第7話 あの人との約束を


「セラ・デ・ファンネリア様ですね? お待ちしておりました。ご案内いたします」


 次の日、私はコーネルさんの指定とおり軍令本部に来ている。

 ここに来るのはユーバァ将軍と共に副官登録しに来た時以来だ。もっとも、その時は大貴族の副官という事で他の貴族たちも押し寄せて、最終的にセレモニー化したんだけど。


(ここ、こんなに静かだったのね……)


 そう考えている内に、とある部屋の前に到着した。飾り気のない外見で、ここに王族の人がいるなんて普通は思えないだろう。


「コーネル様、セラ様がお越しになりました」

「ありがとう。構わないからそのまま入ってもらって」

「かしこまりました。セラ様、どうぞ」


 受付の人に促され、中に入ると奥の机で何かを書いている男性がいた。服装はこの前と同じ略式の将軍服で、金色の肩章にどうしても目が行ってしまう。

 部屋の中も扉同様飾り気はなく、そこまで広さはない。完全に個人用の執務室だ。


(それにしても……)


 目の前で作業している長身の人を見て改めて思う。コーネル様は遠縁だとはいえ王族軍人だ。なのに何故こんな事までしているのだろう。

 様々な階級の人が軍人になってはいるものの、大貴族や王族クラスになると戦場に出る事はほぼ無い。仮に出るとしても専用の席に座り、思うがままに部下に向かって命令するだけ。


 ハッキリ言えば、政治的な理由、もしくは権威の象徴として軍人になっている人が殆どだった。しかし、この人は違う。真っ当な軍人として精力的に活動している。


(本当に不思議な人ね……)


 そう思っていると、目の前の人は机にペンを置き、大きく背伸びをした。

 

「……よし、終わりっ! 待たせてごめんね。すぐに提出したい提案書があったからね」

「い、いえっ!」


 ここでようやくお互いの顔や服装をちゃんと見る事になるが、私の服装を見てコーネル様の表情が緩んだ。


「……そっか。ありがとう」


 私が着けていたのは戦術学校の正式な礼装だった。これをしている時点で答えを言っているようなものだ。


「は、はい。先日は副官へのお誘いありがとうございました。是非その話をお受けしたく……」


「うん。セラからの返事、本当に嬉しいよ。でも…‥」


 そう喜びながらも、少し真剣な表情になって私に問いかけてきた。それは予想していなかった内容だった。


「最後に一つだけ聞いてもいいかな。セラはどうして戦術学校に入ろうと思ったの?」


「……えっ?」


「昨日、セラのお母様に君の事をお聞きしたよ。そうしたら子供の自由意思に全て任せている。軍人になれともなるなとも言った事はない、と」


「はい。私が軍人を目指して戦術学校に入ったのは100%私の意思です」


「うん。昨日の模擬戦でそれがよくわかったよ。でも、普通は戦術学校に行こうとは思わない。女性軍人なら事務系、医療系とかの非戦闘系に進むのが定石だよね」


「はい」


「なら、どうしてセラはわざわざ”最前線”に行こうと思ったの?」


 穏やかな表情だけどコーネル様の目はとても真剣だった。軽い質問では無い事は明らかで、その答え次第ではこの話は無かった事になるかもしれない。

 でも、この人の前では嘘や聞こえのいい言葉は見抜かれるだろうし、そんな事はしたくない。


――だから、私は正直に全てを話そうと思った。


「……笑わないで聞いていただけますか?」


「うん。もちろん」


「私は守り人の一員という事をとても誇りに思っていますし、国から良い待遇をいただいているので、そのお返しがしたいとも思っています。でも、一番大きな理由は別にありまして……」


「うん」


「私、男の子と約束したんです」


「……約束?」


 一瞬だけコーネル様の目が見開いたような気がした。


「はい。私が7歳くらいの時に行った首都防衛記念パーティーでの事です。一度しか会ってないので顔も名前も忘れてしまいましたが、とても仲良くなって二人で約束したんです」


「……」


「僕たち2人でこのくだらない戦争を終わらせよう。共に戦い、平和な世界を取り戻そう、と」


 私はその時 ”この人と一緒なら出来るかもしれない” と思ってしまったのだ。

 理由も根拠も一切ないけれど、それでも強く思ったのは、きっと……


「きっとあの出会いは運命だった。顔と名前を忘れて何を言ってるんだと思われるでしょうが、いつの日かまた出会えると信じています。そしてその時こそ……」


――私たちは世界すら変える事が出来る


 流石にそこまでは口に出してはいないけど、コーネル様にとって十分な答えだったらしい。


「……そうか。やっぱりセラと出会えてよかった」


「えっ? 今なんと……」


 てっきり笑われると思ってた。怒られる可能性もあると思ってた。しかし、コーネル様はとても嬉しそうな顔を見せている。

 そして椅子から立ち上がり私の側に来て右手を差し出した。


「僕はセラのパートナーになれた事を心から嬉しく思う。これからよろしくね! セラの夢も叶えられるように僕も頑張るよ!」


「あ、ありがとうございます…… 私も嬉しいです。よろしくお願いいたします!」


 この前の模擬戦とは違い、私はしっかりとコーネル様の右手を握る。ここから新しい一歩が始まるのだ。


「……」


 しかし、正直な話、嬉しさは7割程度で残りは戸惑いだった。これは一般的な副官という形と大きく異なっている。

 いくら副官が将軍の特権としてかなりの自由度がある役職だとしても、ここまで対等に近い関係は聞いた事がない。相手が王族軍人だとしたら猶更だ。


「コーネル様。一体あなたは……」


 私は今の立ち位置に困惑しながらも、これから忙しい日々を過ごす事になるのだろう。

 その心を見透かしたように、コーネル・V・レイバックは楽しそうに言った。


「セラ。これから二人で頑張ろう!」

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