第5話同じ思考回路


 君たちは視線を浴びたいと思ったことはあるか?


 僕から一つ忠告しておこう。やめておけ。


 それは好意ではない。


 嫉妬、嫌悪。そんな人間のマイナス部分をとって吐き出したうんちの一片だ。


 そして僕は今そのうんちの一片をシャワーのように浴びせられているのです。


 


 僕と巫先輩は終始向けられている視線を無視して食事を食べ進める。


 ふと、巫先輩の皿を見るとサラダしか乗っていないことに気づいた。


「ダイエット中ですか? 先輩」


 僕は周りに聞かれないようボソッと巫先輩だけが聞こえる音量でつぶやいた。


「違います。わたしはベジタリアンなんですよ」


「で、本当は?」


 途端、巫先輩の声色が変わる。


「ベジタリアンだ。イチモツを潰されたくなければそのデリカシーのない発言を直ちに撤回するんだな」


「はい……。すいません。全部冗談です。すいません」


 僕は巫先輩の視線から目を逸らし、黙々と春雨を食べ進めた。


 大盛りにしなければよかった……。


 などという思いを胸に秘めながら。



 すると今度は先ほどの塩対応はどこへやら。巫先輩が気持ち悪い笑み………ゲフンゲフン!! いえ、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見てきた。


「巫先輩、どうしたんですか?」


「いや、なに。高嶺の花の私も美しいだろう? そう思うよな?」


「プフッ、」


 あ、やべ。笑っちゃった。


「おい、今何で笑った?」


「いや、つい……」


「ついとはなんだ? 詳しく聞こうではないか」


「はは……」


 僕は苦笑いをすることしかできないでいた。


「いいか? 女を笑うとか人として最低だぞ! 少年の倫理観を疑うな」


 あんたが言うなよ…………


 もちろんそんな言葉が言えるはずもなく。


「すみません」


 僕はただ謝ることしかできなかった。


「で?」


「はい?」


「謝罪だけか?」


「他に何かすることありました?」


「ゲームしようじゃないか」


 なんで?


「なんでですか?」


 僕は思った言葉をそのまま口に出す。


「なんでって……なんとなく?」


 巫先輩はただ微笑むだけだった。


 僕はため息をついて腕を組んだ。


「みんな見てるけどいいんですか?」


「大丈夫だ。なにかあったら少年のせいにするから」


 それは大丈夫じゃねぇぇぇなぁぁぁぁ……。ま、いっか。


「じゃあもういいです。ルール教えてください」


「おっいいぞ少年。いつもの調子が出てきたんじゃないか?」


 巫先輩は少し腕を組んで考えるそぶりをする。


「分かった。『宣誓ジャンケン』にしよう……」


「ルールは?」


「簡単だ。なにを出すか宣誓してジャンケンする。超簡単だろ? 猿でもわかる。もちろん少年でもな」


「宣誓って破ってもいいんですか?」


「もちろんだ。ルールってのは破るために存在するんだからな」


 じゃあなんで『宣誓』って名前つけたんだよ………。宣誓ってさ、これをすることを誓いますよ、みたいなやつじゃないの? そんな簡単に破っていいの? ………。ま、いっか。うん、いいや。


 僕はとりあえずゲームの方に集中することにした。


「じゃあ僕グー出します」


「じゃあ私は先輩として負けてあげよう。チョキを出す!」


 清々しいほどの嘘だな、オイ。


 巫先輩が言った後、僕は思考を加速する。


 ここで巫先輩が嘘をつかない場合、僕はそのままグーを出す。しかし、ここで問題なのは巫先輩が嘘をつく場合……。その場合まず巫先輩がパーを出すとしよう。その上で僕がチョキを出す。そこで巫先輩がグーを出す。巫先輩の性格上、そこまでこの勝負に固執はしてない。


 つまりこの勝負………………


 ただの運ゲーだ!!!


 じゃあさっきの長い語りはなんだったの、って思ってるんだろう?


 いや、でもさしょうがなくない? これジャンケンよ? グー、チョキ、パーのどれか一つを出せばいいっていうゲームよ? 無理だって? 僕もう完全にアンビバレンス心理状態になってるけどこれが普通だよ?


 もうこれパーでいいか。何となくだけど。


「用意はいいな?」


 巫先輩が質問する。


「はい」


 僕は答える。


「最初はグー、ジャンケンポン!!」


 巫先輩の手はチョキ、僕の手はパーになっていた。


 僕の負けだ……。


「深く考えすぎだ、少年。君はもっと人を信用するべきだ」


 そして巫先輩が手を差し出した。


「なんですか、この手は?」


「いや、金よこせ」


「ここでですか?」


 巫先輩はキョロキョロと周りを見渡し、ため息をつく。


 周りを見ると、


(ジャンケンしていらっしゃいますわ! キャーーーーーー!!!)


 みたいな声が聞こえてきた。


「確かに人目につくな……。じゃあ部室で頼む」


「はい……」


 僕は返事をしたあと、最後の春雨一口を食べて席を立とうとした。


「ちなみに聞いてもいいですか?」


「なにをだ?」


 巫先輩は口をハムスターのようにして大量のサラダをほうばっていた。


「どうやって勝ったかですよ」


「簡単だ。君は私が違う手を出すと思ったのだろう?」


「はい、それはまぁ……」


「そこだよ!」


 巫先輩は僕を指さした。


「君は私を信用していないからな。私も君を信用していない。それだけだ」


「つまり?」


「似たもの同士ということだ。相手の考えていることが手に取るようにわかるよ。なにせ同じ思考回路をしているからな」


 僕には巫先輩の言っていることを理解できなかった。


 ただその言葉は僕に残り続けた。






 

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