心の中でそう呟いた。

 この数週間の移動で、私の今回の決断は間違っていなかったと確信している。仮にユーバァ将軍が今回の大移動の相手だったら、ここまでリラックスして過ごす事は無かっただろう。


「セラは、僕の副官になった後の事は考えているかい?」


「……へっ?」


 表情から何か聞かれるとは思っていたけど、基地に着く直前のタイミングでその話題になるとは思っていなかった。すぐには答えが見つからない。


「い、いえ。今はコーネル様の副官として頑張ろうとしか考えられないので……」


「そうなんだ。少し残念だなぁ」


「残念……?」


「うん。だって、セラはもっと壮大な事を言ってたよね。くだらない戦争を終わらせよう。平和な世界を取り戻そうって。あれって本心じゃなかった?」


 本心とかいう前に、それは子供の頃の話だ。今の私にそんな大言を吐ける訳がないのに、そんな事を言ってこられると困る。


「僕はね。セラにはもっと大きな視野を持って欲しいし、持つべき人だと思っている。守り人として、そしてセラという才能あふれる一人の女性として」


「あ、ありがとうございます、そうおっしゃっていただくのは嬉しいですが……」


「だから、いつか将軍になって欲しいとも思っているんだよ。セラさえ望むのならね」


「はぁっ!?」


 突拍子も無い事を言われて思わず変な声を出してしまう。この人は私に変な声を出させるのを趣味にしているのかとさえ思う。


「いきなり何て事をおっしゃるのですか。女が将軍になるなんて……!」


「うん。今まで女性の将軍はいなかったし、議題にすら上がってこなかった。しかし、それは規則や法で定まっている訳では無いんだよ」


「……」


「ダメな男達がズルズルと百年以上戦争を続けてしまったんだ。だから女性の力が必要かもしれない。と、考えるのはそこまでおかしい事ではないんじゃないかな」


「……そういうものなんでしょうか」


「僕はそう思っているよ? それに僕がセラに求めているのは、僕のバックアップとしてこの基地を指揮統率出来るようになる事。つまり、将軍代理になって欲しいんだ」


「……!!」


 想定していたより遥かに大きな話が飛び込んできた。


 確かに副官が将軍の不在時に代理になるのは普通にある事だ。しかし、その場合の副官は将軍に次いで高い階級を持っている時。少なくとも戦術学校を卒業して1年も経過してない素人に対する任務ではない。


「本気ですか!? 私の経歴を知っててそんな事を言うのですか!?」


「うん。勿論すぐとは言わないけど、セラには僕の仕事を全部覚えてほしいと思っているよ」


「そんな。私なんて……!」


「大丈夫。僕は人を見る目には自信があるんだ。セラならきっと出来る。何なら僕以上の将軍になれるよ!」


「はぁ。こんな不確かな根拠でここまで重大な事を任されるなんて、思ってもいませんでしたよ……」

 

「ハハハッ。だからさ。エレキスでの働きを期待しているよ」


 そう言って、コーネル様は荷馬車の窓からエレキス基地とその周りをじっと見つめる。その鋭い視線は、出発時と比べて変化が無いか確認しているようだ。


「ようやく、戻ってこれた」


 基地の主は万感の思いが込められた言葉を呟いた。


「はい。これからよろしくお願いいたしますね」


「うん。こちらこそよろしく!」


 こうして、私達は知られざる戦略的要衝、エレキス基地に到着した。



――しかし、事件は私達が馬車から降りた直後に起こった。



「ふぅ。やっと帰ってきたかコーネル! お前等はどれだけ人を待たせたら気が済むんだよ!」


「はっはっは! ごめんごめん」


(一体何が起こってるの……!?)


 目の前に現れた長身の男性にいきなり怒鳴られてしまった。


 なんか私、とんでもない所に来てしまったみたい。


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