第4話 小さな戦場で語り合う私達
…
……
………
「やるわね。コーネルさんは相当戦い慣れてる……!」
絶えず報告スタッフから伝えられる敵軍の情報に対応しながら、私は思わずコーネルがいる指揮室Bの方角を見る。
模擬戦が始まって通常なら終わってる頃だけど、お互い被害は少なく小規模な戦闘が各所で行われている。完全に長期戦の流れだ。
きっと中央室で観戦している生徒達には退屈な展開に見えるだろう。しかし、先生方からは全く違う印象になっている筈だ。
まるで剣術の達人二人が対峙しているように、構えや剣先の僅かな動きで相手をけん制し合い、一瞬の隙を見て一気に相手に切り込む。それをイメージさせる戦いとなっていた。
『報告! A31マスからB16マスへ敵騎馬隊が突進してきます』
「やはりそうきたわね……。守りを固めます。B16からB19まで歩兵B隊は後退。歩兵C隊は回り込んでA33にいる敵歩兵隊に突撃。このまま敵騎馬隊を孤立できたら……!」
『報告! A30マスにて敵弓矢隊を発見しました。』
「歩兵C隊をA27まで後退させて! まったく。本当に抜け目がないわね……!」
私もコーネルさんも決して深追いはしない。安易に深入りしたら周りから攻撃されて大被害を受けてしまうからだ。
優秀なアシスタント達が私達の指示通りに駒を動かす。
双方の駒ユニットが地図の上で絶えず動いている。
「それにしても……」
私は目の前の地図を見ながら思う。
今回の模擬戦はいつもとは異なる部分が多いが、特に感じるのが”損害に対する意識”だ。
これはシミュレーションで負けても実害がある訳では無い。だから奇抜な作戦や運任せ。無謀な事をするプレーヤーは多い。
シミュレーションは新しい戦術を模索するという意味もあるので、それ自体は構わないけど時々思うのだ。
もし、これが実際の戦闘だったら何人が無駄な犠牲になっているのかを。
戦争で死者が出るのは仕方のない事。人の上に立つ以上、時には友軍の犠牲を覚悟しながら厳しい判断を出さないといけない事もある。
だから私は心に刻んでいる。命や財産を預かっている以上、軽々しく犠牲者を出してはいけない。
極端な話、「生きて帰るな」という非情な命令を出すとしても、その根拠をハッキリ持ち、その行動には責任を持つ事。それが司令官、大将なのだと。
私は実戦を経験してその事を理屈だけではなく、肌感覚で感じる事が出来た。
そして、今回の模擬戦ではそれをいつもより強く意識しながら命令を出している。
「たぶん、あの人もそう。おそらく……」
おそらくコーネルさんも実戦を経験している。その事を知っているからこそ慎重に部隊を動かしている。そう思えた。
あの人懐っこい笑顔の裏で、一体どんな事を経験してきたのか。一体あの人は何者なんだろうか。
私は今まで経験した事の無い感覚に包まれていた。
突拍子も無い話だが、これは真実だとしか思えない。
――私達は、この戦場で全てを曝け出して語り合っている。
…
……
………
それから更に時間が経過した。
行われているのが小規模な戦闘だとしても、流石にこちらの損耗率も気になりはじめた。
「お互い決め手が無いからなぁ。どうしよう……って、あれっ?」
左翼側での戦闘がずっと続いていたからか、右前方にある高台の防御が手薄になっているようだ。
「あそこを奪取出来たら挟撃が可能になり、相手の索敵能力も落ちて一気に優勢に立てる。少なくとも負ける事はなくなるけれど……」
他の人はまだしも、あのコーネルさんが、こんなミスをするのかしら。
どうしても気になってしまうが、高台は索敵の範囲内で伏兵の可能性は低い。陣形の乱れを気にせず最大速度で急襲したら奪取出来るだろう。
「……行くしかないわね。騎馬隊AをQ2高台へ急進! 歩兵C隊、弓矢B隊も同じくQ2高台へ!」
更に私がいる本部も高台に向けて移動を開始する。
戦力分散というリスクはあるが、無意味な消耗戦はこちらの望む所では無い。そしておそらく向こうも同じだろう。
「……来た」
相手もこちらの意図に気づき、各部隊が大きく動きはじめた。
この動き方は、高台を捨ててでも現在の攻勢を強めて、そのまま突き進もうという考えだ。挟撃されるのを嫌がったのだろう。
「この数分で戦いの大勢が決まる事になるわね」
私は厳しい顔でそう呟いた。
…
……
………
5分後、私の狙い通りこの高台を占拠する事に成功した。
そして従来の戦線も、損害を出しつつも無事持ちこたえる事が出来た。
「よし。これで決まったわね。あとは高台からも攻撃をしかけて挟撃したら勝てる。けど……」
――私は待機を命じて攻撃を開始しなかった
おそらく、勝利が目の前にあるのに何故とどめを刺さないのか! と、観戦している生徒達は困惑しているだろう。
しかし、今回のシナリオは補給地への移動中に偶発した遭遇戦であり、戦略的な目標は無い。また、ここで相手をせん滅すべく突撃した場合こちらの被害も無視出来ない。
私は地図の上にある駒達を見る。そして彼に問いかけるのだ。
私が攻撃を仕掛けない理由を察して欲しい。勝利にこだわって無駄な抵抗をしないで欲しい。いさぎよく敗北を認めて欲しい。
――これ以上無駄な血を流さないでほしい
先ほどまで激しく動いていたお互いの駒はピタリと止まった。
「…………」
そして、コーネルさんの駒はゆっくりと後退を始める。
それを見た瞬間、思わずガッツポーズをしてしまう。
不穏な動きを見せず整然とした姿は私達への礼儀なのだろう。
その姿を眺めていると報告スタッフより模擬戦の終了が告げられた。
「ふぅっ。やっと終わった、わ……」
私は額に滲んでいた汗を拭う。
とても疲れたけど、ここまで心地良い汗は初めてで、おそらくとても晴れ晴れとした表情をしている事だろう。
決して敵に勝利したからではない。
心から信頼と尊敬が出来る人と全力で戦えたからだ。
「……はやくコーネルさんとお話がしたいな」
それは、私の心からの言葉だった。
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